第65話:和平会談
遂に開始された、クレアと瑠璃亜による和平会談。
瑠璃亜からの同盟和議に異論は無いクレアですが、それでも瑠璃亜の魔王という立場のせいで、同席した大臣たちから難色を示されてしまいます。
そんな大臣たちに瑠璃亜が提示した条件とは…そして和平会談の結末は…。
こうしてリゲルが王都の広場で起こした騒動は、リゲルが勝手に自爆し醜態を晒した事で無事に収束した。
その後、もう夜遅くという事で瑠璃亜、イリヤ、エキドナは城に泊まる事になったのだが、そこで太一郎はこれまでの失った時間を取り戻すかのように、瑠璃亜と2人きりで色々な話をしたのだった。
イリヤとエキドナにしても魔王軍の幹部だという立場上、城の兵士や職員たちから色々と怪訝な目で見られないかという懸念があったのだが、全然そんな事は無かった。
瑠璃亜が専守防衛を掲げ、自分たちから他国に対して一切侵略行為を仕掛けなかった事が功を奏したのだろう。
城の兵士や職員たちの誰もがイリヤとエキドナに対して、友好的な態度で接してきたのだった。
ドノヴァンは瑠璃亜を痛烈に批判していたが、それでも瑠璃亜の平和を願う想いは、フォルトニカ王国の人々に確かに通じていたのである。
イリヤが真由を殺した件に関しても、誰もイリヤを頭ごなしに責めようとはしなかった。
彼らは誰もが分かっているのだ。真由が死んだ事に関しては、あくまでも戦場で発生した戦闘での出来事なのであって、イリヤに責任など全く無い…というか一馬ら『ブラックロータス』の暴走の果てに起きた、事故のような物なのだという事を。
イリヤだって目の前で一馬たちが自分たちを騙し討ちしようとしたのだから、そりゃあ戦場で自分やアリスの命を守る為に、どんな強力な『異能【スキル】』を有しているかも分からない真由を殺すのは、当然の話なのだから。
だからイリヤを責めるのは、筋違い…それ位の事は城の兵士も職員も、誰もが胸の内に秘めているのだ。
そして夜が明け、清々しい晴天となった翌日の朝。
瑠璃亜、イリヤ、エキドナの3人は、このフォルトニカ王国の城の会議室において、いよいよクレアとの和平会談へと臨んだのだった。
クレアと瑠璃亜が向かい合うような形で席に座り、クレアの背後には太一郎とサーシャが、瑠璃亜の背後にはイリヤとエキドナが、それぞれの護衛として起立して向かい合っている。
そして他に席に座るのは、この国の執政を担う大臣たちだ。
フォルトニカ王国とパンデモニウム…人間と魔族による和平会談という、前代未聞の一大スクープを逃す訳にはいかないと、各国の大勢の記者たちが一斉に城まで押しかけてきた。
だが彼らに和平会談の邪魔は絶対にさせないと、シリウス率いる騎士団たちが壁となり、記者たちを決して城の中に通さない。
「和平会談の様子を取材させろ!!」
「これは記者としての当然の権利だ!!」
「クレア女王にも魔王カーミラにも、今回の和平会談の様子を世界中に伝える責務がある!!」
そんな記者たちの沢山の怒声が、城内にまで響き渡っていた。
記者たちも『仕事』として記事を書いている以上、生活が懸かっている。
『売れる記事』を作る為に、兵士たちに引けと命じられたからと言って、こんな所で引く訳にはいかないのだ。
必死の形相で城内に入ろうとする記者たちを、必死に足止めする兵士たち。
その混乱の最中の、午前9時。
瑠璃亜とクレアによる、フォルトニカ王国とパンデモニウムの和平会談が、遂に開始されたのだった。
「昨日のリゲルの一件でもそうだけど、色々と騒がしくしてしまって御免なさいね。瑠璃亜。」
「別に構わないわよ。魔王が一国の女王を相手に和平会談に臨むだなんて、前代未聞だもの。こんな騒ぎになるのは当然だわ。」
「まあそれはさておき、時間が勿体無いので早速本題に入りましょうか。」
まさに魔王らしく威風堂々と、しかし魔王らしくない慈愛に満ちた瞳によって、真っすぐに姿勢を正して自分を見据える瑠璃亜を、とても穏やかな笑顔で見つめるクレアだったのだが。
「まずはリゲルが起こした騒動のせいで、昨日貴女に聞きそびれた事なんだけど…。」
「私が何故、貴女との和平交渉に臨もうと思ったのか…そのきっかけね?」
「ええ。是非聞かせて貰えないかしら?」
何だか向こうの世界における、企業による就活生に対しての面接試験みたいになっていた。
ただし向こうの世界での面接試験と一味違うのは、試験官が女王で就活生が魔王という、前代未聞のとんでもない規模の代物になってしまっている事なのだが…。
メイドの女性に提供された紅茶を一口飲んで、ふうっ…と一息入れてから、瑠璃亜はクレアの瞳を真っすぐに見据えながら、自らの想いをはっきりと口にしたのだった。
「まず一つ目。太一郎君がシリウス君の転生術によって、このフォルトニカ王国に転生させられたと知らされたからよ。」
「魔王という立場にある貴女が、そんな私情で私たちと同盟を結ぼうなんて考えたの?」
「私情も何も、義理とはいえ可愛い息子の身を案ずるのは、母親として当然の事なのではなくて?」
「そうね。私もサーシャの母親だもの。同じ母親として貴女の気持ちはよく分かるわ。」
「そもそも太一郎君と敵同士になって殺し合うだなんて、そんなの考えただけでもゾッとするもの。」
瑠璃亜の言葉に大臣たちの誰もが顔を見合わせ、ざわつきながら、戸惑いの表情を見せていたのだが。
だがそれでも、確かに瑠璃亜の言う通りだ。
そりゃそうだろう。義理とは言え最愛の息子を相手に、誰が好き好んで敵同士になって殺し合いをしたいなどと心から願うだろうか。
魔王という公務に携わる立場にある者が、そんな私情で一国などという途方も無く巨大な存在を相手に同盟を結ぶのかと。
瑠璃亜に対してそのような非難をする者たちが、人間、魔族共に大勢出てくるのは間違い無いだろう。
外で馬鹿騒ぎしている記者たちの中にも、そういった瑠璃亜に対しての誹謗中傷の記事を、ある事無い事書く者たちが必ず出てくるはずだ。
だが忘れてはいけないのが、瑠璃亜は魔王軍の転生術によって無理矢理この異世界に転生させられ、魔王として生きる事を余儀なくされてしまった…そしてそれによって太一郎と3か月近くもの間、離れ離れにさせられてしまったという事だ。
本来なら瑠璃亜は、自分を太一郎や真由と引き離した魔族たちを憎んだとしても、決しておかしくはなかったはずだ。
それなのに瑠璃亜は人間たちに不当に迫害される魔族たちの実情を憂い、自らの意志で魔王カーミラとなる道を選んでくれたのだ。
そうさせてしまったのは他でもない、転生術を発動した魔族たちだという事は、少なくとも当事者である魔族たちは絶対に心に刻まなければならない。
自分たちが瑠璃亜を有無を言わさず魔王にしてしまったのに、
「公務に携わる者が何を馬鹿な事を。」
「私情を挟むな。」
「例え相手が息子だろうと、敵である以上は容赦せず殺せ。」
とか、そんな身勝手で偉そうな事を口に出来る資格のある魔族など、少なくともこの異世界には1人たりとも存在しないはずだ。
まぁドノヴァンあたりが顔を赤くして興奮しながら、情け容赦なく言ってきそうではあるのだが…。
クレアは瑠璃亜の言葉に満足そうな笑顔で頷きながら、さらに質問を続けたのだった。
「それで?『一つ目』と言っていたけれど、他にも理由があるのかしら?」
「二つ目の理由は、これは昨日サーシャちゃんに伝えた事なのだけれど、お互いに転生術を巡って周辺他国に狙われている立場である以上、互いに手を繋ぎ合って協力し合うべきだと考えたからよ。」
大臣たちのざわつきが、さらに大きくなる。
向こうの世界で死亡した者を、この異世界に転生させる究極召喚魔法・転生術。
その実用化に現時点で成功しているのは、この異世界全土を見渡してもフォルトニカ王国とパンデモニウムの2国だけだ。
それ故にフォルトニカ王国もパンデモニウムも、今も周辺各国から転生術を狙って、虎視眈々と狙われ続けている状況なのだ。
と言うかフォルトニカ王国はエリクシル王国に、パンデモニウムはサザーランド王国に、それぞれ転生術目当てに既に戦争を仕掛けられているのだが…。
召喚出来る対象がランダムで、指定が出来ない。
膨大な魔力や大量の触媒などといった、コストの問題。
さらにフォルトニカ王国の転生術は半年、パンデモニウムの転生術は3カ月という長期間のインターバルを経なければ、再発動が出来ない。
費用対効果という観点から考えれば、これら3つの問題点は他国にとっても決して無視出来ない代物ではある。
だがそれを差し引いてもなお転生術というのは、まさしく周辺各国にとっては喉から手が出る程の魅力的な代物なのだ。
その転生術を巡って、互いに周辺各国から狙われている者同士なのだから、ここは人間と魔族という垣根を越えて協力し合うべきなのではないかというのが、瑠璃亜のクレアに対する主張なのだが。
「…成程。では他に理由はあるのかしら?」
「貴女も当然知っているでしょうけれど、聖地レイテルで一馬君たちの暴走が引き金となって、イリヤが真由ちゃんを殺し、太一郎君がアリスを殺してしまったわ。」
「そうね。私は直接その場にいた訳では無いけれど、伝令役の兵士たちから報告を受けているわ。」
「こんな悲しみの連鎖は、何としてでも今ここで断ち切らなければいけないと思ったから…これが貴女たちとの同盟を結ぼうと思った、最後の三つ目の理由よ。」
とても真剣な表情で、瑠璃亜は魔王らしくない言葉をクレアに告げたのだった。
慈愛に満ちながらも力強い瞳で、瑠璃亜はクレアをじっ…と見据えている。
「誤解の無いように言っておくけれど、私は真由ちゃんとアリスが死んだ件に関して貴女を恨むつもりは無いし、一馬君たちの管理責任を貴女に問うつもりも無いわ。貴女に太一郎君は到底任せられないから、私の元に返しなさいなどと言うつもりも無い。」
と言うかフォルトニカ王国にいる事が分かった以上、その気になれば『転移【テレポート】』の『異能【スキル】』で、これから瑠璃亜は太一郎に会おうと思えば幾らでも会えるのだが。
まぁパンデモニウムからフォルトニカ王国までの長距離を転移するのは、それなりに疲れるのは否定は出来ないのだが。
「だけど、互いに殺したから殺して、殺されたから殺されて…こんな馬鹿げた事は今回の件を最後に、もう絶対に終わりにしないといけないのよ。」
「そうね。それに関しては私も同意見よ。」
目の前にいる慈愛に満ち溢れた、とても真剣な表情で自分を見据える、およそ魔王と呼ぶには相応しくない、とても優しい女性である瑠璃亜。
そんな瑠璃亜を見ていてクレアは思う。どうして彼女はカーミラの座を継いでしまったのかと。どうして彼女は魔王なんかになってしまったのかと。
瑠璃亜は先代の魔王カーミラのような残虐非道な男とは、断じて違う。
この世界の平和を心から強く望み、誰よりも慈愛と優しさに満ち溢れた女性なのだ。
この悲しみの連鎖を、何としてでも今ここで断ち切らなければならない。
その想いは瑠璃亜に言われるまでもなく、クレアもまた瑠璃亜と同じだ。
そして魔王カーミラの正体が瑠璃亜であるならば、今ここで同盟を締結する事に対して、クレアには全く何の異存も無かった。
「…瑠璃亜。貴女の優しさと、誰よりも平和を願う心、そして貴女の魔王としての強さ。確かに見せて貰ったわ。」
瑠璃亜をじっ…と見据えながら、クレアは穏やかな笑顔で高々と宣言したのだった。
「私としては貴女たちと同盟を結ぶ事に関しては、何の異議も無いわ。」
「それじゃあ…。」
「ええ。パンデモニウムからの同盟提案、この私の名において承諾しましょう。」
クレアとしてもパンデモニウムがこちらから一切危害を加えて来ない以上、瑠璃亜からの同盟提案を拒否する理由が無い。
互いに争い合う意思が無い以上、わざわざ互いに不必要な敵対をして、互いに無駄な犠牲を出す必要など微塵も無いのだから。
それに瑠璃亜とならば、これからもママ友として良い関係を築けそうだ。
とても穏やかな笑顔で、クレアは瑠璃亜に同盟和議の受け入れを告げたのだった。
…だが。
「なりませぬぞ女王陛下!!今のこの情勢でパンデモニウムとの同盟締結など、あまりにも早計だと言わざるを得ませんぞ!!」
それでも瑠璃亜の『魔王』という立場が、瑠璃亜が『魔族である』という事実が、周囲の人間にそれを許させないのか。
大臣たちの多くが大騒ぎしながら、クレアと瑠璃亜の同盟締結に異議を唱えたのだった。
「そうですな。カーミラ殿との和睦を口実として、転生術目当てに我が国に戦争を仕掛ける国々が出ても、おかしくないでしょうな。」
「カーミラ殿のご意向はよく分かりました。ですが我々にも周辺他国との政治的な駆け引きという物があるのですよ。」
「女王陛下!!一時の感情に振り回される事無く、どうかここは慎重なご判断を!!」
彼らは先日クレアが一斉解雇したリゲルたちのような、己の欲を丸出しの愚物たちなどでは断じて無い。
真にこのフォルトニカ王国の、そして国民たちの未来を憂いた上で、このような事をクレアに上申しているのだ。
彼らが何よりも懸念しているのは、先だってパンデモニウムとの間に停戦協定を結んだ、サザーランド王国の実例だ。
これは新聞でも報じられている事なのだが、毎日のようにラインハルトの下に各国の使者たちが訪れ、
『薄汚い魔族などと同盟を結ぶとは、一体どういうつもりなのか。』
『今すぐに停戦協定を解除せよ。』
『周辺各国と連携し、パンデモニウムの魔族共の殲滅を。』
などと言った圧力を、これでもかという程までに掛けられ続けているのだ。
今の所はラインハルトは、それらを全て一蹴し続けているのだが、それでも周辺他国からの圧力は一向に収まる気配を見せていない。
このまま瑠璃亜との間に停戦協定を結んでしまえば、このフォルトニカ王国も同様の事態になってしまいかねないと…それを大臣たちはクレアに諭しているのだ。
そもそも、只でさえフォルトニカ王国だけが独自運用に成功している転生術を巡って、周辺各国から圧力を掛けられ続けている状態だ。
今回の瑠璃亜との同盟和議が締結してしまおう物なら、先程から大臣たちが危惧しているように、表向きには
『フォルトニカ王国は魔王カーミラとの同盟和議を、締結するという愚行を犯した。』
『そんな危険な国を、このまま放置しておく訳にはいかないだろう。』
『よってこの世界の平和と秩序を守る為に、フォルトニカ王国を殲滅する。』
などといった事を建前として、本心では転生術目当てに戦争を仕掛けられる事にもなりかねないのだ。
そうなればこのフォルトニカ王国に住まう多数の民たち、そして国を守る為に戦場に駆り出される兵士たちに、一体どれだけの犠牲が出てしまうというのか。
「女王陛下、どうかご決断を!!この国と民の未来を真に想うのであれば、直ちにパンデモニウムからの同盟和議を拒否するべきですぞ!!」
中には瑠璃亜との同盟締結に賛同する大臣たちもいるにはいるのだが、それでも大臣たちの大半がクレアに対し、瑠璃亜との同盟締結に難色を示していたのだった。
「貴方たち、瑠璃亜の気持ちも知らないで、どうしてそんな…!!」
「いいのよ。イリヤ。」
「瑠璃亜…!!」
そんな彼らに文句を言おうとしたイリヤを、瑠璃亜がとても落ち着いた表情で右手で制した。
瑠璃亜とて大臣たちの難色の態度は、想定の範囲内ではある。
そりゃあ魔王がいきなり同盟を結びたいなんて言い出したのだから、難色を示されるのは当然だろう。
それに先代の魔王カーミラが、色々と余計な事をやらかしてくれたのだから猶更だ。
「貴方たちの懸念も分かるわ。だけど私は先代の魔王カーミラとは違う。貴方たちに…いいえ、他の国々に対しても、こちらから侵略行為を仕掛けるつもりは一切無い。それだけはどうか分かって貰えないかしら?」
そう、それだけは大臣たちに分かって貰わない事には、話は進まないのだ。
それに向こうの世界で保険会社の営業の仕事をしていた時もそうなのだが、こういう交渉事と言うのは相手にとって、まずは有益な条件を提示する事が鉄則だ。
「貴方たちが懸念しているのは魔王である私と同盟を結ぶ事で、他の国々からの圧力がより強まる…いいえ、それどころか戦争を仕掛けられる危険がある事なのでしょう?」
「その通りだ!!魔王という貴女の立場が、かえって我々を危険に晒す事に…!!」
「ではそれに対抗する戦力、そして貴方たちに対する友好の証として、聖剣ティルフィングを貴方たちに提供するというのはどうかしら?」
「…はああああああああああああああああああああああ!?」
まさかの瑠璃亜の爆弾発言に、仰天してしまう大臣たち。
というか各国が今も血眼になって探し求め続けている伝説の武器を、こんなに簡単にポンポンポンポン手放してしまっていいのだろうか…。
大臣たちの誰もが、そんな事を考えていたのだった。
だが瑠璃亜としてもパンデモニウムの防衛戦力としては、取り敢えずはバレストキャノンを始めとしたパンデモニウムが誇る多数の魔導兵器、そしてイリヤが所持する魔剣ヴァジュラがあれば充分だ。
それに伝説の武器が誇る一刀、神刀アマツカゼの所在も既に突き止めており、ドノヴァンに捜索をさせている所なのだから。
「そもそも聖剣ティルフィングは、元々は貴方たちの領地内にあった代物なのだもの。だからこそ貴方たちが持っておくべきだと私は思うのだけれど?」
「い、いや、しかしそれは…!!」
瑠璃亜からの甘い囁きに、大臣たちの誰もが動揺を見せている。
伝説の武器である聖剣ティルフィングは、確かに大臣たちにとって喉から手が出る程の魅力的な存在だ。
あらゆる状態異常を無力化する力を持つだけでなく、武器としても最高威力を誇る一品なのだから。ケイトにでも持たせれば一騎当千の働きを見せてくれるはずだ。
その聖剣ティルフィングが、瑠璃亜と同盟を結ぶだけで手に入ってしまうのだ。
これは周辺各国からの圧力を差し引いたとしても、確かに同盟の見返りとしては充分過ぎる…いいや、むしろお釣りが来る程の代物だろう。
大臣たちが動揺してしまうのも、仕方が無い事ではあるのだが。
「これだけでは足りないかしら?そうね、だったらバレストキャノンの設計図でも…。」
だがそこへ、さらにニヤニヤしながら大臣たちを誘惑しようとする瑠璃亜を、クレアが穏やかな笑顔で右手で制したのだった。
「聖剣ティルフィングは貴女たちが持っていなさい。私たちには最早必要の無い代物だから。それに貴女たちとしても防衛戦力は多いに越した事は無いでしょう?」
「クレア…。」
大臣たちのざわめきが収まらない最中、クレアは威風堂々と、高々と宣言したのだった。
「私の気持ちは変わらないわ。私たちフォルトニカ王国はパンデモニウムとの間に、同盟条約を締結します。」
「なああああああああああああああああ!?」
全く何の躊躇もせずに爆弾発言をしてしまったクレアに、大臣たちの誰もが仰天してしまう。
自分たちの忠告に耳を貸していなかったのか…大臣たちの多くがクレアに食って掛かってきたのだが。
「女王陛下!!どうかお考え直しを!!貴方は我が国と民を危険に晒すおつもりか!?」
「貴方たちの言いたい事はよく分かるわ。だけど今ここで瑠璃亜たちを追い出した所で、結局は他国が色々な難癖を付けて、私たちに圧力を掛け続けてくるだけよ。」
「ですが!!」
「それに専守防衛を掲げている瑠璃亜が、これまでに只の一度として、他の国々に襲撃を仕掛けた事があるのかしら?」
「そ…それは…!!」
クレアの言葉に大臣たちの誰もが、言葉に詰まってしまったのだった。
そう、クレアが言う通り、瑠璃亜はこれまでに只の一度として、他国に対して侵略行為は一切仕掛けていない。
その事実が、瑠璃亜が先代の魔王カーミラとは一切違う、心の底から平和を願っている慈愛に満ちた女性だという事を、情け容赦なく証明してしまっているのだ。
「そんな瑠璃亜が私たちに同盟を結びたいと言っているのよ?それを一方的に突き放すだなんて、それこそ私たちの方が非道な存在だと思われてしまうのではなくて?」
「しかし女王陛下!!よりにもよって魔王カーミラと同盟を結ぶなどと…!!」
なおも難色を示す大臣たちに対して、クレアはさらに客観的な現実を畳み掛けてきたのだった。
「そもそも私としては他の国々全てをまとめて敵に回すよりも、パンデモニウムだけを敵に回す方が遥かに厄介だと思うのだけれど?」
そう…どちらを敵に回す方が厄介なのか。そしてどちらを味方に付けた方が頼もしいのかという話だ。
イリヤとエキドナ、そして瑠璃亜本人の戦闘能力も、当然ながら相当な脅威だ。
だがそれだけではなく彼女が率いる魔王軍の戦力も、決して侮れる物ではないのだ。
他の周辺他国に毎日のように狙われ続けながらも、それらを今日まで全て退け続けてきた戦果は伊達ではないのだ。
その魔王軍に、本気で戦争を仕掛けられたら…フォルトニカ王国にも甚大な被害が出るのは間違い無いだろう。
逆に言えば、それだけの強大な戦力を誇る魔王軍が味方になってくれるのであれば、背中を預けるのにこれ程頼もしい存在は無いと言えるのだ。
確かに瑠璃亜の言う通りだ。
どちらにしても転生術を巡って、周辺各国から圧力を掛けられ続けている状況だし、実際にエリクシル王国にも襲撃を仕掛けられているのだ。
ならばここは互いに協力し合い、連携し合う事こそが、大臣たちの言うようにフォルトニカ王国を、そして民たちを守る事に繋がるのではないのか。
「今、貴方たちが瑠璃亜に対してぎゃあぎゃあ言っている間に、私は瑠璃亜と想像の中で殺し合ってみたのだけれど。」
「ちょお!?何をやっているのですか女王陛下!?」
「私は瑠璃亜に5回殺されたわ。もっとも、私も瑠璃亜を3回殺したのだけれど。」
「はあああああああああああああああああああ!?」
「そういう事よ。そんな相手と無暗に敵対する事の方こそ、貴方たちの言うように国と民を危険に晒してしまう事になるのではないかしら?」
この国の中で最強の戦闘能力を誇るクレアが、瑠璃亜と真正面から戦えば、3回は殺せるが5回は死ぬと言っているのだ。
他でもないクレア自身がそれを認めている以上、流石に大臣たちも黙るしか無かった。
確かにクレアの言うように、そんな危険な相手を敵に回す位なら、いっその事味方に引き込んでしまった方が、他の周辺各国を敵に回すよりも遥かにマシなのかもしれないが…。
なおも一部の大臣たちが難色を示すものの、それでもクレアは女王として高々と宣言したのだった。
「これは決定事項よ。私たちフォルトニカ王国はパンデモニウムとの間に、同盟条約を締結します。さっきも言ったけど、瑠璃亜が提案した聖剣ティルフィングの譲渡は必要無いわ。」
「有難う、クレア。」
「色々と面倒臭い契約も一切不要よ。互いに対して一切侵略行為を仕掛けず、有事の際は互いに手を取り合って協力し合う。それだけで充分なのではないかしら?」
「ええ。ラインハルト君とも、そういう形で停戦協定を結んでいるもの。」
立ち上がった瑠璃亜がクレアの下に歩み寄り、穏やかな笑顔で右手を差し出してきた。
差し出された瑠璃亜の右手を、同じく立ち上がったクレアが右手で優しく、しかし力強く握り返す。
そんな母親2人の様子を太一郎とサーシャが、とても穏やかな笑顔で見つめていた。
「これから手を取り合って協力し合っていきましょう。瑠璃亜。」
「ええ、こちらこそよろしく頼むわね。クレア。」
大臣たちの喧騒が収まらない最中、女王と魔王による同盟和議が、今ここに正式に成立したのだった。
次回で第8章完結となります。
予想以上に長くなってしまい、危うく1万文字を超えてしまう所でした。
晴れてフォルトニカ王国との同盟が成立した瑠璃亜は、王都の市民たちに対して演説を行います。
瑠璃亜の想いは、優しさは、慈愛の心は、果たして市民たちの心に届くのか…?
来週の日曜日は歯医者に行くので、次話の掲載は3月6日(日)を予定しています。本当に御免なさい(泣)。