第109話:光溢れる未来へ
真・魔王カーミラが討伐され、ようやくこの異世界に平和が訪れたのですが、それでも美海の処遇をどうするのかという問題が残されています。
そんな彼女の保護を名乗り出たのは…。
かくして太一郎によって真・魔王カーミラが倒され、『呪い』が美海に浄化された事で、この異世界を飲み込もうとしていた危機を退ける事には成功したのだが…まだ重大な問題が1つだけ残っていた。
それはベルドが死んだ事で保護者を失い、この異世界にたった1人で取り残されて天涯孤独になってしまった、美海の処遇をどうするかだ。
『呪い』も美海に語っていたのだが、何しろ美海は存在自体がこの異世界のパワーバランスを崩壊させかねない…いいや、それどころか下手をすればこの異世界その物を滅ぼしかねない程の、強大かつ凶悪な力を有する存在なのだから。
それだけならまだしも、美海は書類上ではギャレット王国騎士団所属の騎士団の一員であり、それ故に政治的に色々とめんどくせー立場に置かれてしまっているのだ。
だからこそ、どこかの国が引き取ると言っても、他国との政治的な駆け引きを考慮した場合、おいそれと簡単にはいかないのである。
それを踏まえてクレアとラインハルトが、美海を今後どうするべきなのかを色々と話し合っていたのだが。
「あの、ラインハルト陛下。何なら彼女は私が…。」
「いいえ、美海は私が引き取るわ。」
エストファーネの言葉を遮った瑠璃亜が、美海の肩を優しく抱き寄せながら、何の迷いも無く皆に告げたのである。
「瑠璃亜殿、ですが…。」
「美海を守りたいっていう貴女の気持ちは分かるけれど、貴女もファムフリート王国の王女として、自分が今現在置かれている立場という物を考えた方がいいわよ。」
「…そ、それは…。」
自分を穏やかに諭すような瑠璃亜の言葉に、反論出来ずに黙り込んでしまうエストファーネ。
クレアとラインハルトも瑠璃亜の言葉に、少しだけ考え込むような仕草を見せたのだが。
「まあ、確かにそれしか無さそうね。」
「そうですね。現状では政治的に考えれば、それが一番ベストな選択なのは間違いないでしょう。」
それでも特に反論する事無く、2人共瑠璃亜の言葉に大きく頷いたのだった。
美海はベルドに強要されていたとはいえ、ファムフリート王国騎士団を壊滅させたばかりか、国王のクライスを戦死にまで追い込んでしまった存在だ。
そんな人物を王女であるエストファーネが、自国に客人として迎え入れるなどいう事になれば、多くの国民たちからの反発を招く事になるのは間違いないだろう。
それこそ冗談抜きで、暴動を引き起こされる事にもなりかねない程に。
幾らベルドに強要されていたとは言っても、結果だけを見れば美海のせいで国王のクライスが死に、騎士団の多くの兵士たちが傷つき、殺されているのだから。
かといってベルドの侵略を受けたフォルトニカ王国や、そのフォルトニカ王国と共闘したサザーランド王国が引き取るのも論外だろう。
フォルトニカ王国にとっては美海が『自国を侵略しようとした敵国の歌姫』である以上、美海を引き取れば国民たちや他国からの厳しい反発を招く事になるのは避けられない。
それはフォルトニカ王国の手助けをしたサザーランド王国にとっても同じ事であり、この両者にとって美海は他国との政治的な駆け引きを考慮すれば、色々と厄介な存在になってしまっているのだ。
ならば魔王が治める魔族の国という特殊な立ち位置にあり、しかもサザーランド王国からの『神也の魔の手から解放してくれた』という恩義があるパンデモニウムなら。
瑠璃亜がラインハルトに、彼女を保護してやって欲しいと頭を下げられたと…そういう口裏合わせでもしてしまえば、政治的にも問題は無いはずだ。
一部の魔族たち…特に国の上層部から、美海の存在を危険視する者が現れてもおかしくはないだろうが。
それでも現状では瑠璃亜が美海を保護するというのが、一番ベストな形である事は間違いは無い。
自分はこれから一体どうなるのかと、とても不安そうな表情で瑠璃亜の身体にしがみつく美海だったのだが。
そんな美海を安心させてあげようと、瑠璃亜が穏やかな笑顔で美海を優しく抱き寄せたのだった。
その瑠璃亜の優しさと温もりが、美海には何だかとてもくすぐったくて安心する。
「瑠璃亜。彼女を引き取るというのなら別に止めはしないけれど、それでもこれだけは覚えておいてね。」
そんな瑠璃亜にクレアが、神妙な表情で警告をしたのだった。
「貴女も充分に思い知ってると思うけれど、彼女は存在その物が、この世界のパワーバランスを崩しかねない程の強大な存在よ。それを理由に彼女の拉致や暗殺を企てる人たちが現れたり、最悪他国に戦争を起こされる口実にされる事も充分に有り得るわ。」
「そうね。美海の歌には、それだけの力が秘められているものね。」
神也の暗黒魔法の浄化の為に、クレアからのレズセッ…治療を受けている間も、瑠璃亜は大体の状況は概ね把握していたのだ。
美海の『異能【スキル】』が今回の戦いにおいて、どれだけの多大な影響を及ぼしたのかという事を。
『絶望の輪舞曲【デストラクション】』によって、サザーランド王国騎士団は戦闘能力を本来の1/10にまで減退させられてしまった。
『希望の夜想曲【ワルキューレ】』によって、太一郎たちは戦闘能力が大幅に向上させられたばかりか、あれだけクレアが浄化に手間取っていたのを嘲笑うかのように、瑠璃亜の身体を侵食していた神也の暗黒魔法を一発で浄化してしまった。
さらに今回の戦いにおいて、『鎮魂の浄化曲【レクイエム】』がアンデッドに対して圧倒的な威力を発揮するという事が証明されてしまったのだ。
そして瑠璃亜は美海に保有する『異能【スキル】』の一覧を見せて貰ったのだが、他にも歌を媒介にした強力な『異能【スキル】』を幾つか保有しているようだ。
しかも美海は誰もが不可能だと思っていた、『絶望の輪舞曲【デストラクション】』と『希望の夜想曲【ワルキューレ】』の併用までやってのけてしまった。
こんな超危険人物をパンデモニウムが保護するとなれば、当然それを黙ってはいない者たちが現れても全然おかしくはない。クレアはそれを瑠璃亜に警告しているのである。
「だから瑠璃亜。彼女を保護するのであれば、全力で彼女を守ってあげなさい。彼女の為にも、貴女自身の為にもね。」
「ええ、私も初めからそのつもりよ。」
美海を優しく抱き寄せながら、瑠璃亜は力強く笑顔でクレアに頷く。
魔王カーミラたる瑠璃亜が美海を守る以上、そんなに簡単に手出しが出来る勢力など存在しないだろうが、それでも用心に越したことは無い。
だが何にしても瑠璃亜ならばベルドと違い、美海の事を大切に扱ってくれるはずだ。
美海も瑠璃亜の下でなら、きっと充実した幸せな日々を過ごす事が出来るだろう。
「さてと、これでようやく全てモロモロ片付いた事だし、もうすぐ夕方だから皆もお腹が空いてるでしょう?すぐに祝勝会の準備を始めさせるわね。」
フォルトニカ王国の為に尽力してくれたサザーランド王国騎士団や魔王軍、エストファーネやダリアたちを労おうと、クレアがラインハルトたちにそんな事を言い出したのだが。
「クレア女王。貴女のお気持ちは大変有難いのですが、我々はすぐに国に戻らねばならないのです。一応守備隊を城下町に残してはいますが、いつまでも主力部隊を留守にしたままにしておく訳にはいかないので。」
「私もよ。さっきルミアから聞かされたんだけど、神也君のせいでパンデモニウムには残存戦力が全く残っていないらしいから。私と美海だけでも一足先に『転移【テレポート】』で、すぐに戻らなければならないわ。」
ラインハルトと瑠璃亜に全く同じ理由で、あっさりと断られてしまったのだった。
特に瑠璃亜に至っては事態が思ったよりも深刻であり、神也が後先考えずに魔王軍の全戦力の100億%をフォルトニカ王国に進軍させてしまったせいで、パンデモニウムが完全にガラ空きになってしまっているのだ。
今、他国や野盗にでも襲われたら、ひとたまりもない…だからこそ全てのケリが付いた以上、せめて瑠璃亜だけでも1分1秒でも早く、美海を連れてパンデモニウムに戻らなければならなかった。
ただ流石に魔王軍全員を『転移【テレポート】』でまとめて運ぶなんてのは不可能なので、魔王軍の兵士たちには普通にパンデモニウムに帰還して貰う事になったのだが。
「そういう訳だから、私と美海だけでも一足先に帰るわね。御免ねクレア。」
「ええ、残念だけど仕方が無いわね。だけどこれだけは覚えておきなさい。私たちフォルトニカはいつだって貴女の味方よ?」
「有難う、クレア。」
最愛の義理の息子である太一郎と、もう少し話をしておきたかったのは残念なのだが。
まあこれから太一郎に会おうと思えば、いつでも『転移【テレポート】』の『異能【スキル】』で会いに行けるのだ。瑠璃亜はそこまで悲観してはいなかった。
「戻ったらすぐに美海をお風呂に入れて綺麗にしてあげないといけないし、ちゃんとした温かい食事も用意してあげないとね。」
「母さん、元気でな。彼女の事をよろしく頼むよ。」
「ええ、太一郎君も元気でね。近い内にまた会いに来るわ。それじゃ。」
それだけ告げて笑顔で太一郎に手を振りながら、瑠璃亜は美海を連れて『転移【テレポート】』の『異能【スキル】』で、パンデモニウムへと帰還したのだった。
そしてラインハルトたちも、また。
「ではクレア女王。我々もそろそろ失礼させて貰います。」
「ラインハルト。貴方が協力してくれたお陰で、私たちはこうして無事に国や民を守り抜くことが出来たわ。本当に有難う。」
とても穏やかな笑顔で、互いに握手を交わすラインハルトとクレア。
ラインハルトが協力してくれなければ、今頃フォルトニカ王国はベルドに支配されていてもおかしくはなかっただろう。クレアは心の底からラインハルトに感謝していたのだった。
そしてラインハルトは太一郎とサーシャの下に歩み寄り、太一郎にも握手を求めてきた。
「今回の戦いで君と共闘出来た事は、私にとっていい思い出になったよ。」
「僕もだよ。君は絶対に敵に回してはいけない奴だと痛感させられたよ。」
「ははははは、誉め言葉だと受け取っておくよ。」
互いに笑い合いながら太一郎と握手を交わしたラインハルトは、今度はエストファーネとダリアの下に歩み寄ってきた。
そして懐から小切手を取り出し、0を沢山書いて破いた紙をダリアに手渡す。
「今回の依頼の報酬だ。銀行で手続きするまで無くさないでくれよ。」
「確かに。代金は全額しっかりと受け取ったよ。」
「ダリア殿。今回の戦いをもって、私が『ラビアンローズ』と交わした契約は満了という事になるが…本当にファムフリート王国の近衛騎士になるつもりなのかい?」
「エストファーネにどうしてもって頼まれてね。正直驚いてはいるが、まあ好条件で雇ってくれる事になったからね。皆で話し合って決めた事だよ。」
以前エストファーネはダリアたちに救助された際、サザーランド王国への護衛を無事に成功させた場合は、ダリアたちに対して最大限の便宜を図るという契約を交わしていた。
だがまさか最大限の便宜をすっ飛ばして、王族直属の護衛部隊である近衛騎士に任命される事になるとは。流石のダリアも想定外だったようだ。
とは言え近衛騎士は公務員だ。フリーランスの傭兵と違って収入は安定しているし、福利厚生も充実している。
それにエストファーネの為に戦うというのも、ダリアたちは別に悪い気はしなかった。
「ラインハルト様、そろそろ…。」
「もうこんな時間か。やれやれ、皆とゆっくり話をする暇も無いな。皆、またいつかどこかで会おう。それじゃあな。」
セレーネに懐中時計を見せられたラインハルトが、苦笑いしながら飛竜に乗って、騎士団を引き連れてサザーランド王国へと飛び去って行ったのだった。
そして魔王軍もまたエキドナの陣頭指揮の下、大慌てでパンデモニウムへと帰還していく。
瑠璃亜が美海を連れて2人だけでパンデモニウムに帰ったというのに、自分たちだけ呑気に祝勝会をやっている訳にはいかないのだから。
「やれやれ、仕方が無いわね。それじゃあ私たちだけで祝勝会をやりましょうか。」
仕方が無いのでクレアの呼びかけでフォルトニカ王国騎士団、それとエストファーネとダリアら『ラビアンローズ』たちだけで、今回の戦いの祝勝会を行う事となった。
盛大にお腹を空かせた太一郎たちが、笑い合いながら城に向かって歩いていく。
今頃はクレアの指示を受けた城の給仕たちが、大慌てで祝勝会の料理を作っている事だろう。サーシャが「戻り次第大急ぎで手伝いに行きますね。」と意気込んでいたが。
真・魔王カーミラは討たれ、美海も無事に救われ、今回の異世界全土の命運を賭けた戦いはひとまず終わりを迎えた。
この戦いの後に、太一郎は真・魔王カーミラを倒した事で『閃光の英雄王』などという異名で呼ばれる事となり、歴史の教科書にも大々的に活躍が描かれる事となるのである。
だが美海が苦言を呈していたように、この異世界では未だに世界各国による戦争が無くならない。
元々は周辺の魔物や野盗たちから、国や民を守る為に結成されたはずの騎士団だというのに、それが人間同士で殺し合いをしている始末なのだ。
しかも神也による面白半分のやらかしのせいで、転生術と『呪い』の技術が異世界全土に渡ってしまった。
その圧倒的な力に魅せられて転生術を発動し、召喚した異世界人たちを戦略兵器として活用し、良からぬ事を企む各国の王たちが、未だに多数存在しているのも事実だ。
フォルトニカ王国もサザーランド王国も、パンデモニウムもファムフリート王国も、いつまた戦火に巻き込まれてしまうか分からない。
だがそれでも太一郎もラインハルトも、瑠璃亜もダリアも、これからも必ず国を守り抜いてくれるはずだ。
この争いが絶えない異世界において、彼らに安息の時は中々訪れないのかもしれない。
だがそれでも今は、今だけは、どうかゆっくりと休んで欲しい。
そう彼らに呼びかけるかのように、夕陽の光が彼らを優しく包み込んでいたのだった…。
最終話じゃないぞよ。
あともう1話だけ続んじゃ。