第63話:謀略再び
王都に赴いた瑠璃亜は、遂にクレアとの邂逅を果たします。
決死の覚悟でクレアとの和平交渉へと臨む瑠璃亜ですが、そこへリゲルの魔の手が…。
フォルトニカ王国の王都へと向かう馬車の中で、瑠璃亜はこの異世界に転生させられてからの経緯を、全て100億%馬鹿正直に太一郎に語ったのだった。
パンデモニウムの魔族たちによって有無を言わさず魔王として転生させられた瑠璃亜は、魔族たちに魔王カーミラとして一方的に崇められ、人間たちに不当に迫害されている自分たちを守って欲しいと懇願された。
流石に当初は戸惑いを隠せなかった瑠璃亜だったのだが、そんな中で周辺他国の人間たちに不当に迫害される魔族たちの現状を、有無を言わさず目の当たりにさせられてしまう。
彼ら魔族は何の罪も犯したわけでもないのに。ただパンデモニウムで静かに暮らしていただけなのに、魔族だからという理由だけで人間たちから迫害を受け続けているのだ。
そんな魔族たちを守りたいという想いから、瑠璃亜は魔王カーミラとして生きる決意をした。
今までつけていた仮面は、仮面自体が太一郎が普段来ている背広と同様の、相応の魔法耐性を秘めた代物らしいのだが…本来の目的は魔王カーミラとして生きる事に対する、決意表明の証のような物なのだそうだ。
そうして魔王カーミラとして魔族たちを導き、パンデモニウムの発展に尽力する最中、サザーランド王国による襲撃の果てに、国王のチェスターが瑠璃亜との戦いで戦死。ラインハルトが新たな国王に就任したというのは、太一郎も報道で知らされていた事だ。
太一郎もまた、真由と共にこの異世界に転生させられてからの経緯を、全て100億%馬鹿正直に瑠璃亜に語ったのだった。
復活した魔王カーミラを討伐する為にシリウスに転生させられた事、そしてエリクシル王国の特殊工作部隊による襲撃、エルダードラゴンとの邂逅、一馬たちの暴走…そして『呪い』の件も含めて、その全てをだ。
流石に『呪い』の件に関しては瑠璃亜も憤慨したようで、イリヤやエキドナ、レイナと一緒に別の馬車に乗っているシリウスに対して、後で厳重に抗議すると瑠璃亜は怒っていたのだが。
そうこうしている内に美しい夕陽の光に照らされる中、太一郎たちを乗せた馬車がフォルトニカ王国の王都に帰還した。
それを待ち構えていた各国の記者たちが、シルフィーゼとの交渉の結果がどうだったのかを取材する為に、一斉に馬車へと殺到する。
だが太一郎とサーシャ、シルフィーゼが乗る馬車から降りてきた、とても慈愛に満ちた美しい女性の姿に、記者たちは一斉に大騒ぎになってしまった。
無理も無いだろう。シルフィーゼの説得の為に精霊の森に赴いたと思ったら、いざ帰ってきたらシルフィーゼと一緒に、こんなにも美しい女性が馬車から降りてきたのだから。
聖地レイテルで戦死した真由に、どこか面影が似ているような気がするが…彼女は一体何者なのか。
まさか太一郎が密かに作った愛人なのか。サーシャと同じ馬車から降りてきたという事は、太一郎の所有権を巡って泥沼の痴話喧嘩でもしていたのか。
これはまさかの一大スクープかと、『売れる記事』のネタを逃すまいと、太一郎たちの下に殺到する記者たちだったのだが。
「皆さん、道を開けて貰えないかしら?私は魔王カーミラ。フォルトニカ王国との和平交渉の為に、この王都に訪れたの。」
「ま、魔王カーミラだってぇっ!?しかも和平交渉!?」
仰天する記者たちに対して毅然とした態度で、太一郎の右手を取りながら記者たちに接する瑠璃亜。
そして。
「そして私の本当の名前は渡辺瑠璃亜。貴方たちもよく知っている真由ちゃんの実の母親、そしてここにいる太一郎君の継母よ。」
「…はああああああああああああああああああああああああああ!?」
瑠璃亜が太一郎との関係を100億%馬鹿正直に語るもんだから、当然ながら記者たちがさらに大騒ぎになってしまう。
和平交渉だけでも一大事件だというのに、さらに魔王カーミラが『閃光の救世主』の義理の母親だった。
これは一大スクープだと、とんでもない大事件だと、記者たちが騒ぎながら瑠璃亜を質問攻めにする。
「皆さん、取材は後にして頂けますか!?母は今から女王陛下との大事な和平交渉を控えているんです!!後日記者会見を開かせて頂きますので、どうか母の邪魔をしないで下さい!!道を開けて下さい!!」
そんな瑠璃亜を守る為に、慌てて太一郎が記者たちの前に立ちはだかったのだった。
当然ながら記者たちは、魔王カーミラの息子だという事を瑠璃亜が暴露してしまった太一郎に対しても、物凄い勢いで質問攻めにする。
いくら太一郎に後にしろ、邪魔だと言われた所で、彼らとて生活が懸かっているのだ。
『売れる記事』を作る為に、自社の新聞を一部でも多くの人々に購入して貰う為に、こんな所で引く訳にはいかない。
これが向こうの世界ならば、太一郎と瑠璃亜は記者たちに一斉にボイスレコーダーを突き付けられ、カメラのフラッシュを情け容赦なく浴びせられるだろうが。
当然ながらこの異世界にはそんな物は存在しないので、記者たちの誰もがメモ帳を片手に、太一郎と瑠璃亜の前に立ちはだかっている。
「おいおい母さん、こんな馬鹿正直に話してしまって本当にいいのかい?」
「別に構わないわよ。私はこの国に和平交渉をしに来たのだから。隠し事だなんてクレア女王に対しての最大の侮蔑だわ。」
「それはまあ、そうなんだけどさ。」
苦笑いする太一郎だったのだが、そんな中でシリウス、ケイト、レイナが数名の兵士たちと共に必死に記者たちを押しのけ、太一郎たちの通り道を確保したのだった。
それでも記者たちの誰もがそれに屈せず、鬼気迫る表情で必死に太一郎たちにインタビューをしようとシリウスたちを押しのけようとするが、そもそも一般人である彼ら如きが、鍛え抜かれた軍人であるシリウスたちに敵うはずがない。
「太一郎、カーミラ殿!!ここは我々に任せろ!!今の内に女王陛下の元に急ぐのだ!!」
「済まないシリウス、助かったよ。さあ母さん、行こう。」
「ええ。」
太一郎の左手を右手で握り、太一郎に優しく引っ張られながら、決意に満ちた表情で城へと向かう瑠璃亜。
それにしても太一郎がまだ子供だった頃は、あんなに自分にくっついてばかりの甘えん坊さんだったというのに。
それがいつの間にか、随分と強くて頼もしい男性に成長した物だと…太一郎の頼もしい背中を後ろから見つめながら、思わず瑠璃亜は苦笑いしてしまう。
向こうの世界で警察官だった頃も、太一郎は凶悪犯罪者を相手に幾度か死線を潜り抜けてきたのだが。
きっとこの異世界においても、それ以上の相当な修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。色々な事を体験してきたのだろう。
自分の右手を優しく握る太一郎の左手が、何だかとても力強くて温かい。
そうして太一郎、サーシャ、シルフィーゼ、イリヤ、エキドナに護衛されながら、瑠璃亜は遂に城へと辿り着いたのだった。
瑠璃亜の事を魔王カーミラだと知るはずが無い兵士や使用人たちが、目の前にいるとても美しい女性の姿を、一体誰なんだろうと興味深そうに見つめていたのだが。
その好奇心が、クレアが事務作業をしている執務室でのサーシャの一言によって、瞬く間に驚愕へと変貌してしまうのである…。
クレアがいる執務室の扉の前にいる兵士2人が、穏やかな笑顔で太一郎に敬礼をする。
そんな彼らに敬礼で返した太一郎が決意に満ちた表情で、コンコンコンと執務室の扉をノックした。
「女王陛下。太一郎です。精霊の森より只今帰還致しました。」
「お帰りなさい、太一郎。入っていいわよ。」
「はい、失礼します。」
クレアの呼びかけに応じた太一郎が静かに扉を開け、テーブルと向かい合っているクレアに敬礼をする。
そんな太一郎を、今日の分の事務作業を終えたばかりのクレアが、穏やかな笑顔で出迎えたのだが。
「あら、彼女たちは?」
「お母様。彼女は渡辺瑠璃亜さん。太一郎さんの継母で、真由さんの実母…そして現在の魔王カーミラです。」
「…あらあらあら、まあまあまあ…!!」
「お母様と和平交渉をしたいと、そう仰っておられました。」
目の前にいる女性が魔王カーミラ、しかも太一郎と真由の母親だとサーシャから知らされたクレアは、流石に驚きを隠せずにいるようだ。
周囲にいた兵士たちも、まさかのサーシャの爆弾発言に物凄い騒ぎになってしまう。
慌てて兵士たちの何人かが一斉に駆けつけて瑠璃亜に武器を突き付けたのだが、そんな彼らをクレアが毅然とした態度で制したのだった。
「武器を収めなさい。今のサーシャの話を聞いていなかったのかしら?彼女は太一郎と真由の母親なのよ?そもそも彼女はここに和平交渉をしに来たのよ?」
「し、しかし女王陛下!!」
「それに貴方たちでは彼女には到底敵わないわよ。怪我をしたくなければ武器を収めて下がりなさい。」
「しょ…承知致しました!!」
クレアに忠告されて、慌てて武器を収めて下がる兵士たち。
強い者程、相手の強さには敏感な物だ。
クレアは瑠璃亜が内に秘めた魔王カーミラとしての力を、一目見ただけで見抜いてしまったのだった。
間違いなく瑠璃亜は魔王カーミラと名乗るのに相応しい、凄まじいまでの実力者だ。
サザーランド王国の前国王チェスターが、彼女との一騎打ちに敗れて戦死したという報道も、あながち嘘や誤報などでは無かったようだ。
クレアとて仮に瑠璃亜と真正面から戦えば、決して無傷では済まされないだろう。
負けるとまでは言わないが、互角…いや、クレアがやや不利といった所か。
いずれにしても、相当厳しい戦いになるのは間違いないはずだ。
だがまあそんな事は、今はどうでもいい。
機会があれば瑠璃亜と模擬戦でもやってみたい所だが、そんな物は取り敢えず後回しだ。
「遠路はるばるフォルトニカまでようこそ。魔王カーミラ…いいえ、瑠璃亜。」
「初めまして。私たちを快く受け入れてくれた事、心から感謝するわ。」
瑠璃亜に差し出された右手を、快く右手で握り返して握手をするクレア。
その様子を兵士たちが、とても心配そうな表情で見つめていたのだった。
当然だろう。いきなり魔王カーミラが現れたと思ったら、この国の女王であるクレアを相手に握手などしているのだから。
「こんな狭い部屋で立ち話も何だから、お茶でも飲みながら…いいえ、もうこんな時間だから一緒に夕食にしましょうか。今から応接室に案内するわ。」
「有難う。ご馳走になるわ。クレア女王。」
「クレアで構わないわよ。サーシャ、戻ってきたばかりで疲れている所を悪いけど、夕食の用意をして貰えないかしら?」
果たして多くの兵士や職員たちが心配そうに見守る最中、応接室にてクレアと瑠璃亜による、フォルトニカ王国とパンデモニウムの和平交渉が行われる事になった。
各国の記者たちも『売れる記事』のネタを逃すまいと、一斉に城内に押しかけようとするものの、シリウスの陣頭指揮の元、ケイトとレイナ、兵士たちに押し返されてしまい、
「中に入れろ!!」
「和平会談の取材をさせろ!!」
「これは記者としての我々の当然の権利だ!!」
などと押し問答、怒鳴り合いになってしまっている。
市民たちも魔王カーミラが和平交渉に赴いたという事で、その様子をとても不安そうな表情で見つめていたのだが。
「お待たせしました。今日は質素ですがシーフードカレーにしてみました。」
そんな騒ぎの最中、応接室ではサーシャの手作りのカレーが瑠璃亜たちに振舞われていたのだった。
カレーの具にはニンジンやジャガイモ、ほうれん草などの野菜だけでなく、イカ、エビ、タコといった、新鮮な海の幸も盛大に使われている。
今日は突然これだけの人数分の料理を作らなければならなくなったという事で、サーシャは人数分まとめて作れるカレーを作る事に決めたのだ。
「まさか王女であるサーシャちゃんが、自ら食事の用意をしたというの?」
「ふふふっ、サーシャの料理は絶品よ?遠慮せずに食べて御覧なさい。」
一国の王女に何て事をさせるのかと、呆気に取られてしまった瑠璃亜。
それでもカレーを一目見ただけで瑠璃亜には分かる。サーシャの料理の腕は本物だと。
太一郎が言うには普段の食事は、いつもサーシャが作ってくれているらしいのだが。
クレアに笑顔で促されて、サーシャに差し出されたシーフードカレーをスプーンで掬い、口の中に入れたイリヤ。
モグモグとよく噛んで、ゴクリと飲み込んだ次の瞬間。
「…美味しい…!!」
イリヤの口の中で、絶妙なハーモニーが広がる。
感嘆の表情で、イリヤは驚きの声を上げたのだった。
サーシャは質素などと自虐していたが、パンデモニウム城で働くプロの調理師たちが作る料理と比べても、全く遜色の無い代物ではないか。
「お代わりもありますから、遠慮なく申し出て下さいね。イリヤさん。」
そんなイリヤの感嘆の表情に、サーシャがとても嬉しそうな笑顔になる。
自分の料理を美味しいと言って貰えるのは、サーシャのような料理人にとっては何よりも代えがたい代物なのだ。
「これは確かに美味しいですね。サーシャ様はいつもご自身で料理をお作りになられておられるのですか?」
「ええ、料理は私の趣味ですから。」
「素晴らしいですね。感服致します、サーシャ様。」
笑い合うサーシャとエキドナ…人間と魔族が笑顔で交流し合う、まさに理想の光景がそこにあった。
今この場に真由とアリスがいてくれたならば、もっと最高だったのだろうが。
一馬たちの暴走が引き金となって、聖地レイテルで命を落とす事になってしまった、真由とアリス。
イリヤもアリスも聖地レイテルにおいて、間違い無く太一郎たちとの和平を本気で望んでいたはずだ。
それなのにイリヤが真由を殺し、太一郎がアリスを殺した。
何故、こんな事になってしまったのだろう。一体どこで歯車が狂ってしまったのだろう。
一体どうすれば、真由もアリスも死なずに済んだのだろうか。
それでも今更それを悔いた所で仕方が無い。
失ってしまった時間は、もう二度と巻き戻せないのだから。
だからこそ瑠璃亜は、こんな悲劇をもう二度と繰り返させない為に、こうしてクレアとの和平交渉に臨んでいるのだ。
クレアと他愛の無い雑談をしながら、とても美味しそうにカレーを口に運ぶ瑠璃亜。
だが人間というのは、一体どこまで愚かな生き物なのか。
フォルトニカ王国とパンデモニウムによる和平交渉が成立する事を快く思わない者たち、そして自分たちの愚かな野心や欲望が引き起こした数々の陰謀により、瑠璃亜が決死の覚悟でクレアに持ち掛けたこの和平会談が、瞬く間にぶち壊される事になるのである…。
「さてと、食事も済んだ事だし、そろそろ本題に入りましょうか。貴女の目的が私との和平交渉だとサーシャが言っていたけれど、貴女は一体どういう経緯でその決断に至ったのかしら?」
「それは…。」
食べ終わったカレーの皿を使用人の少女に下げて貰った瑠璃亜が、決意に満ちた表情で自らの想いの丈をクレアにぶつけようとした、その時だ。
「…クレア。私は…。」
「じょ、女王陛下!!た、大変です!!」
兵士の1人が血相を変えて、慌てて応接室へと乱入してきたのだった。
一体何事なのか。戸惑いを隠せない太一郎たちだったが、それでもクレアは女王として毅然とした態度で兵士に接する。
「一体何があったの?落ち着いて話して御覧なさい。」
「そ、それが…!!」
気持ちを落ち着かせるために一度ゆっくりと深呼吸をした兵士だったのだが、やがて意を決した表情で、とんでもない事をクレアに報告したのだった。
「リ、リゲル殿が城下町の広場に市民たちを集め、演説をしておられるのですが…!!」
「リゲルが…!?」
「女王陛下がカーミラ殿と和平交渉をなさっている事を、糾弾なさっておられるのです!!」
リゲルは先日の緊急会議の際、太一郎に対してより強力な『呪い』を掛けるべきだと主張した事で、虐待と強要示唆の現行犯で逮捕された(第53話参照)。
本来ならば数か月程度の軽い懲役刑となる所なのだが、リゲルがこれまで大臣としてフォルトニカ王国の発展の為に尽力してくれた事もまた事実であり、それを考慮したクレアの温情により懲戒解雇処分だけで済まされ、先日釈放されたばかりなのだ。
それがこんな…クレアの温情をこんな形で返すような馬鹿な真似をするとは。
瑠璃亜がどんな想いで、どれ程の決死の覚悟で、クレアとの和平交渉に臨んだのか…それを分かろうともせずに。
「…分かったわ。わざわざ知らせてくれて有難う。」
「はっ!!」
敬礼をした兵士が慌てて持ち場に戻ったのだが、太一郎が窓から外の様子を見てみると、成程確かにとんでもない騒ぎになっているようだ。
王都の広場にある壇上に上がったリゲルが拡声機能が付いたタリスマンを手に、威風堂々と演説を行っている。
そしてそんなリゲルの下に群がる、大勢の市民たち。
「ま、リゲルが何を主張しているのか、大体想像は付くけどな。」
カーテンを閉めた太一郎が、呆れたように溜め息をついたのだった。
大方、自分が魔王カーミラの息子だという事が判明したから、それを口実に自分を近衛騎士から解任するべきだとか、クレアに責任を取らせるべきだとか、自分こそが新たな国王に相応しいだとか、そんなような事を市民に語っているのだろう。
だがリゲルが先日釈放されたばかりだというのは太一郎も知っていたが、まさかこんなに早く行動を起こしてくるとは。
かといってリゲルを無理に武力で抑え込んでしまえば、今度はそれを口実にクレアに対して、不当な暴力行為を受けたと逆提訴してくる事だろう。
いや、あるいは瑠璃亜やイリヤ、エキドナに対して酷い挑発をし、わざと怒らせる事で彼女たちに敢えて自分に暴力を振るわせ、それによってこの和平交渉をぶち壊す事も計画しているに違いない。
然る後にクレアに対して厳しく責任追及をし、女王の座を失脚させる事さえも狙っているのだろう。
自分がクレアの代わりにフォルトニカの王となり、この国を支配する…そんな下らない野心と欲望によって。
「とにかく、彼をこのままにしてはおけないわ。瑠璃亜とイリヤ、エキドナはここで待機して貰える?今貴女たちが不用意に動けば、かえって余計な混乱を招くだけよ。」
「ええ、そうさせて貰うわね。クレア。」
まさかこんな形で、和平交渉を打ち切られる事になるとは。
いや、瑠璃亜もある程度は想定していた事なのだが…とにかくこの状況ではクレアの言うように、自分たちが下手に動くのはまずいだろう。
「太一郎とシルフィーゼはこの3人の護衛を。多分大丈夫だとは思うけれど最悪の事態が起きた場合は、シルフィーゼの転移魔法で3人を王都から逃がしてあげなさい。」
「了解しました。女王陛下とサーシャはどうするんです?」
「私とサーシャは今からリゲルを抑えにいくわ。」
「分かりました。ですが下手に武力行使をすればリゲルの思うつぼでしょうから、それだけはどうかお気を付けて。」
「ええ、分かっているわ。太一郎。貴方はお母さんの傍にいてあげなさいね。」
太一郎の忠告に、笑顔で力強く頷くクレア。
瑠璃亜が決死の覚悟で持ち掛けた和平交渉を、パンデモニウムとの友好和睦を、こんな形で決裂させる訳にはいかないのだ。
ここから先はクレアとサーシャの、王族としての政治的な戦いだ。
「さあ、行きましょうサーシャ。私たちをコケにしてくれたリゲルに、お灸を据えてあげましょう。」
「はい!!お母様!!」
もうこれ以上、リゲルの好き勝手にはさせない。
決意に満ちた表情で、クレアとサーシャはリゲルのいる広場へと向かったのだった。
太一郎が魔王カーミラの息子だった事を口実に、クレアに対して厳しく責任追及をするべきだと市民に演説するリゲル。
そんなリゲルに対し、演説を聞いていたナタリアら市民たちがリゲルに語る事とは…。