第16話:静養
戦闘中に体調を崩して倒れてしまった太一郎。
エリクシル王国騎士団の特殊工作部隊の女性たちに護衛されながら、何とか王都に帰還した太一郎と真由でしたが…。
今回はサーシャが太一郎を看病する話です。
ボロボロの状態で王都に帰還した太一郎は、すぐに城の医務室に運ばれ、精密検査を受ける事になったのだが。
医師の診断の結果、そんなに深刻な病状などではなく、単に風邪と過労が重なっただけであって、若くて健康な太一郎なら一日寝てれば治るだろう、との事だった。
検査着に着替えた太一郎が、椅子に座っている真由に付き添われながら、ベッドの中で横になっている。
そんな2人を真由の隣の椅子に座ったクレアが、とても申し訳なさそうな表情で見つめていたのだった。
そもそもの話、何故こんな事になってしまったのか。
それは一馬ら『ブラックロータス』が相変わらず各地で問題行動を起こしまくりで、国民たちの信頼を失墜し、その尻拭いや後始末を太一郎と真由が行わなければならなくなった事に起因する。
例えば森の奥深くで討伐した魔物たちを、太一郎と真由がいつもやっているような埋葬や祈りをせずに放置した結果、たまたま通り掛かったネクロマンサーの手によって意思を持たぬ人形であるアンデッドにされてしまい、近隣の村を襲われた事もあった。
また他国との貿易が盛んな港町において、住民たちに対して酷い圧政を行った領主の貴族を懲らしめたのはいいが、その後のアフターフォローを一切しなかったせいで他の貴族に港町を乗っ取られてしまい、結局何も解決しなかったという事もあった。
さらに近隣の村でヒャッハーする盗賊たちをヒャッハーしたのはいいが、逆に一馬たちが村人たちに対してヒャッハーしてしまった事さえもあった。
これらの一馬たち『ブラックロータス』の失態を、太一郎と真由が毎回毎回フォローする羽目になってしまい、結果的に太一郎と真由が一馬たちの代わりに、人々を立て続けに救う結果になってしまったのだ。
するとどうなったか。
フォルトニカ王国内における太一郎と真由の評判が上がりまくる一方で、一馬ら『ブラックロータス』の評判は下がりまくる一方だ。
それ故にどこの村も魔物や盗賊などに襲われ、王都に救援を要請した際、
「是非『閃光の救世主』に来て欲しい。『ブラックロータス』の連中はお断りだ。」
などと要求するようになってしまったのだ。
当然ながら一馬たちの仕事が減った分だけ、そのしわ寄せは村人たちに名指しで指名された、太一郎と真由に生じる事になってしまう。
それによって太一郎と真由は毎日毎日、朝早くから夜遅くまでぶっ通しで、あちこちの村や街まであっちに行ったりこっちに行ったり馬で走り回り、戦い続ける羽目になってしまったのだ。
戦闘能力が皆無なので『異能【スキル】』によるサポートのみに徹し続けていた真由はともかく、常に戦場の最前線で隼丸を振るい続けていた太一郎には、相当な疲労が溜まっていたはずだ。
「御免なさいね、太一郎。それに真由も…いけない事だと分かってはいたのだけれど、それでも私たちは貴方たちに頼り過ぎてしまっていたわ。」
とても申し訳無さそうな表情で、クレアは太一郎と真由に頭を下げたのだった。
太一郎たち転生者がフォルトニカ王国に転生させられてから、既に2ヶ月もの月日が流れているのだが、その間に太一郎と真由に与えられた休日は、たったの4日だけだ。
また休日の最中にクレアからの要請で、人手が足りていないからという理由で魔物の討伐に駆り出された事もあった。
いずれも向こうの世界では明らかに労働基準法に抵触しており、訴えられても文句を言えない代物だろう。
(経営者は従業員に対して、仕事が忙しかろうが人手が足りていなかろうが何だろうが、最低でも週1日以上の休日を必ず与えなければならない。)
(仕事上のしがらみから完全に開放されて、初めて休日だとみなされる。)
いくら『閃光の救世主』などと呼ばれていようとも、王室直属の精鋭部隊である近衛騎士さえも遥かに凌駕する程の戦闘能力を秘めていようとも、太一郎の身体は所詮は生身の人間でしか無いのだ。
こんな無茶をし続ければ、太一郎の身体がぶっ壊れてしまうのは当たり前だ。
疲労が重なれば当然身体の免疫能力が低下し、それによって病原体への抵抗力が低下してしまう…風邪などの病気にかかりやすくなってしまうのだから。
これまではクレアも太一郎と真由に対して申し訳無いと思いながらも、彼女自身も自覚して口にしていたように、ついつい2人に頼り過ぎてしまっていたのだ。
また心のどこかで
『太一郎なら大丈夫だろう』
『必ず何とかしてくれるだろう』
などという甘えた事さえも考えてしまっていたのだろう。
その結果招いてしまったのが、『太一郎が風邪と過労でぶっ倒れる』という最悪の結末なのだ。
なまじ太一郎が超有能で文武両道のパーフェクトイケメンの好青年という完璧超人だったが故に、起きてしまった悲劇だとも言える。
「先程、サーシャとも話をしたのだけれど、今後は何があろうとも貴方たち2人には、週に2日の休みを必ず与えるようにするわ。慰謝料の代わりと言っては何だけど、貴方たち2人の給与も増額します。」
これまで太一郎と真由には、この国において数え切れない程の貢献をして貰ったのだ。
一体どれだけの人々が、この2人に命を救われたのか。
一体どれだけの村や街が、この2人に守られたのか。
エリクシル王国の特殊工作部隊の女性たちに襲われた際も、この2人がいてくれなければ間違いなくシリウスを拉致られていただろう。
この2人には本当に、どれだけ感謝しても、し切れない。
だからこそ今度はクレアが、この2人の働きに報いる番なのだ。
「すみません女王陛下。僕が情けないばかりに、こんな醜態を晒してしまって…。」
「何を言っているの。謝らなければならないのは私の方よ。」
ベッドに横になっている太一郎の右手を、ぎゅっと両手で包み込むクレア。
とても優しくて温かいクレアの両手の感触に、何だか太一郎は恥ずかしくなってしまう。
今となっては瑠璃亜の生存は絶望視しているのだが、何だか太一郎にはクレアが瑠璃亜と同じような、母親のような存在に思えたのだった。
クレアの両手の感触が、太一郎の心を優しく包み込んで癒してくれる。
「お待たせしました太一郎さん。昼食が出来ましたよ~。」
そこへ皿とレンゲを乗せたトレイを手にしたサーシャが、穏やかな笑顔で病室に入ってきた。
皿に盛られていたのは、サーシャが太一郎の為に心を込めて作った玉子粥だ。
出来立てのホヤホヤの玉子粥から、香ばしい香りと湯気が溢れ出てくる。
「太一郎さん、食欲はありますか?少しでも栄養を摂っておかないと治る物も治らないですよ?」
「これは玉子粥か。とても美味そうだ。」
「私のた~~~~~っぷりの愛情が込められた、手作りの薬膳です。」
「サーシャ、君は料理が出来るのかい?」
「ふふん、こう見えても私、結構料理は得意なんですよ?」
どっこいせと身体を起こした太一郎に皿を乗せたトレイを渡したサーシャが、皿の中の玉子粥を掬い、ふーふー、と優しく息を吹きかけて、ゆっくりと太一郎に差し出したのだが。
「はい太一郎さん、あ~ん。」
「あ、いや、自分で食べるよ。サーシャ(汗)。」
「そうですか。残念。」
とても恥ずかしそうな表情の太一郎に、あーんを拒絶されたのだった。
いくら風邪と過労でぶっ倒れたとは言っても、自分で食事をする程度の余力は残っている。
サーシャからレンゲを受け取った太一郎が、皿の中の玉子粥をレンゲで掬い、静かに口の中に運んだ途端。
病弱な太一郎の腹に負担にならないように配慮された、溶き卵と一緒に適度に柔らかく煮込まれた白米が、太一郎の口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。
さらに隠し味として入れられた微量の生姜の効能によって、太一郎の身体がポカポカと温められていく。
サーシャの太一郎へのたっぷりの愛情が込められた玉子粥が、太一郎の心と身体を癒していった。
美味だ。
「どうですか?太一郎さん。」
「うん、凄く美味いよ。ただちょっと味が薄いかな?」
「もう、我儘言わないで下さい。味が薄いのはわざとですよ?これは薬膳なんですからね?」
呆れたように苦笑いしながらそう告げたサーシャが、太一郎からレンゲを奪い、皿の中のお粥を掬って一口食べたのだが。
「…ん…むぐ…ふう…こんな物じゃないですか?あまり味付けを濃くしても太一郎さんの胃に負担が…」
「あの…姫様…(汗)。」
突然ケイトが顔を赤らめながら、太一郎にレンゲを返したサーシャに、とても恥ずかしそうに呼びかけたのだった。
「どうしたのですかケイト?そんなに顔を赤くして。」
「そ、その…(汗)。」
「何ですか?貴女らしくもない。言いたい事があるなら、はっきりと言いなさい。」
何故だろう。何だかケイトが物凄く恥ずかしそうな表情で、サーシャの顔を直視出来ずにいる。
普段から凛とした態度を崩さない、向こうの世界の女子高とかだとファンクラブが出来てしまいそうだとか太一郎が言っていた、誇り高きケイトからは想像もつかないような、もじもじとした態度…一体全体何がどうしたというのか。
疑問の表情を浮かべるサーシャだったのだが、次の瞬間ケイトは、とんでもない事を口にしたのだった。
「で、ですから、その…先程姫様が口になされたレンゲは、太一郎殿が使っていた物でして…(汗)。」
「…え?」
「な、なので、その…か、間接キス…です…(汗)。」
その瞬間、サーシャの頭の中が真っ白になる。
「姫様が…その…太一郎殿と…(汗)。」
「………!?」
太一郎が先程口にしていたレンゲを。
サーシャが奪って。
皿の中の玉子粥を一口掬って。
食べた。
それって、つまり。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~(汗)!?」
ケイトに言われてようやく状況を理解したサーシャが、今頃になってとてつもなく恥ずかしくなってしまい、物凄い勢いで顔を赤くしながら、目をグルグル回しながら卒倒してしまったのだった…。
「姫様あああああああああああああああああ(泣)!!」
「あ、あへ…あへあへあへあへあへ…(笑)。」
慌ててケイトがサーシャを介抱しながら、懐に隠し持っていたタリスマンに埋め込まれたクリスタルを、カチカチと数回押す。
次の瞬間、城内全域にけたたましく鳴り響いた、凄まじいまでの警報。
「緊急事態発生!!緊急事態発生!!姫様が太一郎殿と間接キスをしてお倒れになられた!!繰り返す!!姫様が太一郎殿と間接キスをしてお倒れになられたぁっ(泣)!!」
なんか物凄くどーでもいい内容の緊急事態宣言が、ケイトが手にしたタリスマンを介して城内全域に響き渡ったのだった…。
「医療スタッフは直ちに第1病棟に集結せよ!!繰り返す!!医療スタッフは直ちに第1病棟に集結せよぉっ(泣)!!」
なんかもう泣きそうな表情のケイトの呼びかけが城内にけたたましく響き、医療スタッフたちが大慌てで病室に向かって走り出す。
そんなしょーもない状況に、クレアが思わず苦笑いをしてしまったのだった。
「あらあら、サーシャったら…。太一郎、ちゃんと責任を取ってあげなさいよ(笑)?」
「僕に責任を取れって、一体僕に何をどう責任を取れって言うんですか、女王陛下(泣)。」
「お兄ちゃん、サーシャが言ってたでしょ?ちゃんと食べておかないと治らないよ?はい。」
「ああ、ありがとう、真由。」
真由に代わりのレンゲを渡された太一郎が、熱々の玉子粥をふーふーしながら、ゆっくりと口に運ぶ。
そんな太一郎の様子を、とても穏やかな笑顔で見つめる真由とクレア。
いきなり倒れた時は本当にどうなるかと思ったが、これだけ食欲があるのなら心配は要らなさそうだ。
医師も言っていたが今日一日安静にしていれば、若くて健康な太一郎なら明日には治っている事だろう。
「ケイト殿、我ら医療スタッフ、只今現着致しました(爆笑)!!」
「皆、よく来てくれた!!とにかく姫様のメンタルケアを!!ああでもメンタルケアってこういう場合、一体どうすればいいのだああああああああああああ(泣)!!」
安静に…していれば…。
「太一郎殿おおおおおおおおおおおお!!どうか!!どうかああああああああああああああ!!貴方の知恵をお貸し下さいませえええええええええええええええ(泣)!!」
あ、安静に…(泣)。
「あのさケイト…僕、病人なんだけど…頼むから静かに寝させて貰えないかな(笑)?」
うるうるした瞳で自分への助力を乞うケイトに対して、苦笑いしながらそう訴えた太一郎なのであった…。
次回はケイトが主役のお話。
動けない太一郎の代役として、村を襲う盗賊たちと戦うケイトですが…。
無茶苦茶忙しいけど、エタってたまるかあああああああああああああああ!!