第15話:雨に打たれて
第3章開始です。
今回は『閃光の救世主』と呼ばれている太一郎といえども、所詮は『人間』でしかないのだという、そんなお話。
雨に打たれながら必死に魔物たちと奮戦する太一郎ですが…。
雨が降ろうが、雪が降ろうが、風が吹こうが、槍が降ろうが、太一郎と真由の戦いが休みになる事は無い。
何故なら魔物たちにとっても天候は関係無い。雨が降ろうが何だろうが、腹が減れば生きる為に餌を求めて村を襲うのだから。
フォルトニカ王国の人々と同様、魔物たちも生きるのに必死なのだ。
王都近辺にある浜辺付近に位置する、豊富な海の幸による漁業によって生計を立てているアクラ村。
凄まじい豪雨が降り注ぐ最中、合羽に身を包んだ太一郎が真由のサポートを受けながら、必死に魔物たちを相手に隼丸を振るっていたのだが。
「「「「「きっぴー!!きっぴー!!きっぴーーーーーーー!!」」」」」
5匹のスライムが一斉に太一郎に襲い掛かるが、それを太一郎が隼丸で次々と斬り捨てていく。
だが今日の太一郎は、明らかに何かがおかしかった。
動きにいつものキレが無い。彼が隼丸を振るっても、いつものように『閃光』がほとばしらない。
何というか、夢幻一刀流特有の『技術』で斬っているのではなく、単純に腕力に任せて『力尽くで』斬っているような感じだ。
何よりも太一郎にとって、鼻クソをほじりながらでも余裕で勝てるような最下級の魔物が相手なのに、何故か倒した後に激しく息を切らしているのだ。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!!」
「お…お兄ちゃん…!?」
太一郎が倒した20体近い魔物たちの死体が、彼の足元に転がっている。
隼丸を鞘に収める太一郎だったのだが、太一郎が魔物たちを全滅させた事をチャンスだと判断したのか、今度は野生の猿たちが野菜を狙って、一斉に畑に向かって走り出してきた。
魔物たちだけではない。彼らのような野生の動物や獣たちも、生きるのに必死なのだ。
「くそっ…今度は猿たちが畑を…っ!!」
「「「「「ウッキーーーーーーー!!」」」」」
「そうは…させるか…っ!!」
慌てて縮地法で一気に猿たちとの間合いを詰めようとした太一郎だったのだが…何故か激しく息を切らしながら、その場に倒れてしまったのだった。
予想外の出来事に、真由も村人たちも戸惑いを隠せない。
「お兄ちゃん!?」
「お、おい、どうしたんだ!?『閃光』の兄ちゃん!!」
そうこうしている間にも、猿たちが今まさに畑の野菜に手を伸ばそうとしていた。
そうはさせまいと、村人たちが農機具を手に猿たちの前に立ちはだかる。
「ま、魔物が相手ならともかく相手は猿だ!!俺たちで何とかするぞ!!」
「「「「「「おーーーーーーーーーーーっ!!」」」」」
村人たちと猿たちが畑を巡っての壮絶な戦いを繰り広げてる最中、真由が倒れている太一郎に慌てて駆け寄ってきたのだが。
「『治療【ヒーリング】』!!」
真由が太一郎に『異能【スキル】』を発動するが、太一郎は一向に回復する気配を見せない。
当然だろう。何故なら真由の『治療【ヒーリング】』は万能では無いのだから。
外傷や骨折、脱臼、内出血などの『肉体的な負傷』は瞬く間に癒してしまうものの、病気や疲労に対しては全く効果が無いのだ。
「…まさか!!」
真由が倒れている太一郎の額に右手を当てると…かなりの熱を帯びていた。
とても苦しそうに、太一郎は派手に息を切らしてしまっている。
「やっぱり…!!凄い熱!!」
今日は朝から太一郎は「何だか今日は食欲が無いんだよな。」とか言って、朝食をゼリー飲料とビタミン剤だけで済ませていたのだが。
確かに真由も太一郎の顔色が、少しだけ悪いように感じていたのだが…それでも朝の時点ではここまで酷い状態では無かったのだ。
無理をして痩せ我慢をしていたとは思えない。
太一郎の性格なら、こんな状態になるまで身体の調子が悪ければ、痩せ我慢などせずに即座にサーシャやクレアに報告、連絡、相談をしていたはずだからだ。
となると、馬でアクラ村まで向かっている最中に、病状が急激に悪化してしまったのか。
アクラ村に辿り着いてから体調が悪化してしまった所へ、太一郎の目の前で魔物たちが村人たちを襲っていた物だから、村人たちを守る為に後に引けなくなってしまった…そんな所なのだろう。
シリウスの『呪い』によって戦いを強要されているとはいえ、太一郎は正義感や責任感の強い、心優しい男なのだから。
「『防壁【プロテクション】』!!」
「おおっ、嬢ちゃんナイスだ!!」
真由の『異能【スキル】』によって、畑に壁が作られる。
これで取り敢えずは、猿たちが畑に侵入するような事態にはならないはずだ。
だがこれだけでは、所詮は一時しのぎにしかならない。
太一郎やサーシャと違って戦う事が出来ない真由では、壁による現状維持が精一杯だった。
一体どうすれば…真由が歯軋りをした、その時だ。
「ん?何だこれは?一体何の騒ぎなのだ?」
そこへエリクシル王国騎士団の特殊工作部隊の女性たちが、任務の帰りなのか近くをたまたま馬に乗って通り掛かってきた。
あの時の王都への襲撃事件の際に給仕の少女を人質に取り、顔にマッチの火を押し付けた、あの時の女性だ。
一体何事なのかと、怪訝な表情でこちらを見つめていたのだが。
「『敵視操作【ヘイトコントロール】』!!」
「「「「「ウッキーーーーーーー!!」」」」」
「何いいいいいいいいいいいいいいい(汗)!?」
仕方が無いので彼女たちに、猿たちの敵意を無理矢理押し付けたのだった。
「御免なさい!!事情は後で話します!!その猿たちを討伐してくれませんか!?」
「何だと!?渡辺真由!!貴様一体どういうつもりだ!?」
「「「「「ウッキーーーーーーーーーーー!!」」」」」
「ええい、くそっ!!一体何だというのだ!?」
止むを得ず馬から降りて、猿たちと交戦する特殊工作部隊の女性たち。
あの王都への襲撃事件において、太一郎に全く歯が立たずに一網打尽にされたとは言っても、彼女たちは曲がりなりにもエリクシル王国騎士団の精鋭部隊だ。猿如きに後れを取るような事は決して無い。
あっという間に猿たちは、特殊工作部隊の女性たちに叩きのめされてしまったのだった。
普段ならこういう状況の場合、『敵視操作【ヘイトコントロール】』で猿たちの敵意を強制的に太一郎に向けるのだが。
太一郎がこんな状態では、さすがにそんな事をするわけにはいかなかったのだ。
だから運良く彼女たちがたまたま近くを通りかかったので、不本意ながら猿たちの敵意を強制的に彼女たちに向ける事にしたのだ。
彼女たちなら猿如き、簡単にねじ伏せる事が出来ると分かっていたから。
昨日の敵は、今日の友。
アルベリッヒの命令によって王都に多大な被害をもたらし、シリウスの拉致未遂までやらかした彼女たちではあるが、そのアルベリッヒが死んでしまった以上は、彼女たちと戦う理由はもう何も無い。
彼女たちはもう、戦いが済んだ相手なのだから。
「ありがとうございます。お陰で助かりました。」
「これは一体どういう事なのか説明しろ。この男は一体どうしたのだ?何故このような無様な醜態を晒している?まさかあんな最下級の魔物如きに後れを取った訳でもあるまい?」
「今日は朝から食欲が無いとか言ってたんですけど、戦闘中に突然倒れてしまったんです。熱を測ったら凄い高熱で…。朝の時点ではこんなに酷い状態じゃ無かったんですけど…。」
「何だと?あの戦いで我々を完膚なきまでに叩きのめしたこの男が、よもや病如きに後れを取るなど…。」
特殊工作部隊の女性が舌打ちしながら、無様に地面に倒れ伏している太一郎に肩を貸し、起き上がらせる。
そんな彼女に全く抵抗する素振りも見せず、されるがままになっている太一郎。
未だにハァハァと激しく息を切らしながら、とても辛そうな表情をしていた。
真由も彼女に手を貸し、2人で両側から太一郎の両肩を支えるような体勢になる。
「何とも無様な醜態を晒してくれた物だな。」
「ご、御免なさい…。」
「まあいい。魔物たちの討伐任務はもう済んだのだな?だったら我々がお前たちを王都まで護衛してやる。」
「本当ですか!?助かります!!」
「構わんさ。どうせ通り道だからな。帰るついでに寄るだけの話だ。それに…。」
「…エクラさん?どうされました?」
「いや、何でもない。気にするな。」
アルベリッヒからは手段を選ぶな、どれだけの犠牲を出そうとも必ずシリウスを拉致しろと言われていたとはいえ、それでも彼女は給仕の少女に酷い事をしてしまった。
それに対しての、せめてもの償いだ…などと告げようとしたのだが、それを彼女は即座に飲み込んだのだ。
理由は明白だ。彼女も給仕の少女も、あの時に居合わせたのは『戦場』なのだから。
戦場はボクシングや空手、プロレス、相撲などといった『スポーツ』とは違う。ルールなど存在しない『殺し合い』だ。力の無い者は力ある者に何をされても仕方が無いのだ。
給仕の少女が非戦闘員だという言い訳も通用しない。戦えるだけの力が無いのにノコノコと戦場にしゃしゃり出てきて、無様に人質にされてしまった給仕の少女が悪いのだ。
戦場というのはそういう場所であり、それを分かっているからこそ太一郎もあの時の戦いで、彼女を責めるような事は全くしなかったのだ。
彼女たちは単にアルベリッヒからの命令に従っただけであり、それ以上でもそれ以下でもない。
給仕の少女に謝る筋合いなど微塵も無いし、そんな事は給仕の少女も望んではいないだろう。
「ヒヒヒヒン!!ヒヒヒヒヒヒヒヒヒン!!」
太一郎が乗っていた馬が、とても心配そうな表情で慌てて駆け寄ってきた。
真由と特殊工作部隊の女性の手で馬の背に乗せられた太一郎が、そのまま馬にしなだれかかるような体勢になる。
「ありがとうございます、皆さん。」
「礼など要らん。それよりもすぐに出発するぞ。総員フォーメーション・シェルの布陣を敷け!!この2人を王都まで護衛するぞ!!いいな!?」
「「「「「イエス・マム!!」」」」」
特殊工作部隊の女性たちに囲まれるような形で、太一郎と真由を乗せた馬たちが王都に向けて走り出す。
そんな彼女たちの後ろ姿を、村人たちが心配そうな表情で手を振りながら見送ったのだった…。
次回は太一郎がサーシャに看病されるお話になります。
…エタらないように何とか頑張りますわ(泣)。