第28話:動き出した謀略
チェスターから託された親書を魔王カーミラに届ける為に、危険を冒してまで単騎でパンデモニウムに赴いたセレーネ。
セレーネを処刑するべきだと主張するドノヴァンを押しのけ、客人としてセレーネを丁重に迎え入れる魔王カーミラですが、そこへチェスターの卑劣な罠が襲い掛かり…。
もうどっちが魔王だか分かったもんじゃねえよwwwwwww
セレーネが大急ぎでパンデモニウムに向かう最中、そのパンデモニウムでは先日の戦闘で損傷を受けたバレストキャノンの復旧作業が、急ピッチで進められていた。
ラインハルトが城下町の建物には全く被害を出さなかったので、実質的な被害はバレストキャノンだけで済んでいたのだが、それでも主力兵装であるバレストキャノンが損傷を受けたというのは、魔王軍にとっては大きな痛手だろう。
城の技術士たちが損傷を受けたバレストキャノンの部品交換や溶接作業などを、大急ぎで懸命に行っているのだが。
「バレストキャノンの修理には、あとどれ位かかりそうだ?」
「申し訳御座いません、ドノヴァン様。我々の想像以上に内部の損傷が激しく、部品交換にかなりの手間が掛かっておりまして…!!」
とても申し訳無さそうな表情で、技術士が躊躇いながらドノヴァンに告げる。
「…恐らく今のペースだと、最短でも3日はかかるのではないかと…!!」
「そうか。疲れている所を申し訳無いが、出来るだけ急いでくれ。いつまた薄汚い人間共が攻めてくるか、分かった物ではないからな。」
「はっ!!」
ドノヴァンに敬礼し、作業に戻る技術士。
だが、その時だ。
「ドノヴァン様!!サザーランド王国騎士団の女竜騎士が、単騎でこちらに向かって来ています!!」
「何!?単騎でだと!?」
「し、しかも、白旗を掲げております!!」
「白旗だぁ!?」
部下が指さす方角にいたのは、飛竜に乗って白旗を掲げているセレーネの姿だった。
間違い無い。先日の戦いにおいてバレストキャノンを損傷させ、魔王軍に甚大な被害をもたらした、あの忌まわしい竜騎士部隊の女指揮官だ。
「構わん!!撃ち殺せ!!」
頭に血を登らせたドノヴァンが怒りの形相で、部下たちに無茶苦茶な命令を下したのだった…。
あまりのドノヴァンの酷過ぎる命令に、部下たちは驚きを隠せない。
「えええええ!?し、しかし彼女は白旗を掲げておりますが!?」
「白旗を掲げたから何だと言うのだ!?相手は薄汚い人間…!!しかも先日我々を襲ったばかりの連中なのだぞ!?」
「し、しかし…!!」
「いいから早く殺れぇっ!!」
「ひいいいいいいい!!しょ、承知致しましたああああああああああ(泣)!!」
部下の魔族が魔導兵器の照準をセレーネに合わせ、戸惑いながらも引き金を引こうとした、その時だ。
「止めなさい!!彼女は白旗を掲げているのでしょう!?つまり私達に敵対意志が無いという事を明確に表明しているのよ!?」
そこへ騒ぎを聞きつけた魔王カーミラが、イリヤ、アリス、エキドナと共に慌てて駆けつけてきたのだった。
魔導兵器の引き金を引こうとした魔族が、慌ててセレーネへの攻撃を中断してカーミラに敬礼する。
「カ、カーミラ様!!」
「白旗を掲げた者を攻撃する…いかに敵国の兵とはいえ、それは決して行ってはいけない恥ずべき行為よ!!」
「し、しかし、ドノヴァン様が彼女を撃てと…!!」
「ドノヴァン!!貴方一体何を考えているの!?」
とても厳しい表情で、魔王カーミラはドノヴァンを怒鳴り散らしたのだった。
無理も無いだろう。白旗とは、敵対意志が無い事を相手方に明確に示す為に使われる代物だ。
その白旗を掲げる相手に攻撃を仕掛けるというのは、それは魔王カーミラが言うように無抵抗の相手をなぶり殺しにするのと同義だ。絶対に許されない行為なのだ。
下手をすると重篤な国際問題になり、世界中の国々を敵に回す事にもなりかねない。
「カーミラ様こそ一体何をお考えか!?あの女は我が軍のバレストキャノンを破壊した張本人なのですぞ!?」
だがそんな事など知った事では無いと言わんばかりに、ドノヴァンが魔王カーミラに食ってかかったのだった。
顔を赤くして興奮しながら、魔王カーミラを睨みつけている。
「あの女のせいでバレストキャノンを全て破壊され、我々は多大な被害を被ったのですぞ!?今すぐにあの女を処刑すべきです!!」
「それは絶対に許されないと言ったはずよ!!彼女は白旗を掲げているのよ!?それが何を意味するのか位、貴方だって分かっているはずでしょう!?」
「白旗を掲げたから何だと言うのですか!?薄汚い人間如きに、そんな屁理屈が通じるとでもお思いか!?」
「ドノヴァン!!」
言い争う魔王カーミラとドノヴァンなのだが、そうこうしている内に飛竜から降りたセレーネが、カーミラとドノヴァンの近くまで歩み寄ってきたのだった。
両手を広げ、敵対意志が無いという事を魔王カーミラに示している。
「カーミラ殿。ドノヴァン卿。私に敵対意志はありません。今回は陛下からの使者として、このパンデモニウムまで馳せ参じ仕りました。」
一斉にセレーネに向かって武器を向ける魔族たちだったのだが、それを魔王カーミラが片手で制したのだった。
セレーネを庇うように、魔王カーミラがセレーネの前に歩み寄る。
「彼女に危害を加える事は絶対に許しません!!いいわね!?」
「ですがカー」
「めっ!!」
「…ぐっ…!!」
魔王カーミラの『圧力』に気圧され、思わず後ずさってしまうドノヴァン。
部下たちも慌てて武器を降ろし、その場から後退したのだった。
とても悔しそうな表情で、ドノヴァンはセレーネを睨みつけている。
そんなドノヴァンを部下たちが、とても不安そうな表情で見つめていた。
そしてドノヴァンを黙らせた魔王カーミラが、とても穏やかな笑顔でセレーネに応対したのだった。
「御免なさいねセレーネちゃん。見苦しい所を見せてしまって。」
「いえ、ドノヴァン卿がお怒りになられるのは当然でしょう。何しろお怒りになられる原因となった者が、こうして目の前に現れたのですから。」
自分の目の前にある、現在絶賛修理中のバレストキャノンを見せつけられたセレーネが、とても厳しい表情になる。
そのバレストキャノンをぶっ壊した竜騎士部隊の司令官である張本人が、突然目の前に現れたのだ。ドノヴァンが激怒するのも当然だろう。
それ位の事は、セレーネも当然理解していた。
最悪の場合、ドノヴァンや周囲の魔族たちと交戦する事も覚悟していたのだが…魔王カーミラが咄嗟に庇ってくれて本当に助かった。
「さあ、こんな所で立ち話も何だから、私についていらっしゃい。紅茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう?」
「はっ!!」
敬礼したセレーネが魔王カーミラに案内され、イリヤ、アリス、エキドナらと共に応接室へと向かっていく。
その4人の後ろ姿を、ドノヴァンが怒りに満ちた形相で睨みつけていたのだった…。
そして応接室へ連れて来られたセレーネは、魔王カーミラ、イリヤ、アリス、エキドナと共に、円卓を囲い合うように席に座る。
魔族の給仕の女性が穏やかな笑顔で、セレーネたちに紅茶を差し出したのだった。
「レディグレイで御座います。」
「ありがとう。頂くよ。」
紅茶から仄かに漂うオレンジピールの香りが、セレーネの心を和ませてくれる。
セレーネが静かに紅茶を一口飲むと、レディグレイ特有の穏やかな香りが、セレーネの口の中に広がったのだった。
美味だ。
本来であれば毒や薬が入っていないか警戒すべき所なのだろうが、セレーネは魔王カーミラがそんな非道な真似をする女性だとは微塵も思っていなかった。
何故なら魔王カーミラがその気になれば、毒や薬などというセコい真似などせずとも、容易くセレーネを殺す事が出来るだろうから。
何しろ魔王カーミラは、セレーネが模擬戦闘訓練で一度も勝てなかったラインハルトを、圧倒した程の実力者なのだ。
それにそんな事は抜きにしても、魔王カーミラからは何と言うか、自分の全てを包み込むような母性、優しさ、温もりという物が感じられたのだ。
自分の事を紅茶で毒殺しようなどと、そんな事を考えるような女性だとは到底思えない。
セレーネが魔王カーミラを、じっ…と見つめていると、魔王カーミラはにっこりと笑顔を見せたのだった。
思わず赤面してしまったセレーネに、魔王カーミラは穏やかに語り掛ける。
「円卓はいいわね。お互いにこうして対等の立場で話が出来るから。」
「は…。」
「それで?今回は使者としてここに来たという事だけど、一体私に何の用なのかしら?」
「…それは…。」
深刻そうな表情で、とても言いづらそうにしているセレーネを見たカーミラが、直感的に感じ取ったのだった。
「…セレーネちゃん。質問を変えましょうか。サザーランド王国で一体何があったの?」
「それは…!!」
「遠慮しないで言って御覧なさい。私では力になれないかもしれないけど、誰かに話すだけでも案外楽になれる物よ?」
何て鋭い人なのだと…セレーネは素直に感嘆したのだった。
自分のほんの些細な表情や仕草だけで、サザーランド王国で何か事件があったという事を、敏感に感じ取ってしまったとでも言うのか。
本来ならば魔王カーミラは敵国の総大将だ。正直に打ち明けた所で何にもならないという事は、セレーネも理解している。
だがそれでもセレーネは、この人になら話してみてもいいんじゃないかと…心の底からそう思えたのだった。
こんなにも優しくて、温かくて、とても魔王だとは思えないような慈愛に満ちた、この人になら。
紅茶を一口飲み、一息ついてから…意を決した表情で、セレーネは魔王カーミラに告げたのだった。
「…ラインハルト様が…投獄されました…!!」
「はあ!?あの魔術師が!?何でよ!?」
信じられないといった表情で、イリヤが仰天して立ち上がってしまう。
魔王カーミラもアリスもエキドナも、そして傍に控えていた給仕の女性も、驚きの表情でセレーネを見つめている。
「皆様方もご存知のように、ラインハルト様はこれまでの5度に渡る貴国への侵攻作戦において、民間人や建物に対して一切被害を出しませんでした。ですがそれを理由に、陛下に抗命罪に問われてしまわれたのです。」
「馬っ鹿じゃないの!?何でそんな事で投獄なんかされないといけないのよ!?」
「民間人を人質に取って魔王カーミラを脅せ…その命令を無視したからだと…。」
「何それ!?有り得ないんだけど!?アンタたちの国王って馬鹿なんじゃないの!?」
あまりの理不尽なセレーネの言葉に、イリヤは思わず唖然としてしまう。
そしてあまりのチェスターの横暴さに、心の底から呆れ果ててしまっていたのだった。
このような愚劣な男が、どうして一国の王などという地位を得る事が出来てしまっているのか。
人間たちを見下しているイリヤではあったが、それでもラインハルトの事はイリヤも素晴らしい男だと認めていたのだ。
その高い魔法の実力と指揮能力だけでなく、戦闘中に民間人に一切被害を出さず、魔王カーミラとの決闘に正々堂々と挑んだ騎士道精神。
正直言って、敵として出会いたくは無かったというのが、イリヤの本音なのだ。
そのラインハルトが投獄されたなどと…いや、そもそもラインハルトのどこに投獄される要素があるというのか。
「あ、あの、セレーネさん。ちょっといいですか?」
おずおずと、アリスがためらいながら右手を挙げて、セレーネに進言したのだが。
「その…いっその事、革命でも起こして、ラインハルトさんが国王になるべきなんじゃ…。」
「そうだなアリス殿。貴女の言う通りだ。」
「うえええええええええええええええええええええええええええ(泣)。」
うろたえるアリスを、自虐に満ちた笑顔で見つめるセレーネ。
セレーネとて分かっているのだ。チェスターなどではなくラインハルトが国王になれば、サザーランド王国は素晴らしい国に発展するだろうと。
だが、事はそう簡単では無い…国というのは、そんな単純な代物では無いのだ。
「ラインハルト様は確かにアリス殿が言うように、仁智勇を兼ね備えた素晴らしいお方だ。あのお方が国王になるのに、国民の誰1人として文句など言わないだろう。」
「だ、だったらどうして…。」
「問題なのはラインハルト様が平民出身だという事なのだ。仮に国民全員がラインハルト様の即位を応援しようが、貴族たちが決して黙ってはいないだろうな。」
そうなれば王位継承権を巡って、国内での醜い内輪揉めに発展する事になりかねない。
それによってラインハルトだけが被害を被るのならまだいいのだが、下手をするとサザーランド王国に住まう国民たちにまで被害が及ぶ事にもなりかねないのだ。
誰よりも国や民を想うラインハルトだからこそ、それを理由に即位を固辞する事は明白だろう。
またラインハルトは確かに人格的に素晴らしい男だが、統治者になる為の帝王学を全く学んでいないのも最大の障害になる。
国王としての統治のノウハウを全く身に着けていないラインハルトよりも、生まれた時から人の上に立つ者としての教育を受けた自分たち貴族の方が、余程国王として相応しい。
そう主張する貴族たちがラインハルトの即位を妨害…いいや、それだけで済めばまだいいのだが、最悪ラインハルトを暗殺しようとする者たちが現れても全くおかしくないのだ。
国王という絶対的な地位を欲した、醜い欲に目が眩んだ者。
逆にサザーランド王国の将来を真剣に憂い、ラインハルトでは駄目だと主張する者。
貴族たちの立場や思想がどちらであったとしても、ラインハルトの即位を快く思わない者たちばかりなのは間違い無い。
だがそんな事よりも、今のセレーネには成さねばならない事がある。
紅茶を全て飲み干したセレーネが、意を決した表情で魔王カーミラに向き直ったのだった。
「…失礼致しましたカーミラ殿。いつの間にか愚痴になってしまいましたね。」
「いいのよ。私もサザーランド王国の内情を知れて、とても助かったわ。」
確かに魔王カーミラが言っていたように、この4人に愚痴をこぼしただけで、セレーネの気持ちが随分楽になったような気がする。
無論、サザーランド王国の政務に何の関係も無い魔王カーミラたちに話したからと言って、すぐに全てが解決する訳では無い。
だがそれでも気持ちが少しでも楽になるかどうかで、随分違ってくる物だろう。
気を取り直してセレーネは懐から親書を取り出し、魔王カーミラに差し出したのだった。
「カーミラ殿。そろそろ本題に入りましょう。これは陛下からカーミラ殿に渡すよう命じられた親書です。これを貴女に渡せばラインハルト様を解放すると、陛下は私に約束して下さったのですが…。」
「わざわざご苦労様。見せて貰ってもいいかしら?」
「は。」
セレーネに丁重に手渡された親書の封を開け、封筒の中に入っていた紙を取り出した魔王カーミラだったのだが…その瞬間。
「…なっ!?」
ドカァァァァァァァァァァァァァァン!!
応接室から突然鳴り響いた爆発音。
セレーネが何をやらかしてもすぐに対処出来るように、応接室の外で控えていたドノヴァンが、慌てて応接室に乱入してきたのだが。
「カーミラ様!!ご無事ですか!?今の爆発音は!?一体何が…っ!?」
ドノヴァンが目にしたのは、あまりにも凄惨な光景だった。
「こ…これは…!?」
爆発によって粉々に粉砕された円卓。部屋中に広がる火薬の匂い。そしてドノヴァンが微かに感じた魔法の残滓。
間違い無い。何らかの魔法によって爆発が引き起こされたのだ。
そして爆発に巻き込まれた魔王カーミラたちは、6人全員が全くの無傷で無事だった。
咄嗟に魔王カーミラが『防壁【プロテクション】』の『異能【スキル】』を発動し、爆発から全員を守ったのだ。
アリスがあわわわわわ(泣)言いながらイリヤの身体にしがみつき、エキドナが給仕の女性を守るように彼女の前に出て、魔王カーミラに抱き寄せられているセレーネが、彼女の漆黒のマントに優しく包み込まれながら、呆然とした表情を見せている。
「私たちなら無事よ。ドノヴァン。」
「い、一体何があったと言うのです!?」
「セレーネちゃんが私に渡した親書に、爆裂魔法が仕込まれていたのよ。」
「何ですと!?女竜騎士ぃっ!!貴様の仕業かぁっ!!だから人間共は信用ならないのだぁっ!!」
鬼の形相でセレーネを魔王カーミラから引き剝がそうとするドノヴァンだったのだが、魔王カーミラが左手でドノヴァンを制する。
このような状況においてもなお、魔王カーミラは冷静さを失っていない…流石は『魔王』といった所だろう。
「ドノヴァン、落ち着きなさい!!彼女は何も悪く無いわ!!」
「な、何故です!?ここまでされて何故その女を庇うのですか!?」
「彼女は私に親書を届けろとチェスターに言われていて、その命令を忠実に実行したまでの事よ!!」
そのセレーネは呆然自失の表情で、魔王カーミラに抱き寄せられながら、泣きながらドノヴァンに釈明したのだが。
「ド、ドノヴァン卿、私は本当に何も知らない…!!私はただカーミラ殿に親書を届ければ、ラインハルト様を解放すると陛下に言われていただけで…!!まさかこんな事になるとは夢にも…!!」
「分かってる!!分かっているわ!!セレーネちゃん、貴女は何も悪く無い!!」
「カ、カーミラ殿…!!わ、私は…!!」
「悪いのはこんな卑劣な真似をしたチェスターの方よ!!貴女が責任を感じる必要は全く無いわ!!」
一体部下を何だと思っているのか。魔王カーミラはチェスターの卑劣さに怒りを爆発させたのだった。
この爆発の規模から察するに、チェスターはセレーネごと魔王カーミラを殺すつもりだったに違いない。
チェスターはセレーネに、魔王カーミラに親書を渡すまでは絶対に開封するなと厳命していた。つまりはそういう事なのだ。
セレーネはラインハルトが投獄される以前から、チェスターに対して度々反抗的な態度を取っていた。
連戦続きで兵たちは疲れ切っている、少しは休ませてあげて下さい、部下たちを何だと思っているんですか、だの。
これらは騎士として、軍人として、ラインハルトの副官として、至極当然で真っ当な進言ではあるのだが…それがチェスターは前々から気に入らないと思っていたのだ。
そこでチェスターはラインハルトを解放してやるという甘言をちらつかせ、セレーネに爆裂魔法が施された親書を魔王カーミラに届けさせたという訳だ。
チェスターの思惑としては、セレーネが大人しく命令に従い、魔王カーミラに親書を届ければ、それで良し。
魔王カーミラが親書を開封した事で爆裂魔法を発動させ、それで魔王カーミラが死ねばラッキー、死ななかったとしても魔王軍に甚大な被害を負わせる事が出来るだろう。
それで爆発に巻き込まれたセレーネが死のうが、チェスターの知った事では無いのだ。
その際、セレーネが爆発に飲み込まれて死ねば、自分に歯向かう愚か者がいなくなる事になる。
運良く生き残ったとしても、自分に逆らったらどうなるかという事を、セレーネに思い知らせるには充分だろう。
もしセレーネが命令違反を犯して親書を開封して爆死したとしても、それは命令違反を犯したセレーネが悪いというだけの話だ。
目から大粒の涙を流し、身体を震わせながら自分の身体にしがみつくセレーネを少しでも安心させようと、魔王カーミラがぎゅっと両腕でセレーネの顔を抱き締め続けている。
私はカーミラ殿に何て事をしでかしてしまったのだと…魔王カーミラの豊満な胸に顔をうずめながら、セレーネは罪の意識で頭が一杯になってしまっていた。
敵対意思は無いと言っておきながら、これでは事実上の宣戦布告と同じではないか。
無論セレーネには、何の罪も責任も無い。
魔王カーミラも言っていたが、こんな物はこのような卑劣な真似をしたチェスターが全て悪いのであって、セレーネが罪の意識を持つ必要など微塵も無いのだ。しかもチェスターは卑劣にも、セレーネごと魔王カーミラを殺そうとしたのだから。
だがそれでも結果的に自分が手渡した親書が原因で、こんな事になってしまった…生真面目なセレーネが罪の意識を感じてしまうのも仕方が無いだろう。
「カ、カーミラ様!!大変です!!サザーランド王国騎士団が大軍を率いて、真っすぐにこのパンデモニウムに向かって来ています!!」
さらに魔族の兵士の報告が、セレーネの罪の意識に追い打ちをかけてしまう。
親書による爆裂魔法を炸裂させ、その混乱に乗じて侵攻作戦を仕掛ける…チェスターは最初からこれが狙いだったのだ。
そうでなければ、こんなにも絶妙なタイミングで攻めて来るはずがない。
「薄汚い人間共があっ!!直ちに迎撃準備を整えろ!!この俺様が奴らを一人残さず皆殺しにしてくれるわぁっ!!」
「はっ!!」
怒りの形相で、ドノヴァンが兵士たちと共に応接室を飛び出していく。
こうなってしまっては最早サザーランド王国との全面戦争は、どうあがこうが絶対に避けられないだろう。
果たして両軍共に、一体どれだけの死傷者が出てしまうのか。
魔王カーミラとチェスター…果たしてどちらが『魔王』なのか…もう分かった物では無かった…。
「…くそっ!!」
そして魔王カーミラを振りほどいたセレーネが、目から溢れる大粒の涙をぬぐい、力強く立ち上がった。
起きてしまった事は、もうどうにもならない。
自分が魔王カーミラに届けた親書のせいで、こんな事になってしまったという事実は、最早どうあがこうが覆しようが無いのだ。
ならば今の自分がするべき事は、今のこの状況下においての最善を尽くす事…それだけだ。
チェスターの魔の手から、1人でも多くの魔族たちを救う為に。
「セレーネちゃん!?」
「ラインハルト様が、このような卑劣な策を講じるはずが御座いません!!恐らく此度の侵攻作戦は、陛下自らが指揮を執っておられるのでしょう!!ならば私が今から陛下に、事の真相を追及します!!そして直ちにこんな馬鹿げた真似を止めるよう進言を…!!」
「待ちなさい!!セレーネちゃん貴女、死んでも構わないと思っているでしょう!?」
「それは…!!」
魔王カーミラの的中ズバリの叱責に、セレーネは思わずたじろいてしまう。
そんなセレーネの両肩にポン、と両手を置き、魔王カーミラはしっかりとセレーネの目を見据えたのだった。
これから戦場に赴こうとするセレーネを、絶対に死なせない為に。
「死ぬ事は絶対に許さないわよ!!罪の意識から死んで逃れようだなんて、そんな甘えた事は私が許さないわ!!」
「カーミラ殿…!!」
「貴女にだって家族や友人がいるのでしょう!?それにラインハルト君だって…!!貴女はこんな所で絶対に死ぬべきではないわ!!それに私だって貴女が死んだら本気で悲しいわよ!!」
「…っ!!」
何という温かい人なのだろうと…セレーネはこの期に及んでもなお自分を気遣う魔王カーミラの優しさに、ただただ申し訳ない気持ちで一杯になってしまったのだった。
そして魔王カーミラもまた、目の前のセレーネをじっ…と見据えながら、何故こんな事になってしまったのかと思いを巡らせる。
専守防衛を掲げる、こちらからは決して手出しはしない、自分はただ穏やかに暮らしていたいだけ。
そのような内容の親書をチェスターに送ったというのに、それでもなおチェスターはパンデモニウムへの侵攻を止めるつもりは無いというのか。
それに何故ラインハルトが、投獄などされなければならないのか。
何故セレーネが、こんなにも理不尽に苦しめられないといけないのか。
そして親書には、こうも書いてあったはずだ。
それでもなお敵対すると言うのであれば、一切合切容赦はしないと。
そう…ここまでコケにされた以上、最早魔王カーミラは、チェスターをこのまま捨て置くわけにはいかなくなってしまったのだ。
「貴女が私に対して罪の意識なんか持つ必要なんか無いわ!!だけど、それでも私に対して申し訳ないと思ってくれているのなら、必ずこの戦いを無事に生き延びて、私に償いをしにいらっしゃい!!分かったわね!?」
「…はっ!!」
決意に満ちた表情で、セレーネは魔王カーミラに敬礼をする。
そして飛竜を待機させているベランダまで、慌てて駆け抜けていったのだった。
その後ろ姿を、悲しみの表情で見つめる魔王カーミラ。
「エステリーゼ。貴女はすぐに避難を。」
「は、はい!!」
魔王カーミラに促されて、給仕の女性が慌ててその場を走り去っていく。
「イリヤ、アリス、エキドナ。私たちも行きましょう。」
「全く、何でこんな事になるのかしらね。本当に人間って馬鹿な連中ばっかりだわ。」
「あわわわわわ、あわわわわわわわ、あわわわわわわわわわ(泣)!!」
「承知致しました。私の身も心も、全てはカーミラ様の意のままに。」
イリヤの言う通りだ。本当に何故こんな事になってしまったのか。
そしてどうして人間というのは、こんなにも愚かな連中ばかりなのか。
その愚かな人間であるチェスターを、何としても今ここで討たねばならない。
このままチェスターを生かしておけば、これからもラインハルトやセレーネのような犠牲者が増え続け、多くの人々が傷つき、悲しむ事になるだろうから。
決意に満ちた瞳で、魔王カーミラは3人にはっきりと告げたのだった。
「狙うは敵の総大将、チェスターの首よ!!」
次回はドノヴァンVSチェスター。
民間人まで容赦無く殺害するチェスターの暴虐ぶりに怒りを爆発させるドノヴァンが、懸命にチェスターに挑むのですが…。