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(4)

(どこに行ったんだろ……)

 美月は一人、街を歩いていた。


 今日はここ数日の中でも、特に風がよく通る気持ちの良い休日の昼下がり。蓮斗と出かけたかったのだが、家に行くと彼の母親が息子は出かけたのだと教えてくれたのである。そのまま帰宅するのはこの天気になかなか悪い気がして、結局一人でゆったりと歩いていたのだ。


 図書館に行こうか、それともお気に入りの雑貨屋でも覗こうか。


 そうやって動いていたら、だいたい蓮斗の行くところに当たったりするのだ。それが幼馴染としての絆のようで、それ以上の想いのようで、美月は好きだった。


 そして一人で歩いているとやっぱり、隣の体温がないことが少しだけ不安になる。


(こんな感覚を蓮斗くんも持っていたりするのかな……。恥ずかしくて、聞いてみたことはないけれど)

 思い浮かべた顔に少しだけ俯いて頬を染めた彼女は、普段の静かな雰囲気から一転して、鮮やかに色づく。


 同時に世界の色がさらに煌びやかに見えてくるから不思議なものだ。

 吹いた風は初夏の緑の香りがして、とても爽やかだった。


「おー、美月? どったの、一人?」

『一輝くん』


 掛けられた声に視線を向けた先には、体操服のまま自転車に乗っている一輝がいる。『部活?』と口を動かすと、ちょっとだけ考えた後に「部活かって聞いたのか? おー、そうそう。一年は雑用もさせられるからな。買い出し」と笑って答えた。


 こういうところはまだ知り合って数ヶ月なので、いつも直ぐ様反応を返してくれる蓮斗とはやっぱり違うなと思いつつ、『そうなんだ』と動かした。


「蓮斗は一緒じゃないのか?」

『うん。出かけたって』

「ん? えーっと、出かけたのか? 美月は知らないのか? ああ、そう」

 口の動きとジェスチャーでどうにか会話を成立させていく。


 一輝は普段あまり人を気にしていなさそうな言動をとることが多いが、実は、とても周りを気遣って動く癖がある。美月とのこの対話に関しても、蓮斗以外でいち早く慣れたのが彼だった。

 菜津はまだ少したどたどしい対話になってしまっていることを考えると、彼のこの状況把握能力と空気を読む能力は高く思える。


「あ、今日って、あれか。……ん? でも、菜津、まだ部活してたしな……?」

 ふと思い出した事柄を脳内で当て嵌めてみるが、おや、と首を傾げる。


 あの日、菜津が蓮斗を引っ張ってゆっくり話したいことがあるからと言っていた日。後を追ってしまった一輝は、彼らの会話の終盤辺りだけを聞いていた。


 その際に、確か、今日は一緒にとある場所に行こうと話していたと思うのだ。しかし、先ほど学校を出てくる時にはまだ菜津は部活をしていて、体育館近くの水場で会話をした覚えがある。


『? どうしたの、一輝くん』

 首を傾げて問いかけてくる美月にほとんど気づかず、一輝はさらに考えに没頭していく。


 確か、何か、どこかでそれに関する話を聞いた気がするのだ。

「あー、ちょっと待って。あーっと、なんだったかな……?」

 頭を振って振って首を傾げて腕を組んで、それでも答えは現れない。


 数分すぎて、美月が少し焦れてきた頃、それは起こった。


「おーい、川村。もう買い出ししたから学校戻るぞー」

「おー……あっ! 思い出した!」


 ちょうど一輝の背後からクラブメイトの声が上がったのだった。三人で買い出しにきたのに、何故かそれを放って女子と話し込んでいると、彼らは少しご立腹である。


 そんな少年たちを見て、やっと、一輝は先ほどから引っかかっていたものに辿り着いたのだった。


「そうだそうだ。今日ってさ、体育館の設備点検の予定だったのがなくなったって言ってなかったっけ?」

「なんだよ。そうだよ、だからバレー部もバスケ部も部活してただろ。今日は早く終わると思ってたのに! ってあいつら言ってたじゃん」


「あーそうだそうだ、そうだった! 思い出した! ありがとな!」

 そう言って少年たちから美月へと振り返った彼は、彼女に爆弾を落としたのだった。


 一輝自身は何一つ意識も、疑問もなかったこと。

 だから、彼は特に、隠すことでもないと思っていたのだ。だって彼が知っていることは、『今日蓮斗と菜津が石橋神社に行く予定であること』『けれどその片割れである菜津の部活が早上がりにならなかったために、今蓮斗がいないなら、きっと一人で行っているのだろう』という、推測混じりの理解しかしていなかったのだから。


 ……まさか二人が、美月が隠していることに触れようとしているなんて考えもしなかったのだろう。


「思い出した! 蓮斗、多分石橋神社に行ってると思う! 今日、菜津も一緒に行こうって言ってて……」


『──っ!!』


 その単語を聞いた瞬間だった。


 今まで気温のせいか、感情のせいか、薄らと色づいていた頬が、一気に血の気を失くしたのだ。

 目の前で見ていた一輝にさえ、ざっ、と血の気の下がる音が聞こえるかと思うほどの、それは覿面な反応だった。


 そのまま、『う、そ……』と呟いたらしい口の動きを残して、美月は一気に走り去ってしまった。


「え、ちょっ、美月ー……!? ええー……どうしたんだよ……」


 スポーツをしている一輝が運動音痴の彼女を引き留められないほどの、それはまさに風のような速さだった。

 引き留めようと一瞬差し出した腕が、それはそれは寂しそうに残される。


「おい、どうしたんだよ、川村。あの女子、どうしたの?」

「あ、すまん。とりあえず学校戻るか」


「いや、お前が放ってたんだからな。荷物持ちしろよ?」

「するってするって。本当にごめん!」


 痺れを切らしたクラブメイトに返答し、まだ部活も終わっていないからと、買い出しした物を持って帰還する方を選択する。美月の様子は気にはなったが、安易に考えていたのだ。


(まぁ、美月は蓮斗が好きなんだろうな。菜津と一緒だっていうから焦ったんだろ。……菜津は今日は部活だって言うタイミングなかったからなー……)


 爆ぜろ、リア充。なんて呟きつつ、彼は自転車に飛び乗った。


 彼の頭の中には、心配した美月が蓮斗を見つけて、お互いに気持ちを確認して付き合う……なんていうストーリーが出来上がっていたのである。


 周囲を見、空気を読む能力も高いが、妄想力も高く微妙なところでずれている男であった。


 その背に、風が吹く。薄暗い雲を引き連れて。




  *




(どうしようどうしようどうしようどうしよう……! 蓮斗くんがあの場所に辿り着いちゃったら!)


 走る、走る。

 走る、走る。


 普段ほとんど運動をしていない身体は弱く、直ぐに喉から鉄臭い香りが上がってくるが、止まってなんていられなかった。


 この約一年、どうにかこうにか隠してきたというのに。

 やはりこの間、石橋神社でキャッチボールなんてするんじゃなかったのかも。

 あの祠の方へと向かう時の態度でバレてしまったのかも。


 それとも初めから……?

(ううん。あのことに後悔なんてしてないもの。だって私は──)


 最後に浮かんだ考えにだけ首を振って心の中で否定した。

 自分の何をどうしたとしても、自分がいくら苦労を背負ったとしても、叶えたい願いだったのだから!


 彼女を押し留めようと、向かい風が吹いてきた。


 今日は爽やかな風が吹く気持ちの良い気候だったのに、いつの間にか、暗い雲が目の前から近づいてきているのだ。


 その暗い雲がかかってくるのは、いったい誰の頭上なのか。

 恐ろしい雰囲気にたじろぎそうになる身体に鞭打って、彼女は走って行った。




 ──真実の欠片が、ころりと一つ。

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