第56話:シリウス釈放
太一郎たちに『呪い』を掛けた件で投獄されたシリウスですが、そんな彼の元に太一郎、サーシャ、クレア、ケイト…そしてレイナが姿を現します。
シリウスに対して、太一郎とクレアが語る事とは…。
微かに太陽の光が届く牢屋の中で、シリウスはベッドの上に腰掛けながら思案に耽っていた。
今回の聖地レイテル調査任務において、一馬たちの暴走がきっかけとなり、転生者たちは全滅。唯一の生存者となった太一郎以外の全員が死亡してしまった。
そして自暴自棄になった太一郎の口から、サーシャに『呪い』の件がバレてしまい、その結果シリウスは虐待と強要の容疑で逮捕され、こうして投獄される事態になってしまった。
だがそれでもシリウスは、自分の行いを後悔するつもりはない。
いや、今更後悔など、する訳にはいかないのだ。
先代の転生者である龍二たちのように、太一郎たちに謀反される事を恐れたシリウスは、サーシャとクレアに相談せずに独断で『呪い』を掛けた。
それによって自分がどのような咎を受けようとも、全てを覚悟した上でだ。
ここで自分が『呪い』を掛けた事を今更後悔してしまえば、その覚悟さえも否定する事になってしまうのだから。
とはいえ『呪い』という抑止力をもってしても尚、一馬ら『ブラックロータス』の暴走を抑える事は出来なかったのだが。
これまでにサーシャから受けた尋問の中で事情を知らされた結果、一馬たちが死んだのは『呪い』とは関係なく、ただの自業自得に過ぎないという事は理解した。
だが、もし太一郎たちに『呪い』を掛けていなかったら、今頃どうなっていただろうか。
何しろ転生直後から『異能【スキル】』という強大な力に溺れ、「この国をシメる(支配する)」などとシリウスに公言していた一馬だ。
当然、無謀にもサーシャとクレアに戦いを挑んで…呆気無く返り討ちにされていただろうか。
そう…己の力を過信して暴走し、サーシャとクレアを殺してこの国を支配しようと企んだ挙句、無様に返り討ちに遭って殺された、あの時の龍二たちと同じように。
いや、そうなる前に、その場にいた太一郎が一馬たちを圧倒的な強さで叩きのめし、拘束してくれていただろうか。
そんな事をぐるぐる、ぐるぐると、頭の中で考えていたシリウスだったのだが。
「開けなさい。」
「はっ!!」
突然クレアの事が聞こえたと思った瞬間、見張り役の兵士が自分の牢屋の鍵を開けたのだった。
そしてベッドに座っているシリウスに向かって、物凄い勢いで駆けつけてきたレイナ。
「シリウス様ぁっ!!」
「ちょ、レイナ!?…むぐぐ。」
シリウスの顔をとても愛しそうに両腕で抱き締め、その豊満な胸に埋めるレイナ。
その様子を太一郎、サーシャ、クレア、ケイトの4人が、神妙な表情で見つめていたのだった。
慌ててレイナを引き剥がしたシリウスが、訳が分からないといった表情でクレアを見つめていたのだが。
「女王陛下!!これは一体どういう事なのです!?」
だが次の瞬間クレアは、シリウスが全く予想もしなかった言葉を口にしたのだった。
「出なさいシリウス。釈放よ。」
「は!?」
まさかのクレアの言葉に、シリウスは戸惑いを隠せない。
当然だろう。これだけの事をしでかしたにも関わらず、いきなりクレアに釈放だなどと言われたのだから。
そんなシリウスに対してクレアは威風堂々と落ち着き払った態度で、自らの真意を語り出したのだった。
「今日の朝の定例会議の結果、私たちはシルフィーゼに再び助力をお願いする事が決まったわ。彼女を説得する為に貴方の力を貸して欲しいの。」
「な…!?シルフィーゼですと!?」
賢者シルフィーゼ。
かつて先代の転生者である明日香とツーマンセルを組み、フォルトニカ王国騎士団の宮廷魔術師として多大な貢献を果たした、達人クラスの魔術師の女性だ。
その明日香は先代の魔王カーミラと壮絶な死闘の末に、相打ちになり戦死したとされているのだが…その際にシルフィーゼもまた姿を消してしまったのだ。
先日の聖地レイテル調査任務において、フォルトニカ王国騎士団は転生者全滅、太一郎以外の全員が死亡するという、甚大な損害を出す事になってしまった。
その損害の穴埋め…と言ってしまえば言葉は悪いのだが、とにかくこの非常事態に再びシルフィーゼに力を貸して貰おうと、そうクレアは考えているのだ。
姿を消したと言っても、その後の調査でシルフィーゼが現在住んでいる場所自体は特定している。
シルフィーゼが以前暮らしていた、精霊の森…そこの一軒家で再び世捨て人となり、1人で静かに隠居生活を送っているらしい。
だがシルフィーゼが王都に戻らずに姿を消してしまったのは、仲が良かった明日香の死でショックを受けたからなのではないか…そう判断したクレアが、シルフィーゼの方から王都に戻って来てくれるまで、そっとしておくように命じたのだ。
それに太一郎と真由が大活躍を見せてくれた事もあって、無理をしてでもシルフィーゼを呼び戻す必要性は無かったという事情もあったのだが。
「それに貴方を釈放するべきだと定例会議で主張したのは、他でもない太一郎なのよ。」
「な、何ですと!?」
「今回のような非常事態が起きてしまった以上、今は1人でも多くの有能な人材が欲しいと言ってね。」
まさかの予想外の名前が出た事に、シリウスは戸惑いを隠せない。
今は1人でも多くの有能な人材が欲しい…だからこそシルフィーゼに白羽の矢が立ったのだが、その太一郎が言う「有能な人材」の中に、シリウス自身も含まれているのだ。
宮廷魔術師としての優秀な戦闘能力、そして豊富な知識と優れた頭脳、太一郎にも劣らない冷静沈着な判断力。
今のこの非常事態に、これだけの優秀な能力を持ったシリウスを遊ばせておくのは勿体無いと…太一郎は定例会議において、そうクレアに主張したのだ。
その太一郎は、どっこいせと椅子に座り、ベッドに腰掛けるシリウスと真っすぐに向かい合う。
「君は宮廷魔術師として、他国の要人との豊富な外交の経験があるんだろう?それに君はシルフィーゼと割と良好な関係だったらしいじゃないか。だったらシルフィーゼとの交渉の適任者は君以外にいないだろう。」
「それは…!!」
「それだけじゃない。これから先の戦いにおいて、君自身の戦闘能力も必ず必要になってくるはずだ。口先だけの能無しなリゲルたちと違ってな。」
だから君の力が必要なんだと、シリウスに静かに語りかける太一郎だったのだが。
そんな太一郎にシリウスは、自らの想いの丈をぶつけたのだった。
「何故だ!?君は私の事が憎いのでは無かったのか!?だからこそ君はこれまでの間、私を失脚させる事を狙っていたのだろう!?」
本来なら太一郎は殺してやりたい程までに、シリウスの事を憎んでもいいはずなのだ。
サーシャに『呪い』を解いて貰った以上、今ここでシリウスの事を殴って蹴って袋叩きにした所で、最早『呪い』による苦痛が襲い掛かる事は無いはずなのに。
なのに何故太一郎は、自分の事が必要だ、などと言ってくるのか。
そんなシリウスの戸惑う姿を見つめながら、太一郎はふうっ…と深呼吸をした後、真っすぐにシリウスを見据えたのだった。
「…戸田龍二たちの件に関しては、僕もサーシャから聞かされたよ。」
「なっ…!?」
「だからと言って、君の全てを許したつもりは無いけどな。」
目の前のシリウスを怒りの形相で睨みつけるのではなく、ただ真っすぐに真剣な表情で見据える太一郎。
太一郎とて、最初から分かっているのだ。
自分たちに『呪い』を掛け、理不尽な苦しみを味合わせ続けたシリウスではあるが、それでも決してリゲルのような犬畜生などでは無いと言う事を。
シリウスもシリウスなりに、この国の事を真剣に考えた上で、自分たちに『呪い』を掛けたのだという事を。
もしシリウスが本気で太一郎たち転生者を奴隷扱いしようと思ったならば、リゲルが緊急会議の場でクレアに主張していたように、『呪い』をもっと強力な代物にしていたはずだろうから。
それこそ真由に対して「抱かせろ」と命令し、太一郎が反抗出来ないようにする事だって、やろうと思えば出来たはずなのだ。
それをせずに『呪い』をこんなにも「微温い」代物にしたのは、シリウスが太一郎たちの事を、最初から奴隷扱いなどするつもりが無かったからに他ならない。
それでもシリウスのせいで太一郎たちは、理不尽に苦しめられた…その事実だけは逃れようのない事実ではあるのだが。
それを踏まえた上で太一郎は、シリウスに対して自らの想いの丈をぶつけたのだった。
「ああそうだな、確かに君の言う通りだ。僕は君の事を憎たらしく思っているよ。君のせいで僕たちはこの3ヶ月もの間、理不尽な目に遭わされ続けてきたんだからだな。」
「だ、だったら何故…!?」
「今ここで君を殺せば、真由は生き返るのか?」
太一郎の言葉に、シリウスは言葉に詰まってしまう。
そう…今ここでシリウスを殺した所で、それで真由が生き返る訳では無いし、何の解決にもなりはしないのだ。
そんな事をした所で太一郎に残るのは、ただただ虚しさだけだろう。
それに太一郎がシリウスを殺さない理由は、それだけではない。
「それに君を殺せば、レイナは一生僕の事を憎むだろう。」
「そ、それは…!!」
「そしてレイナが僕を殺せば、今度はサーシャが一生レイナの事を憎むだろう。そうしてサーシャがレイナを殺せば、今度はレイナのご家族がサーシャを…そうして憎んで憎んで憎み合ったその先に、一体何が残るっていうんだ。」
殺したから殺して、殺されたから殺されて。そんな物はもう懲り懲りだ。
目の前で真由をイリヤに殺された太一郎だからこそ、その虚しさ、無意味さを一番よく分かっているのだし、その言葉には『重み』があるのだ。
向こうの世界での太一郎は警察官であり、どんな理由があろうとも人殺しは禁忌だったというのも、確かにあるかもしれないが。
「まあそういう事だ。全てを水に流すつもりは無いが、それでも僕はもう君に復讐しようなんて思わない。今回の一件で君も充分懲りただろうから、今後もこの国の為に存分に働きやがれ。僕が君に言いたいのはそれだけだ。」
「…こんな私の事を許すと…君はそう言いたいのか…!!」
「まあぶっちゃけた話、そうなるな。」
「…っ!!」
この3カ月もの間、あれだけ理不尽な目に遭わせてきたというのに。
それでも太一郎は、自分の事を許してくれるというのか。
自分の力が必要だと、そう言ってくれると言うのか。
「渡辺太一郎…!!」
感極まったシリウスはベッドから立ち上がり、太一郎に対して頭を深々と下げたのだった。
「…本当に済まなかった…!!」
目からポロポロと涙を流すシリウスを、レイナがとても心配そうな表情で抱き寄せる。
その様子をサーシャ、クレア、ケイトが、神妙な表情で見つめていたのだった。
だがサーシャもクレアも今回のシリウスの行為を、頭ごなしに否定する事だけは出来なかった。
いや、今回のシリウスの行為を、想いを、サーシャもクレアも王族として、民を導く者として、深く心に刻まなければならないのだ。
もしクレアが半年前、目の前で転生者たちにサーシャを殺されていたら。サーシャを犯されていたら。
もしサーシャが半年前、目の前で転生者たちにケイトを殺されていたら。ケイトを犯されていたら。
もし仮に本当にそうなっていたら、一体どうなっていただろうか。
その時もクレアもサーシャも、今回のように転生者たちを再び召喚した際、果たして転生者たちに『呪い』を掛けないと言い切れるのだろうか。
サーシャもクレアも、目の前で大切な人を傷付けられてまで笑顔でいられるような、お人好しではない…決して聖人でも聖女でも無い、1人の人間なのだから。
今、2人の目の前にいるシリウスは、もしかしたら有り得たかもしれない、自分たちの「もう1つの未来の姿」だったのかもしれない。
そう…一歩間違えば、もしかしたら2人もまた、目の前のシリウスのようになっていたかもしれないのだ。
その事を胸に刻んだ上で、こんな事はもう二度と絶対にあってはならないと…サーシャもクレアも強く心に誓ったのだった。
「渡辺太一郎…いいや、太一郎。不躾な事だというのは重々承知している。だがこれだけは言わせてくれ!!」
頭を上げたシリウスは椅子から立ち上がった太一郎を真っすぐに見据えながら、太一郎に握手を求めたのだが。
「これからは私の事は、1人の友として接してくれ!!」
「アッーーーーーーーーーーーーーーー(泣)!!」
「一体何を想像しているのだ君はぁっ!?」
ガッチリと握手をした2人を見据えながら、クレアは高々と宣言したのだった。
「では現時刻をもってシリウスの営倉入りを解除し、宮廷魔術師としての業務に復帰して貰います。」
「承知致しました!!女王陛下!!」
「改めて言うけど、私たちの敵は魔王カーミラだけではないわ。転生者たちが全滅した事を好機と判断した他国が、アルベリッヒのように武力介入してくる可能性は充分にある…今は太一郎が言っていたように、1人でも多くの戦力が必要なの。」
フォルトニカ王国と同じく転生術を活用している事が明るみになったパンデモニウムに対して、今もなお多くの国が政治的な圧力を掛け、魔王カーミラとの駆け引きを繰り広げている。
中には駆け引きなどめんどくせーなーと言わんばかりに、武力介入を高々と宣言する国まで出ている始末だ。
このフォルトニカ王国もまた、パンデモニウムと同じ状況なのだ。
一馬たちが死んだ事を好機と言わんばかりに、フォルトニカ王国が独自運用している転生術を何としてでも手に入れようと、他国が虎視眈々と狙いを定めているのだ。
そうさせない為にも、外交官としても有能な能力を持つシリウスの力が、今後も絶対に必要になってくるはずだ。
「私たちが今後最優先でやるべき事は、まずはシルフィーゼに対して宮廷魔術師への復帰の説得よ。然る後に私たちは、魔王軍や他国との戦いに備えなければならない…貴方の能力と知略を存分に発揮して貰うわよ?シリウス。」
「はっ!!必ずや、女王陛下のご期待に応えて御覧にいれます!!」
決意に満ちた表情で、クレアに敬礼するシリウス。
そしてレイナがクレアに向かって、心の底から感謝しながら深々と頭を下げたのだった。
そんな2人を、とても穏やかな笑顔で見つめるクレア。
(明日香…これで良かったのでしょう?)
今は亡き英雄の姿を思い浮かべながら、クレアはこれから先のフォルトニカ王国の行く末に、想いを馳せたのだった…。
次回は第7章完結となります。
武器屋の店主の想いが込められた、太一郎の新しい武器が遂に完成します。
伝説の武器にも決して劣らない、太一郎に託された新たなる力。
ガンダムシリーズや勇者シリーズでおなじみの、新型機への乗り換えと言う奴です。