第45話:顕現した『呪い』
ボロボロになりながらも、最早行く意味が全く無くなってしまった聖地レイテルに、焦燥感に駆られて必死に足を運ぼうとする太一郎。
そんな太一郎をサーシャは心配そうに怒鳴りつけるのですが…太一郎を蝕んでいた『呪い』が、遂に…。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!!」
傷ついた身体に鞭を打ちながら、背広を来た太一郎がヨレヨレと、聖地レイテルへと必死に歩いていた。
エキドナの暗黒魔法に蝕まれているだけでなく、『潜在能力解放【トランザム】』発動後の反動が予想以上に大きく、太一郎は立って歩くだけで精一杯という感じだ。
真由から継承した『治療【ヒーリング】』の『異能【スキル】』を試してみたが、全く回復の兆しが見えない。
やはりエキドナの暗黒魔法は、『異能【スキル】』による回復さえも阻害してしまっているようだ。
今更聖地レイテルに足を運んだ所で、何かある訳でもないのに。
真由たちは死んだ。聖剣ティルフィングもエキドナに奪われた。エルダードラゴンもサーシャとケイトに討伐された。
そして真由たちの遺体は村人たちによって、トメラ村の墓地に丁重に埋葬された。
だからこそ太一郎のこの行動は、無意味以外の何物でも無い。
自分でもそんな事は分かっていたが、それでも太一郎は聖地レイテルに向かわずにはいられなかったのだ。
だが今の太一郎の状態で、野良の魔物や獣にでも襲われよう物なら、ひとたまりもない。
隼丸は刀身が真っ二つに折れてしまったし、太一郎も歩くので精一杯なのだから。
今の太一郎の戦闘能力はフォルトニカ王国の一般兵どころか、その辺の一般人にすら劣る状態なのだ。
「くっ…はぁっ…ぼ、僕は…ぐあっ…!!」
「太一郎さん!!何やってるんですか!?」
そんな太一郎の無謀な行動に完全にブチ切れたサーシャが、必死に太一郎に追いつき、これ以上先には進ませないと言わんばかりに、太一郎の右手を両手でぎゅっと掴む。
そして。
「今、聖地レイテルに行った所で何もありませんよ!!そんな事も分からない貴方じゃないでしょう!?それにその折れた隼丸で一体何が出来ると言うのですか!?」
「うるさい!!僕の事はもう放っておいてくれ!!」
「馬鹿ぁっ!!」
パァン!!
自分の両手を振りほどいた太一郎の頬を、サーシャは思い切り平手打ちしたのだった。
「いつもの冷静沈着で聡明な貴方は、一体どこへ行ってしまったのですかぁっ!?」
サーシャに殴られた頬がジンジン痛む。
苦虫を噛み締めたような表情で、太一郎はとても辛そうに俯いた。
そんな太一郎を、とても心配そうな表情で怒鳴りつけるサーシャ。
「少しは頭が冷えましたか!?お願いですから命を粗末にしないで!!真由さんだけでなく、貴方までいなくなってしまったら…私はもう…!!」
確かにサーシャの太一郎への叱責は、至極当然の代物なのだろう。
こんな歩くのがやっとの状態で、野良の魔物や獣たちに襲われる危険性もあるというのに、最早行く意味が全く無くなった聖地レイテルに、たった1人で足を運ぶなど正気の沙汰じゃない。
だが。
「…ふ…ふふふ…ふははははは…!!あははははははははははははは!!はーーーーーーっはっはっはっはっは!!ひゃはははははははははははははは!!」
太一郎は狂ったように、突然笑い出してしまったのだった。
そう、命を粗末にするなという、このサーシャの言葉。
サーシャにとっては決して悪気があった訳では無く、と言うか普通に考えれば当然の叱責なのだが…それでも太一郎にとっては皮肉以外の何物でも無いのだ。
何故なら太一郎たち転生者はシリウスに『呪い』を掛けられ、戦う事を強要され続けてきたのだから。
それなのにシリウスの上司であるサーシャから命を粗末にするなと言われた所で、まさに太一郎にしてみれば『君がそれを言うのか』という奴だろう。
「…た…太一郎さん…?」
突然笑い出した太一郎の姿に、戸惑いを隠せないサーシャだったのだが。
「命を粗末に扱うなだと!?そりゃ確かにそうだろうな!!君たちフォルトニカ王国の上層部にとって僕たち転生者は!!戦争に勝つ為の駒に過ぎないのだからなぁっ!!」
まさかの予想外の太一郎の言葉に、サーシャはさらに戸惑いを隠せない。
だが太一郎の次の言葉が、サーシャの心をさらに深く抉る事になってしまう。
「駒!?一体何を言っているのですか!?私は皆さんの事をそんな風に思った事なんて、ただの一度も…!!」
「君と女王陛下は確かにそうだろうけどな!!他の大臣たちは違うんだよ!!どいつもこいつも僕たちの事を、使い捨ての駒だとしか考えていない連中ばかりなんだぁっ!!」
「…そ…そんな馬鹿な…!!大臣たちが、そんな事を…!?何かの間違いでは無いのですか!?」
信じられない、有り得ないといった表情のサーシャに、太一郎はさらに追い打ちを掛けようとするのだが。
「それになサーシャ…!!君も女王陛下も、どうやらシリウスから本当に何も知らされていないようだけどな…!!」
その瞬間、言い掛けた太一郎に襲い掛かる、強烈な『悪寒』。
心臓を鷲掴みにされたかのような、言いようのない『苦痛』。
シリウスが太一郎にかけた、『呪い』に関しての自白防止機能が働いたのだ。
だがそれも、もうどうだっていい。
これまでは誰かが『呪い』を発動させる度に、連帯責任として転生者全員に『呪い』が発動し、苦痛を味合わされる羽目になってしまっていた。
だが今は、その連帯責任を負わされる者たちが、もう全員死んでしまったのだ。
だから今の太一郎には、もう『呪い』に関しての自白を止める理由が無いのだ。
怒りと悲しみに満ちた形相で自分を睨みつける太一郎を、悲しみの表情で見つめるサーシャ。
【ファファファファファ…そなた正気かえ?】
「やかましい!!真由は死んだ!!親父も母さんもいない!!だからもうこの身がどうなろうと知った事か!!もう何もかもどうだっていいんだよ!!」
「た…太一郎さん…一体誰と話しているのですか…?」
意味が分からない太一郎の発言に、戸惑いを隠せないサーシャだったのだが。
そして、自暴自棄になってしまった太一郎は、遂に…禁断の言葉を口にしたのだった。
「いいか!!耳かっぽじってよく聞けよ!!サーシャ!!」
【ファファファファファ…。】
「僕たち転生者は!!シリウスのクソ野郎に『呪い』を掛けられ!!この3か月間ずっと戦いを強要され続けてきたんだぁっ!!」
「な…シリウスが!?まさかそんな…っ!?」
その瞬間、太一郎の全身に襲い掛かった、これまでとは比べ物にならない程の凄まじい『苦痛』。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「太一郎さん!?」
これまでと違い、太一郎の全身という全身を、様々な種類の苦痛という苦痛が蹂躙してしまっていた。
痛い、痺れる、痒い、臭い、熱い、冷たい、暑い、寒い、息苦しい、ネバネバする、気持ち悪い、不味い、苦い、甘い、眩しい、暗い、腹が減った、腹が痛い。
そういった様々な種類の苦痛という苦痛が、一気にまとめて太一郎に襲い掛かってしまっているのだ。
「がああああああああああああ!!があああああああああああああああああああああああ!!がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
とても苦しそうな形相で、頭を抱えて地面にうずくまり、のたうち回る太一郎。
一体全体何がどうなっているのか…戸惑いを隠せないサーシャだったのだが。
【ファファファファファ…。】
やがて『呪い』の持続時間である10秒が経過し、苦痛という苦痛が収まったのか、泣きそうな表情で息を乱しながら地面に無様に転がっている太一郎の身体から、全身が漆黒に包まれた1人の女性の姿をした『何か』が顕現したのだった。
まさに『闇』。全身という全身が漆黒に塗りつぶされた、『闇』という存在の何たるかを体現したかのような女性が。
【とうとう話してしまったね?だがそなたのお陰で、わらわはこうして無事にこの世界に顕現する事が出来たぞ?ファファファファファ…。】
「な…!?貴女は一体何なのですか!?どうして太一郎さんの身体から…まさか!!」
先程、太一郎はサーシャに対して、こう言い放ったのだ。
シリウスが自分たち転生者に『呪い』を掛けたのだと。この3か月間ずっと戦いを強要され続けていたのだと。
その『呪い』が太一郎の自白がトリガーとなって、こうしてこの世界に顕現してしまったのだ。
妖艶な笑みを浮かべながら、『呪い』はサーシャを見据えている。
【こうしてそなたと直接会話をするのは初めましてじゃな。フォルトニカの王女よ。わらわこそが、この男が先程申しておった、シリウスが掛けた『呪い』じゃ。】
「貴女が…貴女が太一郎さんたちを、この3か月間ずっと苦しめていたとでも言うのですか!?」
【随分と異な事を申すではないか。この男を勝手な都合でこの異世界に召喚し、わらわをこの男に縛り付けたのは、他ならぬそなたら異世界人の方だと言うのに。】
「そ…それは…!!」
『呪い』の全くもって正しい指摘に戸惑いながらも、それでも毅然とした態度を崩そうとしないサーシャ。
【とは言え、わらわをこの男に縛り付けた事に関しては、シリウスの独断ではあったからのう。そなたが知らぬのも無理も無い話じゃが。】
サーシャの目の前で地面に寝転がりながら、とても苦しそうにうずくまる太一郎。
こんな…こんな酷い苦しみを、太一郎はこの3か月もの間、ずっと味合わされ続けていたとでもいうのか。
それにシリウスとて馬鹿では無い。何らかの自白防止の為の機能も施していたに違いない。だから太一郎は今まで誰にも相談出来ず、ずっと1人で抱え込んできたのだろう。
こんな物、まるで生き地獄も同然ではないか。
それを思うとサーシャの目から、思わず涙が溢れてきたのだった。
【だからと言って、そなたが今更『シリウスが勝手にやった事です、知りませんでした』などと見苦しい言い訳をした所で、この男が納得すると思うのかえ?そなたら異世界人のせいで今までずっと苦しめられ、最愛の妹まで失った、この男がのう。】
「その件に関しては素直に受け入れるしかありませんね。確かに貴女の言う通り、私は太一郎さんに対して言い訳なんて何も出来ませんよ。ですが…!!」
涙を力強く拭ったサーシャがソードレイピアを構え、真っすぐに『呪い』を見据える。
悲しむのも反省会も後だ。今はサーシャが今やるべき事をやらなければ。
「貴女のせいで太一郎さんが苦しんでいるというのなら、その元凶を今ここで断ち切れば済むだけの話ですよ!!」
【ファファファファファ…。】
「はああああああああああああっ!!」
ソードレイピアで『呪い』に斬りかかるサーシャだったのだが。
強烈な斬撃を『呪い』に浴びせるが、全く何の手応えも無い。
そう…ただ何も無い空間に向かって、思い切りソードレイピアを振り回しただけだ。
まさかの事態に、サーシャは戸惑いを隠せない。
「なっ…!?」
【ファファファファファ…。】
「物理攻撃が効かない!?なら…!!」
勝ち誇る『呪い』に対して、今度は精霊魔法を放つサーシャだったのだが。
「光の矢よ!!敵を撃て!!」
放たれた光の矢は、またしても『呪い』を素通りしてしまったのだった。
まるでそこに何も存在していないかのように『呪い』を通り抜けた光の矢が、地面に突き刺さって爆発する。
【ファファファファファ…。】
「そ、そんな…!!」
【無駄じゃ。わらわ自身はこの者以外に危害を加える事は一切叶わぬが、それ故に無敵。シリウスがそのように組み込んだ呪術じゃからのう。】
太一郎以外の誰にも危害を加えられない。だからこそ無敵。
剣も魔法も全く効かない。それどころか、あらゆる物理的な干渉を一切受け付けない。
こんな相手を、一体どうやって対処しろというのか。
歯軋りするサーシャに対して『呪い』が妖艶な笑顔を浮かべながら、太一郎を抱き起してぎゅっと抱き締め、その豊満な胸に太一郎の顔を埋めたのだった。
そう、まるで目の前のサーシャに見せつけるかのように。
【わらわはこの男が大変愛しい…これからはわらわがこの男を身も心も支配し、接吻を交わし、夜伽を交わし、存分に絞り尽くし、わらわ無しでは生きられない身体にしてくれようぞ。ファファファファファ…。】
妖艶な笑顔で、太一郎の頭を優しく撫で続ける『呪い』だったのだが。
【なあに、そなたはもう何も考えずとも、何も苦しむ事も、何も悲しむ事も、何も頑張らずとも良い。そなたは今後、わらわの操り人形として、生きながら死んでおれば良いのじゃ。わらわはそなたを愛しているのじゃからのう。ファファファファファ…。】
「あぁん!?」
【ファッ!?】
この『呪い』の爆弾発言に遂にブチ切れたサーシャが、至近距離から『呪い』に対して物凄い形相でガンを飛ばし、壁ドン!!ならぬ木ドン!!をしたのだった。
今にもキスしてしまいそうな至近距離から、サーシャは『呪い』を物凄い形相で睨みつける。
「は?貴女みたいなクソビッチ女に、太一郎さんを渡す訳が無いじゃないですか。そもそも太一郎さんは私のなんですけど?それを何?太一郎さんと無茶苦茶セックスするって?は?は?は?は?は?」
【そ、そこまでは言っておらぬではないか!!】
「フンだ。」
『呪い』から太一郎の身柄を無理矢理奪還したサーシャが、太一郎を近くの木に優しくもたれさせてしゃがみ込み、太一郎の頬を両手で優しく包み込んだのだった。
そして悲しみの表情で、サーシャは太一郎をじっ…と見つめる。
「太一郎さん。」
「サ…サーシャ…?」
「私の目を見て下さい。私の顔をちゃんと見据えて下さい。」
「何…を…。」
「貴方が今まで置かれていた状況に関しては、私は今になってようやく理解しました。」
シリウスが自分たちに極秘で、太一郎たちに『呪い』を掛けた事も。
その『呪い』の恐怖に怯える日々を過ごしながら、太一郎たちがシリウスに戦いを強要され続けていた事も。
そしてフォルトニカ王国の大臣たちが太一郎たち転生者の事を、まるで使い捨ての駒のように、ぞんざいな扱いをしていたという事も。
今になってサーシャは、ようやく理解したのだ。
だが今更後悔した所で何もならない。後悔した所で時間が巻き戻る訳では無いし、全てが解決する訳でも無い。
後悔など後で幾らでもすればいい。今は目の前で苦しんでいる太一郎を『呪い』から救う事が最優先だ。
「貴方はこの3か月もの間、誰にも相談出来ず、こうしてずっと生き地獄を味合わされ続けてきたのですね…!?そんな貴方の事を大臣たちはこれまでの間、確かに戦争に勝つ為の駒としてしか扱ってこなかったのかもしれない…!!ですが私は違います!!」
「サーシャ…。」
「今、貴方の目の前にいる私は、貴方の事を駒として粗雑に扱うような、真由さんが死んだ事を悲しんでいないような、そんな酷い女の子に見えますか!?こうして『呪い』に苦しむ貴方の事をざまあみろとか思うような、そんな酷い女の子に見えますか!?」
目を潤ませながら、真剣な表情で、じっ…と太一郎を見据えるサーシャ。
そのサーシャの視線が、太一郎を決して離さない。太一郎の目を逸らさせない。
驚きと悲しみの表情で、太一郎は目の前のサーシャを見据えている。
「それに太一郎さん!!貴方の先程の、このクソビッチ女に対しての発言にはねえ!!私は今、物凄~く腹が立ってるんですよ!?」
「腹が立ってるって、何を…。」
「いいですか!?耳かっぽじってよく聞いて下さい!!太一郎さん!!」
今度は物凄く不機嫌そうに、サーシャが太一郎に対して文句を言い出したのだった。
「この身がどうなろうと知った事じゃない!?もう何もかもどうだっていい!?何ふざけた事抜かしてるんですか!?今、貴方が死んだら悲しむ人たちが、国中にどれだけ沢山いると思っているんですかぁっ!?」
「そ、それは…。」
「私だって!!太一郎さんがいなくなったら凄く悲しいですよ!!貴方はそんな事も理解して下さらないのですか!?それでもまた貴方は、何もかもどうだっていいなんて馬鹿げた事を言えるのですか!?」
確かにこれまで太一郎が命を賭けて戦ってきたのは、シリウスに『呪い』を掛けられて強制されてしまったからなのかもしれない。
だがそれでも。だとしても。
これまで太一郎には、本当に数え切れない程の多くの命を救って貰ったのだ。
それは、それだけは、どう足掻いても覆らない、紛れも無い事実だ。
だからこそ、今度はサーシャが太一郎を助ける番だ。
今、目の前で理不尽に苦しめられている太一郎を、今度はサーシャが救う番なのだ。
「太一郎さん、もっと私を頼って下さい!!もうこれ以上、何でもかんでも1人で抱え込まないで下さい!!」
「…サーシャ…。」
「確かに真由さんは死にました!!ですがそれでも、今の貴方は決して1人なんかじゃない!!私がいますから!!私が貴方を決して1人になんかさせませんから!!」
目を潤ませながら、サーシャは太一郎をじっ…と見据える。
自分の頬を両手で包み込むサーシャの温もりが、優しさが、絶望に押し潰されそうな太一郎の心に安心感を与えてくれる。
そして。
「…っ!!サーシャ…!!」
そんなサーシャをじっ…を見つめながら、太一郎はサーシャに縋るように、力無く声を絞り出したのだった。
「…助けてくれ…!!」
目から大粒の涙を流しながら、サーシャに懇願する太一郎。
この異世界に飛ばされてから3か月目にして、ようやく太一郎が初めて誰かに『弱み』を見せた瞬間であった。
そんな太一郎の顔をサーシャがぎゅっと抱き締め、豊満な胸で優しく包み込む。
「助けます!!私が太一郎さんを必ず、このクソビッチ女から解放してみせます!!」
「助けてくれサーシャ…!!このままじゃ僕は…壊れてしまいそうだ…!!」
震えた両手で弱々しく、サーシャの身体をぎゅっと抱き締める太一郎。
そんな太一郎を安心させる為に、サーシャもまた太一郎の顔を抱き締めている両腕に、ぎゅっと力を込めたのだった。
そうやって互いに抱き締め合う2人の光景を、『呪い』が妖艶な笑顔で見つめていたのだが。
【ファファファファファ…無駄な事じゃ。わらわはそなたに一切の危害を加える事は出来ぬ。だがそれ故に無敵だと申したであろうが。】
「あまり私を甘く見ないで貰えますか?そうやって余裕ぶっこいていられるのも、今の内だけですよ。」
【果たしてそう上手く行くかのう?】
自分を睨みつけるサーシャに対して勝ち誇る『呪い』だったのだが、その時だ。
「姫様ーーーーーーーー!!って、何じゃこりゃあああああああああああ!?」
そこへサーシャが上空に放った信号弾を頼りに、ようやくここまで駆けつけてきたケイトだったのだが、まさかの『呪い』の姿に流石に仰天してしまったようだ。
慌てて鞘からロングソードを抜いたケイトが、厳しい表情で身構えたのだが。
「無駄ですよケイト。彼女にはあらゆる物理的な干渉が一切通用しませんから。」
「ひ、姫様、一体どういう…。」
「説明は後です。とにかく太一郎さんを運ぶのを手伝って頂けますか?彼女は私たちに危害を加える事は一切出来ませんから、無視しててもいいですよ。」
「む、無視しろって言われましても…。」
一体全体何が何だか全然意味が分からないが、サーシャがそう言っている以上は信じていいのだろう。
意を決した表情で、ケイトがサーシャと太一郎の元に駆け寄って来た。
そしてサーシャに優しく肩を担がれた太一郎が、よろめきながらもサーシャの力を借りて立ち上がる。
そのサーシャの反対側から、ケイトが太一郎に肩を貸すような形になった。
「太一郎さん、歩けますか?」
「ああ…大丈夫だ…。」
「すぐに診療所に戻りましょう。貴方の身体を蝕んでいる暗黒魔法よりも先に、このクソビッチ女を私の精霊魔法で、全力でぶち転がしますから。」
目から大粒の涙を流しながら、憔悴し切った表情で、サーシャとケイトにされるがままになっている太一郎。
どうして太一郎が、こんなにも理不尽に苦しめられなければならないのか。
これまでずっと命懸けの戦いの中に身を置き続け、フォルトニカ王国の沢山の人々を救ってくれた太一郎が。
だが今はそんな理不尽な運命を呪うよりも、まずは太一郎をシリウスの『呪い』から解き放つ事が最優先だ。
必ず太一郎を救ってみせる。いや、救わなければならない。
出来る、出来ないではない。やらなければならないのだ。
太一郎に色々と話さなければならない事が、話したい事が、山程ある。
謝罪や賠償は当然として、今後どういう身の振り方をするのかも含めて、クレアも交えて色々と腰を据えて話し合わなければならないだろう。
そして王都に戻ったら即座にシリウスを、転生者たちへの虐待と強要の容疑で逮捕し、事情聴取をしなければならない。
だがそれもこれも、とにかく全ては太一郎を『呪い』から救った後だ。
「私が貴方を必ず『呪い』から救ってみせます!!だから絶対に希望を捨てないで下さいね!!太一郎さん!!」
決意に満ちた表情で、サーシャはケイトと共に太一郎を支えながら、トメラ村へと歩き出したのだった。
次回、サーシャVS『呪い』。
果たしてサーシャは太一郎を救えるのか?そして必死に自分を救おうとするサーシャに応える為に、太一郎が取った行動とは…。