第48話:復讐の転生者(イリヤ)
第6章完結。
太一郎たちが王都へと帰還する最中、パンデモニウムではアリスの葬儀が行われる事に。
そして葬儀に参加していたラインハルトとセレーネは、魔王カーミラやエキドナと共に、イリヤの元へと向かうのですが…。
アリスがフォルトニカ王国の転生者たちからの騙し討ちを受けた挙げ句、殺された…この一報はパンデモニウム全土に瞬く間に広まり、大騒動を引き起こす事になってしまった。
ただ対話が決裂して交戦状態になった上で、転生者たちが『正々堂々と』戦った結果としてアリスが戦死したというのであれば、ここまでの騒ぎにはならなかっただろう。
だが問題になったのは、『転生者たちがアリスを騙し討ちにした』という事実なのだ。
当然、このような卑劣な行為を行った転生者たちに対して、パンデモニウムの魔族たちの多くが怒りを爆発させた。
魔王軍の上層部においてもドノヴァンを筆頭に、フォルトニカ王国に対して全面戦争を仕掛けるべきだという、過激な意見を魔王カーミラに上申する者たちが続出。
中にはサザーランド王国と結んでいる終戦協定を、即座に破棄するべきだと主張する者さえも何人か現れる始末だ。
それら全てを魔王カーミラは即刻却下したのだが、それでも魔族たちの怒りを抑え込む事は、最早魔王カーミラにも出来なくなってしまっていた。
当然だろう。対話を拒否した挙句に騙し討ちするような卑劣な者たちを、一体どうやって許せと言うのだろうか。
ラインハルトとセレーネが命を賭けて紡いでくれた、人間と魔族の融和…それがようやく成立しかけていたというのに、一馬たちの下らない野心による愚かな行動のせいで、全てが台無しになってしまったのである。
アリスの葬儀は城下町の教会において粛々と行われ、葬儀に参加した誰もがアリスの死に涙した。
太一郎や真由がフォルトニカ王国の人々に英雄呼ばわりされているのと同様、アリスもまたパンデモニウムの人々に慕われていたのだ。
そしてアリスの遺体の火葬が丁重に行われ、葬式が滞り無く終了した、午前11時。
「ラインハルト君、セレーネちゃん。」
教会から姿を現したラインハルトとセレーネに、魔王カーミラが穏やかな笑顔で話しかけてきたのだった。
彼女に付き添っていたエキドナもまた、礼儀正しく穏やかな笑顔で2人に一礼する。
アリスの遺体とイリヤを回収後、エキドナがサザーランド王国に赴いて事の詳細をラインハルトに伝えたのだが、ラインハルトが自分も葬儀に参加させて欲しいとエキドナに懇願したのだ。
そしてラインハルトの護衛として、セレーネも同伴する事になったのだが。
実際に首を切断されたアリスの遺体を目の当たりにさせられ、ラインハルトもセレーネも酷く胸が痛んだのだった。
つい最近までアリスは、あんなにも可憐な笑顔を、ラインハルトとセレーネに見せていたというのに…。
「カーミラ殿、それにエキドナ殿。壮健そうで何よりだ。」
「今日はアリスの葬儀の為にわざわざ来てくれて、本当に有難うね。」
「私もセレーネもアリス殿とは面識があったからね。当然の事をしたまでだよ。それに困った時はお互い様さ。」
「折角だから今日は城に泊まっていきなさい。ご馳走も用意してあげるわ。」
「有難う。遠慮なくそうさせて貰うよ。」
互いに談笑しながら、4人でゆっくりと街路を歩く。
チェスターの横暴さによって甚大な被害を受けた城下町ではあるが、それでも魔族たちの尽力によって、魔王カーミラによる善政の恩恵もあり、今ではすっかり以前の賑わいを取り戻していた。
「それで、イリヤ殿は?葬儀の時も姿を見かけなかったが…。」
「自室で塞ぎ込んでいるわ。アリスの死が相当ショックだったみたいね。」
「そうか。まあこればかりは…な。」
「2人はこの世界に転生させられる以前から幼馴染で、ずっと一緒にいるのが当たり前の仲だったらしいから。塞ぎ込むのも無理も無いわ。責められないわよ。」
魔王カーミラに案内されて、ラインハルトとセレーネは城の中へと足を運ぶ。
つい最近まで今は亡きチェスターの命令で、この城を何度も攻め落とそうとしていたというのに。
それが今ではこうして、魔王カーミラに招待される側になってしまっているのだ。
世の中本当に分からないものだと、ラインハルトは思わず感慨深くなってしまう。
だが通りすがりの魔族たちの中には、その2人の姿を怒りと憎しみの表情で睨みつける者たちが何人かいた。
誰もが人間である2人に対して、敵意を丸出しにしてしまっているのだ。
ラインハルトもセレーネも、今回の一件とは何の関係も無いというのに。
一馬たちの愚かな行動のせいで、人間全てが忌むべき存在だと…そう魔族たちに思われてしまっているのだ。
魔王カーミラが傍にいるからなのか、誰もラインハルトとセレーネにちょっかいを出そうとはしないのだが。
そうこうしている間に魔王カーミラたちは、城の3階にあるイリヤの個室の前に辿り着いていた。
すぐ隣にある空き部屋…元々アリスが使っていた部屋だったのだが…アリスの名前が無造作に消された扉の名札を見ていると、改めて魔王カーミラたちはアリスが死んだのだという事を実感させられてしまう。
だがそれでも、いつまでもアリスの死を悲しんでばかりではいられない。
意を決した表情で魔王カーミラは、イリヤの部屋の扉にコンコンと軽快にノックをしたのだった。
「イリヤ、起きてる?私よ。入っていいかしら?ラインハルト君とセレーネちゃんも来てるんだけど。」
「…入っていいわよ。」
返って来た声を聞いた限りでは、意外にも元気そうではあるのだが。
「じゃあ、失礼するわね。」
魔王カーミラが扉を開けると、そこにいたのはベッドに腰かけた、パジャマ姿のイリヤの姿。
すっかり泣き腫らしてしまったのか、イリヤの目元や頬がどこか瘦せ細っているようにも見える。
だがそれでも魔王カーミラを見据える瞳には、しっかりと光が灯っているようだ。
「イリヤ。どう?少しは落ち着いた?」
「心配しなくてもアタシならもう大丈夫よ。明日には現場に復帰するわ。」
「そう…無理しなくても慶弔休暇を取ってもいいのよ?」
「身体を動かしていた方が、逆に気が楽よ。」
「…分かったわ。」
イリヤ本人が明日には復帰すると言っているのだ。ここで魔王カーミラが無理に休めと言った所で、イリヤも聞き入れはしないだろう。
それを分かっていたからこそ、魔王カーミラも敢えてこれ以上は、イリヤに休む事を強要しなかった。
それに身体を動かしていた方が逆に気が楽だという、イリヤの主張も理解出来るのだから。
「イリヤ。アリスを喪ったばかりの貴女に、こんな事を言うのも残酷かもしれないけれど…私たちは今後に備えて、少しでも『閃光の救世主』の情報を知っておかなければならないわ。だから…。」
「分かってるわよ。事情聴取でしょ?アンタの立場くらい分かってるから。」
「有難う。無理を言ってしまって本当に御免なさいね。」
「別にいいわよ。」
近くにあった2つの椅子に魔王カーミラとラインハルトが座り、セレーネとエキドナが2人の傍に起立するような形になる。
そして魔王カーミラは、イリヤに対して優しく事情聴取を始めた。
聖地レイテルで、一体何があったのか。
フォルトニカ王国の転生者たちが、一体何をしでかしたのか。
唯一生存したという『閃光の救世主』が、どのような人物だったのか。
それら全ての質問に対し、イリヤは一切の誇張表現も無く、100億%馬鹿正直に、全てを魔王カーミラに話したのだが。
イリヤから返って来た答えを目の当たりにさせられ、流石に魔王カーミラも後悔を隠せずにいるようだった。
「…何て事なの…完全に私の指示ミスだわ。」
魔王カーミラはイリヤとアリスに対し、こう命令していた。
もし転生者たちが執拗にイリヤとアリスを殺そうとするのであれば、容赦無く殺せと。
これは以前魔王カーミラがラインハルトを通じて世界中の記者たちに伝えさせた、
「自分たちは人間たちに対して一切危害は加えないが、そちらから仕掛けるのであれば一切合切容赦はしない」
という意思表示を明確にする為なのだが、何よりも転生者たちからイリヤとアリスの命を守る事が、今回の命令の最大の理由だったのだ。
戦場において猛烈な殺気を放たれたのでは、イリヤとアリスの命を守る為、転生者たちを殺させるのは止むを得ない事なのだから。
だが結果論ではあるが、それが原因でアリスの死を招く事態になってしまったようだ。
たら、ればの話になってしまうが、もし魔王カーミラがイリヤとアリスに対し、交戦状態になった時点で状況に関係無く即座に逃げろと命令していれば。
結果的にイリヤとアリスが転生者たちに無様な敗北を喫する形になってしまうが、それでもアリスが死ぬ最悪の事態だけは避けられたかもしれないのだ。
あるいはイリヤとアリスに行かせるのではなく、無理をしてでも魔王カーミラ自身が転生者たちとの対話に臨んでいたら、どうなっていたか。
イリヤも当然そんな事は分かっていたが、それでも魔王カーミラを全く責めようとはしなかった。
深く溜め息をついて、じっ…と魔王カーミラを見据えている。
「アンタのせいじゃないわよ。どの道あの状況じゃ、転生者たちとの交戦は避けられなかったでしょうから。」
「ですが、イリヤ殿とアリス殿を騙し討ちにするなど…そのリーゼント頭の転生者とやらは、一体どういうつもりだったのでしょうか?」
「そんなの本人に聞いてみないと分からないわよ。とは言っても、もうアタシが殺してしまったのだけれど。」
セレーネの言葉に、皮肉を込めてそう返したイリヤ。
死人に口無し。一馬が死んでしまった以上、最早本人に事情聴取をする術など残されてはいないのだ。
唯一事情を知っていそうなのは、アリスを殺害し、イリヤを殺す寸前まで追い詰め、エキドナの暗黒魔法で深手を負いながらも唯一の生存者となったという、『閃光の救世主』だけなのだろうが。
「『閃光の救世主』…転生者たちの中で唯一の生存者らしいけど、私が直接会って話をしなければならないわ。これからの私たちの未来の為にもね。」
決意を秘めた表情で、魔王カーミラはそう語ったのだった。
起きてしまった事は、もうどうにもならない。
今更アリスの死という結末を変える事など、出来る訳が無い。
だがそれでもアリスの死を無駄にしない為にも、魔王カーミラは前に進まなければならないのだ。
その為にも魔王カーミラは、転生者たちの中で唯一の生存者となった『閃光の救世主』本人に直接会い、話をしなければならない。
何故転生者たちは、イリヤとアリスを騙し討ちするなどという卑劣な行為を、平然と行ったのかを。
アリスを殺害したのは正当防衛の範疇であり、良しとしよう。
それに関して責めるつもりは毛頭無いが、それでも騙し討ちの件に関しては、厳しく追及しなければならないのだ。
その返答次第では、魔王カーミラは『閃光の救世主』を…。
「『閃光の救世主』に事情聴取をするつもりなのね?」
「ええ。そのつもりよ。いいえ、そうしなければならなくなったわ。」
「今思えばあの男は、あのリーゼント頭からアタシとアリスを守ろうとしてくれていたわ。アタシとアリスの対話にも応じる気配も見せていたけど…。」
「それでも結果的に交戦状態になってしまったのよね?他の転生者たちが執拗に貴女たちを殺そうとしたから。」
「…その通りよ。」
「勘違いしないでね。貴女を責めるつもりは微塵も無いから。話を聞いた限りでは、むしろ悪いのはフォルトニカ王国の転生者たちの方よ。」
そう、彼らは対話を突っぱねただけでなく、騙し討ちまで行ったのだ。
ここまで卑劣な真似をした以上は、イリヤとアリスに反撃されて殺されるのは、むしろ当然の事だと言えるだろう。
それを分かっているからこそ魔王カーミラも、そしてラインハルトもセレーネも、イリヤを責めるつもりは微塵も無いようだった。
とにもかくにも詳しい事は、唯一の生存者となった『閃光の救世主』に聞いてみない事には、何ともならないのだが。
「それで、『閃光の救世主』の強さはどれ位なの?実際に戦った貴女なら分かるでしょう?ここにいるラインハルト君と比較して貰えないかしら?」
「ちょ…!?」
いきなり魔王カーミラから名指しされた事で、戸惑いを隠せないラインハルトだったのだが。
「そうね…ラインハルトと互角…いいえ、少し上くらいの実力かしら。」
「そう…だとしたら相当な使い手ね。」
「しかも『異能【スキル】』を全く使わずに、それだけの強さなのよ。アンタも使える『潜在能力解放【トランザム】』の『異能【スキル】』を使った時の強さは…まさに化け物と言っていい程だったわ。」
「『潜在能力解放【トランザム】』を使うのね。心に留めておくわ。有難う。」
取り敢えず今は『閃光の救世主』が、ラインハルトと同格の実力者だという事が分かっただけで充分だ。
仮に戦闘になった場合、油断さえしなければ決して負けるような相手では無い。
『潜在能力解放【トランザム】』の『異能【スキル】』を使うとの事らしいが、魔王カーミラも使えるのだから、仮に使われたとしても問題無い。
そもそもあの『異能【スキル】』は身体に相当な負荷がかかるので、そうそう乱発は出来ないはずだ。魔王カーミラとて城の医療スタッフから、あまり使わないように忠告されている程なのだから。
「とにかく、アンタがあの男に会ってどんな話をするのか、あの男をどうするつもりなのかは知らないけれど、アタシだってこのまま何もせずに黙っているつもりは微塵も無いから。それだけは覚えておいて頂戴。」
両拳をぎゅっと握り締めながら、力強い瞳で魔王カーミラを見据えるイリヤだったのだが。
「アタシのこれからの生きる目的は…!!あの男をアタシの手で殺して復讐を果たし、アリスの仇を討つ事よ…!!」
次のイリヤの言葉で、魔王カーミラの表情が驚愕に染まる事になってしまうのである。
「あの男を…!!『閃光の救世主』を…!!渡辺太一郎を!!」
「…渡辺…太一郎…!?」
変わった名前だなぁと呑気に語るラインハルトの傍らで、魔王カーミラが驚愕の表情で、その美しい身体を小刻みに振るわせていたのだった…。
次回から新章開始。
王都へと帰還した太一郎は、サーシャとケイトがシリウスへの事情聴取へと向かう最中、精密検査の為に城の医務室に向かう事になります。
ですが大臣たちの多くは、英雄としてあまりにも名声を上げ過ぎてしまった太一郎の存在を、快く思っておらず…。