6話 GW初日 より
だいたいの改訂を終了済みです。
「優ちゃん!遅くならないうちに帰るのよ!」
母の声に何人かの通行人がこちらに視線を向ける。
「わかってるよ…」
優平は心底うざそうに答える。
「危ないところには行っちゃダメよ!お夕飯作って待ってるからね!それから」
「あーもう!大丈夫だから早く帰れってば!父さんも窓早く閉めて」
まだ言葉を続けようとする母を黙らせ、父に自動車の窓を閉めてもらう。車の中から「母さんは心配し過ぎだよ」と父の声が聞こえた後、車は動き出し家へと帰って行った。
優平は家族との日帰り温泉の帰り道に、相馬市の駅前に一人下ろしてもらった。駅前には大型のショッピングモールが併設されており、喫茶店はもちろん洋服やバッグなどのブランド店から本屋、映画館などの遊び場もあり、多くの人が集まる場所になっている。
自宅の最寄りの当別駅の隣り駅になるため、中学の頃から友達と買い物に来ることもよくあり、駅周辺の道や建物は大体把握している。
(いつ見てもうちとは大違いだな)
売店しかない最寄り駅を卑下するようなことを考えながら駅に入り、エレベーターで8階にある本屋に向かう。集めている漫画の新巻が新しく出たため、それを買いに来たのだ。漫画コーナーに直行し、目当ての本を確保するといつものように漫画の試し読みや小説、参考書や旅行のガイドブックコーナーなど適当に散策する。気になる本を手に取り読む、つまらなければ即返し、面白ければ夢中になって読むのを繰り返しているうちに、いつの間にか午後6時を回っていることに気づいた。
夕飯までは時間があるがレジで購入を済ませ、切符売り場のある2階へと向かう。
エレベーターから降りた時、人の出入りが最も多い北口の方から、聞き慣れない音とそれを取り巻いてるであろう10名程の人だかりに気がついた。弦楽器特有の旋律とそれに合わせた楽しげな歌声が聞こえてくる。
(まだ時間あるし、まあいっか)
そう考えながら北口から外に出て、演奏者が見える場所まで足を運ぶ。
植木の隅っこを椅子代わりにし、膝を組んで座っている長髪の女性が視界に映る。薄暗い中でも分かる鮮やかな金髪に、英語のロゴが入ったTシャツ、ブランドものであろうジャッケットに編み上げの厚底ブーツ、そしてジーパンといった装いのまだ二十歳前後の女性のようだ。外人かと思ったが顔立ちはどう見ても日本人で、何処か鋭さを持った端正な顔立をしている。
マイクなどの機材使わずに、目を瞑り、滑らかな手つきでコードを選びながら、ピックを握る右手で弦を軽やかに弾いている。すぐ横に立て掛けてある段ボールには、手書きで『お金はいらないよ』とだけ書かれている。
女性は楽しそうな表情と共に、ただ黙々と曲を弾いていく。薄暗さが増していくにつれて、少しずつ寂しい曲調の曲を選んでいるようだ。いつの間にか人だかりは凄い人数になっているが、皆静かに聴いていた。
だが、やはりマナーの悪い客は何処にでもいるもので、優平の前の少ない空間に数人の男が割って入ってくる。優平は女性が見えづらくなってしまうが、少し後ろに下がった。
優平が来てから5曲目が終わり、女性は隣に置いてあったペットボトルの水を飲んでから「最後の曲だよ」とだけ言い、合いの手をし始めると観客に少しずつその波が伝わっていく。ある程度広がるのを楽しそうに見てから、再び楽器を手に取り、沈んだ曲調から一転した音を奏で始める。今までの中で一番楽しそうに歌っている様に見える女性だが、何故かどこか寂しそうに見えた。いつの間にか優平を含んだほぼ全ての観客がリズムに合わせ手を叩いている。
その時、突然優平の携帯が鳴った。女性は気にせずにギターを弾き続けているが、近くの人達がこちらを見る。舌打ちをする者さえいた。優平はすぐに群衆を掻き分けながら、外に出ると母からの連絡であることを確認すると同時に電源を落とす。
振り返ると皆気にせずに、いっそう楽しくなっていく曲調に夢中になっている。優平は罪悪感とモヤモヤとした気持ちを抱えながら、離れた場所で曲を聴き続けた。
曲が終わると共に大きな拍手が起こり、歓声が上がる。女性が何かを言っているようだがここからでは上手く聞き取れなかった。しばらくすると皆がばらばらに動き始めた。駅に入り改札に向かうサラリーマン、階段を降り街へと向かう者や女性に声を掛けようと近づく幾つかのグループの高校生達などそれぞれだ。
「マジ良かったわー」と言いながら去って行く先の男数人を遠くから睨みながら、優平は女性に声をかけようとする列がいなくなるのを待った。
「あの…、さっきはすいませんでした」
片付けを終え、演奏していた時と同じ位置に座り、人の流れを見つめる女性に声を掛ける。
だが、女性はこちらを見向きもせずにただ人の流れを見ている。優平が言葉に詰まっていると、快活でいて優しい声で答えた。
「珍しい子だね」
女性がこちらに顔を向けながら少し表情を崩す。
「今までも同じような事があったけど、謝りに来る奴は1人もいなかったよ」
そう言いながら女性は自分の横を指し示し、トントンと叩いた。優平はそれが何を示しているか分からず呆然と立っていると、女性が不思議そうな表情をする。
「何してるんだ。早く座りなよ」
そういう事か、と納得しながら優平は女性から体一つ空けた場所に腰を下す。香水なのか、女性の方から爽やかな匂いがする。
「何を謝ったのか聞かせてくれよ」
女性は再び人の流れを見つめながらそう聞いてきた。よくわからない人だな、と思いながら優平は慎重に言葉を選んで答える。
「……演奏中に携帯の音で邪魔をしてしまった事です」
すると、女性は吹き出して哄笑し始めた。苦しそうに体を捩りながら、あははは、と綺麗に響く声を出して笑う。通行人達が何事かとこちらを振り返るのが全く気にしていない様子だ。優平はなぜ女性がこんなにも笑っているのかがまったく理解できない。
やっと落ち着いてきた女性が「あー、腹いたいわ」と言いながら涙を指で拭き取ると、腕組みをして「そっかそっか」と独り言の様に呟いた。
「なんか勘違いしてるみたいだけど私は別に気を悪くもしてないし、そんな怒られた子供みたいな反省しなくても…」
女性は言い終わらないうちに再びケラケラと笑い始めた。子供みたいと言われた事に対し優平は少しムッとする。
「そういう性格なんですよ」
「真面目な性格してるんだね〜」
女性は未だ笑いながら優平を見つめてくる。
すると、スッと笑いを鎮めて、
「さっきも言ったけど私は気にしてないよ」と真面目であろう口調で喋り始めた。
「そもそも演奏の邪魔にもなっていないよ。邪魔が入るのが嫌なら、家やそこらのスタジオでも借りて1人で弾いてるさ。そうだろ?」
「まあ、確かにそうですね」
それはそうかもしれないなと優平は思った。
「だろ?私は観客に聴いて欲しいからここで弾いてた訳じゃないんだよ。ただ友人との待ち合わせの時間潰しで弾いてただけだ。そしたら人が増えていた。携帯の音なんて人が歩く音と大して変わらないんだよ」
「ここまでオッケー?」
頷きながら「ええ」と返事をすると女性が言葉を続ける。
「君は私に謝りに来たが、そしてそれは私の演奏に対するものではなく、演奏を邪魔してしまったと思う君自身の心と、私の演奏を聴いてた者達を邪魔をした事に対するものなんだよ」
「そんなものに謝る必要はないし、私に謝られても困るって事だ。分かったかい、少年」
「何となくならわかります」
「まあ、それでいいかな」
いつの間にか先程まであった胸の違和感が無くなっていた。
「私は西条麗蘭、皆んなからは麗さんやら蘭ちゃんとか呼ばれてる」
「榊優平です」
「よろしい、では優平、此処だと冷えるから場所移そうか」
そう言いながらギターケースを担ぐ。
そろそろ帰らねばいけない事を言おうとすると、
「女の子からの誘いは無碍にしない方がいいよ。もう遅れてるならそこまで変わらないだろ」
西条麗蘭はそう言い、にっこりと笑った。
優平は麗蘭に連れられ駅から少し離れた喫茶店に入った。時計は既に夕飯の時間である午後7時を過ぎていた。とりあえずLINEを使い母に『友達と喫茶店にいるので遅くなります』とだけ連絡を送り、再び電源を切る。
麗蘭は対面のソファーに座り、横にギターケースを置いてメニューに目を通してる。
「今更だけど、私の演奏はどうだった?」
「凄い楽しかったです。良し悪しはよく分からないですけど、テレビとかで見る演奏よりも楽しかったです」
決め終えたのか「ほぉ」と言いながらメニューを渡してくる。
「嬉しい褒め方をしてくれるね」
麗蘭は目元を少しだけ柔らかくして言った。
優平はコーヒーのメニュー欄の1番上のものを選び、店員を呼ぶ前に一応「いいですか?」と確認を取ると、麗蘭はどれに決めたかと逆に問いかけてきた。「これです」とメニュー欄を指し示すと、「好きなケーキを選びなよ」と言うので再び「これです」とモンブランの名前を指しながら答えると麗蘭が呼び出しボタンを押した。
すぐに来た店員にテキパキとメニューを示しながら優平の分の注文も済ませると、
「付き合ってくれてる礼だ。私が払うよ」
と言ってくれるので好意に甘える事にした。「ありがとうございます」と言うと、麗蘭は「構わないよ」とだけ答えた。
「少し話を戻すけど、君には自分が悪い事をしたという罪の意識がある。違うかい」
優平はまあその通りだと頷く。
「そこで1つ提案がある。明日の木曜から土曜までの3日間、子供達の相手をして欲しい」
「子供ですか?」
もう子供がいるのかと優平は驚くが、麗蘭は「私のじゃない」と答え、イヤらしい考えを射抜くような視線を向けてくる。だが、多感な時期な高校生にとってはしょうがないことである。
「施設の子ども達だ。難しい言い方で好きじゃないが、児童養護施設と言えば分かるだろう。孤児や複雑な家庭に産まれてしまった子達の面倒を見る施設で私は働いているんだ」
自由奔放に遊び回っていそうな人が、その様な施設で働いていることに優平は内心とても驚いていた。
「意外だろ」
「…意外ですね」
心を見透かされている気がした優平は素直に答えるが、特に気にした素振りも見せずに言葉を続ける。
「私も含めて3人で面倒を見てるんが、私ともう1人が明日から用事が出来てしまってね。顔を出せる者にも今回は声をかけたくないから困っていたんだ」
間に入るように店員がクリームソーダとコーヒー、チーズケーキとモンブランを運んできた。クリームソーダを見て優平は内心、(可愛い人だな)と笑ってしまった。
「流石に1人だけに小僧共を見させるのには不安がある。詰まるところ私達の代わりに子供らの面倒を見て欲しいってことだ。君が悪いの云々は適当な言いがかりだ。GWなら予定があって当然、無理なら断ってくれて構わないよ」
麗蘭はそう言いながらクリームソーダに手を伸ばす。
「その施設は何処にあるんですか?」
優平は案外美味しいチーズケーキを食べながら聞く。
「隣の当別駅から北東方向に3キロないくらいかな」
「それって東陵高の近くですよね」
「君あそこなのか?」
少し驚いた様に麗蘭は言う。
「そうです」
「うちの施設でもあそこに通ってる子がいるんだ。今は1人だけだけどね」
「名前はなんて言う子ですか?」
「それは言えないな」
「あ、すいません」
優平は複雑な家庭の事情を持つ子達である事を忘れていた。
「いいよ、それよりどうする?うちの子達は手強いぞ。わんぱくで元気そのものだ」
と麗蘭は少し優しい表情になって言った。優平は彼女がそんな表情が出来ることにも驚きながら、未だにGWの予定が決まっていないし、高校と大して変わらない距離なら行ってもらいいかなと考えていた。
「僕で良かったらいいですよ」
何より素敵な人が困っているなら助けるのが男というものだ。
「助かるよ。ありがとう」
麗蘭はそう言うと施設についての簡単な説明し、食事が終わるまでの残った時間は歓談をして過ごした。
喫茶店を出てから近道をしながら、駅に向かう途中で優平は気になっていた事を聞いた。
「そういえば友人との待ち合わせをしてるって言ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。そもそもこっちが待たされてるんだからね。いつものことだけど」
「音楽関係の人なんですか?」
「いや、全く違うよ」
それ以上は聞いて欲しくなさそうな雰囲気を感じ取った優平は黙ることにした。
ふと、前の方から体格の良い男2人が歩いてくることに気づく。道の向こうには大通りが見えるが、暗い人気の少ない道を選ぶべきではなかったなと優平は後悔した。会話をする素振りも見せない男達を優平は不審に思い、麗蘭と男達との間を遮る様な立ち位置に移動し、ポケットの携帯に手を添えるが電源を入れてない事に気づく。男達は避けて通る様な素振りは見せずに真っ直ぐにこちらに向かってくる。慌てて電話をしようとしたが、もう遅かった。
「おい」
優平達の進行方向を遮る様に立ち止まった男の1人が低い声で呼びかけてくる。優平はすぐに麗蘭の前に出るが、柄の悪そうな男達に退けよと言う事ができない。来た道を振り返ると後ろからも同じような男2人が歩いてくるのが見えた。怖さで足の感覚が不安定になってきた優平に対し、男が最低な意図を含むであろう事を言う。
「女だけ残してさっさと失せろ」
優平は腹の奥が熱くなる様な怒りを覚えたが、冷静に麗蘭だけでも逃せないかと考えていると、後ろの男が前の男に対して声を掛ける。
「なかなかいいだろ」
「悪くないな」
(反吐が出るような会話だな)と思いながら優平は再び後ろを振り返り見てみると、駅前で見た男の1人がいることに気が付いた。男の方も優平に覚えがあるといった顔をした。
「お前さっきの携帯のやつじゃん」
「…………。」
優平はただ睨むだけで答えない。
「なんで一緒に居んだよ、意味わかんねぇな」
「知り合いか?」
「いや、別に」
今しかないと思った優平は一歩下がり、麗蘭の腕を掴み大通りの方へ走り出した。後ろでギターケースであろう物が落ちる音がしたが一切気にせずに加速する。すぐに男が止めようとするが、優平はそのまま男の鳩尾に頭から突っ込み、「ゔっ」と悶える男横から麗蘭を前へとすり抜けさせる。
「逃げて!!」
と麗蘭に呼びかけ、すぐに麗蘭を追おうとする別の男の足に飛びつき転倒させる。すぐに後方をみると後ろの2人とは彼女でも大通りまで逃げきれそうな距離があった。
その時、脇腹に強い衝撃を受けた。頭突きで転倒していた男が立ち上がり、優平に蹴りを入れてきたのだ。男はすぐさま顔に狙いをつけた2発目を振り下げようとした時、缶類を蹴った時に鳴る独特のガァーンという音が凄まじい音量で響いた。
男達も優平も何事かと動きを止めると、麗蘭の側に原形を留めていない一斗缶がカラコロと転がっていた。
麗蘭はゆっくり振り返りながらまるで自分に言い聞かせるように、
「だから言っただろう。謝るようなことは必要はないって」
と歓談の時と変わらない口調で言うが、なぜか何処かに冷たさを感じる。
すると、麗蘭はあろう事かこちらに向かって歩き始めた。優平は声を出そうとするが、先の衝撃による痛みで上手く声を出す事ができない。優平を蹴り上げた男がニヤニヤし始め、
「抵抗しねぇならこいつにはこれ以上何もしねぇよ」
と言うが麗蘭はまるでその言葉が聞こえていないかの様に変わらぬ調子で歩いている。男の前まで来た麗蘭は軽い口調で「クズが」と言い放った。男は「は?」と何を言われたのか分からないという反応をしながら麗蘭の首に右手を伸ばそうとしたその瞬間、バギャという破砕音とドンッという低い音が立て続けに鳴り、男が数メートルも吹っ飛んだ。誰も何が起きたのか理解が出来ていない。麗蘭ただ1人を除いて。
壁に叩きつけれられた男を見てみると、右手の曲がり方がどう見てもおかしく、全く立ち上がる気配もない。
コケていた男が優平の手を振り解いて立ち上がり、3人がジリジリと麗蘭との距離を縮めていく。その時、1人の手にナイフが握られているのを見た優平は再び飛びつこうとするが、麗蘭に「君は寝てろ」と変わらぬ軽い口調で言われ動くタイミングを逃す。
1人の男が飛びかかろうとするフェイントをかけるが麗蘭は少しも反応せずに、
「さっさと来なよ、時間の無駄だ」
と呆れたように言った。
それを聞いた男がナイフを突き出すが、先と同じ骨肉が粉砕された時になるであろう破砕音が鳴り響き、男の手からナイフがこぼれ落ちるが麗蘭はそれを華麗に手に取る。麗蘭は苦悶する男に近づき、一瞬体がブレたかと思うと男の鳩尾に蹴りをめり込ませていた。男はそのまま吹き飛び、優平の上を通り過ぎ派手な音を立てて植木鉢やゴミなど置いてある室外機に突っ込んだ。
「あと二人になったな」
こともなげに麗蘭が言うと、1人の男が背を向け走り出そうとするが、再び麗蘭がブレた。優平が麗蘭が手に持っていたナイフが無くなっている事に気付くと同時に、男が転倒した。男の太腿にナイフが深く突き刺さていたのだ。男は冷静さを失い悲鳴を上げて必死に動かそうとするが立つことすらできない。
いつの間にか麗蘭は走り出し、唖然としている最後の1人の鳩尾に蹴りを深く食い込ませる。次に右手を掴み男を地面に叩きつけると、右腕の全ての指、手首、肘、肩を一瞬で破壊した。技の凄まじさは素人の優平にもわかった。苦悶の声を上げる前に麗蘭のブーツの先が再び鳩尾に食い込み、先の男が突っ込んだ室外機に吹っ飛んだ。
麗蘭はナイフが突き刺さり怯えきっている男に近寄ると、日常会話でもしている様な口調で釘を刺す。
「今回だけはこの程度で済ませてやるが、私やこの子に逆恨みなんなりで危害を加えようものなら次は四肢の全てを壊す。他の市民に対しても同様だ。仲間にもそう伝えとくんだな」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら何度も頷くのを見てから男の足から、ナイフを引き捨てる。ナイフは腱だけに刺さっていたらしく大した出血はしなかった。麗蘭はおまけとばかりに鳩尾にブーツをめり込ませ、再び室外機の方に男を吹っ飛ばすした。次に最初に壁に叩きけた男の前まで行き、
「お前はいつまで狸寝入りしているつもりだ」
と語気に怒りを含ませながらそう言った。すると男が残った左腕で体を起こし始めるのを見てから、
「これはあの子の分だ」
と言いながら踵を振り上げ、そして脇腹に振り下ろした。骨が何本も折れるような音がした後、男は再び動かなくなった。
「体は大丈夫か?」
麗蘭が側に来て手を差し出しながら、聞いてくる。優平は手を取り立ち上がる。
「ええ、まあ…」
まだ鈍く痛むが大した事はなさそうだ。見せてみろ、と言いながら麗蘭は服をめくり上げ、脇腹に手のひらを当ててくる。
優平は痛むどうこうの前に女性に積極的に体を触られるのは初めてで、変な意識をしてしまった。顔を赤らめてるのを麗蘭に見られ「その調子なら大丈夫だな」と笑われてしまった。そしてそのまま優平の目を真っ直ぐに見ながら、今日1番の笑顔と共に、
「ありがとう。嬉しかったよ」
と言い、心底嬉しそうに笑った。(その笑顔は反則でしょ…)と優平は思いながら何か言おうとするが、上手く言葉にできない。麗蘭はそんな優平を気にも留めずに、落としたギターケースの方に向かって行き、飛び出たギターと飛び散った破片をギターケースの中にしまっていく。
「すいません、壊してしまって…」
「気にしなくていいよ。そろそろこうなる気がしてたんだ」
彼女が何を言ているのかは、分からないが優平は一緒に破片をギターケースに片付けていく。
「こんな時でもギャラリーっているんだよね」
と破片を拾う手を動かしながら彼女は言う。おそらく大通りへの入り口辺りで集まっている人達のことだろう。するとギターケースを担ぎ上げた麗蘭は優平の二の腕を掴み、
「今度は私の番だね」
と楽しそうに言った。彼女に手を引かれ、2人は人だかりから遠ざかるように走り出した。麗蘭は途中で人の目が届かない路地裏に入り、変わらないペースで走り続ける。
「ここ行き止まりですよ!」
「知ってるよ、しっかり捕まっているんだよ」
そう言いながら優平をひょいとお姫様抱っこすると、深く屈み、そして跳躍した。優平の視界に映る景色が一気に流れ、数秒後に奇妙な浮遊感が訪れた。目を前に移すと、月に照らされた美しい金の髪を靡かせた横顔に心を奪われた。
「もう一度、自己紹介しておこうか」
「私は西条麗蘭、仙人だ」
次からいよいよ本章が始まります。
派手な戦闘シーンはまだもう少し先になります。
次回の投稿は出掛けたりするので、かなり先になると思います。そのまま失踪しないように気をつけます。
もしかしたら数話投稿してからや、出掛け先でやるかもしれません。