第50話:シリウス逮捕
太一郎が医務室で精密検査を受けている間、シリウスの逮捕に向かうサーシャ。
逮捕状を突き付けるサーシャに、シリウスは自らの行いを潔く認めたのですが…。
太一郎がロファールたちに付き添われ、精密検査を受ける為に医務室に向かっている頃。
決意に満ちた表情で、サーシャがケイトと共に魔法科学研究所に足を運んだのだった。
職員たちが慌ただしく働いている最中、物凄い勢いで扉を開け放ったサーシャ。
魔法化学研究所の職員たちがびっくりする最中、サーシャがシリウスとレイナがいる部屋にズケズケと向かって行くのだが。
「ひ、姫様!!只今シリウス殿は重大な案件の処理をしている最中でございます!!どうか3時の休憩時間までお待ち頂けませんか!?」
「そこをどきなさい!!事を急を要するのです!!」
「そ、それは…!!」
サーシャに逮捕状を見せつけられ、唖然とした表情で道を開ける職員たち。
逮捕状って。予想外の代物をサーシャに見せつけられた事で、職員の誰もが驚きを隠せない。
「い、一体シリウス殿が、何をやらかしたんですか…!?」
「虐待ですよ!!虐待!!」
「はあ!?ぎゃ、虐待!?シリウス殿が!?」
「分かったのなら、そこをどきなさい!!開けますよシリウス!!」
職員たちが戸惑う中、ノックもせずに物凄い勢いで扉を開け放ったサーシャ。
果たしてサーシャの目の前にいたのは、こちらも物凄く慌ただしく新型の魔道具の指輪の性能テストを行っていた、シリウスとレイナの姿だった。
シリウスが右手の人差し指に身に着けた指輪から放たれる魔力の量を、専用の計測器で計測し、書類にペンで記録していたレイナだったのだが。
まさかのサーシャとケイトの突然の乱入に、シリウスもレイナもまた驚きを隠せずにいたのだった。
「こ、困ります姫様!!いかに姫様と言えども、許可なく勝手に中に入られるのは…!!」
困惑した表情で、サーシャとケイトに抗議をするレイナ。
何しろこの部屋では、外部に漏れたらまずい機密書類なども色々と取り扱っているのだ。
例えサーシャとケイトにその意志が無かろうと、何らかの事故で機密書類が外部に漏れるような事があったら、とんでもない事になってしまう。
だからこそレイナは、せめて中に入るのであればノックくらいしてくれと、サーシャに対して真っ当な抗議をしたのだが。
だがそんなレイナにサーシャが情け容赦なく突き付けたのは、シリウスへの逮捕状。
その瞬間シリウスもレイナも、途端に青ざめた表情になってしまったのだった。
「シリウス。見ての通り、貴方に逮捕状が出ています。罪状は禁呪の不当使用、転生者の皆さんへの虐待、強要行為…心当たりはありますね?」
「なっ…!?」
物凄く心当たりがあるもんだから、全く反論出来ずに言葉に詰まってしまうレイナ。
とても厳しい表情で、サーシャはシリウスを睨みつけていたのだった。
当然だろう、実際に太一郎が『呪い』によってもがき苦しむ光景を、サーシャは実際に目の当たりにさせられてしまったのだから。
何故こんな馬鹿げた真似をしたのかと、サーシャがシリウスに対して無言の圧力を掛けている。
そのサーシャから放たれる凄まじいプレッシャー、そして転生者たちに『呪い』を掛けたのがバレたという衝撃の事実の前に、流石のレイナも驚愕の表情で、その場から身動き出来ずにいたのだった。
それに対してシリウスはというと、遂にこの時が来たのかと…覚悟を決めた表情でサーシャをじっ…と見つめている。
「…姫様。転生者たちが全滅したと聞かされましたが、渡辺太一郎は無事なのですか?」
「魔王軍の幹部との戦闘で瀕死の重傷を負いましたが、無事に回復して王都に帰還しましたよ。『呪い』も私が浄化しました。今は医務室で精密検査を受けて頂いています。」
「そうですか…!!良かった…!!」
心の底からホッとした表情を見せたシリウスだったのだが、そんなシリウスにサーシャがさらに厳しく追及を掛けたのだった。
「太一郎さんの無事を心の底から安堵しているのですね?ならば少なくとも貴方は太一郎さんに対して、敵意は持っていないという事ですね?」
「彼は我が国にとっての英雄です。彼のお陰で一体どれだけ大勢の人々が救われたのか…。そんな彼にどうして敵意など持てましょうか。」
「では何故貴方は、このような馬鹿げた真似をしでかしたのですかぁっ!?」
とても厳しい表情でシリウスを怒鳴り散らすサーシャの後ろ姿を、職員たちが仕事の手を止め、オロオロしながら部屋の外から見つめている。
いきなりサーシャが怒りの形相で部屋に入って来たかと思ったら、虐待の容疑だとかでシリウスへの逮捕状を叩きつけて来たのだ。仕事どころじゃなくなって当然だろう。
「致し方が無かったのです!!凶暴な野獣には鎖を付けておかなければ、いつ我々に牙を向くか分かった物ではありませんから!!」
そんなサーシャに対してシリウスもまた、自らの罪を正直に認めながらも、真っ向から自らの意見を、想いをぶつけたのだった。
何故太一郎たちに『呪い』を掛けたのか。その全てを。
「姫様はご存じ無いでしょうが、霧崎一馬ら『ブラックロータス』の連中は、私が転生術でこの国に転生させた直後から、『異能【スキル】』という強大な力に溺れ、我が国を支配しようと企んでいたのです!!」
「それに関しては私も太一郎さんから聞かされました。だから貴方は彼らを抑え込む為に『呪い』を掛けたとでも?」
「そうでもしなければ奴らのせいで、我が国はどれだけの被害を被っていたのか!!」
何しろ一馬は転生直後から、サーシャやクレアを殺してフォルトニカ王国をシメる(支配する)などと、はっきりとシリウスに公言していたのだ。
結果的にシリウスの『呪い』が抑止力となって、一馬たちの暴虐は未遂に終わったのだが。
もしシリウスが『呪い』を掛けていなければ、今頃この国はどうなっていたのか。
それをシリウスは、サーシャに語っているのだ。
まあ仮にそうなったとしても、その場で太一郎が鼻クソをほじりながら、一馬たちを一瞬で叩きのめしていただろうが。
それに太一郎も一馬に警告していたが、一馬たちの実力ではサーシャやクレアを殺す事など到底不可能だ。それこそ入浴中や寝込みを襲った所で無理だろう。
たら、ればの話になってしまうが、もしシリウスが太一郎たちに『呪い』を掛けていなかったら、今頃どうなっていたか。
無謀にもフォルトニカ王国をシメようとした一馬たちは、サーシャとクレアに戦いを挑むも全く歯が立たずに、鼻クソをほじられながら無様に叩きのめされ、営倉室にでもぶち込まれていたか…場合によっては最悪その場で処刑されていた可能性が非常に高い。
そして太一郎も真由も正真正銘の『英雄』として、心置きなくこの国の為に働く事を快諾してくれていたはずだ。
そう…シリウスに掛けられた『呪い』によって、強要されるまでもなくだ。
高額の給料に衣食住の無償提供、この国における身分の確約…断る理由など何も無いのだから。
そして聖地レイテルにおいてエルダードラゴンも真由もアリスも、死ぬような事態にはならなかっただろう。
だが『異能【スキル】』という強大な力を得た太一郎たちに謀反される事を恐れたシリウスは、そうはさせまいと太一郎たちに『呪い』を掛けてしまった。
この国の為にと、よかれと思って行ったシリウスの愚かな行為が、今回の事態を招いてしまったのだ。
シリウスとて、この国の将来を真剣に考えた上で、太一郎たちに『呪い』を掛けたのは間違いない。
だがそれでも、何かの歯車が狂って、こんな事になってしまったのだ。
だからと言ってシリウスの行いは紛れも無く犯罪行為であり、到底許される事では無いのだが。
それにシリウスが太一郎たちに『呪い』を掛けた、最大の動機…それは…。
「それに姫様とて戸田龍二たちの件に関して、忘れた訳では無いでしょう!?」
「…それは…!!」
戸田龍二。太一郎たちが転生直後にシリウスの口から名前だけ語られた、須藤明日香と共にこの異世界に転生させられた、太一郎たちの先代の転生者なのだが。
その名前をシリウスから聞かされたサーシャは、ほんの一瞬だが戸惑いの表情を見せてしまう。
やはり太一郎がサーシャとのお茶会で察した(13話参照)ように、サーシャと彼らとの間に『何か』があったのだ。
「我々はもう二度と、あのような悲劇を許す訳にはいかないのです!!だから私は…!!」
「それでこの国の為に真摯に働いて下さった太一郎さんと真由さんまでもが、あのような理不尽な苦しみを受ける事になってもですか!?」
「致し方無かったのです!!私が掛けた『呪い』はそういう代物なのですから!!それは彼の『呪い』を解いた姫様ならば御存じのはずでしょう!?」
シリウスが掛けた『呪い』は連帯責任系…誰か1人でも発動条件を満たしてしまえば、他の9人全員にも被害が被ってしまう。
それはシリウスが太一郎たちに謀反される事を恐れた事で、そういう設定を施したからなのだが。
だが逆に言うと一馬たちと違い、何の野心も抱かずにクソ真面目に働いていた太一郎と真由までもが、結果的に3か月もの間、理不尽に苦しめられる事になってしまった…それをサーシャは激怒しているのだ。
そんなサーシャからシリウスを守ろうと、咄嗟に懐から双剣を抜いて身構えたレイナ。
慌ててケイトがサーシャを庇うように前に出て、鞘からロングソードを抜いて身構える。
近衛騎士同士が武器を構え合うという、異様な光景が繰り広げられていたのだった…。
「レイナ殿!!姫様に対して刃を向けるとは、貴女は何という事を!!」
レイナに対して抗議をするケイトだったが、これもまた当然の事だと言えるだろう。
何しろレイナにとっては、シリウスこそが守るべき最優先の存在なのだから。
シリウスが危機に晒されるのであれば、サーシャやクレアにさえも何の躊躇いも無く刃を向ける。
それがレイナという存在なのだし、そんな事はサーシャもクレアも承知の上で、レイナをシリウス直属の近衛騎士に任命したのだから。
「良いのだ!!レイナ!!」
「シリウス様…!!」
「いずれはこうなる事は覚悟していたのだ。此度の一件は潔く受け入れよう。」
そんなレイナをシリウスは制止し、自らサーシャの前に歩み寄る。
覚悟を決めた表情で、サーシャをじっ…と見据えるシリウス。
「では、事実関係を全て認めるという事でよろしいのですね?」
「はっ!!此度の一件は、全て私1人の独断による物です!!」
「分かりました。今は色々と立て込んでいるので、詳しい事情聴取は後日改めてさせて頂きます。」
サーシャに促されたケイトが、シリウスを手錠で拘束したのだった。
そんなケイトに対して全く抵抗する素振りを見せず、されるがままになっているシリウス。
「シリウス。処遇が決まるまでの間、貴方には営倉入りを命じます。分かりましたね?」
「…承知致しました!!」
「ケイト。シリウスを営倉室にブチ込んだ後、直ちにお母様と大臣たちを会議室に招集してくれますか?今回の件に関して緊急会議を開きます。」
「はっ!!」
サーシャに敬礼をしたケイトが、シリウスを丁重に営倉室へと連行していく。
その様子を職員たちが、大騒ぎしながら見つめていたのだった。
まさかのシリウス逮捕。何が何だかよく分からない職員たちだったのだが、一体この国で何が起こっているのだろうか。
これからこの国は、一体どうなってしまうのだろうか…。
「済まないな、レイナ。だがせめてお前だけでも懸命に生きろ。いいな?」
「…シリウス様…!!」
そんなシリウスの後ろ姿を、レイナは目から大粒の涙を浮かべながら、ただ黙って見つめる事しか出来ずにいたのだった…。
次回は緊急会議です。
サーシャから全てを聞かされたクレアたちは流石に驚きを隠せずにいたのですが、それでもなお太一郎の事を戦略兵器としか見ない大臣たちに、サーシャは怒りを爆発させます。
そんなサーシャにリゲルが、一国の王女が私情を挟むなと苦言を呈するのですが…。