第42話:悲劇
第5章、完結。
自業自得とも言える無様な最期を遂げた一馬ですが、イリヤとアリスの刃の矛先が他の転生者たちにも向けられます。
次々と殺される『ブラックロータス』の少年たち。そんな中で孤軍奮闘する太一郎なのですが…。
何故、こんな事になってしまったのか。
イリヤもアリスも太一郎たちに対話を持ち掛けてきたのは、魔王カーミラからの命令だったとはいえ、紛れも無く本心による物だった。
そう、イリヤもアリスも太一郎たちに対して、敵意など持ってはいなかったのに。
それなのに暴走した一馬の騙し討ち同然の行為によって、成立しかけた対話は破談。
アリスとイリヤの手によって一馬は殺されてしまい…そして『ブラックロータス』の少年たちも、アリスの『封印【スキルロック】』の『異能【スキル】』によって完全に無力化。
この自然豊かな聖地レイテルは今、一馬の愚かな野心が招いた軽率な行動によって、多くの血が流れ阿鼻叫喚の絶叫が響き渡る、アリスとイリヤによる大量虐殺の場へと変貌してしまっていた。
「ひいいいいいいいいいいい!!『爆炎【エクスプロージョン】』!!『爆炎【エクスプロージョン】』!!『爆炎【エクスプロージョン】』!!」
『ブラックロータス』の少年が絶望の絶叫を上げながら、『異能【スキル】』で爆炎を放とうとするものの、アリスの『封印【スキルロック】』の『異能【スキル】』のせいで、全く爆炎を出す事が出来ない。
「何でだよ!?何で炎が出ねえんだよ!?どうなってんだよ!?」
「えーい!!」
「がああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
アリスの聖剣ティルフィングから放たれた真紅の衝撃波が、少年の身体を縦方向に真っ二つに引き裂いてしまう。
何という凄まじい威力、そして凄まじい切れ味なのか。
アリスの剣術の腕が優れている事も勿論あるだろうが、それでも人間の身体をこんなにも紙切れ同然に簡単に真っ二つに引き裂いてしまうなど、剣に相当な威力と切れ味が無ければ到底出来ない芸当だろう。
太一郎と真由が『呪い』を解く為に必要としていた、状態異常無効化の特殊能力ばかり目に行きがちだが、剣自体の攻撃力も相当な物なのだ。
曲がりなりにも、伝説の武器と呼ばれているだけの事はある。
「行きなさい。ヴァジュラ。」
そしてイリヤの魔剣ヴァジュラの刀身から放たれた無数の刃が、『ブラックロータス』の少年たちに全方位からのオールレンジ攻撃を仕掛け、少年たちを情け容赦なく残酷に切り刻んでいく。
「うわあああああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
「がああああああああああああああああああ!!」
1人、また1人と、イリヤに殺されていく少年たち。
『異能【スキル】』が使えなくなってしまっただけで、彼らはこんなにも脆い存在へと成り果ててしまうのか。
いや、この世界に転生させられてからも『異能【スキル】』という強大な存在に決して溺れる事無く、常に研鑽する事を決して怠らなかった太一郎と違い、彼らは『異能【スキル】』という強大な力に溺れ、慢心し、己を鍛える事を怠っていたのだ。
だからこそ、何らかの理由で『異能【スキル】』が使えなくなってしまう状況を、彼らは全く想定していなかった。
そうして危機感を全く抱く事も無いまま、自分たちより弱い者を痛めつける事に悦びを感じてしまっていたのだ。
彼らがいずれこうなってしまう事は、もしかしたら必然だったのかもしれない。
「た、助けてくれ!!頼む!!俺らが悪かったから!!い、命だけは…あがああああああああああああああああああっ!?」
泣き叫びながら土下座し、命乞いをする少年の身体が、アリスの聖剣ティルフィングから放たれた真紅の衝撃波によって、ボロ雑巾のように吹っ飛ばされてしまう。
「命乞いをする者までも…!!もう止めるんだ!!イリヤ!!アリス!!」
なおも生き残った少年たちに聖剣ティルフィングを振り下ろそうとするアリスの斬撃を、太一郎が隼丸で慌てて受け止めのだが。
何という凄まじい威力、切れ味、そして衝撃なのか。
隼丸の刀身が聖剣ティルフィングの強大な一撃に耐えられず、ギシギシと悲鳴を上げてしまっている。
確かに隼丸は太一郎という最高の使い手が手にした事で、全てを斬り捨てる最強の武器へと変貌してしまっていた。
だがそれでも品質が優れているとはいえ、所詮は一般的に出回っている素材を使って製造された、城下町の武器屋で普通に売られていた市販品に過ぎないのだ。
伝説の武器である聖剣ティルフィングとは、威力も強度も品質も材質も、遥かに劣る。
もっと分かりやすく例えるならば、最高速度で突っ込んでくるフェラーリを、紙の盾で受け止めろと言っているような物なのだ。
これ以上アリスの一撃を受け止め続けたら、隼丸の刀身が折れるか、最悪粉々になってしまう…太一郎はそれを瞬時に悟ったのだった。
「えーい!!」
「くそっ!!」
咄嗟の判断でアリスの斬撃を隼丸で受け止めるのを止め、何とか避け続ける太一郎だが、それでもアリス1人を食い止めるので精一杯で、イリヤから『ブラックロータス』の少年たちを守るだけの余裕が無い。
そうこうしている内にイリヤの魔剣ヴァジュラによって、1人、また1人と殺されていく。
絶叫の声が上がり、血飛沫が舞い、肉片が転がり落ちる。
この美しい聖地レイテルが、少年たちの血肉によって汚されてしまう。
「何だよこれ…!?何がどうしてこうなったんだよ…!?」
最後に残された少年が、絶望の表情で尻もちをつきながら、侮蔑の表情で自分を見下すイリヤを見つめていたのだが。
「分かったよ!!クエスト失敗なんだろ!?だったらホームポイントに戻れよ!!ログアウトしろよ!!」
冷静さを失って取り乱すあまり、少年は向こうの世界で夢中になって遊んでいたバーチャルMMORPGと同じように、目の前の空間に映像を生み出し、メニュー画面を開こうとした。
だがそこに表示されたのはメニュー画面などではなく…自身が所有する『異能【スキル】』の一覧。
その全てに取り消し線が引かれ、「使用不能」の文字が記されてしまっている。
「何なんだよ!?何なんだよこれ!?おい運営!!さっきからバグってるぞ!!ログアウト出来ねえぞ!!どうなってんだよ!?」
「…アンタ、さっきから何を訳の分からない事を言っているのかしら?」
この少年は恐怖のあまり現実逃避し、この世界がバーチャルMMORPGの世界だと思い込んでしまっているようだった。
だがこの世界は、ゲームではない。
紛れも無い現実であって、ゲームではないのだ。
その残酷な現実を決して認めようとしない少年に、魔剣ヴァジュラが振り下ろされる。
太一郎はアリスの相手で精一杯で、少年を助ける余裕が全く無い。
「ぎぃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
そしてイリヤの手によって、惨殺されてしまった少年。
あっという間に『ブラックロータス』の少年たちは、イリヤとアリスの手によって全員が殺されてしまったのだった…。
「くそっ!!くそっ!!くそおっ!!」
アリスが放つ斬撃を辛うじて避け続けながら、太一郎は後悔の絶叫を上げる。
何故こうなってしまったのか。何故こんな事になってしまったのか。
一体どうしたら、このような凄惨な状況を防ぐ事が出来たのか。
一馬たちの死を防ぐ為には、一体どうすれば良かったのか。
だが起きてしまった事は、もうどうにもならない。
『ブラックロータス』全滅、全員死亡という残酷な現実は、最早どうあがいても覆す事は出来ないのだ。
ならば太一郎が今やるべき事は、せめて真由だけでもイリヤとアリスから守る事だ。
「ちいっ!!」
「はうあっ(泣)!!」
舌打ちしながら太一郎は、目の前のアリスを隼丸で弾き飛ばし、必死の表情で真由に呼びかけたのだった。
「真由!!すぐにここから離れろ!!」
「で、でも、お兄ちゃん…!!」
「『異能【スキル】』が使えないお前を守りながら、この2人を同時に相手にする余裕は無いんだよ!!」
何しろ太一郎の力量をもってしても、アリス1人を相手にするだけで精一杯なのだ。
しかもアリスの聖剣ティルフィングによる強烈な一撃を受け続けたことで、隼丸にもダメージが蓄積してしまっている。
そんな絶望的な状況下の中で、アリスの『封印【スキルロック】』の『異能【スキル】』によって無力化されてしまった真由を守りながら、イリヤまで同時に相手をするなど出来る訳が無い。
せめてこの場にサーシャかクレアのどちらかがいてくれたなら、太一郎もアリス1人を相手にするのに専念出来るというのに。
だが今は、無い物ねだりをしていられる場合ではない。
太一郎1人だけで、何としてでも真由を守らなければならないのだ。
「あっちの方角でサーシャとケイトがエルダードラゴンと戦っている!!早く行って事情を説明しに行くんだ!!」
「でも!!お兄ちゃん1人を置いて行けないよ!!」
「いいから早く行けぇっ!!邪魔だぁっ!!」
真由に暴言を吐いてしまったが、今はそんな悠長な事を言っていられる状況ではない。
今、『異能【スキル】』を封じられた真由にここに居られたのでは、真由はイリヤかアリスのどちらかに殺されてしまうからだ。
そして今の太一郎に、真由を守りながらイリヤとアリスを同時に相手に出来るだけの余裕など、微塵も無いのだ。
今はサーシャとケイトによる増援が来るまで、この2人を相手にする事「だけ」に専念したい。
「…う、うん!!分かった!!」
真由もまた太一郎の意図を即座に理解し、慌ててその場から走り去ろうとする。
「逃がさない…!!」
そこへアリスの聖剣ティルフィングによる真紅の衝撃波が迫るが、それを太一郎は隼丸で辛うじて受け止めたのだった。
あまりの威力に吹っ飛ばされる太一郎だったが、それでも体勢を立て直して身構える。
決意に満ちた表情で、太一郎はイリヤとアリスに向き直ったのだった。
だが今の一撃をまともに受けた事で、隼丸の刀身がさらに悲鳴を上げてしまっていた。
「ここは絶対に通さん!!」
「お兄ちゃん!!」
「今の内に行け!!サーシャとケイトの所まで、全速力で走り抜けろぉっ!!」
「お兄ちゃん、死なないで!!すぐにサーシャとケイトさんを呼んでくるから!!それまで絶対に死なないでね!!」
「ああ、こんな所で死んでたまる物かよ!!」
目に涙を潤ませながら、真由は太一郎に背を向け、全速力でサーシャとケイトの所に走っていく。
サーシャとケイトを助けに行くはずが、逆にサーシャとケイトに助けを求める羽目になってしまった。
とはいえ、いかにサーシャとケイトといえども、エルダードラゴンが相手では決して無傷では済まないだろうが。
それでも今はこの2人が、エルダードラゴンを討伐してくれている事を祈るしかない。
「逃がす訳無いでしょ!?行きなさいヴァジュラ!!」
「そうはさせるかぁっ!!」
イリヤが魔剣ヴァジュラの刀身から放った無数の刃を、太一郎が隼丸で次々と弾き飛ばしたのだった。
そのあまりの人間離れした太一郎の太刀筋に、イリヤもアリスも戸惑いを隠せない。
「ファンネル付きの蛇腹剣かよ!!チートな武器を使いやがって…!!」
「何なのこいつ!?アタシのヴァジュラを、こうも簡単に…!!」
やはり転生者たちの中でも、太一郎だけは別格だ。
彼は、彼だけは、本気で殺すつもりで戦わないと殺される。
それを瞬時に悟ったイリヤとアリスが、全身全霊でもって太一郎に襲い掛かった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
2対1という不利な状況の中でも、必死に隼丸を振るう太一郎。
自分と同格の実力者、しかも伝説の武器まで装備した者を、2人同時に相手をする。おまけに隼丸にもガタが来てしまっている。
「全く、物凄い無理ゲーだな。ははっ(笑)。」
もう笑うしかない太一郎だったが、それでも一歩も引かなかった。
無理に倒そうとしなくてもいい。真由がサーシャとケイトを連れて来るまで何とか生き残る事さえ出来れば、それでいいのだ。
死体にさえならなければ、サーシャの精霊魔法で傷を治して貰えるのだから。
そんな事を考えながら、必死にイリヤを追い詰める太一郎だったのだが。
「くそっ、さっきから何なのよこいつ!?」
「イリヤちゃんに、手を出すなああああああああっ!!」
やはり太一郎の力量をもってしても、この2人を「同時に」相手にするというのは、流石に無理があり過ぎた。
アリスの聖剣ティルフィングから放たれた真紅の衝撃波が、遂に太一郎を派手に吹っ飛ばしたのだった。
隼丸で辛うじて受け止めたものの、あまりの威力に受け止めきれず、太一郎は木に叩きつけられてしまう。
「ぐああああああああああああああああっ!!」
「お兄ちゃんっ!!」
太一郎の悲鳴を耳にした事で、思わず真由が走り出した足を止め、振り向いてしまう。
それによって自らの死を招いてしまうという事に、気付きもせずに。
ここで立ち止まらずに太一郎を無視して駆け抜けてさえいれば、真由はサーシャとケイトの元に辿り着けたはずなのに。
「馬鹿!!止まるな…っ!?」
「行きなさい!!ヴァジュラ!!」
イリヤの魔剣ヴァジュラから放たれた無数の刃が、情け容赦なく真由に襲い掛かる。
絶望の表情を見せる太一郎だが、この真由の行為を一体誰が責められようか。
母親の瑠璃亜と離れ離れになってしまい、最愛の兄と2人だけで異世界へと飛ばされた真由にとって、太一郎は唯一の心の拠り所といってもいい存在だったのだ。
その太一郎が、悲鳴を上げる程までに追い詰められてしまった…思わず真由が足を止めてしまうのも、仕方が無い事だろう。
だが真由が足を止めてしまったせいで…最悪の結末が訪れる事になってしまう…。
「待っ…!?」
太一郎が必死に起き上がろうとするものの。
イリヤが魔剣ヴァジュラから放った無数の刃が。
「がは…っ!!」
「真由ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
真由の全身を情け容赦なく…残酷に切り裂いたのだった…。
激痛に悲鳴を上げる全身に鞭を入れ、太一郎が縮地法で一気に真由の元へと駆け寄る。
「な、何なのあいつ!?一瞬で間合いを!?」
「真由!!真由ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
驚くイリヤを無視し、太一郎が真由を抱き起こす。
だが真由はもう、助からなかった。
全身という全身を無惨に切り刻まれてしまっており、体中から出血してしまっている。
これではもう、どうする事も出来なかった。
せめて…せめて、この場にサーシャかクレアがいてくれたなら。
精霊魔法で真由の傷を癒し、一命を取り留める事が出来たはずなのに。
「…お…お兄ちゃん…!!」
「真由!!しっかりしろ!!真由!!」
薄れゆく意識の中、涙を流しながら自分を見つめる太一郎を、必死に見つめる真由。
もう自分の命が風前の灯だという事を、真由は即座に理解したのだった。
太一郎にサーシャとケイトの元まで走り抜けろと言われていたのに、悲鳴を上げる太一郎を心配するあまり、思わず足を止めてしまった。
その結果、自分がイリヤに殺されるという、最悪の事態を招いてしまった。
結果的に真由は、太一郎の足を引っ張る形になってしまったのだ。
だが、それでも。
今更後悔しても仕方が無い。起きてしまった事は、もうどうにもならない。
ならば、せめて…そう、せめて。
まだ先が、まだ未来がある太一郎の為に、少しでも自分の力を役立てなければ。
それが今の真由に残された、この異世界での最期の役目…最期の仕事なのだ。
「…せめて…せめて…!!私の『異能【スキル】』を…お兄ちゃんに…っ!!」
「真…っ!?」
最期の力を振り絞り、真由は太一郎の首を両腕で抱え、唇を重ねたのだった。
その瞬間、太一郎の中に、真由の力が流れ込んでいく。
真由の太一郎への想いが込められた『異能【スキル】』が、太一郎へと託されていく。
「…お兄ちゃん…。」
やがて唇を離した真由が、最期の力を振り絞って太一郎に満面の笑顔を見せ…。
「…好き…。」
それだけ言い残し、静かに息を引き取ったのだった…。
絶望の表情で、真由の亡骸を見つめる太一郎。
「…あ…あああ…!!」
太一郎の目から、どんどん涙が溢れ出てくる。
「真由…真由…真由…っ!!」
あれだけ守ると誓ったのに。ずっと一緒にいると誓ったのに。
それなのに、真由は死んだ。無様に死なせてしまった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶望に心を支配され、絶叫する太一郎。
何故、こんな事になってしまったのか。
一体どうしたら、こんな最悪の結末を防ぐ事が出来たのか。
自分にもっと力があれば。イリヤとアリスを圧倒出来る程の力があったならば。
太一郎は絶叫した。後悔に苛まれながら、激しく絶叫した。
「後はアンタだけよ。覚悟しなさい。アタシたちを騙し討ちしようとした罪は重いわよ?」
そんな太一郎に向けて、勝ち誇りながら魔剣ヴァジュラの先端を突き付けるイリヤだったのだが。
「…よくも…!!」
真由の亡骸を静かに寝かせ、太一郎は隼丸を手に、ゆっくりと立ち上がる。
そう…今の太一郎は、真由の死を悲しんでいられる場合ではないのだから。
太一郎は今ここでイリヤとアリスを倒し、何としてでも生き残らなければならないのだ。
そして今ここで起きた出来事の真実を、その全てを、何としてでもサーシャに伝えなければならないのだから。
真由の死を無駄にしない為に。真由がこの異世界で生きた証を残し続ける為に。
「よくも!!よくも!!よくもよくもよくも!!」
太一郎が真っすぐにイリヤとアリスを見据え、隼丸を鞘に収めた…次の瞬間。
「なあっ!?」
縮地法で一気にイリヤとの間合いを詰めた太一郎が、凄まじい剣閃をイリヤに浴びせたのだった。
慌ててイリヤは魔剣ヴァジュラで、太一郎の斬撃を受け止める。
「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!!よくも真由をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「こいつ、また一瞬で間合いを!!」
「イリヤああああああああああああああああああああああああああっ!!」
絶叫しながら、凄まじいまでの勢いで、居合術を連打連打連打連打連打。
辛うじて受け止め続けるイリヤだったが、少しずつ、しかし確実に追い詰められていた。
繰り出される斬撃の全てが、正確無比に急所を狙っている。
少しでも気を抜けば、イリヤは一瞬で太一郎に殺される。
「ア、アリス!!こいつの『異能【スキル】』を『封印【スキルロック】』で封じたんじゃないの!?」
「ふ、封じてるよ!!間違いなくこの人は今、『異能【スキル】』を封じられてる!!」
「じゃあ何でこいつはこんなに強いのよ!?有り得ないでしょ!?」
魔剣ヴァジュラで隼丸を受け止め続けながら、イリヤがアリスに文句を言ったのだが。
「だってこの人…さっきから『異能【スキル】』を全然使ってないから…!!」
「…嘘…でしょ…!?」
絶望の表情でそう呟くアリスに、イリヤもまた驚愕の表情になってしまったのだった。
そう、太一郎はこの異世界に飛ばされてから3か月もの間、自身に与えられた『異能【スキル】』を、今まで一度も使った事が無いのだ。
あの日の模擬戦闘訓練において一馬の『帝王の拳【カイザーナックル】』を、素手で受け止めた時でさえも。
理由は簡単だ。これまで太一郎が戦ってきた相手は、模擬戦闘訓練で戦ったサーシャを除けば、別に使わなくても楽勝で勝てる相手ばかりだったのだから。
そのサーシャにしても、あくまでも模擬戦闘訓練なのだから、『異能【スキル】』を使ってまで本気でサーシャをぶち転がすような真似をする必要が無かったのだから。
「じゃあ何…!?この男、『素』でこの強さだって言うの…!?」
『異能【スキル】』に全く頼らずに、この強さ。
ではもし太一郎が『異能【スキル】』を使ったのなら、一体どれだけの化け物が生まれてしまとでもいうのか。
「ぬああああああああああああああああああああああっ!!」
「ぐああああっ…!!」
そして太一郎の渾身の斬撃が、遂にイリヤを木に叩きつけたのだった。
この好機を逃すまいと、追撃しようとする太一郎。
慌ててアリスが、イリヤを援護しようとするのだが。
「こ、この…!!イリヤちゃんを傷つけ…っ!?」
アリスが聖剣ティルフィングから真紅の衝撃波を放とうとするものの、振りかぶった体勢のままで思わず硬直してしまう。
何故なら衝撃波の斜線上には、丁度イリヤがいる…もし太一郎が衝撃波を避けようものなら、木に叩きつけられて動けないイリヤに直撃してしまうからだ。
まさか太一郎は真由の死で怒り狂い、絶叫しながら、そんな事まで考えてイリヤと戦っていたとでもいうのか。
そして「振りかぶった体勢のまま硬直してしまった」事でアリスに生じてしまった、膨大な隙。
時間にしてほんの数秒だが、それを太一郎は絶対に見逃さない。
イリヤやアリスとの戦いのダメージで全身に激痛が走りながらも、傷ついた身体に鞭を打ち、たまたま足元に転がっていたハンドアックス…『ブラックロータス』の少年の1人が使っていた武器なのだが…それをサイドスローでアリスに向けて投げ飛ばしたのだった。
「なっ…!?」
「アリス!!」
絶叫するイリヤ。飛んできたハンドアックスを何とか聖剣ティルフィングで弾き飛ばしたアリスだったのだが、いつの間にか縮地法で間合いを詰めた太一郎が、目の前にいた。
驚愕の表情のアリス。そして体勢を崩したままのアリスの首筋に向けて放たれた、太一郎の渾身の剣閃が。
「…イリヤちゃん…逃げ…!!」
情け容赦なく、アリスの首を刎ねたのだった。
どうっ…と、首から上が無くなったアリスの死体が、ゆっくりと地面に倒れていく。
「アリスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
絶叫するイリヤを尻目に、太一郎は目の前の空間にパネルを呼び出し、自身の『異能【スキル】』の一覧を確認する。
そしてアリスが死んだ事で『封印【スキルロック】』の『異能【スキル】』が解除された事を確認した太一郎が、決意の表情で。
「よくも…よくもアリスをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫するイリヤに対して、この異世界に飛ばされてから3か月目にして、ようやく自身の『異能【スキル】』を初披露したのだった。
「『潜在能力解放【トランザム】』!!」
その瞬間、太一郎の全身が凄まじい真紅の光に包まれた。
そして周囲に残像を残しながらイリヤの周囲を、高速を超えた『神速』で動き回り、翻弄する太一郎。
あまりの太一郎の凄まじい動きに、イリヤの反応が全く追い付かない。
「くそがぁっ!!そんなコケ脅しでぇっ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
慌ててイリヤが魔剣ヴァジュラから無数の刃を放つものの、それら全てが残像を貫くばかりで、太一郎の本体を全く捉えられない。
そうこうしている内に太一郎の超威力の斬撃が、情け容赦なくイリヤの魔剣ヴァジュラを弾いたのだった。
「ひいっ!?」
「これで、終わりだあああああああああああああああっ!!」
体勢を崩すイリヤ。太一郎が隼丸を鞘に納め、居合術の狙いをイリヤの首筋に定める。
イリヤの脳裏に迫る、明確な『死』の恐怖。
やばい。やばいやばい。やばいやばいやばいやばいやばい。
頭の中で走馬灯が迫りくる最中、イリヤは直観的に悟ったのだった。
これはもう絶対に避けられない。どうする事も出来ない。
私はここで…死
「イリヤぁっ!!」
だがそこへ突然現れたエキドナが、いつの間にかアリスの死体から回収していた聖剣ティルフィングを薙ぎ払い、漆黒の光を太一郎に向けて放ったのだった。
「なっ…!?」
慌ててそれを隼丸で受け止めた太一郎だったのだが、アリスとイリヤによる超威力の攻撃を受け続けた影響で、とうとう隼丸の刀身が真っ二つに折れてしまった。
防ぎ切れずに直撃し、吹っ飛ばされてしまう太一郎。
「ぐああああああああああああああああああああああああああっ!!」
そして背中から木に叩きつけられ、そのままずるずると地面に倒れ伏してしまう。
「はぁっ…はぁっ…くっ…はぁ…っ…!!」
何とか辛うじて命を繋ぎ止めたイリヤが腰を抜かしてしまい、驚愕の表情で思わず息を切らしてしまう。
危なかった。本当に間一髪だった。
エキドナが助けてくれなければ、間違いなくイリヤは太一郎に殺されていた。
そのエキドナが心配そうな表情で、無様に腰を抜かしているイリヤに慌てて駆け寄ってきたのだが。
「カーミラ様の命令で、貴女たちの救援に駆けつけて来てみれば…!!」
慌ててイリヤを抱き起こすエキドナだったのだが、目の前でアリスが死んでいる事に戸惑いを隠せずにいるようだった。
魔王カーミラからはイリヤとアリスに対して、転生者との対話を命じていたというのに。
それなのに何故か太一郎以外の転生者が全員死亡、イリヤも殺される寸前で、さらにアリスも殺されているという有様だ。
一体この聖地レイテルで、何があったとでも言うのか。
「イリヤ、これは一体どういう事なの!?貴女たちに命じられたのは対話でしょう!?」
「あ、あいつらが…!!あいつらが騙し討ちをして…!!アリスを…!!」
「な…!?」
「アタシは対話を持ち掛けたのに!!それなのに!!そこのリーゼントが!!皆ぶっ殺せば済むだけの話だとか言って!!」
まさかのイリヤの告発に、戸惑いを隠せないエキドナ。
「…何て事なの…!?転生者様が騙し討ち…!?どうしてそんな事に…!!」
困惑するエキドナだが、それよりも今はこの場の状況把握が最優先だ。
色々とイリヤに聞きたい事はあるが、事情聴取なら後でゆっくりと行えばいい。
イリヤは無様に腰を抜かしてはいるが、何とか軽傷で済んでいるようだ。
だがしかし、自分が傷つけてしまった太一郎は…。
「申し訳御座いません、転生者様!!すぐに傷の手当てを致します故…っ!?」
慌てて太一郎に駆け寄ろうとしたエキドナだったのだが。
「光の矢よ!!敵を撃て!!」
そこへケイトと共にようやく駆けつけてきたサーシャが、エキドナに精霊魔法を放ったのだった。
放たれた光の矢を慌ててバックステップで避け、間合いを離すエキドナ。
だがサーシャもまた目の前の惨状を見せつけられて、驚愕の表情を見せている。
「…こ、これは…何という酷い惨状なのですか…!!一体ここで何があったというのですか…!?」
「サーシャ王女…!!それに近衛騎士のケイト様ですか…!!」
「とにかく、太一郎さんには指一本触れさせはしません!!」
太一郎を庇うように前に出て、ソードレイピアを構えるサーシャ。
流石にこの状況はまずいと判断したエキドナが深く溜め息をつき、イリヤの肩を担いで助け起こしたのだった。
「イリヤ、ここは一旦引くわよ。」
「でも!!あいつらのせいでアリスが!!」
「聖剣ティルフィングが手に入ったのであれば、最早ここに長居は無用よ。」
「だけど!!だけどぉっ!!」
「今は貴女の命と安全が最優先よ。」
幾らエキドナでも腰を抜かしているイリヤに気を遣いながら、サーシャとケイトを同時に相手にするだけの余裕は無いのだ。
そんな事をしようものなら、エキドナは間違いなくサーシャに殺される。
「サーシャ様。我々はここは引かせて頂きます。ですがせめてアリスの遺体の回収だけは許して頂けませんでしょうか?」
「…分かりました。引くのであれば手出しはしないと約束しましょう。」
「貴女様の大いなる慈悲の心に多大なる感謝を。サーシャ様。」
サーシャに礼儀正しく一礼をしたエキドナが、イリヤを肩に担いだまま、テレポートで一気にアリスの傍まで飛んでいく。
そしてアリスの遺体を回収したエキドナが、イリヤと共にテレポートで消えてしまったのだった。
深く溜め息をつくサーシャだったが、それでも今はゆっくりしていられる場合ではない。
「私たちも、すぐに生存者の確認を!!」
「はっ!!」
ケイトにそう呼びかけたサーシャだったのだが、その時だ。
「…う…ぐ…!!」
「太一郎さん!?」
サーシャのすぐ後ろで倒れ伏している太一郎が、とても苦しそうに呻き声を上げていた。
慌ててサーシャが、満身創痍の太一郎を抱き起こしたのだが。
「太一郎さん!!しっかりして下さい!!太一郎さん!!」
「…畜生…!!」
「太一郎さぁん!!」
涙目のサーシャに介抱されながら、太一郎はとても悔しそうな表情で、涙を流しながら意識を失ってしまったのだった…。
今回で第5章を完結させようとしたら、文字数が11000文字にまで達してしまいました…。
次回から新章開始。太一郎が絶望から這い上がる話を描きます。
唯一の生存者となった太一郎は、サーシャから転生者たちが全滅した事を聞かされ、絶望するのですが…。