第2話:異世界へ
異世界に吹っ飛ばされました。
この後太一郎に、さらなる理不尽な仕打ちが待ち受ける事に…。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
真由の必死の呼びかけによって、太一郎は目を覚ます。
ゆっくりと目を開けた太一郎の視界に最初に映ったのは、とても心配そうな表情で自分を見つめる真由の姿だった。
「ここは…?」
「お兄ちゃん、目を覚ましてくれて本当に良かった…!!」
「…真由…?」
一体全体何がどうなっているのか。
自分が寝かされていたベッドから身体を起こして立ち上がった太一郎は、訳が分からないといった表情で周囲を見渡したのだが。
そんな彼の目に映ったのは、自分と同じように訳が分からないといった表情をしている8人の男子高校生と思われる少年たち、そして純白の石壁で囲まれた部屋の構造だった。
壁には幾つかの青色のクリスタルが設置されており、それが灯りの役割を果たしているのだろう。淡い光を放って輝いている。
ここは地下室なのだろうか。周囲に窓が全く無いのだが、クリスタルから放たれている淡い光のお陰で、薄暗さは全く感じられない。
そして太一郎の足元には、何やら魔法陣のような金色に輝く六芒星の模様が描かれている。
自分が今まで一度も見た事も無い、この世の物とは思えない異様な光景…太一郎は戸惑いを隠せずにいたのだが。
「どういう事だ!?一体何がどうなっている!?ここは一体どこなんだ!?僕も真由も死んだはずではなかったのか!?」
「その通りだ。確かに君たちは一度死んだ。」
そんな太一郎に、1人の青年が話しかけてきた。
見た目は20代前半…24歳の太一郎と同じ位か。そんな彼に寄り添っているのは、こちらも20代前半と思われる美しい女性。
「そして私の転生術で君たちの魂をここに呼び寄せ、肉体を再構築して蘇らせたのだ。」
「転生術!?肉体の再構築!?君は一体何を言っているんだ!?」
「事情を飲み込めないのも無理は無いだろうが、皆どうか落ち着いて私の話に耳を傾けてはくれないだろうか?」
太一郎や真由と同じく、訳が分からないといった表情の他の8人の少年たちを、青年が諭すようになだめたのだった。
「では全員が目を覚ましたようなので自己紹介をさせて貰おう。私の名はシリウス。このフォルトニカ王国の王都において宮廷魔術師を務めている。こちらの女性は私の秘書兼ボディーガードのレイナだ。」
「…フォルトニカ…王国…!?」
そのような名前の国など、地球上には存在しないはずだ。
一体全体何がどうなっているのか。太一郎も真由も戸惑いを隠せない表情でシリウスを見つめている。
「単刀直入に言おう。私は復活した魔王カーミラに対抗する為の戦力として、君たちが元居た世界で死亡した君たちを召喚したのだ。」
「魔王…カーミラ…!?」
「そうだ。奴と戦うには、君たち転生者たちの力がどうしても必要なのだ。」
シリウスは、太一郎たちに事の詳細を語った。
何故太一郎たちを転生させて、このフォルトニカ王国に召喚したのか。
一体この世界で、何が起こっているのかを。
今から半年前、突如としてこの世界に君臨した魔王カーミラは、強大な魔王軍を率いて各地を侵略、その圧倒的な力でもって各国を制圧した。
そうして多くの人々が魔王カーミラの奴隷として、非道な扱いを受ける事になる。
健康な男たちは過酷な肉体労働に駆り出され、魔王カーミラに見出された若く美しい女性たちは、強制的に魔王カーミラの愛人にさせられ、身の回りの世話や夜伽の相手をさせられた。
人々は必死に抵抗するが、それでも魔王カーミラの圧倒的な力でもって瞬く間に制圧され、逆らう者たちは情け容赦なく処刑されてしまう。
だがしかし、魔王カーミラに対抗する為にフォルトニカ王国は、長年の研究の末に遂に完成させたばかりの転生術によって、太一郎たちと同じように向こうの世界で死亡した若者たちを召喚。
召喚された勇者たちは人々から『転生者』と呼ばれ、その圧倒的な力でもって襲い掛かる魔王軍を次々と打倒していく。
それから3か月後、転生者たちは魔王城で魔王カーミラと戦うものの、壮絶な死闘の末に転生者の1人が魔王カーミラと相討ちになり戦死。残りの転生者たちも消息不明となってしまった。
人々は3か月の間、つかの間の平和を満喫したのだが…つい先日、諜報部隊が寄越した驚愕の情報が、フォルトニカ王国の人々を震撼させたのだ。
新たな魔王カーミラが、この世界に顕在したのだと…。
「その魔王カーミラと戦って貰う為に、君たち10人を召喚したという訳だ。君たちにはこれから我が国の尖兵として、魔王カーミラ率いる魔王軍や、周辺地域の人々を苦しめる魔物たちと戦って貰う。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!確かシリウスと言ったな!?僕たちの他に、ここにいる真由によく似た、40歳の女性は転生させなかったのか!?」
「彼女によく似た40歳の女性?」
「僕と真由の母親だ!!名前は渡辺瑠璃亜!!僕や真由と同じように、あっちの世界で交通事故に遭って亡くなったんだ!!」
魔王カーミラの事はともかくとして、もしかしたら瑠璃亜も同様に、シリウスの転生術でこの世界の呼ばれたのではないのか?それを期待した太一郎だったのだが。
「いいや?私が転生させたのは、ここにいる君たち10人で全員だが?」
「そうか…!!くそっ、何て事だ…!!」
そんな僅かな希望さえもシリウスに打ち砕かれた事で、太一郎は苦虫を噛み締めたような表情になる。
「その転生術とやらの使い手は君以外にいるのか!?このフォルトニカ王国とやらだけの技術なのか!?」
「残念だがその通りだ。私が編み出した転生術は女王陛下からのご命令により、門外不出にされてしまっていてね。我が国だけが実用化に成功している独自技術なのだよ。」
「…となると…母さんは、もう…!!」
「君の期待に応えられなくて申し訳無いが、残念ながら私の転生術は、転生させる対象を私の意志で自由に選べる訳ではないのだ。」
シリウスが太一郎たちに詳細を説明したのだが、彼が編み出した転生術は、
『術を発動した時点で』
『向こうの世界で死亡した者の魂を』
『ランダムで』
呼び寄せ、肉体を再構築させて魂を宿し、蘇らせるという代物らしい。
そうして召喚された転生者たちは全員が強力な『力』を宿しており、それ故に転生者たちは魔王カーミラと戦う為の切り札だと、この世界の人々に認識されているのだと。
太一郎たちが元いた世界では『異世界転生物』のライトノベルや、それを原作としたアニメが大流行しており、大手小説投稿サイトである『小説家になってやろう』でも毎日膨大な数の作品が投稿されている。
だが、まさか自分と真由が、その当事者になってしまうとは…。太一郎は戸惑いながらも必死に頭をフル回転させ、シリウスの話を迅速に分析、整理した。
起きてしまった事は仕方が無い。嘆いていてもどうにもならない。
どうあがこうが『自分と真由が異世界に転生させられた』という現実だけは、決して揺らぐ事は無いのだから。
だからこそ太一郎が今最優先ですべきなのは、『今の現状を出来るだけ正確に把握しておく事』だ。
「…その僕たちが宿しているという強大な力故に、他国に悪用でもされたら困るという訳か。だから女王陛下は転生術を門外不出にしているんだな?」
「君は随分と頭が切れて聡明な男のようだね。まさしくその通りだよ。」
冷静沈着に、即座に言い当ててみせた太一郎に、シリウスは感嘆の表情を見せる。
「それで、説明してくれないか?僕たちが宿している『力』というのは一体どんな物なんだ?」
「右手を目の前の空間にかざして念じてみたまえ。君たちの目の前の空間に、タッチパネルのような物が現れるはずだ。」
言われた通りに目の前の空間に右手をかざして念じてみると、確かに太一郎の目の前にタッチパネルのような物が出現した。
そこに書かれているのは、シリウスによってこのフォルトニカ王国に転生させられた太一郎たちが新たにその身に宿した、特殊な『力』の一覧だった。
『敵視操作【ヘイトコントロール】』
『防壁【プロテクション】』
『敵意感知【ホストセンサー】』
真由の目の前の空間に現れたタッチパネルには、このような内容の様々な『力』の一覧が記載されている。
実際に真由が指先でタッチパネルに記載された『力』の一覧を触ってみると、指先で触れた『力』の内容についての詳細が書かれた文章が出現したのだった。
そして太一郎の目の前のタッチパネルにも、真由の物とは全く違う『力』の一覧が。
どのような『力』を宿しているのかは、どうやら個人個人によって違っているようだ。
「それは我々が有していない、君たち転生者のみに与えられた『異能【スキル】』と呼ばれる力だ。」
「うほおっ!!マジかよ!!ますますRPGみてえじゃねえかよ!!ていうか完全にサーベルアート・オンラインだよなこれ!!」
他の転生者の少年の言葉に、シリウスは怪訝な表情をしたのだが。
金髪に染め上げた派手なリーゼントが特徴の、随分とチャラチャラとした男…不良か暴走族か何かなのか。
よく見ると他の7人の少年たちも似たような感じを受ける。彼らの様子を見た限りでは、8人の少年たち全員が知り合い同士のようだ。
だが…。
「RPG?サーベルアート・オンライン?君が言っている事の意味がよく分からんが、まあ君たちの能力について理解して貰えたようで何よりだ。」
「おい、てめぇは俺たちに魔王とやらと戦えとか言ってるけどよ、俺たちにそんな事に従う義理があんのかよ!?」
「当然タダとは言わん。姫様から君たちに正当な報酬が…。」
「こんな強力な異能【スキル】を手に入れたんだ!!それに折角異世界に飛ばされたんだからよ!!俺様がこの国をシメて(支配して)やんよ!!ヒャハハハハハハハ!!」
突然高笑いした少年の姿に、シリウスはとても残念そうに溜め息をついたのだった。
強大な力を手にした事で、手にしてしまった事で、己の力に溺れ、欲にまみれてしまった…彼はまさしくその典型例だと言えるだろう。
そんな少年を、シリウスがとても冷めた目で見つめている。
まるでこうなる事が、最初から分かっていたかのように。
「愚かな…所詮は君も戸田龍二たちと同じか。」
「あぁ!?何を訳の分からねえ事を言ってやがるんだてめぇ!?」
「結局こうなってしまうのだな。本当に心の底から残念だよ。君たち全員がそこの彼(太一郎)のように話が分かる者たちばかりなら…こんな事にはならなかった物を…。」
「どうでもいいけどよ!!どいつもこいつも俺様がぶっ殺してやんよ!!この俺様の『帝王の拳【カイザーナックル】』でなぁ!!」
邪悪な笑みを浮かべながら、右拳に強大なオーラを纏わせた少年だったのだが、その数秒後にその表情が絶望に染まる事になる。
「なお、君たちに魔王軍との戦いを拒否する権限は無い。我が国の為にその身を粉にして戦うのだ。もし君たちが拒否すれば…。」
その瞬間、太一郎たちの全身に襲いかかったのは、今までに体験した事のない、凄まじいまでの『苦痛』だった。
痛みではない。例えるなら身体の内側から無数の虫という虫に、全身を掻きむしられて食われるかのような。
「ぐああああああああああああああっ!!」
「きゃあああああああああああああっ!!」
太一郎と真由、そして他の8人の転生者たちが、突然襲いかかった苦しみにのたうち回る。
「…とまぁ見ての通り、君たちの身体に『呪い』をかけさせて貰った。」
「ぐっ…『呪い』…だと…!?」
「その通りだ。そこで無様に這いつくばっている彼のように、我々に反逆でもされたら困るからね。」
どうにか起き上がった太一郎が、鋭い眼光でシリウスを睨みつけている。
だが突然こんな状況に陥りながらも、太一郎は全く冷静さを失ってはいなかった。
シリウスの言い分は確かに酷過ぎるが、ある意味では当然の事なのだ。
よく考えてみて欲しい。凶暴な猛獣を檻に入れずに放し飼いにするような動物園に、果たして客が嬉々として訪れるだろうか?つまりはそういう事なのだ。
とは言え、こんな極端な真似をせずとも、もう少しやり方という物があったんじゃないのか…とは思うが。
痛みや恐怖で相手に言う事を聞かせる、従わせるというのは、言って聞かせる力量が自分には無いという事を、自ら暴露しているような物なのだ。
太一郎もシリウスがこのような行動を起こした経緯は理解出来なくもない。実際に太一郎も警察学校で、一部の教官たちから理不尽な体罰を受けた経験があるのだから。
その教官たちは指導が熱心になるあまり、つい体罰を行ってしまったと供述。
停職3か月の処分を言い渡され、後に依願退職したのだが、その経験があるからこそ太一郎は思うのだ。
こんな事をした所で、かえって相手の怒りや憎しみを増長させてしまうだけだと。その反動が必ず自分に跳ね返ってくるんだぞ、と。
(済まない、真由。先に謝っておくよ。この『呪い』に関しての詳細なデータが少しでも欲しい。)
「お兄ちゃん!?」
「おい、ふざけるなよ!!魔王軍と戦えだと!?何故僕たちがそんなふざけた命令に従わなければならないんだ!!」
立ち上がった真由に耳打ちをした後、シリウスに文句を垂れながら、太一郎はシリウスの胸倉に掴みかかろうとする。
そんなシリウスを守ろうと、レイナが腰から双剣を抜いて太一郎の前に立ちはだかった。
「そこをどけぇっ(1…2…3…)!!」
頭の中でカウントしながら、太一郎は『わざと』ゆっくりとレイナに襲い掛かる。
太一郎は『縮地法』と呼ばれる、日本の古武術に伝わる高速大幅移動術を習得している。
地面を蹴って『走る』のではなく、重心や腰の高さを変えずに『またぐ』移動術であり、中国拳法では『箭疾走』などと呼ばれている技なのだが。
達人クラスの者がこの技を使うと、慣れない者には本当に突然瞬間移動したように見えてしまう程なのだ。
今の太一郎とシリウスの距離なら一瞬で間合いを詰めて、シリウスの首を締めるなり殴り倒すなりする事は充分に可能だった。
だが敢えて太一郎は、それをしなかったのだ。
理由は3つ。
まず1つ目が、ここでシリウスに危害を加えてしまえば、下手をすると自分たちがこの異世界のフォルトニカ王国において、犯罪者として扱われてしまいかねないからだ。
そして2つ目が、シリウスやレイナに危害を加える事自体が、『呪い』の発動条件になってしまう可能性も有り得るから。
さらに3つ目。これが一番重要なのだが、ここで術者であるシリウスを殺してしまえば、シリウスが自分たちにかけた『呪い』が永遠に解けなくなってしまう可能性があるからなのだ。
とてもじゃないが今のこの四面楚歌の状況において、『呪い』に関してのデータがあまりにも不足している中で、そんな大き過ぎるリスクを負ってしまう訳にはいかなかった。
だからこそ今、この場で太一郎がすべきなのは、シリウスに危害を加える事では無く…『呪い』に関しての詳細なデータを少しでも集める事だ。
『呪い』が発動してから収まるまでの持続時間は?
リキャスト(再発動までに必要な)時間は?
そもそもどんな条件で『呪い』が発動するのか?
解除する方法はあるのか?
今は少しでも、ほんの少しでも、詳細なデータが欲しい。
「(…4…5…!!)ぐああああああああああああああああっ!!」
レイナに『わざと』床に叩き伏せられた太一郎が、とても苦しそうに叫び声を上げる。
「あああああああああああああああああっ!!」
それと同時に連帯責任として真由たちにも同時に襲い掛かる、激しい苦痛。
だが呪いに苦しめられながらも、太一郎は持ち前の冷静沈着さと聡明さによって、呪いに関しての詳細なデータを的確に分析しつつあった。
(…7…8…9…10!!)
約10秒後、太一郎たちの身体から苦痛が消え失せる。
真由や他の転生者たちが取り乱す中、ただ1人太一郎だけは冷静さを失ってはいなかったのだ。
(成程な、『呪い』の持続時間は約10秒、リキャスト時間は約5秒といった所か…!!)
つまりは『呪い』が収まってから5秒間は、何をしようが『呪い』は一切発動しないという事だ。
取り敢えず、今はそれだけ分かれば充分だ。
もし『呪い』を解く為にシリウスを痛めつける必要に迫られた場合、『呪い』が収まってから5秒以内にシリウスをフルボッコにすれば済む話なのだから。
「…はぁっ…はぁっ…はぁっ…!!くっ…がはっ…!!」
「落ち着きたまえ。我々は何も君たちを奴隷として扱おうとしている訳ではないのだ。命懸けの戦いに身を置いて貰う以上は、当然君たちの国内における身分を保証し、正当な報酬も支払うと…そう姫様が仰っておられる。」
(…つまり、僕たちを廃人にしてしまうまで痛めつけるつもりは、君には微塵も無いという事だな…!!)
冷静に考えれば当然だろう。これまでのシリウスの話から推測するに、自分たち転生者はフォルトニカ王国にとって貴重な戦力、人材なのだろうから。
何しろ『異能【スキル】』という、フォルトニカ王国の人間の誰もが有していない、自分たち転生者だけの特権とも言える強力な能力を宿しているのだから。
そんな貴重な存在である自分たちを過度に『呪い』で苦しめて、廃人同然にしてしまったのでは元も子も無いのだろう。
だとしたらラッキーだ。いずれ必ずシリウスに牙を突き付けるチャンスはやってくる。
「私はその件に関しては管轄外なので、その辺りの事は後で姫様と話し合って貰いたい。取り敢えず衣食住と、戦闘で君たちが使う事になる装備に関しては、無償で提供するつもりだとは仰っておられたがな。」
レイナに『わざと』床に抑え込まれている太一郎が、とても鋭い眼光でシリウスを睨みつけている。
そんな太一郎を見下しながら、シリウスは深く溜め息をついたのだった。
この状況においてもまだ、太一郎は希望を捨てていない。隙あらば自分の喉元に牙を突き付けてやろうと、虎視眈々とその機会を伺っている…それをシリウスは敏感に感じ取っていたのだ。
全く大した男だと、シリウスは心の中で太一郎を素直に称賛したのだった。
それでいい。そうでなくては強大な力を持つ魔王カーミラとは渡り合えまい…と。
「もうよいレイナ。彼を放してやれ。」
「よろしいのですか?」
「彼も充分に理解しただろう。自分が下手な真似をすれば、最愛の妹である彼女にまで危害が及んでしまうという事をな。」
「承知致しました。」
レイナから開放された太一郎が、パンパンと服についた埃を払いながら、よっこらせっと立ち上がる。
未だ余力を残している、と言わんばかりの、この態度…レイナは瞬時に理解したのだった。
太一郎は、その気になればいつでも自分を叩きのめす事が出来たのに、『わざと』それをしなかったのだと。
シリウスにかけられた『呪い』を発動させない為…というのもあるだろうが、もしこれが実戦での殺し合いだったなら…太一郎が本気でレイナを殺すつもりだったなら。
それを考えると、レイナはゾッとした。
「では君たちの今後の予定を伝える。この後18時から君たちには、女王陛下や姫様に謁見して貰う。」
「残り4時間か…それまでの間、自由行動にさせて貰ってもいいか?色々と把握しておきたい事があるんでね。」
『呪い』に関してのデータだけではない。
今、自分たちがいる王都とやらの構造を、どこにどんな建物があって、どんな施設があるのかという事を、出来るだけ正確に把握しておきたいからだ。
そして太一郎が把握しておきたい情報は…それだけではない。
「勿論だ。初めからそのつもりだったからね。ただし17時50分までにはここに戻ってきたまえ。時間になれば使いの者をここに寄越すからね。」
「もし遅刻したら?」
「時間厳守だ。」
「…了解だ。」
遅刻したら『呪い』を発動させる…そういう事なのだろう。
「では、我々はこれで失礼させて貰う。君たちは時間になるまで、せいぜい王都内の観光でもしていたまえ。」
その場を去っていくシリウスとレイナに、とても不服そうに罵声を浴びせる他の8人の転生者、そして不安そうな表情で自分の右腕にしがみつく真由。
そんな中で太一郎だけは冷静さを失わず、シリウスへの反逆の切っ掛けを掴む為に、今後の事について頭をフル稼働させていたのだった…。