第29話:虐殺
遂に始まってしまった、サザーランド王国騎士団と魔王軍の全面戦争。
チェスターの卑劣な策によって民間人の魔族たちが次々と死んでいく最中、怒りの形相でドノヴァンがチェスターに迫るのですが…。
パンデモニウム城で起きた盛大な爆発の様子は、城下町のすぐ近くにまで攻め込んできていたサザーランド王国騎士団の兵士たちの目にも、しっかりと映っていた。
この時を好機とばかりに、チェスターが兵士たちに突撃命令を下す。
城で起きた爆発による混乱に乗じ、指揮系統が乱れている間に可能な限り侵略する…これがチェスターの狙いだったのだ。
爆発によって発生した爆炎を、チェスターが高笑いしながら見つめていたのだが。
「ぶははははははははは!!どうだ思い知ったか!!余の優れた戦術の前に、魔王カーミラも今頃慌てふためいているだろうて!!」
民間人の魔族たちが慌てて建物の中に避難し、厳重に扉に鍵を掛ける。
これまでのラインハルトの5度に渡る侵略作戦においては、ラインハルトは民間人や建物に絶対に被害を出さなかった。
だからこそ今回も、建物の中に避難してさえいれば大丈夫だと…そう民間人の魔族たちは思っていたのだが。
だが次の瞬間、そんな魔族たちの思考を嘲笑うかのように、チェスターがとんでもない命令を兵たちに下したのだった。
「建物に火矢を放てぃっ!!」
チェスターの無茶苦茶な命令に、兵士たちが戸惑いの表情を浮かべたのだが。
「し、しかし、それでは建物に引火し、民間人に多数の死傷者が出ますが!?」
「だから何だ!?いいから火矢を放てと言っとるだろうが!?」
「で、ですが…ぎぃああああああああああああああああああああ!!」
反論する兵士の身体を、チェスターが聖斧デュランダルで真っ二つにしたのだった。
いきなり殺された兵士の無残な姿、そしてあまりの凄惨な光景に、他の兵士たちが青ざめた表情になる。
そんな兵士たちをチェスターが、侮蔑に満ちた瞳で睨みつけている。
一体部下たちを何だと思っているのか。これが一国の王としてあるべき姿なのか。
「クズ共が!!余の命令が聞けぬのか!?さっさと火矢を放てと言っとるだろうが!!」
「ひ、火矢を放て!!火矢を放てぇっ!!」
慌てた兵士たちが一斉に弓で、火矢を次々と無数の建物に向けて放ったのだった。
先端で炎が燃え盛っている矢が次々と建物に突き刺さり、木造の建物が物凄い勢いで引火していく。
まさかの事態に慌てて鍵を開けて建物の外に飛び出し、絶望の表情で逃げ惑う民間人の魔族たち。
「よーし、飛び出してきた魔族共を全員皆殺しにしろ!!」
「し、しかし、さすがにそれはあまりにも…ぎぃああああああああああああああ!!」
反論する兵士の身体を、チェスターが聖斧デュランダルで真っ二つにしたのだった。
「いいから皆殺しにしろと言っとるだろうがクズ共が!!貴様ら余の命令が聞けぬのか!?」
「「「「「は、ははーーーーーっ!!」」」」」
青ざめた表情で逃げ惑う魔族たちを、青ざめた表情で斬り捨てる兵士たち。
異様な光景が、チェスターの目の前で繰り広げられていたのだった…。
無抵抗の民間人に手を掛ける…こんな事はラインハルトなら絶対に許さないだろうし、兵士たちも誇り高き騎士として、そのような騎士道精神に反する行為はしたくない。
だがそれでも逆らってしまえば先程の2人の兵士たちのように、チェスターに処刑されてしまうのだ。不本意だが殺すしかなかった。
無抵抗の魔族たちが老若男女問わず、兵士たちの手で次々と殺されていく。
その様子をチェスターが仁王立ちしながら、高笑いしながら見つめていたのだった。
「ぶはははははははははは!!まるでモグラ叩きでもしているかのようだな!!第1部隊はこのまま突撃!!第2、第3部隊は散開し、3方向から城を挟撃するのだ!!」
その様子を飛竜に乗ったセレーネが、上空から悲痛の表情で見つめていたのだった。
「こ…これは…!!何という酷い惨状なのだ…!!」
燃え盛る建物。逃げ惑い、次々と殺される民間人の魔族たち。
ラインハルトならこのような卑劣な命令など、絶対にするはずがない。
やはり今回の侵攻作戦は、チェスターが自ら指揮を執っているのか。
こんな物は最早「戦い」とは呼べない…ただの「虐殺」ではないか。
「くそっ!!くそっ!!くそぉっ!!」
上空から大急ぎでチェスターの下に急ぐセレーネ。
そうしている間に先行していたドノヴァンの部隊が、怒りの形相でチェスターに斧で斬りかかったのだった。
「貴様ああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ドノヴァンの斧による渾身の一撃が、チェスターに振り下ろされる。
それを聖斧デュランダルで、軽々と受け止めるチェスター。
そんな2人の傍らでチェスター配下の魔族たちとサザーランド王国騎士団が、壮絶な死闘を繰り広げている。
「おのれこの下衆共が!!やはり人間とは薄汚い連中ばかりだ!!どこまで我らを迫害し、奪い尽くせば気が済むのだぁっ!?」
「汚らわしい魔族風情がほざきおるわ!!貴様ら魔族など所詮は我ら人間の家畜に過ぎぬという事を、その身を持って思い知らせてくれるわ!!」
斧と斧、重装武器同士が何度も何度もぶつかり合い、その度に重厚な金属音が戦場に何度も響き渡る。
だが、あまりにも武器の性能が違い過ぎる…伝説の武器である聖斧デュランダルの圧倒的な破壊力の前では、ドノヴァンの斧など所詮はただの鉄くずでしか無いのだ。
チェスターの一撃を受け止める度に、ドノヴァンの両腕に凄まじい「衝撃」が情け容赦無く襲い掛かる。
それがドノヴァンの両腕に、目に見えない損傷を内側から与えていく。
「くそっ、この俺が力負けするなど…!!こんな馬鹿な事がぁっ…!!」
「この聖斧デュランダルを相手に、そのような鈍で太刀打ち出来ると思うたか!?身の程を知るがいいわぁっ!!」
「くそぉっ!!」
ドノヴァンを弾き飛ばしたチェスターが、体勢を崩したドノヴァンに渾身の一撃を放つ。
「食らえぃ!!暗黒流角竜斧奥義!!滅砕破!!サイサイサイサイサイサイサイサイサイーーーーーーーーーーーーーっ!!」
まるで独楽のように身体を何度も横方向に激しく回転させながら、横薙ぎの一撃をドノヴァンに向けて放つチェスター。
聖斧デュランダルの重さに、回転による遠心力の力強さが加わった、渾身の一撃。
「ぐああああああああああああああああああああああああああっ!!」
何とか斧で受け止めたドノヴァンだったが、あまりの威力に吹っ飛ばされてしまった。
壁に叩きつけられたドノヴァンに、チェスターの止めの一撃が放たれる。
「ふはははははは死ねサイぃっ!!」
「畜生…!!畜生…!!畜生ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
チェスターの聖斧デュランダルがチェスターに振り下ろされた、次の瞬間。
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
突然上空の飛竜からチェスターに向けて放たれた、炎のブレス。
それをチェスターはバックステップで避けたのだが、さらに飛竜からジャンプして飛び降りたセレーネが、上空から槍で追撃をかけたのだった。
「はあああああああああああああああああああああっ!!」
「ぬうんっ!!」
セレーネの渾身の一撃さえも、軽々と聖斧デュランダルで受け止めるチェスター。
「セレーネ!!貴様、生きておったのか!!」
「陛下…!!」
「悪運の強い奴だ!!だが、よもや余に刃を向けるとは!!どこまで余に反抗的な態度を取れば気が済むのだ貴様ぁっ!!」
「くっ…!!」
チェスターに弾き飛ばされたセレーネだったが、空中でバク転して体勢を立て直し、ドノヴァンを庇うようにチェスターの前に立ちはだかり、槍を構え直す。
そんなセレーネの後ろ姿を、驚きの表情で見つめるドノヴァン。
「お、お前…!!何故俺を助けたのだ!?」
「余計な真似をするなとでも!?すみませんドノヴァン卿!!つい身体が勝手に動いてしまいました!!」
「ほざきおって…!!俺はまだ戦える!!戦えるぞぉっ!!」
何とか立ち上がったドノヴァンが斧を構え、セレーネと共にチェスターを見据える。
その2人の姿をチェスターが、何とも不機嫌そうな表情で睨みつけていたのだった。
「生きて戻った際は貴様のその悪運の強さを評価し、余の側近という栄誉ある地位に昇格させてやろうと思っておった物を!!よもや薄汚い魔族などと共闘し、余に歯向かうとはな!!」
「何故です陛下!?何故このような民間人まで巻き込むような卑劣な真似を!?」
「たかが薄汚い魔族如き、所詮は我ら人間の家畜に過ぎぬ!!家畜を殺処分して一体何が悪いというのだぁっ!?」
聖斧デュランダルによる凄まじい一撃がセレーネに迫るが、それをドノヴァンが身体を張って斧で受け止めたのだった。
「ドノヴァン卿!?」
「勘違いするなよ小娘!!俺はただ人間などに借りを作りたくないだけだぁっ!!」
強がるドノヴァンだったが、それでも先程のチェスターの一撃によるダメージが両腕に蓄積しており、チェスターの一撃を受け止めるだけで背一杯という有様だ。
「くそっ…!!」
「ドノヴァン卿!!そんな状態では、もう無理です!!どうかお下がりを!!」
「貴様の行動と発言は、明らかな余への反逆行為である!!よって貴様をこの場で処刑し、貴様の両親と妹も連帯責任として処刑してくれるわぁっ!!」
「ぐあああああああああああああああっ!!」
ドノヴァンを弾き飛ばしたチェスターが、今度は情け容赦なくセレーネに襲い掛かる。
聖斧デュランダルの一撃をまともに受け止めたのでは、ドノヴァンのように「衝撃」によって両腕を内側から損傷させられる事になりかねない。
まともに正面から槍で受け止めるのではなく、チェスターの一撃をセレーネは必死に避け続けていた。
だが。
「陛下!!何故です!?何故ここまでしてパンデモニウムを襲うのです!?一体パンデモニウムに何があるというのですか!?」
「よかろう、何も知らずに死んだのでは貴様も心残りだろうからな!!冥土の土産に教えてやるわ!!余の目的は魔族共が秘密裏に運用している転生術なのだぁっ!!」
「な…転生術!?ぐああああああああっ!!」
チェスターの横薙ぎの一撃を辛うじて槍で受け止めた…いいや、『受け止めざるを得なかった』セレーネが、あまりの威力に吹っ飛ばされてしまう。
やはり周囲に無数の建物が建てられている街中の閉鎖空間において、聖斧デュランダルという大型の重装武器による広範囲攻撃を避け続けるというのは、無理があるのだ。
それでも何とか空中でバク転し、吹っ飛ばされた先の壁に両足でしっかりと「着地」し、そのままの勢いでチェスターに向かって一気にジャンプする。
周囲に無数の建物があるのなら、その建物を有効活用すれば済むだけの話だ。
「てえええええええええええええええええええええええええええい!!」
「馬鹿め!!甘いわぁっ!!」
振り下ろされるセレーネの渾身の一撃…だがそれさえもチェスターは聖斧デュランダルで軽々と受け止めてしまう。
「魔王カーミラの正体とは、魔族共が転生術によって異世界より召喚した異世界人なのだ!!かの有名な『閃光の救世主』と同じようにな!!」
「馬鹿な…!!そんな物の為に…!!そんな下らない物の為に!!陛下はこのような卑劣な大量虐殺を兵たちに命じたと言うのですかぁっ!?」
「下らないとは何だ!?それだけの強大な力、薄汚い魔族如きが活用するなど到底許されぬ事だ!!それに転生術によって召喚した異世界人共を戦略兵器として有効活用する事が出来れば、この世界を余が支配する事も決して夢では無いのだからなぁっ!!」
「貴方と言う人は、一体どこまで愚かな男なのだ!!ぐあああああっ!!」
再び吹っ飛ばされ、空中でバク転して体勢を立て直すセレーネの身体を、ドノヴァンが身体を張って受け止める。
ドノヴァンの両手に、セレーネが両足で着地するような形になっていた。
「ドノヴァン卿!!」
「俺を土台にして遥か上空に飛べぇっ!!竜騎士ぃっ!!」
「…はっ!!」
ドノヴァンに思い切り上空へと放り投げらながら、セレーネがドノヴァンの両手を土台にして思い切りジャンプする。
ドノヴァンの腕力とセレーネの脚力が合わさり、物凄い勢いでセレーネが上空へと飛翔していく。
「まさか、この俺が人間如きと連携する羽目になるとはな…!!だが貴様のような下衆な男を始末する為ならば、俺は手段は選ばぬ!!」
「クズが2人揃った所で所詮はクズよ!!貴様ら如き虫ケラが余に勝てるとでも思うたか!?身の程を知るがいいわぁっ!!」
「虫ケラにも虫ケラなりの意地があるのだぁっ!!」
鬼気迫る形相で、チェスターに斬りかかるドノヴァン。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「馬鹿め!!貴様の考えなどお見通しだ!!貴様とセレーネによる時間差攻撃のつもりなのだろう!?」
「ぐあああああああああああああああああああっ!!」
あっさりと、チェスターに吹っ飛ばされてしまうドノヴァン。
やはりチェスターの聖斧デュランダルによる強烈な一撃を受け止め続けた影響からなのか、ドノヴァンの動きに先程までのキレが感じられない。
ただチェスターに突撃し、その隙にセレーネが上空からの強烈な一撃をお見舞いするまでの、時間稼ぎをする位しか…。
「やはりクズは頭の中もクズなのだな!!確かに貴様が先程まで見ていた通り、セレーネの本領は強靭な脚力とボディバランスを活かした空中戦だ!!だが上空に飛ぶという事は、余に狙えと言っていると同義だというのが、まだ分からぬのか!?」
勝ち誇った表情で、ドノヴァンを見下すチェスター。
重力による落下の衝撃さえも活かした上空からの一撃は、確かに強力ではある。
だが上空に飛んでしまえば、足場となる物が何も無い…つまりは直線的な攻撃しか出来ない上に、途中で方向転換して回避行動を取る事さえも出来ないのだ。
なのでドノヴァンはセレーネの一撃をタイミングを見計らって避けた上で、落ちてきた瞬間を狙って一撃を加えれば済むだけの話なのだ。
「策士、策に溺れるとは、まさにこの事…っ!?」
勝ち誇って上空を見上げるチェスターだったのだが…上空にいるはずのセレーネの姿がどこにも無かった。
「な、何だと!?」
馬鹿な。セレーネは一体どこに消えたというのか。
上空には足場となる物が何も無い。方向転換など絶対に出来ないはずだ。
天候は快晴で、チェスターの視界を遮る物など何も無い。チェスターの目に映るのは陽の光と、清々しい青空だけだ。
ではセレーネは、一体全体どこに行ってしまったと言うのか。
戸惑うチェスターが即座に感じ取ったのは、背後からの凄まじい「殺気」。
そう…チェスターは油断するあまり、完全に失念してしまっていたのだ。
セレーネが、一体どうやって王都からパンデモニウムへと駆けつけたのかを。
そしてパンデモニウムにいたセレーネが、一体どうやってここまで駆けつけて来たのか…そのセレーネの「移動手段」を。
「今だぁっ!!殺れぇっ!!竜騎士ぃっ!!」
飛竜の両前足を蹴飛ばしたセレーネが、空中で方向転換してチェスターの背後の建物に突撃、さらにその建物を蹴飛ばして、物凄い勢いでチェスターに向かって突撃する。
セレーネはチェスターの下に駆けつけた際、飛竜を使って上空を飛び、そこから「飛び降りて」駆けつけて来た。
つまり飛竜を上空に待機させたまま、そのままの状態になっていたのだ。
そう…ドノヴァンは、ただセレーネを無作為に上空に投げ飛ばしたのではない。
セレーネが使っていた「飛竜に向かって」、セレーネを投げ飛ばしたのだ。
なまじセレーネの戦闘スタイルを熟知してしまっていたせいで、チェスターは「上空に飛んでしまえば方向転換が一切出来ない」という、セレーネの真髄である空中戦の弱点に、完全に思考がはまってしまっていた。
それがチェスターの油断を生み、「飛竜を足場代わりにして空中で方向転換する」というドノヴァンとセレーネの策に、完全に引っかかってしまったという訳なのだ。
「お、おのれ…っ!?」
「陛下あっ!!いいや!!チェスターああああああああああああああああっ!!」
てっきりセレーネが上空にいる物だと思い込んでいたチェスターは、完全に反応が遅れてしまっていた。
とっさに聖斧デュランダルでセレーネの槍を受け止めようとするものの、それを上空の飛竜が炎のブレスで妨害。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!?」
勿論、飛竜のブレス如きでは、聖斧デュランダルによる強固な防御を崩すには至らない。
だがそれでも、一瞬の目くらまし程度ならば充分だった。
それによって生じた、ほんの僅かな一瞬の隙…そこへセレーネの渾身の一撃がチェスターに迫る。
「でやああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
セレーネの渾身の槍の一撃が、遂にチェスターの脇腹を切り裂いたのだった。
チェスターの脇腹からほとばしる鮮血。着地して体勢を立て直すセレーネ。
本来ならばチェスターの腹を貫くつもりだったのだが、やはりチェスターはそこまで甘い相手では無かったようだ。
咄嗟の判断で敢えて腹をガラ空きにする事で、セレーネの攻撃を腹へと誘い、タイミングを見計らってセレーネの攻撃を避け、致命傷だけは何とか避けたのだ。
それでも避け切れずに、脇腹から出血はしてしまったのだが…。
「くそっ、浅かったか!!だがその出血では最早まともには戦えまい!!」
「馬鹿め!!この程度の傷で余を倒したつもりか!?これより貴様らに暗黒流角竜斧の真髄を見せてくれるわぁっ!!ぬああああああああああああああああああああっ!!」
「な、何ぃっ!?」
チェスターの脇腹からの出血が、止まっている。
馬鹿な。急所は外したが、確かにチェスターの脇腹を切り裂いたはず。その感触も手応えも確かにあった。
なのに何故…驚愕の表情のセレーネだったのだが、すぐにチェスターが何をしたのかを理解したのだった。
「まさか…!!筋肉を委縮させる事で、無理矢理出血を止めたとでも言うのか!?」
「それに加えて『気』を腹部へと集中させる事で、傷口を一時的に塞いだのだ!!これこそが暗黒流角竜斧の真髄よ!!こんな掠り傷程度では余を殺す事など到底出来ぬわぁっ!!」
「そ、そんな…っ!?」
「だが、余の身体に傷を付けた事だけは褒めてやる!!貴様のその実力に敬意を表し、これより貴様を余の奥義で葬ってくれようぞ!!」
先程ドノヴァンに放った強烈な横薙ぎの一撃が、今度はセレーネに迫る。
凄まじい勢いで自らの身体を独楽のように回転させながら、チェスターがセレーネに突撃したのだった。
「暗黒流角竜斧奥義!!滅砕破!!サイサイサイサイサイサイサイサイサイサイサイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ぐあああああああああああああああああああああああっ!!」
チェスターの一撃を槍で受け止めるセレーネだったが、あまりの威力に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられてしまった。
何という衝撃、そして何という威力なのか。地面に倒れ、全身に襲い掛かる激痛にうずくまるセレーネを、チェスターが侮蔑に満ちた邪悪な笑顔で睨みつけている。
「りゅ、竜騎士ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ぐっ…がはっ…!!」
「貴様を殺した後、すぐに貴様の両親と妹もあの世に送ってやる!!安心してあの世で仲良く暮らすがいいわぁっ!!」
動けないセレーネの目の前に、チェスターが迫る。
そしてゆっくりと、聖斧デュランダルをセレーネに向かって振りかぶる。
「…ラインハルト様…カーミラ殿…っ!!」
自らの死が目前に迫る中、セレーネの脳裏に浮かんだ、先程の魔王カーミラの言葉。
死んで罪の意識から逃れようなんて絶対に許さない、本当に私に対して申し訳ないと思ってくれているのなら、必ず生きて私の下に償いをしに来なさい…と。
魔王カーミラの、その言葉が…その優しさがあったからこそ、セレーネはこうして奮い立つ事が出来たのだ。
だがその約束は、最早果たせそうになさそうだ。
ドノヴァンは満身創痍で、最早セレーネを助ける余裕が無い。
そして周囲の兵士たちもチェスターの粛清を恐れ、誰もセレーネを助けようとしない。
魔族たちも兵士たちとの戦いで手一杯で、とてもセレーネを助けるどころではない。
いや…半端な者が助けに入った所で、逆にチェスターに殺されるだけだろう。
「…は、ははは…もうどっちが魔王なのか…分かった物では無いな…っ!!」
「余自らの手にかかって死ねる事を、光栄に思いながら死ぬがいいわぁっ!!」
セレーネの首筋に向かって振り下ろされる、聖斧デュランダル。
だが、次の瞬間。
「『防壁【プロテクション】』!!」
「な、何ぃっ!?」
突然セレーネの周囲に張り巡らされた防壁が、振り下ろされた聖斧デュランダルを弾き飛ばしたのだった。
「『十頭の大蛇【ウロボロス】』!!」
「ぬうっ!!」
さらに放たれた10本の漆黒の鞭を、辛うじてバックステップで避けたチェスター。
驚愕の表情のチェスターの前に現れたのは…間一髪の所でセレーネの救援に駆けつけた魔王カーミラだった。
散開して城を挟撃してきたサザーランド王国騎士団を一網打尽にした後、後処理をエキドナたちに任せ、こうしてセレーネとドノヴァンの救援に駆けつけて来たのだ。
「…あ…あああ…!!」
「遅くなって御免なさい、セレーネちゃん。そしてドノヴァンたちも。皆が時間を稼いでくれたお陰で、何とか被害を最小限に食い止める事が出来たわ。ありがとう。」
「カ…カーミラ殿…!!」
目から大粒の涙を流しながら、自分を守ってくれた魔王カーミラの後ろ姿を見つめるセレーネ。
本当に、どっちが魔王なのか…もう分かった物では無かった。
「後は、私がやるわ。」
「貴様が魔王カーミラか!!少しは歯ごたえがありそうだな!!」
目の前で倒れているセレーネに完全に興味を無くしたチェスターが、邪悪な笑みを浮かべながら魔王カーミラに向き直る。
懐からライフポーションを取り出し、一気飲みするチェスター。
次の瞬間、セレーネに付けられた脇腹の傷が、完全に癒えてしまったのだった。
「まさかセレーネ如きにライフポーションを使わされる羽目になるとはな!!だがセレーネよ!!貴様のその希望の表情を、すぐに絶望の色に染めてくれるわ!!」
「覚悟しなさいチェスター。貴方の命もここまでよ。」
「ふはははははははは!!それは余のセリフよ!!そして貴様らの転生術も余が奪い、有効活用してくれるわ!!」
魔王カーミラの邪魔にならないように、飛竜が動けないセレーネの下に慌てて駆けつけ、背中を両前足で掴んでその場から退避させる。
「死ねい!!魔王カーミラぁっ!!」
そして空になった容器を無造作に投げ飛ばしたチェスターが、狂喜乱舞の笑顔を見せながら魔王カーミラに斬りかかったのだった。
次回は魔王カーミラVSチェスターの頂上決戦です。
2人の壮絶な死闘、その戦いの果てに待ち受ける物とは…?