第14話:添い寝
今回はサーシャと真由がメインのお話。
太一郎とサーシャのお茶会に、慌てて乱入してきた真由だったのですが…この後まさかの展開に。
今回で第2章完結となります。
「お兄ちゃん、姫様、ちょっといーい?」
「あ、はーい、今開けますね。」
真由の声と共にコンコンコンという軽快なノックの音が聞こえたので、サーシャが慌てて扉を開ける。
そこにいたのはパジャマ姿の、風呂上がりの色香を漂わせている真由だった。
とても不安そうな表情で、真由は目の前にいるサーシャと、椅子に座ってこちらを見ている太一郎を見つめている。
「あら真由さん、こんな夜更けに一体どうなされたのですか?」
「ロファールさんから、お兄ちゃんがここにいるって聞かされて…。」
「ええ、私が彼をお茶会にお誘いしたんですよ。」
「お茶会…。」
ケイトからの呼び出しを受けたとロファールから聞かされたのだが、まさかそんな事になっていようとは。
まあ一馬たちの度重なる不祥事に関して、太一郎がサーシャから文句を言われていたとかでは無かったので、その点は安心したのだが。
「御免なさいね、本当なら真由さんもお誘いするつもりだったのですが、ケイトが留守にしていたと言っていた物で…。」
「ええ、さっきまでお風呂に入っていた物ですから。ケイトさんの声は聞こえていたんですけど出れなかったんです。後で用事を確認しようと思ってたんですけど…。」
「そうですか。」
とても穏やかな笑顔で、真由を見つめるサーシャ。
お茶会とは言っていたが、一体サーシャとどんな話をしていたというのか。
よく分からないが、何だか太一郎のサーシャに対する雰囲気が、以前とは違うような気がする。
これまで太一郎はサーシャに対して、王女という公的な身分の者を相手にした、毅然とした振る舞いをしていたというのに。
それなのに何だか今の太一郎は、上手く表現は出来ないのだが、とてもフランクと言うか…何だか随分楽にしているというか。
まるで友達の家に遠慮なくどっかりと居座っているような、そんな感じを受けるのだ。
しかもサーシャ自身の個室という、そんな事が絶対に許されない場所だというのに。
「…お兄ちゃん、姫様と一体どんな話をしていたの?」
不安になった真由が太一郎に質問したのだが、次の瞬間太一郎が口にしたのは、真由も全く想像していなかった、とんでもない事実だった。
「ああ、サーシャが今度からタメ口で話せってさ。」
「なっ…!?」
「真由。お前も今度からサーシャに対して、変に遠慮なんかしなくてもいいんだぞ?」
いつの間に…一体いつの間に、太一郎とサーシャはそこまで距離を縮めたというのか。
自分がいない間に太一郎とサーシャが、お茶会でどんな話をしていたのかは分からない。
だがそれでも太一郎とサーシャの距離が、このお茶会で一気に急接近してしまったのは、紛れも無い事実のようだ。
王女に対してタメ口で話す…それはまさしく、そういう事なのだから。
このままでは大切な兄が、サーシャに取られてしまいそうな…真由はそんな焦燥感に駆られてしまっていた。
負けてはいられない…真由は意を決して、サーシャに対抗しようとしたのだが。
「お兄ちゃん!!私、怖くて眠れないの!!一緒に寝て…」
「そうか。だったら今日はサーシャと一緒に寝るか?」
「え!?」
あっさりと太一郎に笑顔で突っぱねられてしまったのだった。
いや、太一郎が真由に対して気遣ってくれているというのは、身に染みて分かっている。
同い年の女の子で、しかも面識もあるサーシャが相手なら、真由も気兼ねなく安心して眠れるだろうと…そんな気遣いをしてくれているのだろう。
それは分かっている。いや、分かっているんだけれども。
太一郎は真由の心情を、サーシャへの対抗心を、全然理解していないようだった…。
「サーシャ。早速で悪いんだけどさ、今日は真由と一緒に寝てくれないか?」
「ええ、私は別に構いませんよ?」
「ちょ…!?」
椅子から立ち上がった太一郎が、う~ん、と背伸びをしながら部屋から出ていく。
「それじゃあ、もうこんな時間だから、明日も早いし僕はそろそろ寝るよ。今日は誘ってくれて本当にありがとな。紅茶美味しかったよ。サーシャ。」
「ええ、私も太一郎さんとお話が出来て、とても楽しかったですよ。」
「じゃあお休み。サーシャ、真由。」
「お休みなさい太一郎さん。どうかいい夢を。」
笑顔で手を振りながら去っていく太一郎を、ポカーン( ゜д゜)としながら見つめる真由。
サーシャが淹れてくれた紅茶の効能なのか、それとも精神安定剤が今になって効いてきたのか、あるいはその両方か。
生まれて初めて人殺しをしてしまったばかりだというのに、何だか太一郎は今日はとてもぐっすりと眠れるような気がしてきたのだった。
「それにしても真由の奴、さっきから何であんなにも不機嫌そうになってたんだ?」
だが太一郎は先程のサーシャと同様、真由が何故かマンボウのように頬を膨らませて、不機嫌そうな態度を取っていたのが気になっていた。
サーシャに関しては、いつまでも太一郎が自分の事を『王女殿下』などと他人行儀な呼び方をしていたからだというのは理解出来た。
だから今度から敬語を使うな、サーシャと呼べなどと、本人から釘を刺されたのだから。
だが真由に関しては、何故不機嫌になったのか…太一郎には全然分からない。
自室に帰りながら右手を顎に当てて、太一郎は頭をフル回転させて思案に耽っていたのだが。
「…駄目だ。さっぱり分からん。」
普段からあれだけ冷静沈着で聡明で頭がキレる癖に、自分に対する好意に対しては恐ろしい程までに鈍感な太一郎なのであった…。
「さあ真由さん、遠慮せずにこちらへどうぞ。」
「あ、うん。」
そんな中、サーシャに誘われて部屋に招かれた真由は、サーシャに促されて一緒にベッドの中に潜り込んでいたのだった。
あ、ありのまま、今起こった事を正直に話すぜ。
真由は兄と添い寝しようとしたら、何故かサーシャと添い寝する事になった。
一体全体何でこんな事になってしまったのか、真由にもよく分からないのだが。
「灯り、消しますね。」
「うん。」
サーシャが右手でクリスタルに軽く触れると、そこから放たれていた淡い光が消え去り、部屋の中が真っ暗になる。
その薄暗い部屋を、満面の星空と月の光が優しく包み込んでくれている。
向こうの世界での夜空とは全然違う。都会の光に邪魔されない、沢山の星々に包まれた、とても美しくて透き通った夜空だった。
そんな真由の視界に映っているのは、目の前でとても穏やかな笑顔を見せているサーシャの姿。
「…お兄ちゃんの馬鹿。」
思わず不貞腐れてしまった真由を見たサーシャが、クスクスと苦笑いしてしまう。
「ふふふっ、本当に素敵なお兄さんですよね。」
自分に対して穏やかな笑顔を見せるサーシャの姿に、真由は何だか心が安らいでいくのを感じていた。
真由は即座に感じたのだ。サーシャは太一郎に対して好意を抱いているのだと。
自分から大切な兄を奪おうとする、ライバルと言ってもいい存在なのだと。
だが、それでも。
(…駄目だ。この人に敵意を向けるなんて、やっぱり私には出来ないや。)
普段からこんなにも自分に対して優しくしてくれているサーシャに、敵意なんて向けられる訳が無い。
まして、この異世界に否応無く転生させられた自分と太一郎の身分と地位を保証し、衣食住の無償提供、さらに正当な報酬まで与えてくれるなどの、向こうの世界では絶対に有り得ない程の好待遇を与えてくれているのだ。
そんなサーシャに対して敵意を向けるなど、そんな物はサーシャに対する悪質な裏切り行為だとさえ言える。
自分の兄に対しての、この感情は…兄に対しての禁断の恋なのか、それとも妹としての家族愛なのか、それともただの独占欲でしかないのか。
それは真由自身にも、よく分からない。
だがそれでも、この人になら兄を取られても仕方が無いんじゃないかと…真由はそんな事を考えてしまっていたのだった。
「ねえサーシャ。手を繋いでていーい?」
「ええ、構いませんよ?」
「うん…ありがとう。」
穏やかな笑顔で、サーシャの右手を優しく両手で握る真由。
年頃の女の子らしい、とても細くて可愛らしい手。
太一郎から話だけは聞いていたが、サーシャはこの手でソードレイピアを振るい、アルベリッヒを打ち倒してくれたのだ。
この国の王女として、この国の人々を守る為に。
こんなにも細くて可愛らしい手なのに、命懸けの戦いにその身を置いてくれたのだ。
そう思うと真由は何だか目の前のサーシャが、とても愛しく思えてきたのだった。
自分の右手を優しく握る真由の両手を、サーシャが左手で優しく包み込む。
怖くて眠れないと訴える真由の心を、安心させる為に。
互いに手を握り合いながら、ベッドの中で見つめ合う真由とサーシャ。
「ねえ、サーシャ。」
「何ですか?真由さん。」
「私はね…サーシャみたいに戦えないから、いつも戦いではお兄ちゃんをサポートする事しか出来ないの。それが私には歯痒くて仕方が無いの。」
そんなサーシャの温もりと優しさにすっかり安心させられたのか、真由はサーシャに思わず本音をぶつけてしまったのだった。
真由が所持している『異能【スキル】』は一馬たちと違い、全て支援に特化した物ばかりだ。
しかも真由自身も太一郎やサーシャと違い、武力を持ち合わせている訳でもない。
太一郎みたいに夢幻一刀流の達人でもなければ、サーシャみたいにイグナイト流舞踏剣術の達人でもない。
真由自身は戦闘能力が皆無の、ごく普通の女の子でしかないのだ。
つまり真由は敵に対しての攻撃手段を一切有していない…だから実戦ではいつも太一郎に守って貰ってばかりなのだ。
それを真由は、このフォルトニカ王国に転生させられてから3週間もの間、ずっと気にしてばかりだったのだが。
「私もサーシャみたいに戦う事が出来たら…そうしたらお兄ちゃんの隣に胸を張って並ぶ事が出来るのに。」
「真由さん。以前太一郎さんが仰っていましたよ。真由さんのお陰で自分は安心して戦う事が出来るんだって。」
「え?」
そんな真由の自分自身に対しての愚痴や不満を、サーシャは笑顔で打ち消したのだった。
サーシャの言葉に、唖然とした表情を見せる真由。
「真由さんが魔物たちの敵意を自分に向けてくれるから、自分は魔物たちを斬り捨てる事だけに集中出来るんだって。真由さんが皆さんを守ってくれるから、自分は皆さんの安全確保にまで意識を散らさずに済んでいるんだって。」
「…お兄ちゃんがサーシャに、そんな事を…?」
「ええ。真由さんがいてくれなかったら、今頃どうなっていたかって…太一郎さんが私に自慢なさっていましたよ?」
真由が『敵視操作【ヘイトコントロール】』で、魔物たちの敵意を強制的に太一郎に向けてくれるから。
真由が『防壁【プロテクション】』で、村人たちを守ってくれるから。
真由が『敵意感知【ホストセンサー】』で、半径2km圏内に敵がいないか探ってくれるから。
真由が『治療【ヒーリング】』で、傷ついた兵士たちを治してくれるから。
だから太一郎は、目の前の魔物たちを斬り捨てる事『だけ』に、意識を集中する事が出来ているのだ。
これまで村人にただの1人として死傷者を出さず、騎士団の被害も最小限で済ます事が出来ているのは、全て真由がいてくれたからこそなのだ。
真由がいてくれなかったら、太一郎がここまでの大戦果を挙げる事など、到底出来なかったはずなのだ。
「戦えないから何だというのですか。戦えなくても真由さんは、充分に太一郎さんの役に立っているではありませんか。」
「サーシャ…。」
「それどころか真由さんは太一郎さんにとって…いいえ、最早この国において絶対に無くてはならない、必要不可欠な存在になっているのですよ。」
「…。」
「だからそんなに自分自身の事を卑下しないで下さいね。真由さん。」
真由が抱えている悩みや不満を全て理解した上で、サーシャは真由を優しく笑顔で諭したのだった。
そしてそんなサーシャの言葉に、真由は何だか元気付けられるような気がしてきた。
戦えなくても関係無い、真由は充分に太一郎の役に立てているのだと。
そう言ってくれたサーシャが、自分の手を優しく両手で包み込んでくれているから。
「さあ、明日も早いですし、今日はもう休みましょうか。」
「うん…そうだね。」
「今日は色々あって、お疲れだったでしょう?ゆっくり休んで下さいね。」
「うん…お休み。サーシャ。」
「お休みなさい。真由さん。」
互いに手を繋ぎ合いながら目を閉じ、安らかな眠りにつくサーシャと真由を、満面の星々と月の光が優しく包み込んでいたのだった…。
次回は太一郎が英雄と呼ばれていると言っても、所詮は人間でしかないのだと…そんなお話です。
ただコトブキヤの美少女プラモがちょくちょく届く予定なので、もしかしたら更新ペースがこれまでより落ちるかもしれません。
エタらないように頑張りますが…(泣)。