第49話:望まれざる英雄
ボロボロになりながらも王都へと帰還した太一郎が、記者たちに質問攻めにされる姿を、安堵と不安の表情で見つめる市民たち。
ですが国の上層部の中には、太一郎の存在を快く思っていない者たちもおり…。
ケイトが運転する、太一郎とサーシャを乗せた馬車が無事に王都から帰還した途端、待ち構えていた記者たちが物凄い勢いで馬車に殺到したのだった。
太一郎を肩車しながら馬車から降りて来たサーシャに対して、記者たちの誰もが質問攻めをしてきたのだが、そんな彼らをケイトや兵士たちが邪魔だとか道を開けろとか叫びながら、太一郎とサーシャの通路を確保する為に必死に押し返そうとする。
その様子を大勢の市民たちが、太一郎が無事に帰還した事による安堵の表情と、本当に太一郎は大丈夫なのかという不安の表情で、遠くから見つめていたのだが。
「おう、すまねえな。ちょっと通してくれや。」
全身の痛みに耐えながらサーシャに肩車されている太一郎に、武器屋の店主が声を掛けてきたのだった。
無事に太一郎が帰還してくれた事で、安堵の表情を見せている。
「マスター…。」
「よく無事で戻ってきてくれたな。話は既に聞いてるよ。隼丸が折れちまったんだって?」
「ええ、僕の力が及ばなかったせいで…。」
「ちょっと見せてみな。」
とても申し訳無さそうな表情で、隼丸と折れた刀身を武器屋の店主に手渡した太一郎だったのだが、そもそも伝説の武器の使い手を2人同時に相手にしていたのだ。
それで死なずに無事に生還したというだけでも、とんでもない偉業だと言えるだろう。
それどころか、いかに質が良いとはいえ、所詮は店売りの普通の武器でしかない隼丸を使って交戦し、伝説の武器の使い手の1人を討ち取り、さらにもう1人を討ち取る寸前まで追い詰めたというのは、それはもう凄まじいまでの大戦果なのだ。
そもそも伝説の武器を相手に何度もまともにぶつかり合ったのだから、ごく普通の一般的な素材で作られた隼丸が折れてしまうのは、仕方が無い事だろう。
隼丸を鞘から抜き、損傷具合を確認した武器屋の店主が、折れた刀身を見て深く溜め息をつき、鞘に戻したのだった。
「やれやれ、随分と派手にぶっ壊してくれたなぁおい。」
「すいませんマスター。折角僕に隼丸を譲ってくれたのに…。」
「気にすんな。お前さんの命の方が遥かに大事に決まってるだろうが。取り敢えずこいつは俺が預かっておくからよ。」
「はい、お願いします。」
何しろ刀身が真っ二つに折れてしまい、最早修復が不可能なまでの損傷を受けてしまったのだ。恐らく店に持ち帰って廃棄処分にでもするのだろうが。
「今、女王様からの依頼を受けて、お前さんの新しい武器を作ってる最中だからよ。とっておきの奴を作ってやるから期待して待ってろよ。それじゃあ、また後でな。」
それだけ告げて、折れた隼丸を手にその場を去っていく武器屋の店主。
そんな彼に対しても記者たちが物凄い勢いで、新しい武器とは一体どんな物なのか、いつになったら完成するのか、隼丸よりも強力な武器なのか、などといった質問攻めをしてきたのだが。
そんな彼らを武器屋の店主がとてもウザそうに、どけどけとか仕事の邪魔だとか叫びながら、無造作に追い払ったのだった。
そして武器屋の店主が去った直後に、クレアからの命令を受けた2人の兵士が、キャスター付きの担架をゴロゴロと転がしながら慌てて駆けつけてきた。
「御免なさい太一郎さん。本来なら私も一緒に付き添ってあげたい所なのですが…。」
「構わないさ。今の君には、やらなければならない事があるんだろう?僕も精密検査を終えたら、すぐに合流するよ。」
肩車をしている太一郎に、とても申し訳無さそうな表情で謝罪するサーシャ。
本来ならば今から医務室で精密検査をする太一郎に付き添ってあげたい所なのだが、今のサーシャにはシリウスを逮捕して尋問し、その結果を元にクレアや大臣たちと共に緊急会議を開くという、王女としての極めて重大な公務が待ち受けているのだ。
駆けつけてきた兵士2人が、太一郎とサーシャに敬礼をする。
「既に事情は女王陛下から聞き及んでおります。すぐに医務室にお連れ致しますので、どうぞこちらの担架に横になられて下さい。」
「ああ、頼むよ。それじゃあサーシャ、また後で。」
全身バキバキに痛む身体に鞭を打ち、サーシャに支えられながら、どっこいせと担架に乗って横になる太一郎。
そんな太一郎の右手を、とても心配そうな表情で、両手でぎゅっと包み込むサーシャだったのだが。
「ケイト。サーシャをよろしく頼むよ。僕が駆けつけるまでの間、サーシャを支えてあげてくれ。」
「はっ!!お任せを!!」
「じゃ、行ってくる。なるべく早く駆けつけるよ。」
やがて名残惜しそうに両手を離したサーシャに見守られながら、太一郎は担架で城の医務室へと運ばれて行ったのだった。
そんな太一郎を見送った後、サーシャは決意の表情でケイトに向き直る。
太一郎の事は確かに心配だが、今のサーシャには王女としてやらなければならない事があるのだ。
「ケイト、すぐにシリウスの元に向かいましょう。」
「はっ!!」
だがフォルトニカ王国の住民たちの誰もが、太一郎が帰還した事を心の底から喜んでいるという訳ではない。
太一郎が担架で城の医務室へと運ばれていく様子を、とてもウザそうな表情で、赤ワインを片手に城の一室の窓から見つめる青年がいたのだ。
フォルトニカ王国において軍事関係の重役を務めている、サーシャが馬車の中で太一郎に話していた、サーシャの婚約者候補筆頭を『自称』する貴族の1人…フォルトニカ王国大臣・リゲルだ。
「…ちっ、あの男、よもや生きていたとはな。聖地レイテルで大人しく死んでおれば良かった物を…。」
転生者たちが全滅したと聞かされた時は、態度には出さなかったものの心の中では心底喜んでいたリゲルだったのだが。
すぐに太一郎だけが唯一生き残ったと知らされた際は、一転して不機嫌な気分にさせられてしまったのだ。
この国の大臣という身分でありながら、この国の沢山の人々を何度も救ってきた英雄である太一郎に対して、リゲルは何故このような悪意を平気で向けてしまうのか。
理由は簡単だ。太一郎はたった3か月という極めて短期間もの間に、英雄としてあまりにも功績を上げ過ぎてしまったからだ。
それこそリゲルの大臣という地位を脅かし、最悪の場合は政略結婚、恋愛結婚のいずれの形においてもサーシャと結婚する事になってしまい、この国の次期国王の座を取られてしまいかねない程までに。
実際に今日の朝、サーシャ不在の中で行われた緊急会議において、3魔将アリスを討伐し、3魔将イリヤも討伐寸前まで追い詰めたという凄まじい大戦果を上げた太一郎に対して、クレアが13人目の近衛騎士の地位を与える事を公言してしまっているのだ。
今はまだ近衛騎士でしかないが、このまま太一郎が功績を上げ続ければ、やがて自分と同じように、この国の重役を任される事にもなりかねない。
それこそリゲルの地位を脅かし、サーシャの婚約者となってしまいかねない程までに。
だからこそリゲルにとって太一郎の存在は、最早邪魔以外の何物でも無いのだ。
そもそも魔王カーミラが復活したと言っても、一向にこのフォルトニカ王国に攻めて来ないではないか。
それに魔王カーミラが仮に攻め込んで来たとしても、クレアからの指示で秘密裏に開発していた最新型の魔導兵器が、もう既に最終稼働テストを行う段階まで来ている。
英雄だか何だか知らないが、最早この国に太一郎など必要無いのだ。
「まあいい。どの道あんなボロボロの状態では、まともには戦えまい。私が手配した暗殺者によって殺されるがいいわ。ふはははははは。」
食後の赤ワインを堪能しながら、リゲルは盛大に高笑いしたのだった…。
そんなリゲルの殺意など露知らず、太一郎は担架で医務室へと運ばれている真っ最中だったのだが。
突然太一郎が、自分の上半身側で担架を転がしている兵士に対して、こんな事を切り出したのだった。
「ところで君に2つ、確認しておきたい事があるんだけどさ。」
「は、何でしょうか。」
「実はついさっき、僕はサーシャに告白されたんだけど…この世界では友達や恋人の関係をすっ飛ばして、いきなり夫婦になるのって当たり前なのかな?突然サーシャに妻に貰ってくれとか言われたんだけど…。」
この太一郎の質問に兵士が、こいつは一体何を言ってるんだと言わんばかりの、怪訝な表情になってしまう。
「は?何馬鹿な事言ってるんですか。そんなの当たり前に決まってるじゃないですか。」
「そ、そうなんだ、当たり前なのか。ははははは…はぁ…(汗)。」
「いやだって、普通は告白をOKしたら即座に結婚しますよね?」
この異世界における恋愛事情は、一体どうなっているのだろうか。
向こうの世界では恋人として何年か付き合って、互いの事を理解し合い、互いに愛を深め合い、結納だの何だのやってから、ようやく結婚するもんだというのに。
この異世界の人々が、ちょっとだけ恐ろしくなってしまった太一郎なのであった…。
「まあそれはいいんだけどさ。2つ目の質問なんだけど…。」
「はぁ、何でしょうか。」
だが次の瞬間、物凄く呆れたように盛大な溜め息をついてから、太一郎は兵士にとんでもない事を質問したのだった。
「何で君、そんなに僕に対して猛烈に殺気を向けてるのかな?」
「なっ…!?」
予想外の太一郎の言葉に、驚愕の表情になってしまう兵士。
もう1人の兵士も突然の太一郎の発言にびっくりしてしまい、慌てて担架を運んでいる足を止めてしまう。
「君、さっきから右手の意識が懐に向きっぱなしだよ。どうせナイフか何かを隠し持ってるんだろうけどさ。それに君はパッと見た感じだと、それなりに腕が立つみたいだけど、殺気を隠すのは物凄く下手糞だな。君、暗殺者には全然向いてないよ。」
真由は死に際に太一郎に自らの『異能【スキル】』を全て託したので、当然太一郎は『敵意感知【ホストセンサー】』の『異能【スキル】』を使えるようになっているのだが。
こんなにも自分を殺す気マンマンなのがバレバレな暗殺者が相手なら、わざわざ『敵意感知【ホストセンサー】』など使うまでもなかった。
担架の上で寝転がって呑気に腕組みをしながら、余裕かまして盛大にあくびをした太一郎だったのだが。
「ば、化け物が!!し、死ね…っ!?」
「むうん!!」
「ぶぼべらぁっ(泣)!!」
そこへ颯爽と駆けつけてきたロファールが、物凄い勢いで兵士を殴り飛ばしたのだった。
派手に壁に叩きつけられた兵士を、ロファールの部下の兵士たちが拘束し、縄で縛り付ける。
「ば、馬鹿な…っ!?」
「下郎が!!この方をどなたと心得る!?我が国が誇る『閃光の救世主』、渡辺太一郎殿であらせられるぞ!!」
「くそがぁっ!!楽に暗殺が出来るって依頼主に言われたから、引き受けた仕事だってのによぉっ!!」
部下たちに連行される暗殺者の兵士を侮蔑した後、ロファールが安堵の表情で太一郎に向き直った。
心の底から自分の無事を喜んでいるというのが、太一郎にもひしひしと伝わってくる。
「女王陛下からの御命令により、貴方の護衛に駆けつけて参りましたぞ。」
「ロファールさん…。」
「太一郎殿、よくぞ…よくぞ生きていて下さった…!!」
ロファールの感銘の言葉に、太一郎は思わず苦笑いしてしまったのだった。
「無様に生き恥を晒していると思っていますよ。僕は。」
「何を仰いますか。貴方がこうして無事に帰還なさるのを、どれだけ多くの人々が待ち望んでいた事か…!!」
「その割には、僕の存在を快く思っていない連中もいるみたいですけど…。」
「ええ、だからこそ女王陛下は、私を貴方の元に送り出したのです。」
恐らくクレアは、最初から分かっていたのだろう。
大臣たちの何人かが太一郎の存在を疎ましく思い、一時は意識不明の重体になってしまう程のボロボロになってしまった太一郎の現状を好機と判断し、暗殺者を差し向けてくるだろうという事に。
だからこそ、こうしてロファールを護衛として送り出してきたという訳なのだ。
だが証拠も何も無いのに、怪しいからという理由だけで大臣たちを拘束したのでは、逆に大臣たちから逆提訴される事にもなりかねない。
だからこうして敢えて暗殺者に太一郎を襲わせる事で、その現場をロファールに押さえさせ、暗殺者を尋問して証拠を得るつもりだったのだろう。
でなければ、こんなにも絶妙過ぎる程のベストタイミングで、ロファールが都合よく現れてくれるとは到底思えないからだ。
太一郎は持ち前の冷静さと聡明さでもって、これらを瞬時に分析してみせたのだった。
とはいえ、この程度の暗殺者が相手なら、今の全身筋肉痛の太一郎でも容易く対処出来てしまうだろうが。
「我々が貴方を医務室へとお連れ致します。誰が相手だろうと必ず貴方を守り抜いてみせますぞ。」
「ええ、頼みます。ロファールさん。」
「お任せあれ。」
太一郎の存在を疎ましく思っている者たちが、この国の上層部の中に存在しているのは間違いない。実際にこうして暗殺者を差し向けてきたのだから。
だがそれでも目の前のロファールたちのように、心の底から太一郎を心配してくれている者たちも、確かにいるのだ。
それは太一郎が、それだけの功績を上げてきたのだから。
シリウスに『呪い』を掛けられて戦いを強要されていたとはいえ、その戦いの中で太一郎は、数え切れない程の命を救ってきたのだから。
確かに『呪い』が最期に忠告した通りだ。
王都に戻った所で、太一郎に安息など訪れはしなかった。
それどころか、こうして命まで狙われる始末だ。
だがそれでも、こんな事で太一郎は屈したりはしない。
『呪い』が忠告したように、むざむざと破滅させられるつもりなど微塵も無い。
太一郎は転生者たちの中で唯一の生存者となり、無様に生き恥を晒してしまった。
だがそれでも、死んでしまった真由たちの分まで、この異世界で精一杯生き抜いてみせると…そう心に決めたのだから。
その決意を改めて胸に秘めながら、太一郎はロファールたちに担架で医務室へと運ばれていったのだった。
次回、シリウス逮捕。
太一郎たちに『呪い』を掛けて理不尽に苦しめたシリウスに対し、サーシャは厳しい表情で尋問するのですが…。