リア充を爆発させるボタン
高校の帰り、近くの大きな公園を歩いているときに、それを発見した。それは雑草がぼうぼうと生えた茂みにひっそりと落ちていた。それを僕が発見できたのは、偶然だった。
「ん、なにこれ?」
拾って、手に取ってみる。
縦10センチ、横7センチ、厚さ5センチほどの黒い筐体。真ん中には直径5センチほどの丸いボタンがついている。
地面をよく見てみると、落ちていたのは謎のボタンだけではなかった。文庫本サイズの冊子が落ちている。黒い表紙には『リア充を爆発させるボタン取扱説明書』とだけ書かれている。リア充を爆発させるボタン?
冊子も拾うと、近くにあるベンチに腰かけて、その取扱説明書を読んでみることにした。
『リア充を爆発させるボタンを押すと、あなたの近くにいるリア充カップルが爆発します』
『一回押すごとに一組、リア充カップルが死にます。回数に制限はないので、気に障るリア充がいたら、躊躇なくボタンを押しましょう』
『注意! もしもあなたがリア充になってしまったら、ボタンを押してしまうとあなたとその恋人が爆発してしまいます。くれぐれもお気を付けください』
わけがわからない。だけど、とりあえず、リア充を爆発させるボタンを押してみた。
僕はリア充からほど遠い存在なので、彼らリア充に対して憎しみに近い感情を持っているのだ。リア充が爆発して死のうと、罪悪感なんて感情は抱かない。
リア充、爆発しろ!
すると、体を擦りつけ合いながら歩いていた高校生カップルが、轟音と共に爆発した。風船を割るように、パアン、と。バアン、と。肉体が肉片になって、辺りに飛び散った。グロテスクな光景。
公園にいた人々は、一瞬何が起こったのかわからず硬直。その後に、ある人は悲鳴を上げながら逃げ、ある人はスマホを取り出して肉片を撮影し、ある人は警察に連絡した。
そして僕は――。
「おええっ」
盛大に嘔吐した。
◇
人間は慣れて適応する生き物だ。
僕はボタンを押すたびに、罪の意識が少なくなっていった。やがて、僕の周りからリア充がどんどん減っていくことに、ある種の喜びを感じるようになった。
今日もリア充を爆発させよう。高校の帰り道、前方からいちゃつきながら歩いてくる大学生カップルがいたので、僕は制服のポケットの中に入れたボタンを躊躇なく押した。リア充、爆発せよ!
瞬間、二人仲良く肉塊となった。ぐちゃぐちゃになったカップルを見て、僕は興奮を隠すのが大変だった。人を無残に殺して興奮するなんて、僕は異常なのではないか? いわゆるサイコパスというやつだったのか、僕は?
人々が叫ぶ声も、僕をゾクゾクと興奮させる。すぐに警察がやってきて、どんよりと重たいため息をつきながら、ブルーシートで死体を隠した。
僕は家に帰るまでに、10回ボタンを押した。一時間足らずで、20人の人を――10組のカップルを殺したことになる。
帰宅し自らの部屋に戻ると、ボタンを机の上に置いて、それをじっと眺めた。ゲームのようにボタンを連打すれば、僕の周りから――いや、日本からリア充が消滅する。とてもすばらしいことのように思えた。
リア充抹殺計画。
僕は椅子に腰かけると、一秒間に10回ほどの脅威のハイペースでボタンを押し続けた。
「爆発、爆撃、爆散、爆砕、爆殺! ははっ! ははははっ! はははははっ! リア充ども、全員爆発しろおおおおおっ!」
◇
疲れた。手がめちゃくちゃ痛かった。
「父さんも母さんも、いつになったら帰ってくるんだ……?」
もう夜の10時を過ぎている。いつもなら、とっくに二人とも帰宅しているはずの時間だ。仕事で何かあったのかな? おかしいな……。
と、電話がかかってきた。
「もしもし、佐藤さんのご自宅でお間違いありませんか?」
「え、あ、はい」
「君は佐藤太郎くん?」
「あ、はい。そうですけど……どちら様?」
「警察です」
「え? け、警察……!?」
やばい、と思った。今、日本を騒がしているカップル連続爆殺事件の犯人が僕であることが、ついにバレてしまったのか!?
しかし、そうではなかった。
「その……よく聞いてくださいね。……ご両親が――亡くなりました」
「……………………え?」
「連続爆殺事件のことは、当然ご存じですよね?」
「はい」
「君のご両親も……その……爆殺されたんだ……」
「…………そん、な……」
受話器が手からこぼれて、床に落ちた。
◇
リア充の定義ってなんだろう?
リア充=カップルだとしたら、夫婦もまたリア充ということになるのだろうか? そう定義されたから、父さんと母さんは死んだんだ。
そして、二人を殺したのは――僕だ。
僕は今になって自分がしでかした罪の大きさを実感した。
自首して罪を償うつもりは毛頭ない。だけど、リア充を爆発させるボタンを押すのはやめた。自分の部屋の机の引き出しにしまい、封印した。
これからは、もう少し真面目に生きよう、と思った。
リア充に嫉妬するのではなく、自らがリア充になれるように努力しよう――。
◇
彼女ができた。
コミュニケーション能力を磨いて積極的になり、髪型や服装などを気にするようになったら、自然と彼女ができた。どうして今まで努力というものを、まったくと言っていいほど行ってこなかったんだろう? 少し努力するだけで、世界は変わるんだ。
今日は彼女――祥子ちゃんとデートだ。事前に調べておいたデートスポットをまわった。祥子ちゃんは満足してくれたようだ。
デートの帰り、家の近くにある公園に寄った。そこは僕がリア充を爆発させるボタンを拾った公園だった。
ああ、あそこの茂みでボタンを拾ったんだっけ、などと考えていると――前方からチャラそうなイケメンと美女のカップルがやってきた。
そして、すれ違って5メートルほど離れてから、イケメンがぼそっと言った。
「今の女見た? めちゃくちゃブスくね?」
ブス? 僕の彼女がブス、だって……? ふざけるなよ。ちょっとルックスがいいからって調子に乗りやがって……。
僕がチャラカップルを睨みつけると、祥子ちゃんが言った。
「太郎くん、私は気にしてないから……」
気にしてない、と言いつつも、祥子ちゃんはブスと言われてショックを受けているようだった。
許せない許せない。あのリア充カップル、ぶっ殺してやる!
「祥子ちゃん、ちょっと待っててくれる?」
「え、どこか行くの?」
「家に、忘れ物っていうか――持ってきたいものがあるんだ」
「忘れ物?」
祥子ちゃんは首を傾げつつも、
「いいよ。待ってるから」
と言ってくれた。
僕は全速力で家に帰って、机の引き出しに封印したリア充を爆発させるボタンをポケットに入れ、また全速力で公園に戻った。
先ほどのカップルを探す。幸い、彼らはまだ公園にいた。殺す、殺す殺す……。
「リア充、爆発しろ!」
僕はボタンを押した。
しかし――カップルは爆発しなかった。
そこで、思い出した。リア充を爆発させるボタンの取扱説明書を――。
『注意! もしもあなたがリア充になってしまったら、ボタンを押してしまうとあなたとその恋人が爆発してしまいます。くれぐれもお気を付けください』
し、しまった――。
◇
「A公園にて佐藤太郎さんと鈴木祥子さんのカップルが爆殺されてから一か月、二人を最後に爆殺事件は起きていません。事件の犯人は誰だったのか、どのようにしてカップルを爆殺したのか、そして――どうしてカップルや夫婦を狙ったのか。何もかもが謎のまま、事件は消え去ろうとしています。警察ははたして犯人を特定・逮捕することができるのか? それでは、また来週」