第51話:謀略の緊急会議
太一郎が医務室で精密検査を受けている最中、太一郎の処遇を巡って緊急会議が行われる事に。
自らの想いの丈をぶつけるサーシャですが、太一郎の存在を快く思っていないリゲルが、太一郎を排除しようと謀略を張り巡らせます。
果たして太一郎はどうなってしまうのか…。
かくして、清々しい太陽の光に包まれた晴天の14時…ケイトからの招集を受けたクレアや大臣たちは会議室へと集まり、サーシャを交えて今日二度目の緊急会議が執り行われる事となった。
円卓に一斉にクレアたちが着席し、クレアと向かい合う形で座るサーシャの傍に、ケイトが起立して付き添う形となる。
既に報道で知らさてはいたのだが、実際にサーシャとケイトが無事な姿をその目で見た事で、クレアは安堵の表情を見せたのだった。
「サーシャ、ケイト。まずは聖地レイテルの調査任務、お疲れ様。残念な結果に終わってしまったけれど、貴女たちや太一郎が無事に生きて帰ってきてくれただけでも、本当に良かったわ。」
「いえ、私の力不足のせいで、こんな事になってしまって…。申し訳ありません、お母様。」
「それで?こうして緊急会議を開いたのはいいけれど、聖地レイテルで一体何があったのか…説明して貰えるかしら。」
「それは…。」
サーシャはクレアや大臣たちに、馬車の中で太一郎から聞かされた話の全てを、全く何の嘘偽りも誇張表現も一切無く、100億%馬鹿正直に語った。
シリウスが太一郎たちに『呪い』を掛けた事。
その報復として太一郎がシリウスに対して復讐を企て、これまでシリウスに対して嫌がらせ同然の行為を繰り返していた事。
そして聖地レイテル調査任務においての、一馬たちの謀反や暴走、イリヤとアリスの一件、唯一の生存者となった太一郎の『呪い』をサーシャが浄化した事…その全てを。
「何て事なの…シリウスが太一郎たちに『呪い』を…まさかそんな事が…。」
全てをサーシャから聞かされたクレアたちは、まさかの予想外のサーシャの告発に、さすがに驚きを隠せずにいたようだが。
大臣たちも誰もが戸惑いを隠せないようで、一斉に大騒ぎする事態になってしまっている。
「サーシャ。貴女が不在の間、転生者たちが全滅した件に関して、今日の朝に緊急会議を開いたのだけれど…その時に私はこれまでの太一郎の功績を評価した上で、近衛騎士の地位を与えるつもりである事を公言したの。ケイトと同様に貴女直属の部下としてね。」
「はい。」
「だけど、こんな事になってしまった以上…もう私たちは彼に対して、この国の為に戦う事をお願いする事は出来なくなってしまったわ。私たちにはもう、そんな権利も資格も無いのだから。」
何しろシリウスが掛けた『呪い』のせいで、太一郎はこの3ヶ月もの間、理不尽に苦しめられ続けてきたのだ。
それが発覚してしまった以上、これまでのように太一郎に対し、この国の為に戦ってくれなどと…口が裂けても言える訳がない。
しかも太一郎は最愛の妹である真由まで失っているのだ。『呪い』がサーシャに忠告したように「シリウスが勝手にやった事であって、私は何も知らなかった」では通らないだろう。
「甘いですぞ女王陛下!!我々が一体何の為に、あの男を我が国に召喚したと思っているのです!?」
だがそんな中でも大臣たちの多くは、クレアの主張に反対の意を示したのだった。
シリウスが太一郎に掛けた『呪い』の件を、サーシャから知らされた上で。
それでもなお大臣たちは太一郎を、この国の為にボロボロになるまで戦わせるべきだと主張しているのだ。
「そもそも転生者共を我が国に召喚するのに、一体どれだけのコストが掛かっていると思っているのですかな!?ただでさえ奴らを召喚する為に、膨大な額の税金が投入されているのですぞ!?」
「そうですな。転生術は一度発動してしまえば、再発動に半年は掛かる代物…あの男には最低でもあと3か月は働いて貰わねば、費用対効果が合わないでしょう。」
「我々は我が国を魔王カーミラの脅威から守る為の切り札として、転生者共を我が国に召喚したのですぞ!?にも拘らず、あの男にこれ以上戦いをさせる訳にはいかないなど…そのような甘い戯言が通じるとお思いか!?」
そういった大臣たちの厳しい声が、クレアとサーシャに情け容赦なくぶつけられたのだった。
勿論、今この場に集まった大臣全てが、太一郎を戦略兵器としか見ないような、人でなしという訳では無い。
中にはクレアの言葉に賛同し、太一郎をいい加減自由にしてやるべきだと主張する善良な大臣たちも、いるにはいるのだが…それでも多くの大臣たちが、太一郎を戦略兵器としてしか見ていないようだ。
これでは以前フォルトニカ王国に攻め込んできたアルベリッヒと、考えている事が何も変わらないではないか。
この大臣たちの態度に、流石にサーシャもブチ切れてしまったのだが。
「何を馬鹿な事を…!!この3か月もの間、あれだけ理不尽に苦しみ続けてきた太一郎さんに対して、まだ戦う事を強要すると言うのですか!?」
「当たり前やろが。」
初老の大臣がサーシャに対して、はっきりと言い切ったのだった。
「サーシャ王女。王女という公的な立場にあるお前さんが、何を甘ったれた事を言っとるだ。お前さんの口からもう一度言ってみよ。我々が一体何の為に、転生者共を我が国に召喚したのかをな。」
「…復活した魔王カーミラに対抗する為の戦力として…でしょう?」
「そうやろが。だからこそ、これ以上奴を戦わせる訳にはいかないとか、そんな甘ったれた言い分が通じる訳が無いやろが。」
「ですが彼は、シリウスに『呪い』を…!!」
「それが甘えだと言っとるんや!!お前さんは王女なんやぞ!!国を守る為に何が最優先されるべきか、よく考えよ!!」
物凄い剣幕でサーシャを怒鳴り散らす初老の大臣たちに、他の大臣たちもまた、そうだそうだ!!と一斉に賛同の声を上げる。
この初老の大臣の言い分は一見横暴に見えるが、大臣という公的な立場の人間としては、実は決して間違った発言だとは言えないのだ。
転生者たちは復活した魔王カーミラに対抗する為に切り札として、フォルトニカ王国が独自運用している転生術を用いて、この異世界に召喚された。
だが他の大臣も言っていたが、この転生術は一度発動してしまえば、再発動までに半年は掛かる代物だ。
それに発動に伴い必要となる魔力や触媒、魔道具などのコストも膨大であり、とても気軽にホイホイと使えるような代物ではない。
そう…一度発動するだけで、とんでもない額の税金が投入される事になってしまうのだ。
そこまでして召喚した転生者たちが全滅したというだけでも大損害だというのに、さらに唯一生き残った太一郎に、これ以上戦わせる訳にはいかないなどと。
大臣たちにしてみれば、そういったサーシャやクレアの発言こそが、この国の事を全く考えていない『横暴な発言』なのだ。
シリウスが『呪い』を掛けたから何だというのか。そもそも太一郎たちがこの異世界に呼び出された理由は何なのか。
しかも太一郎は、この国の精鋭部隊である近衛騎士たちさえも遥かに凌駕し、模擬戦闘訓練でサーシャとも互角に渡り合って見せた程の凄腕の剣士だ。
それだけの戦闘能力を有している太一郎に、これ以上戦わせる訳には行かないなどと…もうその時点でフォルトニカ王国にとって、どれだけの大損害になってしまうのか。
それを初老の大臣は、サーシャに苦言を呈しているのだ。
「姫様。皆様方の仰る通りです。一国の王女という責任ある立場におられる貴女が、そのような私情を挟んでどうするのです。」
それでもなお初老の大臣に対して一歩も引かず、あぁん!?と睨み返すサーシャに対して、リゲルがとても厳しい表情で苦言を呈する。
「私情?私情とは一体どういう事なのですか?リゲル。」
「皆様方も仰っているでしょう。彼に戦いをお願いする事は、もう出来ない…そのような言動が私情だと言っているのですよ。」
そしてクレアに向き直ったリゲルが、次の瞬間とんでもない事をクレアに進言したのだった。
「女王陛下。私は彼に対し、これまで以上にもっと強力な『呪い』を施し、二度と我々に反抗出来なくするべきだと進言致します。」
「なっ…!?貴方は一体何を言っているのですか!?」
先程のサーシャの言葉を、リゲルは聞いていなかったのか。
あれだけ理不尽に苦しめられた太一郎に対し、何故そのような非道な振る舞いを平気で出来てしまうのか。
だが先程の初老の大臣と同様、リゲルのこの発言もまた、大臣という公的な立場にいる人間としては、実は決して間違った発言だとは言えないのだ。
『呪い』によって理不尽に苦しめられた太一郎に、これ以上戦いを強要させる訳にはいかない…それがサーシャとクレアの主張だ。
だが前述のような強大な戦闘能力を有する太一郎に、おめおめと騎士団を抜けられてしまえば、それだけで騎士団の戦力が絶望的なまでにガタ落ちしてしまうのだ。
それは一国の王女や女王として、果たして許される行為なのかどうか。
そう…太一郎が可哀想だとか、理不尽に苦しめられたとか、そんな物はリゲルの言うように、所詮はサーシャとクレアの私情に過ぎないのだ。
王女や女王という公的な立場である以上、サーシャとクレアには国や民を守る為に、最大限の尽力をする責務がある。
その為に太一郎に戦いを止めさせるというのは、果たして「国や民を守る為の最大限の尽力」と言えるのか。それをリゲルは主張しているのだ。
とは言え太一郎を邪魔な存在だと認識しており、極秘に暗殺者まで仕向けたリゲルだ。その思惑はまた別の所にあるのだが。
「凶暴な獣には鎖を繋げておかなければ、いつ我々に牙を向かれるか分かった物では無いのですよ、姫様。現に『ブラックロータス』の連中は謀反を起こしたではありませんか。」
「そ、それは…!!」
一馬たち『ブラックロータス』の謀反を口実に、太一郎に再び『呪い』を掛けるべきだと主張するリゲル。
先程、ケイトからの呼び出しを受ける前に彼専属の部下から、暗殺者が太一郎の暗殺に失敗し、ロファールに捕えられた事を知らされた。
勿論、暗殺の依頼主が自分だという事が絶対にバレないように、依頼主とは直接会わずに部下を介してやり取りをするなどといった、巧妙な隠蔽工作を施してはいるのだが。
それでも太一郎の暗殺に失敗してしまったのであれば、彼を排除する為に別の手段を使わせて貰うまでの話だ。
「もし彼にまで謀反を起こされ、我が国に甚大な被害をもたらされた場合、姫様はその責任を取れるのですか?何しろ魔王軍の幹部を討ち取る程の強大な戦闘能力の持ち主です。彼を自由にしておくのは極めて危険だと進言致しますが?」
もう太一郎を暗殺するのは極めて困難だという事は、リゲルも充分に思い知らされた。
ならば殺せないのであれば、太一郎に『呪い』を再付与する事で再び太一郎から自由を奪い、二度と自分たちに歯向かえないようにしてしまうまでだ。
その為にリゲルは、一馬たち『ブラックロータス』が謀反したという事実を、徹底的に利用させて貰う事にした。
「確かに彼は魔王軍3魔将の1人を討ち取り、1人を討伐寸前まで追い詰めました。それは先程姫様が不在の頃に女王陛下が仰ったように、凄まじいまでの大戦果だと言えるでしょう。ですが、だからこそ彼は自由にしておくのは、極めて危険な存在なのです。」
他の大臣たちの多くが、リゲルの主張に対し、そうだそうだ!!と賛同の声を上げる。
確かに『呪い』が散り際に、太一郎に忠告した通りだ。
王都に帰還した太一郎に待ち受けていたのは、リゲルたちによる理不尽な仕打ちだ。
よもや太一郎に再び『呪い』を掛けようなどと…いや、聡明で頭がキレる太一郎の事だ。この程度の事は当然想定済みなのかもしれないが。
「女王陛下は彼を近衛騎士に任官すると仰っておりましたが、私は断固として反対させて頂きます。彼ほどの強大な力の持ち主にそれだけの権限を与えてしまえば、果たして我が国にとって、どれだけの脅威となってしまうのか。」
一馬たちの謀反を口実に、邪魔な太一郎を徹底的に『呪い』で拘束するべきだと、自らの持論を熱弁するリゲル。
だがサーシャもまた、このままリゲルたちの思惑通りにさせるつもりは微塵も無かった。
シリウスに『呪い』を掛けられて戦いを強制させられていたとはいえ、それでも太一郎が命懸けでこの国の為に戦い、多くの命を救ってくれた事実に変わりは無いのだから。
だからこそ、今度はサーシャが太一郎を守る番だ。
決意に満ちた表情で、サーシャはリゲルに真っ向から反論する。
「それが今まで命を賭けて戦いに身を置き、多くの命を救って下さった彼に対して、許される行為なのですか!?」
「許す、許されるではないのです。王女という公的な身分である以上は私情を捨て去り、何よりも国や民を守る事を最優先で考えろと、そう私は言っているのですよ。」
「彼が今まで我が国に、一体どれだけの貢献をして下さったと思っているのです!?そんな彼に対し、そのような恩を仇で返すような真似をするなど、到底許されるはずがないでしょう!?それこそ彼の謀反を招く事に繋がりかねないのではないですか!?」
リゲルに対して一歩も引かず、なおも食ってかかるサーシャだったのだが。
「国は貴女の玩具ではない!!いい加減学びなさい!!」
とても厳しい表情で、リゲルはサーシャを怒鳴り散らしたのだった。
リゲルの気迫の前に、他の大臣たちは一瞬ビクッとなってしまう。
だがそれでもサーシャは挫けない。怯まない。一歩も引かない。
いや、太一郎を守る為に、ここで引く訳にはいかないのだ。
確かにリゲルの主張も一理ある。太一郎の存在が危険だというのも、謀反されたら大変な事になるというのも、だからこそ再び『呪い』を付与すべきだというのも。
一見理不尽に思えるこれらの発言は、この国の大臣としては決して間違った物ではない…それはサーシャとて理解はしていた。
だからと言ってリゲルの言うように、太一郎に再び『呪い』を付与するなど…そんな事が到底許されるはずがないのだ。
そしてそのような事を公然と口にしてしまうリゲルの事を、サーシャは心の底から軽蔑していた。
「サーシャ。貴女は彼をどうしたいのかしら?フォルトニカ王国の王女としてではなく、貴女個人としての気持ちを、私に正直に話して御覧なさい。」
そんなサーシャにクレアが、女王としてではなく母親として、優しく問いかけたのだが。
サーシャは一旦深呼吸して心を落ち着かせ…やがて意を決した表情で、高々とクレアに宣言したのだった。
「お母様。私は太一郎さんの事が好きです。」
「んなっ…!?」
まさかのサーシャの爆弾発言に、驚愕の表情になってしまうリゲル。
「なので私を妻に貰って欲しいと、今日の朝に太一郎さんにお願い致しました。返事は急がなくてもいいので、ゆっくり考えて欲しいとは伝えましたが。」
他の大臣たちも当然ながら大騒ぎになってしまい、クレアも驚きの表情でサーシャを見つめている。
「あらあらあら、まあまあまあ。」
「いけませぬぞ姫様!!貴女はご自身の立場を理解しておいでなのか!?」
当然ながらリゲルは、このサーシャの爆弾発言を快く思わなかった。
そりゃそうだろう。このままでは太一郎に次期国王の座を取られてしまうからだ。
「貴女には王女として、我々貴族の内の誰かと結婚し、跡継ぎを産み、高潔なる血筋を後世に残す責務があるのです!!それを英雄とはいえ、たかだか騎士団の一兵士如きと結婚するなど、到底許されるはずが無いでしょう!?」
「私が太一郎さんを好きだと言っているのですよ?それなのに私が太一郎さんと結婚するのに、何故いちいち貴方の許可を取らなければいけないのですか?」
「王女という公的な立場にある貴女に、自由恋愛をする権利など存在するとお思いか!?」
「私の結婚相手は私が決めます。誰にも口出しなどさせませんよ。」
「言ったでしょう!?私情を挟むなと!!それが王女として許される発言なのですか!?」
興奮した…というよりも、このままでは太一郎にサーシャを取られてしまうという焦り…といった方が正しいか。
物凄い形相で、リゲルがサーシャに食ってかかったのだった。
(くそが…!!このクソガキ、まさか既にあの男とヤッてはいないだろうな…!?先に既成事実を作られてしまったのでは…!!いや、このクソガキの言葉から察するに、あの男からの告白の返事はまだなのだろう。ならば私にも充分にチャンスはある…!!)
リゲルはサーシャに対して、特に恋愛感情など持ち合わせてはいない。
むしろリゲルにとってサーシャという存在は、単に政略結婚によって次期国王の座を得る為の存在…道具でしかないのだ。
心の中で舌打ちしながら、いかにして太一郎を排除しようかと考えを巡らせるリゲル。
(やはりあの男は邪魔だ…!!『呪い』を掛けて自由を奪うなどという生温いやり方では駄目だ…!!何としてでも早急に処分しなければ…!!あの男を処分さえ出来れば、あとは幾らでもやりようが…!!)
そんな邪な事を頭の中で考えているリゲルの心中など知ってか知らずか、クレアが呆れたように深く溜め息をついたのだった。
「リゲル。今はサーシャの結婚相手の話をしているのではないでしょう?」
見かねたクレアが話を本題に戻し、サーシャに助け舟を出したのだが。
「サーシャが今回の緊急会議を開くよう私たちに要請したのは、太一郎の処遇を今後どうするべきなのか…それを話し合う為なのではなくて?」
クレアの言葉に、リゲルは先程までのサーシャに対しての態度とは一転して、礼儀正しく一礼をして見せたのだった。
「これはこれは大変失礼致しました、女王陛下。ではその上で私からの意見を提言させて頂きますが。」
ここでクレアの思惑通り、太一郎を近衛騎士になどしてしまう訳にはいかない。
ましてや、サーシャと太一郎を結婚させるなど言語道断だ。
そんな事になってしまえば、次期国王の座を太一郎に奪われる事にもなってしまいかねないからだ。
だからこそリゲルは太一郎を、何としてでもこの国から排除しなければならないのだ。
「先程から申しております通り、私はあの男に『呪い』を再付与し、我々に二度と歯向かえないようすべきだと進言致します。あれだけの強大な戦闘能力の持ち主です。霧崎一馬たちのように謀反される事だけは、何としても防がなければなりませんからね。」
そんなリゲルを物凄い形相で睨みつけるサーシャだったのだが、そんなサーシャなど歯牙にもかけず、リゲルは体面上は真剣な表情をクレアに見せながらも、心の奥底では妖艶な笑みを浮かべている。
「ですがどうやら姫様は、それを快く思っておられない様子…まあ確かに姫様の仰います通り、人道的に問題のある行為かもしれませぬが…それならそれで良しとしましょう。」
そして次の瞬間リゲルは、とんでもない事をクレアに進言したのだった。
「ならば私はあの男を、シリウスに対しての度重なる嫌がらせの件に関しての罪を問い、拘束すべきだと進言致します。」
「なっ…!?」
リゲルの進言に、驚愕の表情を浮かべるサーシャ。
そう…リゲルは今回の一馬たちの謀反だけではなく、今度は太一郎のシリウスに対しての復讐心までも、太一郎の排除の為に徹底的に利用するつもりなのだ。
拘束さえしてしまえば、後はどうにでもなる。
他にも適当な罪状をでっち上げさえすれば、それを名目に太一郎を処刑する事さえも可能になるのだから。
「リゲル!!貴方は一体何を馬鹿な事を言っているのですか!?」
「どのような理由があろうとも、彼がシリウスに対しての軽犯罪を犯した事は事実!!ならばそれに関しては適切に処罰せねばならんでしょう!!」
確かに太一郎はシリウス自身の手で『呪い』を解かせる為に、これまでシリウスに対して嫌がらせ同然の行為を繰り返してきた。
それは太一郎がサーシャに馬鹿正直に話した事だし、太一郎自身もサーシャに対し、緊急会議でクレアたちに話しておいて欲しいと語っていた事だ。
自分と真由がこの3か月の間、どんな気持ちで、どんな想いで戦っていたのか…それをクレアたちに知っておいて貰いたいから。
だがこれはあくまでも『嫌がらせ』程度の代物でしかなく、しかもシリウスに『呪い』を解かせる為と言う正当な理由があっての物だ。言わば正当防衛も同然だろう。
むしろそれを言うならば、『呪い』を掛けるなどという非道な行いをしたシリウスこそが、罪に問われるべきではないのか。
(太一郎さん…貴方はこうなる事も分かった上で、私にこの事を話せと仰ったのですか…!?ですが、これでは…!!)
「それにあの男などに頼らずとも、最早我が国の防衛に関しては何の心配もありませんよ。女王陛下。」
さらに畳みかけるように、リゲルはクレアに自らの持論をぶつけたのだが。
「予てより女王陛下からの御命令のあった、新型魔導兵器『インパルス』の開発は順調に進んでおり、既に最終稼働テストを行う段階まで来ています。それが上手くいけば、後は実戦配備を行うのみですよ。」
太一郎などいなくても、今後この国を守る事に何の支障も無い…それを主張し、太一郎の拘束の正当性をクレアに熱弁するリゲル。
そんなリゲルの意見に賛同する大臣たちに対し、流石に拘束はやり過ぎだと反対する大臣たちが真っ向から反論し、今回の緊急会議は大紛叫する事態になってしまっていた。
何故、こんな事になってしまったのだろう。
シリウスに強要されていたとはいえ、これまで太一郎はこの国の為に命を賭けて戦い、この国の多くの人々の命を救い…その結果、最愛の妹を失ってしまった。
そんな太一郎に対して、存在自体が危険だから『呪い』を再付与しろだの、それが無理なら拘束しろだの…どうしてそんな事になってしまうのか。
リゲルを含め、大臣たちは口を揃えて言う。
王女という公的な立場にいる者が、私情を挟んでどうするのかと。
だが理由はどうあれ、この国の為に命を賭けて戦ってくれた太一郎に対し、何の労いの言葉も掛けないような…それどころか『兵器』としてしか扱わないような非道な者たちに、果たして大臣という『人の上に立つ者』としての資質があるのか。
そんな連中に、私情を挟むなとか偉そうな事を口にする資格があるのか。
「貴方たちは、太一郎さんを一体何だと…!!」
「皆、少し黙りなさい!!このままではキリが無いわ!!」
言い掛けたサーシャを右手で制し、クレアが大紛叫する大臣たちに大声で呼びかけたのだった。
クレアの呼びかけに、言い争いをしていた大臣たちがピタッと大人しくなる。
「ここで言い争った所で何もならないでしょう。だから取り敢えず今ここで『皆の意見をまとめる』事にするわ。皆が太一郎の処遇をどうしたいのか。」
サーシャも、ケイトも、リゲルも、大臣たちも、使用人の女性たちも…この会議室に集まった誰もがクレアに注目する最中、クレアは背筋を伸ばし、女王としての威風堂々とした態度で、大臣たちに告げたのだが。
「リゲルの言うように、太一郎に対してこれまで以上に強力な『呪い』を掛け、私たちに二度と歯向かえなくするべきだと主張する人は…今ここで起立しなさい。」
全く何の躊躇も無く、リゲルを含む大勢の大臣たちが、クレアの呼びかけに応えて一斉に起立したのだった。
「当たり前やろが。」
「ま、当然でしょうな。」
「リゲル卿の仰る通り、彼に謀反でもされたら、たまりませんからな。」
起立した大臣たちの数は、明らかに過半数を上回っていた。
それが意味する事は、つまり…。
その事実にリゲルは、とても満足そうな妖艶な笑みを浮かべる。
これで太一郎という邪魔な存在を、確実にサーシャから引き離す事が可能となるのだ。
「賛成多数…決まりですな女王陛下。では即座にシリウスを釈放し、彼に再び『呪い』を施すよう要請致しましょう。」
「そ、そんな…!!」
絶望の表情で、サーシャは目の前の光景を見せつけられてしまったのだった…。
次回は医務室で精密検査を受ける太一郎の話です。
検査の結果、特に異常は無し。太一郎の身体を蝕んでいるエキドナの暗黒魔法も、数日あれば勝手に浄化されると診断されるのですが…。