第3話:王都フォルトニカ
今回は街の散策です。太一郎が武器を手に入れます。
シリウスとレイナが去ってから、自分たちが転生させられた地下室を出た太一郎と真由が辿り着いたのは、フォルトニカ王国の王都中央部に位置するフォルトニカ城…その1階部分だった。
鎧を着た兵士たちや、給仕を務めていると思われるメイド服の女性たち…彼らの姿を見ていると、この建物がいかにもファンタジーRPGに出てくる『城』そのものだという事を思い知らされる。
ここで他の転生者の少年たちと一旦別行動を取る事になった太一郎と真由は、兵士たちに案内されて城の外に出たのだが…目の前の光景に絶句させられてしまったのだった。
「…何なんだ…ここは…!?」
太一郎の目の前にあったのは、まさしくファンタジーRPGに出てくる『街』そのものだと言ってもいい光景だった。
アスファルトではなく、白い石材のような物で舗装された道路。
信号機や電柱、電線、電灯が存在せず、代わりに地下室にあったクリスタルのような物が電灯代わりになっているようだ。
周辺の建物も洋風の建造物ばかりで、ビルなどの高層の建物が一切存在しない。
至る所に花畑や草原、樹木が点在しており、自然溢れる緑に包まれた美しい光景が、太一郎と真由の心を癒してくれる。
そして車は一切道路を走っておらず、その代わりとなる人々の主要交通手段は、太一郎が見た限りでは『馬』『馬車』のようだ。
さらに通行人の多くが、剣や弓などといった何らかの武器を携えていた。魔物に対する自衛手段か何かなのだろうか。
こんなの日本では、一発で銃刀法違反で捕まりそうな物なのだが。
清々しい青空の元、暖かい太陽の光に包まれた目の前の光景は、正真正銘ここが『別世界である』という事を、太一郎と真由に思い知らせるには充分過ぎる程だった。
だが今は、感慨にふけっていられる場合ではない。
シリウスは『のんびり観光でもしていろ』とは言っていたが、シリウスに帰還を命じられた17時50分までの約4時間の間に、やっておかなければならない事があるからだ。
それはこのフォルトニカ王国王都の構造…どこにどんな建物があって、どんな施設があるのかという事を、少しでも正確に頭に入れておく事だ。
「いらっしゃい!!今日採れたばかりの新鮮な果物はいかがかな!?」
「豚肉、牛肉、羊肉、色々あるよ!!」
「そこの可愛いお嬢ちゃん!!私の手作りのアクセサリーはいかがかな!?安くしとくよ!?」
商店街に辿り着いた太一郎と真由は、物凄い勢いで様々な店からの客引きに呼び止められる。
これも今の日本では迷惑防止条例違反に問われかねない行為なのだが、このフォルトニカ王国ではお咎めなしのようだ。通りかかる兵士たちの誰もが店員たちに何も言ってこない。
値札には見た事も無い異国の文字と数字が書かれていたのだが、太一郎も真由も何故かそれらを完璧に読む事が出来ていた。これもシリウスによる転生術の効果なのだろうか。
店員に自分たちが転生者であるという事情を説明し、色々と教えてもらったのだが、この世界では
『プラチナ(約10万円)』
『ゴールド(約1万円)』
『シルバー(約1000円)』
『ブロンズ(約100円)』
『カッパー(約10円)』
という共通通貨が使われているらしく、それぞれ白金、金、銀、青銅、銅で製造されているようだ。
品物に貼られている値札から察するに、市場の相場は日本より少し安めといった所か。
そして3ゴールドの品物を購入したければ、30シルバー(銀貨30枚)でも通じるという事らしい。この辺はこれから慣れていくしか無さそうだ。
これからこのフォルトニカ王国で暮らしていく事になるのだから、こういった情報を少しでも把握しておかなければならないのだが…太一郎が把握しておきたい情報は、それだけではない。
「いらっしゃい。俺の武器屋によく来たな。兄ちゃん。」
そんな中で太一郎と真由は、ようやく目当ての場所の1つである武器屋に辿り着いたのだった。
ここに来た目的は魔王カーミラや魔王軍とやらの戦いで、自分たちが使う事になる武器の調達だ。
殺傷能力のある武器が普通に店で売られているという時点で、向こうの世界との剥離を感じさせられてしまう。
「すいません、僕たちは転生者なんですが、王女殿下から僕たちの件について、お話を伺っているとの事ですが…。」
「おう、兄ちゃんたちがそうか。話は姫様から聞いてるぜ。何でも好きな武器を1つずつ持っていきな。」
戦闘で自分たちが使う事になる装備品の代金は、この国の王女に肩代わりして貰う事になっている。
それは先程シリウスが太一郎に言っていた事だが、ちゃんと話が伝わってるようなので太一郎は正直安心した。
何しろ転生したばかりで、太一郎も真由も全く金を持っていないのだ。
もし伝達不十分で話が伝わっていなかったら、物凄い剣幕でこの店を追い出されかねなかったのだが。
ところが実際は全然そんな事は無く、店主はとてもフレンドリーに太一郎と真由に接してくれた。
「…パッと見た感じでは、中々質のいい武器が揃っているようだけど…。」
ロングソード、バスタードソード、グレートソード、ソードレイピア、ショートソード、ダガー、スピア、ランス、ロングボウ、クロスボウ、バトルアックスなど…豊富な種類の武器が壁に立て掛けられている。
実際にロングソードを手に取ってみた太一郎は店主の承諾を得た上で、その場で素振りをしてみた。
その素振り1つだけでも、店主は太一郎の実力を即座に見抜いたのだった。
「ほう、兄ちゃん、相当な剣の腕をしてるみてえだな。近衛騎士の連中にも負けてねえんじゃねえのか?」
「お兄ちゃんは、夢幻一刀流っていう剣術の達人なんです。だけど…。」
「そうだね。これは確かにいい剣だよ。それは間違い無いんだけど…。」
実際に触ってみたからこそ分かる。このロングソードは間違いなく、かなりの上質の代物だ。店主の鍛冶の腕の素晴らしさを物語っていると言えるだろう。
太一郎がこの剣を手にして戦場に赴けば、間違いなく多数の魔族や魔物たちを打ち倒し、フォルトニカ王国の沢山の人々の命を救う活躍を見せてくれるはずだ。
だがこの剣では、太一郎の本来の戦闘能力を発揮させられないのだ。
何故なら、太一郎の本来の戦闘スタイルは…剣術は…。
「マスター。この店に居合刀は置いてないんですか?」
「剣ではなく刀を所望か。まあ中古でいいって言うなら、あるにはあるんだけどよ…。」
太一郎の要望で店主が持って来たのは、一振りの居合刀。
鞘の部分に『隼丸』という文字が彫刻されている。
店主に隼丸を手渡された太一郎は、神妙な表情で刻印を見つめていたのだが。
「隼丸か…随分と可愛らしい文字で彫刻されてるけど、以前の持ち主は年頃の女の子だったのかな?」
「…兄ちゃん…俺はさっき、好きな武器を何でも1つだけ持っていけとは言ったけどよ…悪い事は言わねえ。そいつだけは止めておきな。」
「何か問題でも?」
太一郎の疑問の言葉に、店主は深く溜め息をついてから、事の詳細を語り始めたのだった。
「そいつはな、半年前に兄ちゃんの前に転生してきた女の子が使ってた刀なんだけどよ。確か3か月前だったかな?新しい剣を手に入れたって言うんで、他の奴に使って欲しいとかで俺の店に売っ払ってきた代物なんだ。」
「僕の先代の転生者が使っていた刀か…。」
「だけどよ、元々この国では刀自体、ほとんど使われない代物でな。何しろ普通の剣と違って扱いが難しくてよ。店に展示はしたが誰も買い取ってくれなかったんだよ。」
確かに店主の言う通りだ。刀というのは使いこなすのに、通常の剣とは違った技術が要求される代物なのだ。
このフォルトニカ王国において一般的に出回っている剣は、切れ味よりもむしろ斬撃による物理的な『打撃力』を用いた『衝撃』を重視した構造になっている。
それ故に重い鎧や硬い外装に覆われた敵に対しても、『衝撃』による有効打を与える事が可能となっているのだ。
ぶっちゃけた話、剣というのは敵を『殴る』為の武器だと言えるのだ。それ故に誰にでも扱いやすい武器として、このフォルトニカ王国の人々に愛用されているのだが。
だが太一郎が手にした、この居合刀は違う。
極限まで『斬る』事に重点を置いた武器であり、その威力を最大限に発揮する為には、非常に繊細で高度な技術が必要になる。
なので剣で『殴る』事に慣れ切ってしまっているフォルトニカ王国の人々にとっては、扱いが非常に難しい代物になってしまっているのだ。
上記の理由により剣と刀では、扱い方が全然違う。
並の使い手が剣と同じように振るった所で、へっぽこな威力にしかならない。重い鎧や硬い外装を纏った敵に対しては有効打にならないのだ。
それ故に刀という武器は、フォルトニカ王国の人々からは敬遠されてしまっているのだが。
しかし…。
「真由。離れてろ。」
「うん。」
夢幻一刀流を極めた太一郎が隼丸を手にした時…それは全てを一刀両断にする事を可能にする、最強の武器へと進化するのだ…!!
「マスター。こいつも素振りさせて貰いますよ。」
「あ、ああ、それは別に構わないが…。」
「そこにいると危ないんで、マスターも離れてた方がいいですよ。」
「お、おう…。」
隼丸を鞘に収めた太一郎は鞘を腰に固定し、直立不動の姿勢のまま、鞘に収まったままの隼丸の柄に右手を添える。
そして、ふうっ…と一息ついた後…物凄い勢いで隼丸を鞘から『抜いた』瞬間。
太一郎の周囲にほとばしる、無数の『閃光』。
…と思ったら、いつの間にか太一郎は隼丸を鞘に収めていた。
「成程、いい刀だ。」
「マ、マジかよ…。」
『居合術』…これが、これこそが、夢幻一刀流の真髄…太一郎本来の剣術、戦闘スタイルなのだ。
一体何が起こったのか。と言うか一体いつの間に太一郎は隼丸を抜いたのか。と言うか一体いつの間に太一郎は隼丸を鞘に収めたのか。
あの一瞬で太一郎が鞘から隼丸を抜いてから納めるまでの間、一体どれだけの回数の斬撃を放ったというのか。
先程のロングソードでの素振りも見事だったが、それさえも霞んでしまう程の凄まじい斬撃だったのだ。
これはもう太一郎の実力は、実力者揃いの近衛騎士たちさえも、遥かに超越してしまっているかもしれない…。
「マスター。この居合刀の代金は王女殿下にツケさせればいいんですよね?」
「あ、ああ。さっきも言ったが姫様から話は聞いてるけどよ…しかし兄ちゃん凄ぇな。」
「では伝票だけ貰えますか?」
「おう、ちょっと待ってろ。」
店主が請求書を太一郎に手渡した、その時だ。
何やら外の様子が騒がしい。ふと窓を見ると傷だらけの1人の若者の兵士が道端で崩れ落ちており、通行人の市民たちに介抱されていた。
慌てて太一郎と真由が、傷ついた兵士の元に駆け寄ったのだが。
「どうした!?大丈夫か!?一体何があったんだ!?」
「バ、バルゾムだ!!あの音速の鞭使いの盗賊バルゾムが、ラムダ村に襲撃を仕掛けて来たんだ!!近衛騎士のロファール殿が対応に向かって下さっているが…!!」
「盗賊…!!この国の脅威は、魔王軍や魔物たちばかりではないという事か…!!」
「アンタ、もしかしてこの国の人間ではないのか!?バルゾムは最近になって近隣の町や村を荒らし回っている、とんでもなく強い盗賊なんだ!!恐ろしいまでの鞭の使い手で、今までどれだけの人々が奴の餌食になった事か…!!」
騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬の市民たちが、とても不安そうな表情をしている。
またバルゾムか…もうこれで何度目だ…騎士団は一体何をやっているんだ…そんな不満と恐怖の呟きが一斉に聞こえてきたのだが。
「分かった。なら僕たちが行こう。真由、お前の力が必要になるかもしれない。一緒に来てくれるか?」
「うん。私の異能【スキル】なら必ずお兄ちゃんの役に立てるよ。」
何のためらいも無く、太一郎が決意に満ちた表情で立ち上がる。
この国の安全を揺るがす非常事態というのもあるが、これは太一郎にとってはチャンスでもあるのだ。
ここでバルゾムを倒して実績を稼ぐ事が出来れば、この国の女王や王女の信頼を得る事が出来る。
そうすればこの王都内、特に城内において動きやすくなり、自分たちに呪いをかけたシリウスに反逆するチャンスを掴みやすくなるのだから。
「あ、アンタは一体…。」
「シリウスに召喚された転生者だ。」
「転生者!?では貴方様がシリウス殿が召喚したっていう、異世界の勇者様なのですか!?」
太一郎と真由の正体を知った兵士たちが、さっきまでタメ口で話していたのが突然敬語で対応し出したのだった。
魔王軍との戦いに赴いて貰う以上は、自分たちの国内の身分は保証する…それがこの国の王女の意思だと、そうシリウスが語ってはいたのだが。
「皆、歓迎してくれるのはありがたいが、今は話し込んでいる時間は無い!!僕たちはついさっき召喚されたばかりで、この辺りの地理に疎いんでね。誰かラムダ村とやらに僕たちを連れて行ってくれ!!」
「では私がご案内致します!!お二方、どうぞこの馬車をお使い下さいませ!!」
兵士の1人が慌てて太一郎と真由を、先程使っていたばかりの馬車へと案内したのだった。
「そこの君、済まないが今からシリウスに事情を説明しに行ってくれ!!今からバルゾムとやらを討伐しに行かないといけなくなったから、謁見の時間に遅れるかもしれないってな!!」
「は、はい!!分かりました!!」
真由と共に急いで馬車に乗り込んだ太一郎が、決意に満ちた表情で兵士に呼びかける。
事情を説明しないまま時間に遅れて、罰として『呪い』を発動でもされたら、たまった物ではないからだ。
まさかこんなに早く戦いに身を置く事になるとは思ってもみなかったが、今はそんな悠長な事を言っていられる場合ではない。
兵士の話を聞いた限りでは、バルゾムという男は相当な鞭の使い手で残虐な男のようだ。一刻も早く駆けつけてラムダ村の人々を救わなければならない。
シリウスにかけられた『呪い』も、魔王カーミラも魔王軍も魔物たちも、今は関係無い。
『力無き人々を救う』…警察官だった頃も、そして今も、それが太一郎の戦う理由なのだから。
「よし、出発してくれ!!」
「はっ!!」
兵士に軽く鞭を打たれた2頭の馬が、軽快な鳴き声を発しながら、太一郎と真由を乗せた馬車をラムダ村へと引っ張っていったのだった…。
次回は初の戦闘シーンですが土曜日が仕事、日曜日に歯医者の定期健診があるので、もしかしたら来週の掲載は難しいかも。
まあ何とか頑張りますが…仕事や生活が最優先なんで…。