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【完結】復讐の転生者  作者: ルーファス
第4章:魔王カーミラ
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第24話:戦う理由

ラインハルトVS魔王カーミラ。

魔王カーミラの圧倒的な力の前に苦戦を強いられるラインハルトですが、それでも諦めずに懸命に立ち向かっていきます。

そして、その戦いの果てに待つ結末とは…?

 3魔将の登場により、戦況を優勢から一気に劣勢へとひっくり返された、ラインハルトらサザーランド王国騎士団。

 そんな彼らにさらに追い打ちをかけるかのように、魔王カーミラまでもが直々にラインハルトたちの前に降臨したのだった。

 とても穏やかな笑顔で、魔王カーミラは仮面越しにラインハルトを見つめている。


 いや、目の前にいる女性が、本当に現在の魔王カーミラだというのか。

 仮面越しでもラインハルトには分かる。慈愛と母性に満ち溢れた、とても美しい女性だ。

 青色の口紅が塗られた潤んだ唇、美しく妖艶な肢体、豊満な胸、そして全身から漂う微かな甘い香り。

 何だかラインハルトは、彼女が敵だという事を忘れてしまいそうだ。

 まるで目の前にいる魔王カーミラに、全てを優しく包み込まれてしまいそうな。

 いやいやいやいやいやいやいやいやいや。


 「本当に貴女が、現在の魔王カーミラなのか…!?」

 「ええ、私が今の魔王カーミラよ。」

 「私はサザーランド王国騎士団所属のラインハルトだ。しかし驚いたな。まさか現在の魔王カーミラが、こんなにも美しい女性だったとは…!!」

 「あら、お世辞でも凄く嬉しいわ。ラインハルト君。」


 先代の魔王カーミラとは、ラインハルトも近隣の村を圧政から解放する為、過去に一度だけ戦った事がある。

 その時は奮闘虚しく敗れてしまい、セレーネたちの援護を受けながら村人たちを見捨て、敗走する羽目になってしまったのだ。

 あの時の魔王カーミラは、まさしく残虐非道を絵に描いたような人物だった。

 村人たちを容赦なく奴隷にし、虐待し、戦いに敗れて無様に倒れ伏しているラインハルトが見ている目の前で、村人の若い女性たちにレズセックスを強要するという、まさに愚物と呼ぶに相応しい冷酷な男だったのだから。

 そしてそんな村人たちを目の前にしながら救う事が出来なかった事を、今もラインハルトの心の傷となっていた。


 だからこそラインハルトは、戸惑を隠せずにいるのだ。

 今、ラインハルトの目の前にいる現在の魔王カーミラが、先代の魔王カーミラからは想像も付かないような、慈愛と母性に満ち溢れている美しい女性だと言う事に。


 それでも今は、そんな悠長な事を考えていられる状況ではない。

 今、自分たちの目の前に、今回の攻略作戦のターゲットである魔王カーミラが、わざわざ自分から直々に降臨してくれたのだ。

 ここでラインハルトが魔王カーミラを討てば、総大将を失った魔王軍は一気に瓦解する事だろう。


 いや、エキドナにセレーネたちを拘束されている現状では、あくまでもセレーネたちの救助が最優先だ。

 今は何とかして、セレーネたちを解放する事に全力を注がなければならない。

 この状況において、いかにしてセレーネたちを救助するか…ラインハルトは必死に頭をフル回転させていた。

 最悪の場合、魔王カーミラに頭を下げて、何らかの交換条件を提示してセレーネたちを解放して貰う事も考えなければならないが…。

 チェスターが何と言おうとも、あくまでも部下たちの命と尊厳を守る事が最優先なのだから。


 だが魔王カーミラはエキドナに対し、その場にいた誰もが全く想像していなかった、とんでもない言葉を口にしたのだった。


 「エキドナ。セレーネちゃんたちを解放してあげなさい。」

 「は!?」


 予想外の魔王カーミラの言葉に、ラインハルトは驚きを隠せない。

 この状況で人質を解放しろとか、一体何を考えているのか。

 セレーネたちを拘束結界で拘束しているエキドナも、一瞬きょとんとした表情を見せながらも、特に魔王カーミラに反論する素振りを見せずにいる。


 「よろしいのですか?」

 「ええ、構わないわ。」

 「承知致しました。」


 エキドナがパチンと指を鳴らすと、セレーネたちの身体を縛っていた拘束結界が崩れ去っていく。

 戸惑いを隠せない表情で立ち上がるセレーネたちは、魔王カーミラに笑顔で促されて、慌ててラインハルトの元に駆け寄ったのだった。


 「ラインハルト様!!」

 「セレーネ、怪我は無いか!?」

 「は、はい、特に目立った外傷はありません。部下たちも飛竜たちも全員無事です。」

 「そうか…!!」


 安堵するラインハルトだったが、一体魔王カーミラは何を考えているのか。

 この状況でわざわざ自分から人質を解放するとは…これでは今ここで自分を襲ってくれとラインハルトに懇願しているようではないか。

 セレーネたちを人質に取っておけば、彼女たちをサザーランド王国に対しての、強力な外交カードとして利用出来るというのに。

 極端な話、セレーネたちを傷付けられたくなければ、これ以上自分たちを襲うなと…そうラインハルトやチェスターに脅しをかける事も可能なはずなのだ。

 戸惑うラインハルトに、魔王カーミラは相変わらず穏やかな笑顔を見せている。


 「皆。手出しは無用よ。下がっていなさい。」

 「承知致しました。どうかご武運を。」

 「あ、あの、お気をつけて…。」

 「ま、アンタが負けるなんて微塵も思ってないけどね。」


 魔王カーミラに促され、エキドナたちがその場から後退する。

 ただっ広い広場にただ1人ぽつんと取り残された魔王カーミラに、ラインハルトたちが一斉に迫る形になってしまっている。


 「な…部下たちまでも下がらせただと!?貴女は一体何を考えているのだ!?」

 

 戦術的にも政略的にも、魔王カーミラの行動は全くの意味不明で理解不能なのだが。

 

 「さて、これで何も気にする事無く、全力で私と戦えるわよね?ラインハルト君。」

 「まさか、その為にわざわざセレーネたちを解放したというのか!?私に気兼ねなく全力を出させる為に!?」

 「人質がいるせいでラインハルト君が全力を出せなかったとか、私が人質を盾にラインハルト君を脅したとか、そんな風に思われたくないもの。」


 何というお人好しなのか。いや、それ以前に何という余裕なのか。

 ラインハルトの事を、全く脅威だと思っていないのだろうか。


 「さあ、いらっしゃい。何なら全員まとめてでも構わないわよ?」

 「いかに魔王といえど、騎士としてそのような卑劣な真似が出来るか!!私は貴女に正々堂々、一対一の決闘を申し込む!!」

 「分かったわ。なら私もラインハルト君の騎士道精神に応えてあげる。」


 覚悟を決めたラインハルトは、決意に満ちた表情でセレーネたちを下がらせたのだった。

 

 「お前たち!!手出しは一切無用だ!!これは私と魔王カーミラによる一対一の決闘だ!!ここでお前たちが私に手助けをすれば、我らサザーランド王国騎士団は未来永劫、他国からの笑い物になると思い知れ!!いいな!?」

 「「「「「はっ!!」」」」」


 ラインハルトに促され、セレーネたちも慌ててその場から後退する。

 ただっ広い広場に2人きりで取り残された、ラインハルトと魔王カーミラ。

 その様子をエキドナたちもセレーネたちも、固唾を飲んで見守っている。


 「行くぞ!!魔王カーミラ!!」


 かくしてラインハルトと魔王カーミラによる、一対一の決闘が開始されたのだった。

 その余裕をへし折ってやろうと、歯軋りしながらラインハルトは再びエルトサンダーを発動した。

 上空から放たれた稲妻がラインハルトに直撃し、ラインハルトの全身を帯電する。


 「…ラインハルト君。」

 「稲妻よ!!雷迅の槍となりて敵を穿て!!ブレンサンダー!!」


 ドノヴァンを圧倒した、凄まじい威力の稲妻が魔王カーミラに襲い掛かった。

 しかし。

 

 「…めっ。」


 魔王カーミラが右手人差し指をブレンサンダーに向けた途端、目の前に生み出された障壁によって、ブレンサンダーは呆気無く相殺されてしまったのだった。


 「…は…!?」


 まさかの出来事に、ラインハルトは驚きを隠せない。


 「馬鹿な!?エルトサンダーによって強化された私のブレンサンダーを、指一本で無力化しただとおっ!?」

 「そのエルトサンダーという技、ラインハルト君の身体に相当な負荷がかかるでしょう?さっきドノヴァンやイリヤを相手に使ったばかりだというのに、短時間に連続で使っていい代物では無いわよ。」

 「そ、それは…!!」

 「確かに私は全力を出せとは言ったけど、それでも自分の身体を壊すような真似をして一体どうするの。」


 何故かラインハルトは、決闘中に魔王カーミラに説教されてしまったのだった…。

 いや、それ以前に「めっ」の一言で、必殺の一撃を無力化されてしまったのだ。

 これはもうラインハルトにとっては、屈辱以外の何物でもない。


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 それでもラインハルトは臆する事無く、ブレンサンダーを連発する。

 だが魔王カーミラが指一本で生み出した障壁が、それらを全てシャットアウトしてしまう。

 並の使い手なら障壁を張ろうが何しようが問答無用で貫き、まず防ぐ事すら出来ない凄まじい威力の雷撃の槍をだ。

 目の前で繰り広げられている信じられない光景に、セレーネたちは戦慄してしまったのだった。

 あのラインハルトでさえも、魔王カーミラには歯が立たないとでも言うのか。

 

 「これが私の『異能【スキル】』…その名も『防壁【プロテクション】』よ。」

 「『異能【スキル】』…!!先代の魔王カーミラも使っていた、あの力か…!!」


 ラインハルトも耳にした事がある。『異能【スキル】』とは転生者たちにのみ使う事を許された、この世界の人間たちには一切使えない特別な力なのだと。

 だが、だから何だと言うのだ。ここで自分が諦めてしまえば、魔王カーミラに屈服してしまえば、それこそ後ろに控えている部下たちの士気がダダ下がりになってしまうのだ。


 いや、これは最早サザーランド王国だけの問題ではない。

 自分が魔王カーミラに敗北したという事実が世界中に伝わってしまえば、世界中の人々が魔王カーミラの恐怖に怯える日々が再来してしまいかねないのだ。

 先代の魔王カーミラの恐怖政治によって、多くの国々が屈してしまった…あの時のように。


 「それでも私は諦める訳にはいかない!!国の為、民の為、私はこんな所で貴女に屈する訳にはいかないのだ!!」

 「素晴らしい騎士道精神ね。敵にしておくのは本当に勿体無いわ。」

 「ならば、これならどうだ…!!」


 正面からまともにぶつかったのでは、あの『防壁【プロテクション】』の『異能【スキル】』によって生み出された障壁は打ち破れそうも無い。

 ならば奇策をもって、魔王カーミラを打ち破るまでだ。


 「稲妻よ!!雷迅の渦となりて敵を飲み込め!!ダイムサンダー!!」


 ラインハルトが生み出した雷撃の渦が、情け容赦無く魔王カーミラを飲み込むが、それでも魔王カーミラは『防壁【プロテクション】』の『異能【スキル】』で軽々と防いでしまう。

 ダイムサンダーによって生み出された凄まじい渦によって、魔王カーミラの視界が遮られるが、それでも魔王カーミラを傷付けるには至らない。

 だがダイムサンダーを防ぎ切り、魔王カーミラの視界が晴れた瞬間。


 「…あら。」


 いつの間にかラインハルトの姿が、その場から消えていたのだった。

 そして間髪入れずに、いつの間にか魔王カーミラの背後に回り込んでいたラインハルトが、杖に纏わせた稲妻の刃で魔王カーミラの美しいうなじに斬撃を仕掛ける。


 「かかったな!!トライサンダー!!」


 ダイムサンダーは、あくまでも目くらまし…魔王カーミラの視界を防いでいる間にエルトサンダーによる高速移動で背後に回り、本命の一撃を食らわせる…それがラインハルトの作戦だったのだ。

 並の使い手ならば、そもそもダイムサンダーを防ぐ事自体出来ないのだが…さらに間髪入れずに背後に回り込んでトライサンダーによる斬撃を繰り出されたのでは、そう簡単には対応出来ないだろう。

 だが、相手が悪過ぎた…そう、あまりにも相手が悪過ぎたのだ。


 「…『十頭の大蛇【ウロボロス】』。」

 「な、何いっ!?ぐああああああああああああああっ!!」


 突然魔王カーミラの両手の指先から、10本の漆黒の鞭が放たれたのだった。

 背後にいるラインハルトに振り向きもせず、正確無比の精度でラインハルトの全身を漆黒の鞭で拘束してしまう魔王カーミラ。


 「ば、馬鹿な…っ!?」


 全身を漆黒の鞭で拘束され、直立不動のまま身動きが出来ずにいるラインハルトを、振り向いた魔王カーミラはとても穏やかな笑顔で見つめている。


 「咄嗟に左腕を首元に添えて、首を絞められるのを防いだのは流石の判断ね。中々出来る事じゃないわ。」

 「くっ…!!」

 「だけど、これで勝負ありよ。」


 ゆっくりと、ラインハルトの元に歩み寄る魔王カーミラ。

 何という事なのか。あのサザーランド王国騎士団最強、『雷神の魔術師』の異名を持つラインハルトでさえも、魔王カーミラに傷1つ付けられずに敗れ去ったとでも言うのか。

 その事実が、逃れようのない現実が、情け容赦なくセレーネたちを絶望のどん底へと突き落としている。


 「ラインハルト様ぁっ!!」

 「無念だ…!!だが魔王カーミラよ!!今ここで私を殺した所で何も終わりはしない!!必ずやフォルトニカ王国の『閃光の救世主』が私の後を継ぎ、貴女を打ちのめしてくれるだろう!!」


 もう自分の目の前にまで迫った魔王カーミラに、ラインハルトは決意の表情で語り掛ける。

 ラインハルトはフォルトニカ王国の『閃光の救世主』には一度も会った事は無いが、それでも彼の武勇伝は度々耳にしていたのだ。

 凄まじいまでの剣術の達人であり、彼が剣を振るう度に「閃光」がほとばしるのだと。

 あの暗黒流蛇咬鞭のバルゾムでさえも、全く歯が立たずに敗れ去ってしまったのだと。

 それ程の使い手ならば、必ずや魔王カーミラを打ち倒してくれるはずだと…ラインハルトはそれを確信しているのだ。


 「…ラインハルト君。」

 「『閃光の救世主』よ!!どうか私の代わりに魔王カーミラを打ち倒してくれ!!頼んだぞぉっ!!」


 魔王カーミラの右手が、ゆっくりとラインハルトの顔に迫る。

 死を覚悟し、目を閉じるラインハルト。

 だが、次の瞬間。


 「…えいっ。」

 「あふん!?」


 とても穏やかな笑顔で、魔王カーミラはラインハルトの額にデコピンしたのだった。

 まさかの出来事に、その場にいた誰もが唖然としてしまっている。


 「…は!?」


 てっきり魔王カーミラに殺されると思っていたラインハルトもまた、唖然とした表情で魔王カーミラを見つめていたのだが。


 「はい、私の勝ち。それじゃあこれで戦いは終わりって事にして貰ってもいいかしら?」

 「な、何故だ!?何故私を殺さない!?情けをかけるつもりなのかぁっ!?」

 「殺すつもりは無いわよ。私は無益な殺生をするつもりは無いから。だけど念の為に拘束だけは続けさせて貰うわね?」


 穏やかな笑顔で、呆気に取られるラインハルトを見つめる魔王カーミラ。

 最早ラインハルトへの戦意は全く感じられない。ラインハルトの全身を拘束している『十頭の大蛇【ウロボロス】』にしても、ラインハルトを傷付けないように、とても優しくラインハルトの全身を包み込んでいる。


 「ラインハルト君。貴方はこれまでの侵攻作戦において、いずれも民間人を全く戦いに巻き込まないように気を遣ってくれたでしょう?」

 「そ、それは…!!我々は騎士であって下郎ではない!!当然の事だ!!」

 「それだけの騎士道精神に溢れた貴方を殺すなんて、とてもじゃないけど私には出来ないわ。むしろ私直属の部下になって欲しいと思っている位よ?」


 仮にラインハルトが民間人も躊躇なく殺したり、あるいは人質に取るような卑劣な真似をする下郎だったのならば、魔王カーミラもパンデモニウムの魔族たちを守る為、ラインハルトを容赦無く殺していたかもしれない。

 そのような者を殺さずに逃がしてしまえば、その者は復讐心に駆られてさらなる凶悪な手段でもって、再びこの国の魔族たちの命を脅かす事になるだろうから。


 だがラインハルトは違う。これまでの5度に渡る侵攻作戦のいずれにおいても、民間人や建物に全く被害を出さなかった。

 戦場という殺し合いをする場においてもなお、例え相手が魔族であったとしても、無抵抗の民間人を極力傷付けないよう気を遣ってくれたのだ。

 このラインハルトの素晴らしい騎士道精神には、魔王カーミラもまた敬愛でもって応えなければならない。

 ここでラインハルトを殺してしまえば、それこそ魔王カーミラはただの犬畜生に成り下がってしまうだろう。


 そしてラインハルトもまた目の前にいる魔王カーミラが、先代の魔王カーミラのような残虐非道な女ではないという事を思い知らされたのだった。

 まるでラインハルトの全てを包み込んでしまいそうな、魔王カーミラの母性、慈愛の心。

 自分の身体を縛り付けている『十頭の大蛇【ウロボロス】』から、魔王カーミラの優しさ、ラインハルトへの思いやりの心が存分に伝わってくる。

 

 「…心底悔しいが…どうやら負けを認めるしかないようだな。」

 「まあそれはそれとして、そろそろ本題に入りましょうか。ラインハルト君。チェスターはどうして貴方達に、私たちを執拗に襲わせたの?」

 「それは…。」

 「やっぱり私の先代の魔王カーミラの悪行のせいで、私の存在が危険だと判断したのかしら?」


 先代の魔王カーミラの事は、現在の魔王カーミラもよく知らない。

 何故なら自分がこの世界に召喚された時には、もう既に死んでいたのだから。

 ただ部下たちの口から、人間たちだけでなく自分たち魔族さえも奴隷扱いするような、とんでもなく残虐非道な男だという事は聞かされていた。

 毎晩自らの部屋に若い女たちを呼び出し、レズセックスや自分との夜伽を強要するような卑劣な男だったと。

 結局先代の魔王カーミラは、フォルトニカ王国が召喚した転生者の少女と相討ちになり、死亡したとの事らしいのだが。


 それでも現在の魔王カーミラは、そのような危険人物の後継者として、魔族たちにこの世界に転生させられたのだ。

 だからこそ、他国の人間たちから「危険因子」だと判断されても、別におかしい事ではない。それに関しては魔王カーミラも理解はしていた。

 だが。


 「…私も当初はそう思っていた…いいや、そうであって欲しかった…!!」

 「思っていた?過去形なの?」

 「確証は持てないが、もしかしたら陛下の本当の狙いは、貴女やイリヤ殿たちをこの世界に呼び出した転生術なのかもしれない…!!」


 やはりチェスターの狙いは転生術なのか。

 ラインハルトの話を聞いた魔王カーミラが、一瞬だけ厳しい表情になる。


 「仮にラインハルト君の話が事実だとして、チェスターが転生術を欲しているのは何故なのかしらね?」

 「それは私にも分からない。本人に聞いてみない事にはな。」

 「分かったわ。話してくれてありがとう。」


 それだけ告げた魔王カーミラがとても穏やかな笑顔で、ラインハルトの拘束を解いたのだった。

 魔王カーミラの両手の指から生み出されていた『十頭の大蛇【ウロボロス】』が、闇の粒子となって消えていく。


 「な…!?本当に私をこのまま逃がすつもりなのか!?」

 「ラインハルト君。先代の魔王カーミラに関しては私もよく知らないけど、残虐非道な男だったという事だけは聞かされてきたわ。」

 「ああ、その通りだ。私も奴と戦って無様に敗れた事があるのだが、奴はとんでもなく卑劣な男だった…!!」

 「だけど私は違う。自分で言うのも何だけど平和主義者なのよ?別に世界征服とかにも興味は無い。ただ他の魔族たちと共に、ここで静かに穏やかに暮らしていたいだけなのよ。」


 確かにラインハルトの目の前にいる魔王カーミラは、とても世界征服を企むような卑劣な女には見えない。

 仮面越しでもラインハルトに伝わってくるのだ。魔王カーミラの母性、慈愛、優しさが。


 「専守防衛…私たちは決して他国に侵略行為なんかしない。だけどラインハルト君たちにも守らなければならない物があるように、私も魔王としてパンデモニウムの魔族たちを守らなければならない…それは分かってくれるわよね?」

 「…ああ、勿論だ。」


 もしチェスターが再びこのパンデモニウムへの侵攻を命じるような事があれば、次こそ魔王カーミラは魔族たちを守る為に、ラインハルトを殺さなければならなくなるかもしれない。

 それを魔王カーミラはラインハルトに伝えているのだし、ラインハルトも騎士として即座にそれを理解したのだった。


 魔王カーミラはラインハルトの事は凄く気に入っている。これは紛れも無い事実だ。

 だがそれも、結局は彼女の私情でしかない。

 パンデモニウムを統べる者として、魔王カーミラには魔族たちを守らなければらない責務があるのだ。

 もしラインハルトがチェスターの命令により、再びこのパンデモニウムの脅威となるのであれば…その時は…。

 

 その交錯する想いを胸に秘めながら、魔王カーミラは懐から紙とペンを取り出して、何やら文面をしたためてラインハルトに差し出したのだった。


 「この親書をチェスターに渡して貰えるかしら。」

 「承知した。だが念の為、今この場で内容を確認させて頂いてもよろしいか?」

 「ええ、構わないわよ?」


 親書を受け取ったラインハルトが文面に一通り目を通すと、そこに書かれていたのは先程魔王カーミラがラインハルトに語ったのと、同じような内容の文面だった。


 自分は先代の魔王カーミラとは違う。

 決して他国の人間たちを攻め落とし、奴隷として扱うような真似はしない。

 だがそれでも敵対し続けるというのであれば、決して容赦はしない…と。


 魔王カーミラに力強く頷いたラインハルトが、親書を胸元のポケットに大事そうにしまったのだった。

 この親書は魔王カーミラからチェスターに宛てられた公的文書だ。決して粗雑に扱う訳にはいかない。


 「さあ、これで話はおしまい。皆、故郷くににお帰りなさい。貴方達にも家族や大切な人たちがいるでしょう?」

 「カーミラ様、正気ですか!?本当にこ奴らをこのまま王都に返すおつもりか!?」


 先程ラインハルトに全く歯が立たずにフルボッコにされたドノヴァンが、精霊術師による治療を受けながらカーミラに文句を言ったのだが。


 「ドノヴァン。貴方はまだそんな事を言っているの?彼の騎士道精神には、私も魔王として敬愛をもって応えなければならないわ。」


 それを魔王カーミラは威風堂々と一蹴してみせたのだった。

 ラインハルトたちを守る為に。民間人に一切の被害を出さずに済ませてくれた、彼の素晴らしい騎士道精神に応える為に。


 「騎士道精神!?はっ!!実に下らぬ!!こ奴らは忌まわしき人間共なのですぞ!?」

 「これは魔王としての私からの命令よ。撤退する彼らに危害を加える事は絶対に許しません。」

 「しかし…ぐっ!?」


 なおも反論しようとするドノヴァンの首筋に、魔王カーミラの指先が突き付けられる。

 その美しく細い右手人差し指に込められたのは、凄まじいまでの「圧力」。


 「…めっ。」

 「くっ…!!」

 

 その「圧力」に屈し、その場から動く事が出来ずにいるドノヴァン。

  

 「ラインハルト君、ここは私が食い止めるから、貴方たちは早くお行きなさい。」

 「済まない、魔王カーミラ。作戦は失敗だ!!総員撤退するぞ!!」

 「「「「「はっ!!」」」」」


 ラインハルトの命令で、サザーランド王国騎士団は慌てて撤退していく。

 今回の戦いもまた、魔王カーミラとイリヤら3魔将の活躍により、何とか魔王軍の勝利に終わったのだった。

 だがラインハルトが民間人に被害を出さなかったと言っても、それでもサザーランド王国騎士団、魔王軍の双方に死者が出てしまっていた。

 これが戦争である以上は、仕方が無い事ではあるのだが…それでも魔王カーミラは人間、魔族の双方の犠牲者の冥福を静かに祈ったのだった。

 どうか来世では、穏やかに幸せな人生を送れますように…と。


 「実にお見事な戦いぶりでした。カーミラ様。」 

 「ありがとう、エキドナ…って、あら。」


 ふと、魔王カーミラは、自分に一礼するエキドナの左手の傷に気が付いた。

 別にそこまで深い傷ではないので、ほうっておいても数日あれば治るだろうが。


 「…エキドナ。左手を怪我しているじゃない。」

 「申し訳ございません。セレーネ様にしてやられました。」

 「見せて御覧なさい。治してあげる。」

 「は。」


 差し出されたエキドナの左手を優しく両手で包み込みながら、魔王カーミラは『異能【スキル】』を発動した。


 「…『治療【ヒーリング】』。」


 次の瞬間、エキドナの左手の傷が、瞬く間に癒えてしまったのだった。


 「ありがとうございます、カーミラ様。」

 「いいのよ。私の可愛い貴女だもの。これ位当然よ。」

 「恐れ入ります。」


 魔王カーミラの慈愛の心に、思わず顔を赤らめてしまうエキドナ。

 

 「さあ、まずは戦後の復旧作業をしないとね。精霊術師たちは私と共に負傷者の治療を。イリヤとアリスは街の被害状況を確認して頂戴。エキドナは他の周辺国の動向を…。」


 てきぱきと部下たちに指示を出す魔王カーミラに、エキドナたちが迅速的確に応えて見せる。

 だがそんな魔王カーミラが気に入らないと言わんばかりに、ドノヴァンが厳しい視線を彼女に向けていたのだった…。

次回からチェスターの外道っぷりが、これでもかと言わんばかりに発揮されます。

どっちが魔王だか分かったもんじゃない。そんなお話。

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