第35話:模擬戦闘訓練・太一郎VSサーシャ
サーシャと模擬戦闘訓練を行う事になった太一郎。
一馬さえも圧倒したサーシャを相手に互角に渡り合うのですが、その壮絶な戦いの結末は…。
かくしてサーシャと模擬戦闘訓練を行う事になった太一郎ではあるのだが、さすがに訓練用の刀なんて存在しないと兵士に言われたので、仕方が無いので太一郎はロングソードを使う事にした。
元々フォルトニカ王国では剣と比べて扱いが難しい刀は、使い手がほとんどいないという事情があるので、仕方が無いのかもしれないが。
ロングソードを正眼に構え、真っ直ぐにサーシャを見据える太一郎。
夢幻一刀流の本来の戦闘スタイルではないが、さすがに真剣である隼丸を使って模擬戦闘訓練を行う訳にはいかないのだ。
そもそも太一郎は居合刀を使わずとも充分に強いのだが。その気になれば素手でも戦えるのだが。
ロングソードを正眼に構える太一郎を、サーシャがとても穏やかな笑顔で見つめている。
「それじゃサーシャ、行くよ?」
「ええ、いつでも構いませんよ?」
そう笑顔で告げたサーシャは、ソードレイピアを構えたのだった。
向こうの世界では見た事の無い、変則モーション。
あの構えから一体どんな技が繰り出されるのかと、太一郎の心が胸躍る。
自分との戦いでは剣を構えなかった癖に、太一郎が相手の時は何の躊躇もせず構えた…その光景に一馬は随分と不機嫌そうな表情を見せたのだった。
サーシャは太一郎の何気ない正眼の構えを見ただけで、瞬時に悟ったのだ。
太一郎は一馬のように、体術だけで勝てるような生易しい相手では無いという事を。
「けっ、この俺様でさえも勝てなかった女だぞ。あんな優男に太刀打ち出来る訳が…っ!?」
言いかけた一馬だったが、すぐにその表情が驚愕に染まる事になる。
先に仕掛けたのは太一郎の方。
縮地法で一瞬でサーシャとの間合いを詰めた太一郎が、横薙ぎの斬撃をサーシャに繰り出す。
(『閃光』…!!)
確かにサーシャの目にも映った。太一郎の剣閃からほとばしる、一筋の『閃光』が。
成程、兵士たちが絶賛する訳だと…サーシャはとても楽しそうな笑顔で、太一郎の斬撃をソードレイピアで受け止めたのだった。
「お兄ちゃんの斬撃を、あんなにも簡単に受け止めた!?」
(ならば太一郎さん、これはどうですか?)
驚く真由を尻目に、サーシャがカウンターで太一郎に無数の突きを繰り出す。
世界レベルのフェンシングの選手が繰り出す連撃を、遥かにアップデートさせたかのような、凄まじいまでの突きの連打、連打、連打。
それを太一郎が物凄い笑顔で、ロングソードで次々と受け流していく。
「な…何だと…!?」
その太一郎とサーシャの凄まじいまでの戦いぶりを、一馬が驚愕の表情で見せつけられてしまったのだった。
一馬はこの3ヶ月もの間、太一郎や真由とは常に別行動を取っていた事もあり、太一郎が実際に戦う場面を一度も見た事が無かった。
だから一馬は知らなかったのだ。太一郎がどれだけ強いのかという事を。この国の人々から『閃光の救世主』と呼ばれている理由を。
「互角!?姫様と!?」
ケイトもまた、太一郎がサーシャと渡り合うのを見せつけられて、驚愕の表情になってしまう。
あのサーシャと。これまで模擬戦闘訓練において、自分たち近衛騎士たちが束になっても勝てなかった、あのサーシャと。
こんなにも互角に渡り合い、しかもあんなにも楽しそうな笑顔を見せられると言うのか。
周囲の兵士たちも、シリウスもレイナも、『ブラックロータス』の少年たちも、驚愕の表情で2人の凄まじい戦いぶりを見つめている。
「光の矢よ!!太一郎さんを撃て!!」
太一郎を弾き飛ばして一旦間合いを離したサーシャが、精霊魔法を太一郎に放つ。
凄まじいまでの無数の光の矢が、太一郎に向けて放たれたのだが。
「はああああああああああああああああああっ!!」
それを太一郎はロングソードから繰り出した無数の衝撃波で、全て相殺して見せたのだった。
「あれは維綱…!!抜き身の剣からでも撃てるのか!?」
抜刀術から撃てない分、威力は劣るものの、代わりに連射性が向上していた。
驚きのレイナを尻目に、太一郎がさらに衝撃波をサーシャに向けて連発する。
「光の盾よ!!我が身を守る障壁となれ!!」
それを目の前に光の壁を展開し、軽々といなして見せるサーシャ。
そこへ立て続けに太一郎がサーシャとの間合いを詰め、光の壁に斬撃を連打連打連打。
「ふふふっ、凄いですね。太一郎さん。」
「君こそ大した物だよ。だけど、いつまで持ちこたえられるかな?」
太一郎の凄まじい斬撃を何度も食らい、サーシャが生み出した光の壁に無数の亀裂が走る。
誰の目から見ても、太一郎がサーシャを追い詰めているようにしか見えないのだが…。
「…おっと。」
突然太一郎がバックステップして、間合いを離したのだった。
太一郎の意味不明な行動に、周囲の誰もが唖然としてしまう。
だがその瞬間、さっきまで太一郎がいた地面から突然伸びて来た、土の槍。
太一郎は見逃さなかったのだ。サーシャがソードレイピアの先端を地面に当てていたのを。そしてソードレイピアが微かに光っていたのを。
「それが地刃剣かい?」
「もう、何で初見で対処出来るんですか。太一郎さん。」
「そりゃ、君が魔法剣の使い手だって事は、君とアルベリッヒの戦いぶりを見て知ってるからさ。」
いやいやいや、あれだけサーシャを圧倒していた所へ不意打ちで足元から攻撃を仕掛けられたのでは、普通ならまず反応なんか出来ないだろうに。
それを当たり前のように、それこそ息をするのと同じように、いとも簡単にやってのけてしまう太一郎に、周囲の誰もが驚きを隠せなかったのだった。
「ならばこれはどうですか?風刃剣…!!」
光の壁を解除したサーシャがソードレイピアに風を纏わせ、太一郎に斬りかかる。
先程の突きの連撃と比べ、さらに速さが増している。
「速い…!!」
それをロングソードで受け止めた太一郎だったが、さらにソードレイピアから追撃で繰り出される烈風。
「ちっ…!!」
吹っ飛ばされる太一郎だったが、何とか空中で体勢を立て直して着地する。
だがそこへ間髪入れずに繰り出された、サーシャの雷刃剣。
(まともに受け止めたら感電する…!!)
そう、サーシャがアルベリッヒを圧倒した(第11話参照)、あの感電する攻撃だ。
だが着地した瞬間を的確に狙った攻撃で、避ける余裕が無い。
仕方が無いので太一郎は、突っ込んできたサーシャを投げ飛ばす事にした。
「…はあっ!!」
「え、ちょ、ま」
繰り出されたサーシャの突きに合わせ、太一郎がソードレイピアを手にしたサーシャの右手首を左手で掴み、サーシャの攻撃の威力を逆に利用し、サーシャを思い切り投げ飛ばしたのだった。
先程の一馬との模擬戦闘訓練で、サーシャがやってみせたのと同じように。
確かに当たると感電してしまうが、当たらなければどうという事は無いのだ。
それでも華麗に空中でバク転して、綺麗に着地して見せるサーシャ。
互いに笑顔を見せ合う2人。その凄まじい戦いぶりに、周囲の兵士たちが思わず歓声を上げてしまったのだった。
「ま、まさかあの男が…これ程の実力の持ち主だったとは…!!」
「ふふふっ、私も初めて見たわ。サーシャが模擬戦であんなにも楽しそうな笑顔をする所なんて。」
「女王陛下!!」
驚愕するシリウスに、クレアが穏やかな笑顔で語り掛けてきたのだった。
サーシャはこれまで城の兵士たちやケイトら近衛騎士たち、シリウスを相手に、何度も何度も模擬戦闘訓練をこなしてきた。
だがサーシャがあまりにも強過ぎるせいで、これまでサーシャを満足させられる者は誰1人として存在しなかったのだ。
今回の一馬にしてもそうだ。サーシャがパッと見た感じでは、実力的には近衛騎士の中で最強クラスのケイトよりも、少し上程度といった所だろうか。
だがそれでも、サーシャを満足させるには程遠かったのだ。
だが太一郎は違う。繰り出す攻撃に次から次へと対処してくる。捉えたと思った攻撃でさえも正面から応えてくれる。
そしてこれまでの相手とは比べ物にならない、それこそアルベリッヒなんか足元にも及ばない、太一郎の凄まじいまでの攻撃。
これまでクレア以外は誰も叶わなかった、模擬戦闘訓練で自分と互角に戦ってくれる太一郎。こんなに楽しい気分にさせられたのは一体いつぶりだろうか。
サーシャは太一郎と斬り合いながら、太一郎に精霊魔法を浴びせながら、とても充実した笑顔を見せていたのだった。
「サーシャったら、あんなに楽しそうに…まるで子猫同士でじゃれ合っているみたいね。」
「いや、あれを『じゃれ合っている』などと呼べるのですか!?あんなに凄まじい戦いだというのに!?」
「2人にとってはそうなのよ。分からないのかしら?サーシャのあの充実した笑顔がそれを証明しているわ。」
2人の凄まじい戦いぶりを、とても優しい笑顔で見つめるクレア。
そんな中、サーシャとの激しい斬り合いの最中、彼女の上段に僅かな隙を見つけた太一郎。
太一郎のような達人クラスの剣士なら、その僅かな隙さえも絶対に見逃さない。
「貰った!!」
勝機ありと、サーシャにロングソードを振り下ろす太一郎。
だがこれは太一郎に上段斬りを出させる為、サーシャが巧みに張り巡らせた罠。
太一郎なら絶対に見逃さないだろうと…サーシャがわざと隙を作り、上段斬りを誘ったのだ。
太一郎の上段斬りをサーシャが最低限の動きだけで避け、太一郎の右手にそっ…と優しく左手を当てると、勢い余って空振った太一郎のロングソードの先端が、派手に地面にぶつかったのだった。
「なっ…!?」
一馬との模擬戦闘訓練でも存分に見せつけた、サーシャの合気の極意だ。
何という屈辱。だがこれだけでは終わらない。
そこからサーシャは左足をロングソードの上に乗せて体重をかけ、太一郎が動かせないよう固定。
さらにロングソードの先端を地面にぶつけたままの太一郎の首筋に向かって、サーシャのソードレイピアによる横薙ぎの斬撃が迫る。
並の使い手なら突然こんな事をされたらパニクってしまい、咄嗟に回避行動など出来ないだろう。
だが夢幻一刀流を極め、居合術の達人である太一郎は…並の使い手では無いのだ。
「え!?きゃあっ!?」
一瞬の判断で即座にロングソードを手放した太一郎が、ソードレイピアを握るサーシャの右手首を左手で掴み、さらに右手でサーシャの胸倉を掴む。
「うおりゃあっ!!」
そこから背負い投げの体勢に持ち込み、バランスを崩したサーシャを思い切りぶん投げたのだった。
勿論、ただ投げるのではなく、サーシャが受け身を取り易いように優しくだ。
太一郎のサーシャへの気配りもあって、背中から地面に叩きつけられるものの、即座に受け身を取って体勢を立て直す事が出来たサーシャ。
だがサーシャが身構える暇も無く、太一郎のロングソードがサーシャの首筋に突きつけられたのだった。
「…さすがですね。参りました。私の負けです。」
「いや、君の勝ちだよ。サーシャ。」
とても穏やかな笑顔で、太一郎はサーシャを助け起こす。
手を繋ぎ合いながら、互いに見つめ合う太一郎とサーシャ。
「先に武器を手放した方が負け…確かそういうルールだっただろ?」
「…ああ。」
そう言えば一馬との模擬戦闘訓練において、そんな話になっていた事を、サーシャは今になって思い出したのだった。
太一郎はサーシャを投げ飛ばす為に、結果的に両手のロングソードを自ら手放す羽目になってしまった。
つまりこの時点で太一郎は、敗北条件を満たしてしまった事になるのだ。
確かにその条件を厳格に適用するならば、確かにこの勝負はサーシャの勝ちという事になるのだろうが。
太一郎の言い分に、サーシャは思わず苦笑いしてしまったのだった。
「もう、何言ってるんですか。これが実戦での殺し合いなら、そんな悠長な事は言ってられないですよ?」
それこそサーシャを投げ飛ばすのではなく、関節技に持ち込むなり首を絞めるなり、様々な選択肢があったはずだからだ。
「いや、君は充分強いよ。もし僕と君が本気で戦ったら、僕は間違いなく君に負けているだろうな。今の手合わせで思い知らされたよ。」
「いえいえいえいえいえ、それは分からないですよ?そもそも太一郎さんは今回ロングソードを使いましたけど、本来の戦闘スタイルは居合術じゃないですか。」
「それも踏まえての分析だよ。確かに純粋な剣術だけでの戦いなら、僕にも勝機はあったかもしれないけどさ。もし君が精霊魔法もフルに使ったら、仮に隼丸を使った所で僕は君に勝てないだろうな。」
「そんな、御謙遜を~。もし太一郎さんが本気でやったら、私だって絶対に無傷じゃ済まないですよ?」
互いの実力を称えつつ笑い合う、太一郎とサーシャだったのだが。
「…ちょっと待てやコラ。」
突然一馬が、とても不服そうな表情で太一郎とサーシャに絡んできたのだった。
「じゃあ何か…!?今の勝負、てめぇら全く本気でやってなかったってのかよ!?」
身体を震わせながら因縁を付けてきた一馬の言葉に、太一郎は深く溜め息をついた後、呆れたような表情を見せたのだった。
「一馬。君は一体何を訳の分からない事を言っているんだ?」
「あぁ!?」
「これは模擬戦闘訓練だぞ。相手を徹底的に叩きのめすまで本気を出す馬鹿がどこにいる?」
「はあ!?」
「僕はサーシャを必要以上に傷付けないように、神経を使いながら戦ってたからな?それは恐らくサーシャだって同じだろう。これが実戦での本気の殺し合いなら、互いにこんな物じゃ済まなかったはずだ。」
「な…何だとおっ!?」
互いに全く本気を出していないのに、しかも相手を傷付けないように気を遣いながら…それでもなお、あれだけの凄まじい戦いぶりを見せつけたと言うのか。
太一郎の『閃光』の如き剣閃も、サーシャの美しい太刀筋も、一馬は全く捉える事が出来なかったというのにだ。
2人の底知れない実力を思い知らされた一馬が、驚愕の表情になってしまう。
この2人に比べたら一馬の喧嘩殺法など、まさに子供のお遊びも同然…一馬はそれを思い知らされてしまったのだ。
もし、これが模擬戦闘訓練などではなく、実戦での殺し合いだったのなら…どんな凄まじい戦いが繰り広げられるというのか。
向こうの世界では一馬は、まさに向かう所敵無しだった。
自分に歯向かう奴は例外無く全て半殺しにしてやった。喧嘩で自分に勝てる者など1人もいなかった。
近隣住民からの通報を受け、自分たちを逮捕しにやってきた警察官たちさえも、何人も何人も痛めつけ、病院送りにしてやった。
時には交番に襲撃を仕掛け、駐在していた女性警察官を公衆の面前で痛めつけ、全裸にし、犯してやった事もあった。
そうやって喧嘩に明け暮れている内に、いつの間にか一馬は『東京四天王』などと呼ばれるようになり、仲間からは尊敬され、周囲からは畏怖されるようになっていた。
そんな一馬がこの異世界に転生させられて、『異能【スキル】』というさらなる強大な力を手にしたというのに。
その一馬が。向こうの世界では絶対無敵だった一馬が。訓練を受けた警察官たちさえも叩きのめしてきた一馬が。
この2人にとっては鼻クソをほじりながらでも余裕で勝てる、雑魚同然の存在だとでも言うのか。
(ふざけやがって!!こいつらマジで気に入らねえ!!最強はこの俺様だ!!いつか必ずこの俺様がこいつらをぶっ殺してやるよぉっ!!)
談笑し合う太一郎とサーシャを睨みつけながら、一馬がそんな不穏な事を考えていたのだった…。
次回は聖地レイテルへと向かう前夜。
夜中に太一郎とサーシャが2人きりで語り合うのですが、ふと太一郎はサーシャなら何とかしてくれるのではないかと、思い切って『呪い』について明かそうと試みるのですが…。