第13話:お茶会
今回は太一郎とサーシャのお茶会です。
ケイトに呼び出され、サーシャの部屋に案内された太一郎。
そこでサーシャから語られた「とても凄く大事な要件」とは…?
「お兄ちゃん、ちょっといーい?」
パジャマ姿の真由が風呂上がりの色香を漂わせながら、太一郎の部屋をノックしたのだが…何度ノックをしても部屋の中から返事が無い。
もしかして、まだ風呂に入っている最中なのだろうか…一瞬そう思った真由だったが、すぐにその考えを否定した。
太一郎は比較的長風呂の自分と違い、風呂にはサッと入ってサッと上がるタイプだからだ。自分よりも長風呂になるというのは絶対に有り得ない。
もしかして太一郎の身に、何かあったのだろうか。
精神科医から精神安定剤を処方して貰ったのだが、その精神安定剤を飲んだ後に何かしらの副作用にでも襲われてしまったのだろうか。
「お兄ちゃん!?いるなら返事して!!お兄ちゃん!!」
何度ノックしても、部屋の中から返事が無い。
慌てて真由はドアノブを回すものの、厳重に鍵が掛けられてしまっている。
どんどん不安が大きくなっていく真由だったのだが、その時だ。
「おや、真由殿。こんな時間に一体どうなされたのですかな?」
城内の見回りの為にたまたま近くを通り掛かったロファールが、穏やかな笑顔で真由に語りかけてきたのだった。
「あ、ロファールさん!!何度呼びかけてもお兄ちゃんの部屋から返事が無いんです!!もしかして処方して貰った精神安定剤の副作用が…!!」
「ああ、太一郎殿なら先程ケイト殿と共に、姫様のお部屋に向かわれるのを目撃しましたぞ。」
「…姫様のお部屋!?一体どうして!?」
「はて?それは私には分かりかねますな。」
太一郎が無事だったのは良かったのだが、一体サーシャが太一郎に、しかもこんな時間に何の用があるというのか。
おまけに応接室や会議室、食堂とかではなく、よりにもよってサーシャ自身の個室とは。
女の子が自らの個室に、直接男を招き入れる…それがどんな意味を持つのかという事は、真由も同じ女の子として十分に理解していた。
何だか嫌な予感がする。
このままでは大切な兄が、サーシャに取られてしまいそうな。
そんな言い様のない不安を、真由は感じてしまっていたのだった。
「ロファールさん、姫様の部屋はどこですか!?」
「ああ、それならあの道を真っすぐ行って、それからあっちに行って、こっちに行って、ああしてこうして、そっちですぞ。」
「ありがとうございます!!ロファールさん!!」
「ちょ、真由殿!?」
大急ぎで真由がサーシャの部屋に向かう最中。
太一郎はケイトに案内されて、サーシャの個室までやってきたのだった。
ケイトが穏やかな笑顔で、コンコンと扉にノックをする。
「姫様。太一郎殿をお連れ致しました。」
「ご苦労様でしたケイト。彼を中に入れて頂けますか?」
「は。では失礼致します。」
ケイトが静かに扉を開けると、そこにいたのは椅子に座ったパジャマ姿のサーシャ。
テーブルにはサーシャが淹れた紅茶が入ったティーポットと3組のティーカップ、そして茶菓子のクッキーが置かれている。
王族の娘の個室という事で豪華な内装を想像していたのだが、実際に目にしてみると意外と質素で、沢山の可愛らしい雑貨やぬいぐるみに囲まれた、いかにもな年頃の女の子らしい部屋になっていた。
太一郎もサーシャの部屋に入るのは、これが初めてだったのだが…想像とのギャップに思わずきょとんとしてしまう。
「申し訳ありません姫様。真由殿もお呼びしようとしたのですが、どうもご留守になさっていらっしゃるようでして。」
「分かりました。こんな夜遅くに貴方の手を煩わせてしまって御免なさいね、ケイト。」
「いえ、今後も何かあれば、どうぞ遠慮無く私にご用命下さいませ。」
「さあ太一郎さん、どうぞ遠慮せずに、こちらの席にお座り下さい。」
サーシャに笑顔で促された太一郎は、戸惑いながらもサーシャの反対側の席に静かに腰を下ろしたのだった。
風呂から上がったばかりなのだろうか。サーシャの身体から風呂上がり特有の色香が漂っている。
シャンプーかボディーソープの香りなのだろうか。太一郎の目の前のサーシャから、何だかとてもいい匂いがした。
「では姫様。私はこれで失礼致します。」
「ええ、今日は本当にお疲れ様。ゆっくり休んで下さいね、ケイト。」
「は、お休みなさいませ。姫様。」
穏やかな笑顔で静かに扉を閉め、去っていくケイト。
女の子の個室に招かれた挙句に、パジャマ姿のサーシャと2人きり。
しかもケイトに着替えなくてもいいとか言われたもんだから、太一郎までもがパジャマ姿という有様だ。
今になって太一郎は、目の前の無防備なパジャマ姿のサーシャの姿に、思わずドキドキさせられてしまっていたのだった。
「こんな夜遅くに本当に御免なさいね、太一郎さん。どうしても早急に話をしておきたい事があった物ですから。」
「いえ、わざわざ私などを招待して頂いて光栄です。王女殿下。」
「…むー。」
何故か頬を膨らませて、太一郎に対して不機嫌そうな態度を見せるサーシャ。
「あの…王女殿下?」
「…あの時は私の事を、サーシャって呼んで下さったのに…(ボソボソ)。」
「え?すみません王女殿下、よく聞き取れなかったのですが…。」
「何でもありませ~ん。」
頬を膨らませながら、サーシャが自分と太一郎のティーカップに紅茶を静かに注ぐ。
何でこんなにもサーシャがマンボウみたいに、顔を赤くしながら不機嫌そうに頬を膨らませているのか、太一郎にはよく分からなかったのだが。
「ハーブティーです。心が落ち着きますし、ぐっすり眠れますよ。」
「有難うございます。では遠慮なく頂きます。」
「今日は本当にお疲れ様でした。貴方と真由さんのお陰で、一体どれだけの人々が救われたのか…。今この場を借りて、改めて礼を言わせて頂きますね。」
シグマ村の村人たちに誰1人として、死傷者が出なかったのも。
シリウスをエリクシル王国の特殊工作部隊の女性たちに、拉致られずに済んだのも。
フォルトニカ王国騎士団の被害を、最小限に抑えられたのも。
アルベリッヒを討ち取る事が出来たのも。
サーシャに人殺しをさせずに済んだのも。
これらは全て、太一郎と真由が尽力してくれたお陰なのだ。
太一郎と真由がいてくれなければ、この国の被害は取返しが付かない程までに、甚大な物になっていたかもしれない。
だからこそサーシャは心の底から、太一郎と真由に感謝しているのだ。
太一郎が紅茶を静かに口の中に入れると、優しいハーブとマスカットフレーバーの香りが口の中を包み込む。
こんなにも美味しい紅茶は今まで飲んだ事が無かったので、太一郎は正直驚いていた。
良質な茶葉を使っているだけでなく、サーシャの紅茶の淹れ方も完璧なのだ。
今まで紅茶なんてスーパーで売られてるティーパック入りの奴とか、ペッドボトルや缶に入っているような物しか飲んだ事が無いのだが、はっきり言ってそれらとは全く比べ物にならない。
美味だ。
「では早速ですが本題に入りましょうか。太一郎さんへの話というのは2つあるんです。」
「2つ…ですか。」
「ええ、紅茶を飲みながらで構いませんので聞いて下さいね。」
一体サーシャがどんな話をするのか、太一郎には全然読めなかったのだが。
紅茶を一口飲んで、ふうっ…と一息ついたサーシャが、穏やかな笑顔で太一郎に語り始めたのだった。
「以前、転生者の皆さんにお話しましたよね?半年前にシリウスが転生術で我が国に召喚した、皆さんの先代の転生者の皆さんの事を。」
「は。」
「どうしても太一郎さんにはしっかりと耳に入れて頂きたかったのですよ。隼丸を使って頂いている貴方には、彼女の事を…ね。」
太一郎が現在使っている隼丸は、先代の転生者の少女が使っていた刀だと武器屋の店主が語っており、勿論太一郎もそれはしっかりと覚えていた。
新しい剣を手に入れたからと武器屋の店主に売り払ったものの、結局まともに使いこなせる者が誰1人として現れなかったのだと。
その隼丸は太一郎という最高の使い手が手にした事で、あらゆる物を斬り捨てる最強の武器へと変貌してしまっている。
「今から半年前、突如としてこの世界に君臨した魔王カーミラは、その圧倒的な力と軍勢によって多くの人々を苦しめました。我が国はそれに対抗する為にシリウスに命じて、開発が成功したばかりの転生術を用い、10人の転生者の皆さんを召喚致しました。」
「私たちの先代の転生者ですね。」
「ええ。ですが1人だけ私と同い年の少女がいたのですが、彼女は他の転生者の皆さんとどうしても折りが合わず、1人だけ単独行動を取る事になったのです。」
何だか今の自分と一馬たちとの状況にそっくりだった。
一馬たちは太一郎や真由が気に入らないとかで、他の転生者の少年たちとチーム『ブラックロータス』を結成し、太一郎とは常に別行動を取っているのだが。
「…その少女の名前は、須藤明日香。」
「な…!?須藤明日香!?」
予想もしなかった名前に、柄にもなく仰天してしまった太一郎。
まさか…まさかこんな所で、その名前をサーシャから聞かされる事になるとは。
普段はいつも冷静沈着で聡明な太一郎が、珍しく驚愕の表情を浮かべているを見て、サーシャが思わずきょとんとしてしまったのだが。
「お知り合いなのですか?」
「いえ、直接的な面識は無いのですが…半年前、私が向こうの世界で助けられなかった少女です。」
「…そうだったのですか…。」
須藤明日香という名前自体、別に珍しくも何ともない。
それ故にサーシャから名前を聞かされた直後は、同姓同名の別人なのではないかと一瞬疑ったのだが…どうやらそんな事は無かったようだ。
半年前に向こうの世界で交通事故に遭って死亡し、シリウスの転生術によってフォルトニカ王国に転生させられた、今も生きていれば17歳になっていたはずの少女。
話を聞いただけでも太一郎が死なせてしまった少女と、いちいち状況が合っているのだ。
しかしこれは、何という運命の巡り合わせなのか。何という皮肉なのか。
太一郎が半年前に死なせてしまった明日香が、シリウスの転生術でこの世界に転生した。
その明日香の後を追うように、今度は太一郎が真由と共に、またしてもシリウスの転生術でこの世界に転生させられたのだ。
「明日香さんは召喚された当初は流石に戸惑いになられたものの、それでもすぐに気持ちを切り替えられて、私たちの為に尽力して下さいました。」
「私たちと同じようにフォルトニカ王国騎士団の遊撃部隊として、魔物や野盗たちを相手に戦ったのですね?」
「ええ。明日香さんは、あちらの世界ではいじめられっ子だったと仰られていましたが…それでも彼女の『異能【スキル】』によって、多くの人々の命が救われたのです。」
一馬たちや真由にしてもそうだが、自分たち転生者だけの特権である『異能【スキル】』の存在が、いじめられっ子だった少女をこの国の英雄にまでしてしまった。
サーシャの話を聞かされて改めて実感させられたのだが、本当に『異能【スキル】』というのは恐ろしい力だと…そう太一郎は思い知らされたのだった。
「そんな中、明日香さんは遠征先で意気投合したという1人の女性を、我が国にお連れになられたのです。彼女は賢者シルフィーゼ。人間の醜さに嫌気が刺して世捨て人となったとの事ですが、明日香さんの説得で我が国の騎士団に加入して下さいました。」
「賢者シルフィーゼですか…。」
「シルフィーゼさんの魔術師としての力は圧倒的で、常に明日香さんとツーマンセルを組んで、多くの人々を救って下さいました。その頃から明日香さんは『伝説の女剣士』としての異名を持つようになり、多くの国民の皆さんに慕われるようになっていました。」
向こうの世界でいじめられっ子だった少女が、たった数か月で『伝説の女剣士』と呼ばれる程の凄腕の剣士になった。
にわかには信じがたい話だが、それでもサーシャが嘘をついているようには見えなかったし、こんな嘘をついた所でサーシャに特段のメリットがある訳でもない。
『異能【スキル】』による恩恵がそれを可能にしたのか、それとも戦う覚悟を決めた明日香が、強くなる為に想像を絶する修行でもしたのか…あるいはその両方か。
「そして明日香さんたちが我が国に転生なされてから、3か月後…魔王カーミラを打ち倒す為、明日香さんたち転生者の皆さんは、遂に魔王城へと進軍を開始しました。」
「折りが合わなかったという他の転生者たちと一緒にですか?」
「ええ、彼らの方から協力を申し出たのです。明日香さんは快く応じ、シルフィーゼさんと共に魔王カーミラと壮絶な戦いをなさったと、伝令役として同行させていた兵たちから聞かされたのですが…。」
「魔王カーミラと相討ちになったのですね?」
それは以前、シリウスから聞かされていた話だ。
「ええ、壮絶な戦いの末に戦死なされたと、そう報告を受けています。シルフィーゼさんもそれっきり姿を消してしまわれました。」
「…そうですか…。」
二度目の人生を、どうかこの異世界で…そう願った太一郎だったが、それでも結局明日香はこの世界で、今度こそ本当に死んでしまったのだ。
生きていてくれたのなら、いつか明日香の元を訪れて、向こうの世界で死なせてしまった事を謝罪しようと考えていたのだが。
「それで、他の転生者たちは?シリウスからは消息不明になったと聞かされましたが、今も所在は不明のままなのでしょうか?」
「…。」
「王女殿下?」
突然サーシャが暗い表情になってしまった事に、戸惑いを隠せない太一郎だったのだが。
「…いえ、何でもありません。彼らの件については、またの機会にお話ししますね。」
「はぁ。」
それでもサーシャは一度ぶるんぶるんと首を振った後、紅茶を一口飲んで一息つき、気丈な態度で再び太一郎に笑顔を見せたのだった。
何か深い事情があるのか。それとも地雷でも踏んでしまったのだろうか。
取り敢えず太一郎は、これ以上追及するのは止めておく事にした。
サーシャと転生者たちとの間に何があったのかは知らないが、必要以上にサーシャを苦しめてまで首を突っ込もうとは思わないし、太一郎も別に興味は無い。
そもそもサーシャの方から『後で話す』と語っているのだ。話したくなればサーシャの方から勝手に話してくれるだろう。
「太一郎さんに現在使って頂いている隼丸も、元々は明日香さんが使っていた物だったのですよ。」
「だからあの謁見の時、私の隼丸を見て驚かれたのですね?」
「ええ、まさか明日香さんがあの日手放した隼丸を、こうして太一郎さんが手にする事になるなんて…。」
これもまた、何という運命の皮肉なのか。
半年前に向こうの世界において、太一郎が助けられなかった少女が使っていた隼丸。
それを何の因果なのか、今度は太一郎が使う事になるとは。
かつて転生者として、多くの人々の命を救ってきた明日香…彼女の想いは今も隼丸を通じて、太一郎にしっかりと受け継がれているのだ。
「明日香さんが自信満々に語っていたのですよ。聖剣ティルフィングを手に入れたから、隼丸は他の誰かに使って貰いたいって。」
「聖剣ティルフィング…ですか…。」
「ええ、何でも明日香さんが言うには、あらゆる状態異常を無力化出来る特殊能力があるとか何とか。」
「な…!?状態異常の無力化!?」
この3週間もの間、太一郎は真由と共に、『呪い』に関する情報を水面下で色々と探っていた。
だが、まさかこんなにも早く、しかもまさかこんな所で、全く想像もしていなかったサーシャの口から、シリウスに掛けられた『呪い』への対抗手段を聞き出せるとは。
あらゆる状態異常を無力化してしまう聖剣ティルフィング…それさえあれば、もしかしたらこの忌まわしい『呪い』を解除出来るかもしれない。
問題は肝心の聖剣ティルフィングが、今どこにあるかなのだが。
「…太一郎さん?どうかなさいました?」
「あ…いえ、何でもありません。それで聖剣ティルフィングは今どこに?」
『呪い』に関しての直接的なキーワードさえ明確に出さなければ、解除方法を暗に探るだけなら『呪い』は発動しない。実証済みだ。
だからこそ太一郎は『呪い』の発動を一切恐れる事無く、こうして堂々と『呪い』の解除の鍵と成り得る聖剣ティルフィングの所在を、サーシャから聞き出そうとしている。
太一郎は『呪い』の発動条件を、もう既に完璧に把握しているのだ。
だが、それでも。
「残念ながら行方不明です。シルフィーゼさんが持ち出してしまわれたのか…。」
「そうですか…。」
一筋の希望を一瞬で断たれてしまったが、それでも今は名前が分かっただけでも充分だ。
名前さえ分かってしまえば、探し出せる光明は充分にあるのだから。
「それともう1つ…実はこれが今日太一郎さんをここへ呼び出した最大の理由で、とても凄く大事な要件なのですが。」
「は、何でしょうか、王女殿下。」
緊張した赴きで、太一郎は真っすぐにサーシャを見据える。
何かサーシャの機嫌を損ねるような、重大な失態でもやらかしてしまったのだろうか。
いや、自分で言うのも何だか、あれだけこの国の沢山の人々を救ってきたのだ。サーシャの機嫌を損ねるなんて絶対に有り得ない。
それに問題行動ばかり起こす一馬たちとは違い、太一郎も真由も問題行動は全く起こしていないはずなのだ。
先程、サーシャがマンボウのように不満そうに頬を膨らませていたのだが…一体何故なのか皆目見当がつかない。
まさか一馬たちが、何か重大な失態でもやらかしたのか?それを太一郎に責任を取れと?
不安になりながら頭の中で必死に考えを巡らせる太一郎だったのだが…次の瞬間サーシャの口から語られたのは、太一郎が全く想像もしていなかった言葉だった。
「今後は私に対しては、敬語や敬称は不要です。」
「…はあ!?」
仰天し、思わず立ち上がってしまった太一郎。
とってもニヤニヤしながら、サーシャは太一郎の顔を、じっ…と見据えている。
「どうかこれからは私の事は、サーシャとお呼び下さい。」
「あ、いや、でも…!!」
「私は変に畏まった貴方ではなく、『素』の貴方とお話をしたいのですよ。太一郎さん。」
普段は自分の事を『僕』と呼ぶくせに、サーシャやクレアが相手の時だけは『私』などと呼ぶ。それがサーシャには気に入らないのだ。
これでは何だか太一郎とサーシャとの間に、お互いに深く立ち入ることを許されない巨大な壁でもあるかのようだ。その壁をサーシャは取っ払ってしまいたいのだ。
サーシャは太一郎や真由と、もっと仲良くなりたいと思っているから。
サーシャは、『素』の太一郎や真由と話をしたいと思っているから。
「私はもっと、太一郎さんや真由さんと仲良くなりたい。」
「王女殿…」
「サーシャ。」
「もがが(汗)。」
言い掛けた太一郎の口を、サーシャがニヤニヤしながら右手の人差し指で塞いだのだった。
「だからこれからは私に敬語なんか使わないで下さい。こうして太一郎さんを私の部屋に招き入れたのも、太一郎さんと真由さんに対する、私からの信頼の証なのですから。」
太一郎の口から指を放したサーシャが、飲みかけの紅茶を一気に飲み干す。
本当にいいのだろうか…?太一郎は思わずそんな事を考えてしまったのだった。
転生者として優遇された地位を得ているとはいえ、それでも太一郎も真由も、騎士団に所属する遊撃部隊の一兵士に過ぎないのだ。王女であるサーシャとは身分があまりにも違い過ぎる。
椅子に座り直し、真っすぐにサーシャを見据える太一郎。
とてもニヤニヤしながら、サーシャはじっ…と太一郎を見つめていたのだった。
早くサーシャと呼んで下さい。呼びなさい。つーか呼べ。いいから呼べっつってんだろうがオラぁ(笑)!!
サーシャの瞳が、思い切り太一郎にそう訴えかけていた。
「…はぁ、やれやれ…。」
飲みかけの紅茶を一気に飲み干した後、太一郎は呆れたように深く溜め息をつく。
もう3週間もサーシャと毎日のように接しているのだ。こうなったらサーシャは梃子でも動かない事は、太一郎は充分に理解していた。
これはもうサーシャは、太一郎が自分の事を王女殿下と呼ぶ限り、絶対にこの部屋からは出さないつもりだろう。
「…分かった。じゃあ今日から遠慮なくそうさせて貰うよ。サーシャ。」
「はい、よろしい。」
太一郎は苦笑いしながら、観念したようにサーシャの事を呼び捨てにしたのだった。
そんな太一郎に、きしし、と、年頃の女の子相応の悪戯っぽい笑顔を見せるサーシャ。
(…まあいいか。女王陛下には明日の朝にでも、僕の方から事情を説明しておこう。)
まあクレアの事だから、多分笑いながら許してくれるだろうが。
元々シリウスに掛けられた『呪い』を解く為に、サーシャの信頼を得なければならないと思っていた所なのだ。
このサーシャからの申し出は太一郎にとって、むしろ願ったり叶ったりだと言ってもいい所だ。
…いや、違う。確かにそれもあるが、それだけではない。違うのだ。
太一郎は以前から目の前のサーシャに対して、何か安心感のような物を感じていたのだ。
毎日のようにサーシャと公私共に色々な話をしているのだが、話をしていて何だかとても心が安らぐというか、楽しいというか。
同い年の女の子である真由と話をしても、こんな気持ちには決してならないというのに。
この気持ちは、一体何なのだろうか。
「だけど、他の近衛騎士たちや大臣たちから文句を言われないかな?」
「そもそも私の方から太一郎さんにお願いした事なんですから。誰にも文句なんか言わせませんよ。安心して下さい。」
「なら、いいんだけどさ。」
「そんな事より、私は太一郎さんの事を、もっともっと知りたいです。」
太一郎に笑顔でそんな事を告げたサーシャだったのだが、その時だ。
「お兄ちゃん、姫様、ちょっといーい?」
コンコンコンと軽快なノックの音と共に、真由の声が聞こえたのだった。
次回「添い寝」。
第2章完結となります。