第23話:雷神の魔術師
久しぶりの戦闘シーンです。魔王カーミラがようやく初登場となります。
ラインハルトの活躍により、魔王軍を追い詰めるサザーランド王国騎士団。
しかし魔王カーミラがラインハルトと対話をしたいと言い出して…。
そして翌日…チェスターの命令を受けたラインハルトらサザーランド王国騎士団が、もうこれで5回目となるパンデモニウム侵攻作戦を開始したのだった。
魔都近くの広大な草原にベースキャンプを展開し、ラインハルトからの攻撃命令を今か今かと待つ兵士たち。
そして目の前にそびえ立つパンデモニウム城を見据えるラインハルトの元に、飛竜に乗ったセレーネが上空から駆けつけてきたのだった。
「ラインハルト様、全ての準備が整いました。いつでも進軍可能です。」
「よし、分かった。」
セレーネの言葉で、ラインハルトが兵士たちに向き直り、威風堂々と号令をかける。
「総員傾注!!」
ラインハルトの号令で、先程までざわざわしていた兵士たちが、まるで訓練されたかのような一切の乱れの無い動作で、一斉に起立。ラインハルトに注目したのだった。
これだけでもラインハルトが兵士たちに、相当慕われているという事が分かる。
「これより我が軍は、魔王カーミラの根城である魔都パンデモニウムの攻略作戦を開始する!!これまで我々は何度にも渡りパンデモニウムの攻略を行ったものの、いずれも魔王軍の必死の抵抗により退けられてきた!!」
ラインハルトの言葉で兵士たちの誰もが、とても厳しい表情になる。
これまでサザーランド王国騎士団は過去4度におけるパンデモニウム攻略作戦において、多くの損害を出し続けてきた。
魔王軍の必死の抵抗、そして彼らが所持する強力な魔導兵器の脅威によって、多くの同胞を失ってきたのだ。
魔王軍にも損害は出ているが、サザーランド王国騎士団が出した死傷者はそれ以上だ。
「昨日、国王陛下は私にこう仰られた!!民間人を犠牲にしてでもパンデモニウムを落とせと!!民間人を人質に取って魔王カーミラを脅せと!!魔族たちを相手に決して容赦は無用だと!!」
とても厳しい表情で、ラインハルトは兵士たちに語り掛ける。
そんな彼の言葉に、兵士たちの誰もが真剣な表情で、静かに耳を傾けていた。
国王としてのチェスターからの、あまりにも無慈悲な命令…だがラインハルトは敢えてそれに反抗してみせたのだった。
「だがそれでも我々は誇り高き騎士だ!!いかなる理由があったとしても犬畜生になるわけにはいかぬ!!」
このラインハルトの言葉は、下手をすれば国家反逆罪や抗命罪に問われかねない。
それでもラインハルトは騎士団の隊長として、目の前の兵士たちを、誇り高き騎士たちを、ただの殺戮者にしてしまう訳にはいかないのだ。
「いいか!!全ての責任は私が取る!!無抵抗の民間人に絶対に危害を加えるな!!絶対に戦いに巻き込むな!!誇り高き我らサザーランド王国騎士団の名を汚すような真似だけは、絶対にするなよ!!」
おおおおおおおおおおおおおおおっ!!
兵士たちの誰もがラインハルトの言葉に賛同し、武器を天に掲げて雄叫びを上げたのだった。
そんな彼らの雄叫びを背に、ラインハルトはセレーネに向き直る。
「セレーネ。作戦通り頼むぞ。」
「はっ!!」
「よし!!全軍突撃開始!!狙うはパンデモニウム城!!総大将・魔王カーミラの首だ!!」
ラインハルトを先頭に、主力部隊が正面からパンデモニウムへと突撃。
そしてセレーネ率いる飛竜騎士部隊が、別動隊として上空からパンデモニウム城へと向かう。
あらかじめ迎撃態勢を整えていた魔王軍もまた、ラインハルトたちに突撃。
壮絶な戦いの火ぶたが、切って落とされたのだった。
「カーミラ様。サザーランド王国騎士団の進軍が始まった模様です。」
「もうこれで5回だったかしら?彼らがここまで執拗にここを攻め落とそうとするのは、やはり私の先代のカーミラの悪行のせいなのかしらね。」
その戦いの様子を、どっかりと玉座にもたれかかりながら、目の前の空間に魔力で作り出した映像で見つめているのは…魔王カーミラ。
青色の口紅が塗られた潤んだ口元が露わになった仮面に、妖艶な肢体、そして全身からほのかな甘い香りと母性、優しさを漂わせている、とても美しい女性だ。
彼女の先代の魔王カーミラは、とても残虐非道な男だったらしいのだが…彼女からはそんな気配が微塵も感じられない。
そんな彼女の傍に控えているのは、巨大な鎌を手にした魔族の女性・エキドナ。
凛とした態度で、礼儀正しく魔王カーミラに付き添っている。
「それとも、私たちをこの世界に召喚した転生術が目当てなのかしら。」
「迎撃準備は既に整えております。カーミラ様はどうぞここで我らの戦いをご観戦を。」
「いいえ、これは丁度いい機会よ。私はあの騎士団のリーダーと話がしたいわ。確か『雷神の魔術師』のラインハルト君だったかしら?」
「彼と対話を?本気なのですか?」
驚きの表情のエキドナに、魔王カーミラは穏やかな笑顔を見せる。
「エキドナ。貴方は昨日転生したばかりだから知らないでしょうけど、彼はこれまでの4度の攻略作戦のいずれにおいても、全く民間人に被害は出さなかったわ。」
「彼がただの侵略者ではないと?」
「ええ。騎士道精神に溢れた、とてもいい子よ。」
「承知致しました。では私はこれより別動隊の竜騎士たちの迎撃に向かいます。彼女たちの目的は恐らくバレストキャノンの無力化でしょう。」
魔王カーミラに一礼し、鎌を手に戦場へと向かうエキドナ。
そんなエキドナに、魔王カーミラが穏やかな笑顔で語り掛けたのだった。
「エキドナ。出来るだけ殺さないであげてね。」
「は。カーミラ様がそう仰られるのであれば。」
「私を甘いと思うかしら?」
「いえ、ご立派だと思います。ただし竜騎士のリーダーの女性は相当な使い手の様子…出来るだけ尽力致しますが、殺してしまった際はどうかご容赦下さいませ。」
「勿論よ。出来る範囲で構わないわ。貴方たちの命の方が大事ですものね。」
「恐れ入ります。では行ってまいります。」
戦場において猛烈な殺気を放たれたのでは、例え殺すなと命じられていたとしても、自分や味方の命を守る為に反射的に殺してしまいかねない。
相手との充分な力量差があれば手加減も容易だろうが、少なくともエキドナが映像から見た限りでは、セレーネに関しては相当な使い手だ。殺さないように手加減出来る余裕など無いかもしれない。
だがそれでも敬愛する魔王カーミラからの命令とあらば、エキドナは出来るだけ尽力するつもりだ。
無論、魔王カーミラが言っていたように、自分や仲間の命の方が遥かに大事だ。
手加減する余裕が無ければ、その時は殺すしか無いのだが。
「…さてと、私も行こうかしら。」
エキドナが去った後、魔王カーミラは威風堂々と立ち上がり、目の前の映像に指先でちょん、と触れて映像を消したのだった。
「いいか!!我々別動隊の目的は、あくまでもパンデモニウム城の攪乱、及びバレストキャノンの発射タイミングをラインハルト様にお知らせする事だ!!敵の殲滅はチャンスがあった時で構わない!!功を焦って前に出過ぎるなよ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
城に設置された魔導兵器から放たれる光弾を、飛竜の高速機動を活かして避けまくるセレーネたち。
強力な威力を誇る魔導兵器ではあるが、空中で高速で動き回るセレーネたちを中々捉えられない。
そうしてセレーネたちが城の魔族たちの注意を引き付けている最中、主力部隊のラインハルトたちがパンデモニウム城に向けて突撃する。
「稲妻よ!!雷迅の渦となりて敵を飲み込め!!ダイムサンダー!!」
「「「「「うわあああああああああああああああああっ!!」」」」」
物凄い速度で馬で走り抜けながら、立ちはだかる魔族たちを雷撃魔法で蹴散らすラインハルト。
凄まじい威力の雷撃魔法であるが、それでもラインハルトは民間人の魔族や建物を決して攻撃範囲に巻き込まなかった。
そしてラインハルトは敢えて建物の近くで戦う事で、城から魔導兵器が放たれるのを巧みに防いでいた。
魔王軍とて分かっているのだ。今ラインハルトがいる位置に向かって魔導兵器を撃ってしまえば、民間人や建物を巻き込んでしまうという事を。
その上でラインハルトは、自らの雷撃魔法では決して民間人や建物を巻き込んでいない…彼の魔術師としての高い実力を現わしていると言えるだろう。
「セレーネ、上手くやってくれよ…!!総員怯むな!!私が道を切り開く!!パンデモニウム城に向かって突撃しろ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
ラインハルトの号令の元、物凄い勢いで城へと突撃するサザーランド王国騎士団。
その様子を城のベランダから、魔族たちが厳しい表情で見据えていたのだった。
彼らの傍らに設置されているのは、魔王軍が誇る最新魔導兵器のバレストキャノンだ。
「薄汚い人間共が!!貴様らがどう足掻こうとも、このパンデモニウム城まで辿り着く事など絶対に不可能だ!!」
「バレストキャノン、魔力装填完了!!いつでも撃てます!!」
「今はまだ撃つなよ!!撃ってしまえば民間人に被害が出るからな!!奴らが城の前の広場に姿を現した時がチャンスだ!!タイミングを誤るなよ!!」
「はっ!!」
指揮官の魔族の号令を待ちながら、魔族の兵士たちがバレストキャノンの照準をラインハルトたちに合わせる。
だがそれさえも、ラインハルトの想定の範囲内。
このバレストキャノンの対処の為に、セレーネら飛竜部隊を別動隊として動かしたのだ。
「セレーネ様!!奴らが例の魔導兵器の発射準備に入りました!!」
「奴らとてあの位置から撃てば、民間人に被害が出る事位は承知しているはずだ!!恐らくラインハルト様が広場に出た時が、発射のタイミングだろう!!」
懐からタリスマンを取り出したセレーネが、上空からバレストキャノンの発射タイミングを見極めようとする。
そしてセレーネと魔族の指揮官、両陣営の思惑が重なる最中…遂にその時がやって来た。
迫りくる魔王軍たちを蹴散らしながら、ラインハルトたちが城の前の広場へと躍り出る。
その瞬間を魔族の指揮官も、セレーネも、決して見逃さなかった。
「「よし、今だ!!」」
部下たちに発射の指示を出そうとする魔族の指揮官。
それと同時にセレーネがタリスマンに埋め込まれたクリスタルをカチカチと数回押すと、タリスマンからラインハルトたちに向かって青色の光がチカチカと放たれる。
「ラインハルト様!!合図です!!」
「よし!!全軍止まれ!!ジェネラル部隊前へ!!盾を構えろ!!」
それと同時にラインハルトたちは進軍を停止、後方に控えていた重装歩兵たちが馬から降りて前に出て、大盾を構える。
「発射ぁ!!」
かくして放たれたバレストキャノン。
しかしセレーネの合図でそれを察していたラインハルトが、絶妙なタイミングで重装歩兵たちに防御魔法をかけたのだった。
「かの者たちを守る盾となれ!!」
ラインハルトが生み出した障壁が、重装歩兵たちを守る盾となる。
そして凄まじい威力の光弾が重装歩兵たちが構える大盾に直撃。
あまりの威力に吹っ飛ばされる重装歩兵たちではあるが、しかしラインハルトとセレーネの巧みな連携により、死者は1人も出なかった。
「怯むな!!進めぇっ!!」
再び進軍を開始するサザーランド王国騎士団。
予想外の展開に、魔族たちは驚きを隠せない。
「バレストキャノン、敵の重装歩兵に全弾防御されましたぁっ!!」
「馬鹿な!?奴らは何故こんなにも絶妙なタイミングで的確に防御出来たのだ!?」
「敵本隊、なおも進軍止まりません!!」
ラインハルトの防御魔法に守られていてもなお、重装歩兵たちを吹っ飛ばす程の威力を誇るバレストキャノン。
しかしその絶大な威力故に一度撃ってしまえば、魔力を再装填するまでに時間がかかってしまう。
前回の戦いにおいてサザーランド王国騎士団は、このバレストキャノンの前に多大な被害を出したのだ。
だからこそラインハルトはしっかりと分析、対策を立てていたという訳だ。
「じ、次弾装填、急げ!!」
「そうはさせるか!!総員突撃!!バレストキャノンを破壊しろ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
「な、何ぃっ!?うわああああああああああああああっ!!」
この機を逃すまいと、セレーネら飛竜騎士部隊が上空からバレストキャノンに向けて襲い掛かった。
飛竜たちの炎のブレスが、バレストキャノンを次々と焼き尽くしていく。
慌てて迎撃する魔族たち…部下たちが魔族たちと壮絶な死闘を繰り広げる最中、飛竜から降りたセレーネが槍を構え、魔族の指揮官に向かって突撃したのだった。
「サザーランド王国騎士団所属・ラインハルト様の副官セレーネだ!!いざ尋常に勝負!!」
「こざかしい小娘風情が!!貴様如き返り討ちにしてくれるわぁっ!!」
「はあああああああああああああああっ!!」
城内でセレーネたちが魔族たちと死闘を繰り広げる最中、ラインハルトたちの前に巨大な斧を手にした、1人の巨漢の魔族の男が立ちはだかったのだった。
「ええい、どいつもこいつも情けない連中ばかりよのう!!貴様が雷神ラインハルトか!!この魔王軍最強の戦士ドノヴァン様が、直々に貴様を討ち取ってくれるわぁっ!!」
「ドノヴァン卿か!!我が名はサザーランド王国騎士団隊長ラインハルトだ!!推して参る!!」
馬から降りたラインハルトが、自身に向けて雷撃魔法を放つ。
「自ら下馬するとは、貴様一体何を…っ!?」
「稲妻よ!!我が身を纏い、疾風迅雷となれ!!エルトサンダー!!」
「な、何ぃっ!?」
上空から放たれた雷撃がラインハルトに直撃し、ラインハルトの全身を纏ったのだった。
そして凄まじいまでの速度でドノヴァンの周囲を動き回り、翻弄するラインハルト。
慌ててラインハルトに向けて斧を振り回すドノヴァンだが、鈍重で大振りな巨大な斧ではラインハルトの疾風迅雷の如き速度を捉え切れない。
「馬鹿な!?俺の攻撃が全然当たらん!!何というスピードなのだぁっ!?」
「稲妻よ!!雷迅の槍となりて敵を穿て!!ブレンサンダー!!」
「ぐああああああああああああああああああああっ!!」
かくして放たれたラインハルトの雷撃魔法が、ドノヴァンに直撃。
吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられ、うずくまるドノヴァン。
「ば、馬鹿な…っ!?」
何故こんな貧弱な人間如きに自分が!?
信じられないといった表情で、ドノヴァンは目の前のラインハルトを睨みつけていたのだった。
「セレーネ様!!敵魔導兵器の無力化、並びに敵部隊の鎮圧を完了しました!!」
「良くやってくれた!!こちらもたった今、片付いた所だ!!」
そしてパンデモニウム城においても、セレーネら飛竜騎士たちが魔族たちを制圧。
セレーネに無様に敗北した魔族の指揮官が床に這いつくばり、セレーネに槍の先端を首筋に突き付けられていた。
「し、信じられぬ!!貴様のような小娘如きに、この俺があああああああっ!!」
戦いの流れは、完全にサザーランド王国騎士団に向いている。
このまま順当に行けば、ラインハルトたち主力部隊とセレーネたち別動隊が魔王カーミラを挟撃し、一気に叩きのめす事も出来ていたかもしれない。
だが戦いの流れというのは、何物をも粉砕する圧倒的な力によって、いとも容易く変えられてしまう物なのだ。
ラインハルトが必死に頭をフル回転させて編み出した策によって、無力化されたバレストキャノン…その大戦果を何の意味も成さなくしてしまう程までに。
「大人しく投降しろ!!悪いようにはしない!!我らは誇り高きサザーランド王国騎士団!!敗者をいたぶるような愚劣な真似だけは決してしない!!」
「皆様方のその素晴らしき騎士道精神は、敵ながら感服致しますわ。セレーネ様。」
「な、何!?」
そこへ突然姿を現したのは、巨大な鎌を手にしたエキドナ。
驚くセレーネたちに礼儀正しく一礼し…そしてセレーネに鎌を振り下ろしたのだった。
「これで止めだぁっ!!」
「ぬぐううううううううううううううっ!!」
なおも立ち上がろうとするドノヴァンに対し、さらに雷撃魔法で追い打ちをかけようとするラインハルト。
だが次の瞬間。
「…行きなさい。ヴァジュラ。」
少女の声が聞こえたと思った瞬間、突如として放たれた無数の小さな刃が、ラインハルトの全方位からオールレンジ攻撃を仕掛けてきた。
「何!?」
エルトサンダーの機動力を活かし、何とかそれを全て避け切るラインハルト。
そして放たれた無数の小さな刃が、突然上空から降って来た魔族の少女に向かって飛んで行ったと思った瞬間、少女が手にする長剣の刀身…魔剣ヴァジュラと合体したのだった。
「中々やるじゃない。私のヴァジュラに初見で対応するなんて。流石は『雷神の魔術師』と呼ばれているだけの事はあるようね。」
「イリヤぁっ!!貴様一体何をしにここに来たのだぁっ!?」
「アンタが手を出すなとか言ってたから黙って見てたけど、彼に無様に殺されかけてたから助けに来てあげたんじゃないのよ。」
無様に地面に転がりながら憤慨するドノヴァンを侮蔑の表情で見下す、イリヤと呼ばれた魔族の少女。
いきなりの出来事に、ラインハルトは驚きを隠せない。
そんなラインハルトに、イリヤがとってもニコニコしながら語り掛けて来たのだった。
「初めまして。アンタがラインハルトね?ドノヴァンをフルボッコにするなんて中々やるじゃない。アタシは魔王軍3魔将の1人、イリヤよ。」
「何!?3魔将だと!?そんな奴がいるなんて聞いていないぞ!?」
「そりゃそうでしょうね。だってアタシたち3人共、昨日カーミラに転生させられたばかりなんだから。」
「な…転生だと!?馬鹿な!!」
転生術の実用化に成功しているのは、『閃光の救世主』を擁するフォルトニカ王国だけのはずだ。
いや、まさかパンデモニウムの魔族たちも、秘密裏に転生術の実用化に成功していたとでも言うのか。
それを物語っているのが今ラインハルトの目の前にいる、ラインハルトのデータに全く無い、見た事も無い魔族の少女だ。
「…フォルトニカ王国だけではない…君たち魔族も転生術の実用化に成功していたという事か…!!」
「そういう事よ。もっとも私たちも転生させられたばかりだから、この世界の実情とかよく分かってないんだけど。」
「もしや陛下はこの事を知っていたのか…!?陛下がこのパンデモニウムを落とせと、我々に何度も執拗に命令していたのは…まさか…!!」
これまでチェスターがラインハルトにパンデモニウム攻略を何度も命じてきたのは、再び顕現した現在の魔王カーミラが先代の魔王カーミラと同じように、この世界の脅威になりかねないと判断したからだと…そうラインハルトは思っていたのだ。
そうさせない為に、力無き自国の民たちを守る為に、自分たちにパンデモニウムを潰せと執拗に命じていたのだと。
だが、もしチェスターの本当の目的が魔王カーミラの討伐などではなく、魔族たちが秘密裏に運用している転生術だというのなら。
その為に民間人を犠牲にしてでもパンデモニウムを落とせなどと、そうラインハルトに命じていたというのであれば。
もしそうだとしたら、これではラインハルトたちの方が悪質な侵略者ではないか。
「まさか、そんな事は考えたくは無いが…!!だが仮に私の考えが事実だとして、陛下は転生術を使って一体何をなさるおつもりなのだ…!?」
「…アンタ、さっきから何を1人でブツブツ呟いているのかしら?」
「だがそれでも陛下は、パンデモニウムを落とせと私に命じられた!!ならば私は騎士として、民たちに勇気と希望を与える為、君たちと戦う姿勢を民たちに見せつけなければならぬのだ!!」
杖を構えたラインハルトが、強力な雷を杖に纏わせる。
その強大な魔力を目の当たりにしたイリヤが、思わず感心してしまったのだった。
魔王カーミラから話だけは聞いていたが、中々どうして、サザーランド王国の英雄と呼ばれているだけの事はあるようだ。
少なくともイリヤの背後で無様に転がっているドノヴァンなんかよりも、遥かに格上の実力者である事は間違いない。
「ふうん、あくまでもアタシと戦うって訳ね?いいわ。カーミラからは出来るだけ殺すなって言われてるから、殺さない程度に相手してあげる。」
「そうやって余裕の態度でいられるのも今の内だけだ!!食らえ!!ブレンサンダー!!」
先程ドノヴァンを倒したブレンサンダーが、情け容赦なくイリヤに襲い掛かる。
余裕の笑みを浮かべながら、魔剣ヴァジュラで迎撃しようとしたイリヤだったのだが。
「え、えーい!!」
気の抜けるような少女の気合の声が聞こえたと思った瞬間、突然ラインハルトの目の前に巨大な真紅の光弾が放たれ、ブレンサンダーを相殺してしまったのだった。
「な、何だと!?」
自分の必殺魔法の1つで、先程ドノヴァンを撃破したブレンサンダーを、こうもあっさりと相殺されてしまったのだ。
予想外の出来事に、ラインハルトは驚きを隠せない。
呆れた表情のイリヤを守るかのように、ラインハルトの前に立ちはだかった、とても大人しそうな1人の魔族の少女。
「もう、アリスったら。折角いい所だったのに邪魔しないでよね。」
「だ、だってだって、カーミラ様がイリヤちゃんを援護しろって仰るから…。」
「カーミラったら本当に心配性ね。アタシが彼に負けるはずがないのに。」
「そ、そんな事言ったら、この人に失礼だよぉ。」
アリスの手にあったのは、そんな大人しそうな彼女の性格からは想像もつかないような、彼女の背丈と同じくらいの長さの、どこか禍々しさを感じられる大剣。
とても泣きそうな表情で、ラインハルトにペコペコと頭を下げる。
「あ、あのあの、私、魔王軍3魔将の1人で、イリヤちゃんとは幼馴染で、その、アリスって言います…。」
「君も3魔将だというのか!?君のような可憐な少女が!?」
「そ、そうですよね?私みたいな駄目魔族が3魔将なんて、本当に恐れ多いですよね?そもそも何で私なんかがカーミラ様に、3魔将なんかに選ばれちゃったのかなぁ(泣)?」
目をうるうるさせながら、アリスは自らを駄目魔族だとか自虐していたが、それでもラインハルトは一目見ただけでアリスの凄まじいまでの実力を感じ取ったのだった。
まがりなりにも、3魔将などと名乗るだけの事はあるようだ。
強い者程、相手の強さには敏感な物なのだから。
厳しい表情を見せるラインハルトだったが、さらに追い打ちをかけるかのように、エキドナがテレポートでラインハルトたちの前に現れたのだった。
彼女の足元にいたのは、拘束結界によって全身を無様に拘束され、倒れているセレーネや兵士、飛竜たち。
「ううう…ラインハルト様…申し訳御座いません…っ!!」
「セレーネ!!お前たち!!」
まさかの事態に、ラインハルトは驚きを隠せない。
セレーネ程の使い手を、こうもあっさりと拘束してしまったというのか。
曲がりなりにもセレーネはサザーランド王国において名を馳せた、騎士団の中でも上位に君臨する程の実力を持つ竜騎士だというのに。
「馬鹿な…!!セレーネをこうもあっさりと…!!」
「彼女は決して侮れない、とても素晴らしい実力者でした。よもや、この私に手傷を負わせるとは…。」
とても穏やかな笑顔で、セレーネに付けられた左手の傷をラインハルトに見せるエキドナ。
「ラインハルト様、どうぞご安心下さいませ。カーミラ様のご意向により、彼女たちの命まで奪うつもりは御座いませぬ故。」
「まさか君も彼女たちと同様、転生者だというのか!?」
「お初にお目にかかります。勇敢なるサザーランド王国騎士団の皆様方。私は魔王軍3魔将の1人、エキドナと申します。以後お見知りおきを。」
エキドナが礼儀正しく、ラインハルトに一礼をする。
彼女もまた、イリヤたちにも劣らない強敵…ラインハルトは彼女の何気無い動作から、それを敏感に感じ取ったのだった。
「くそっ、進退窮まったか…!!」
1人1人が相当な強敵である3魔将が、3人まとめて揃い踏みしている。
そしてラインハルトたちが3魔将と対峙している間にも、魔王軍の兵士たちが残存部隊を集め、体勢を立て直しつつある。
戦術的には、ここは撤退した方が最良ではあるのだが…目の前に無様に拘束されているセレーネたちがいる以上、彼女たちを見捨てて逃げ出す事など出来る訳が無い。
撤退するにしても、どうにかしてセレーネたちを救出する糸口を掴まないといけないのだ。
だが3魔将が3人揃った今のこの状況で、果たしてそんな事が可能なのか。
必死に頭をフル回転させるラインハルトだったのだが、そこへさらにエキドナからの絶望的な一言が発せられる。
「皆様方、お手数ですが、どうぞご傾注下さいませ。」
「何…!?」
「これより魔王カーミラ様が、皆様方の前にお見えになられます。」
「な、何だと!?」
エキドナが何も無い空間の前で突然跪くと、そこに突然テレポートで姿を現したのは…魔王カーミラ。
驚愕の表情のラインハルトを、じっ…と仮面越しに見つめながら、とても穏やかな笑顔を見せたのだった。
次回はラインハルトVS魔王カーミラ。
圧倒的な力を見せる魔王カーミラを相手に、諦めずに奮闘するラインハルトですが…。




