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九話とエピローグで終了する予定です。

読んで何かを感じて悟っていただければ幸いです。

 じーわじーわじーわじじじじじ……。


 今年も蝉が鳴き始める頃か。暑苦しい音楽を耳に、甲野こうの蓮斗れんとは学校への通学路を歩いていた。ところどころ跳ねている焦げ茶の短髪を手で掻き混ぜると、天辺から汗が滑り落ちてくるような気がする。


 空は快晴。深い青空が高く広がり、それを背景に木々は新緑の美しさを見せつけてくる。梅雨は過ぎたが、湿度は未だ高い。暑さにへこたれるにはまだ早いとわかっているがどうしても苦手なものはある。


 特に蓮斗が気にしている少女は暑さに弱いのだから。

「最近暑くなったと思ったら、蝉が鳴き始めたね。美月は暑さに弱いんだから気をつけないとダメだよ」


 横を向いて声をかけると、右隣を歩く長い黒髪の少女がうん、と頷いた。口の動きは『わかってるよ』と動いたのではないだろうか。

 彼女は高倉たかくら美月みづき。蓮斗の幼馴染で同い年の高校一年生だ。


「本当だよ? 美月は昔から、自分が辛いくせに何にも言わないで、結局無理をするんだから。何かあったら俺に言ってよ?」

 そう畳み掛けると、彼女は苦笑しながら何度も頷く。口元はやはり、『わかってるって、大丈夫だよ』と動いているように見えた。


 何故こんなふうに一方通行的な会話をしているかというと、美月が声を出せないからである。喋ることができないのだ。


 けれども耳は聞こえるから周りの会話はちゃんと把握しているし、幼馴染の慣れか、蓮斗とはこうやって、ジェスチャーと口の動きで大方の意思疎通ができていた。幼い頃から一緒にいたからそうなっても・・・・・・特に問題なく過ごしている。気になることがあれば筆談になるが、それを厭うような関係性でないのだからやっぱり問題はない。


 蓮斗が暑いぞ、と言って手で美月を仰ぐ仕草をすると、大丈夫だってば、と口を動かしながら美月は朗らかに笑う。


「み、づ、きーーー! あたしの応援きてくれたんだぁ! ありがとね!」


 そんなことをしながら学校へと到着したところだった。

 一目散に美月へと走ってきてぶつかるほどの勢いで抱きついた物体に、蓮斗は不快感にひくり、と頬を揺らした。


「菜津! お前、美月から離れろ!」

「嫌ですぅ。美月は蓮斗だけのものじゃないんですぅ。独占欲丸出しにし過ぎると嫌われるよ?」


 美月に抱きついたまま、にひ、と笑う悪魔に、また、蓮斗は頬に力を入れる。『落ち着いて』と手を動かす美月には悪いが、やはりこいつは成敗すべきじゃないかと思ったところで、今度は少年が走ってきた。


「よぉ、蓮斗! オレの勇姿を見に来てくれるとは、さすが親友! 愛してるぜ!」

「俺は愛してないからな」

「今日もクールだね!」


 うわぁ。蓮斗はどん引きした。そしてその状態のまま、素早く少年から距離をとる。ひどいとか何とか言っているようだが知らない。あれは構えば構うほどダメになるやつだ。


 未だに美月に抱きついて抱き潰しそうな物体は冴島さえじま菜津なつ。後から走ってきては蓮斗に愛を宣言した少年は川村かわむら一輝かずき。共に、高校に入学してから出会って仲良くなった友人である。


 菜津は女子バスケ部のエース、一輝はサッカー部のエースとして活躍しており、本日は他校との練習試合があるために、その応援でわざわざ休日に学校まで出向いたというのが、蓮斗と美月が登校した理由だ。


「二人とも、練習試合、まだなのか?」

「ああ、あたしは美月を迎えにこなきゃならなかったから!」

「オレは蓮斗を迎えに来たんだよ!」

「お前ら馬鹿か」


 二人の後方から追ってきたらしい彼らのクラブメイトを見て言うと、そんな自己中心的──ここで言うと友人中心的となるのか?──な返答がなされたのだから、蓮斗の反応もあながち間違いではない。言葉は選ぶべきだったろうが。

 ひどい、冷たいと言ってくる友人たちを後目に、やっと解放された美月の乱れた髪を直していると腕を取られる。……二人とも。


「美月はこっちね! あたし、今日スタメンだからしっかり応援してね!」

「蓮斗はこっちだな! オレはスタメンじゃねぇけど、蓮斗の愛が欲しいです!」


「ちょ、ま、待てこら!」

「話は聞きませぇーん! じゃ、あねーーー!」

「お互い頑張ろうぜ、菜津!」

「いや、待て、こら、引っ張るなーーー!」


 抗議は実力行使で流されていく。

 菜津が美月を引っ張り体育館へと向かい、蓮斗は一輝に引っ張られながらグラウンドへと向かわされたのだ。蓮斗が美月へと視線を向けると、仕方ない、とばかりに苦笑して菜津に引っ張られていた。『またね』と口が動きながら手を振っているのを見て少しだけ安心しながら、けれどやっぱり実力行使組の二人に関しては何かペナルティを考えようとしていた。




  *




「あーーー、勝った勝ったぁ! ブザービートであたしの3Pスリーが決まった時は気持ちよかったぁ!」

 夕暮れに染まる空に、菜津の高い声がこだまする。天に向かって伸びをする彼女の横では、凄かったね、とばかりに小さく拍手をしている美月がいた。


 そんな二人の背を、蓮斗は一輝と肩を並べて歩きながら見ていた。


「ああぁぁぁ、あそこでシュート外したのは痛かったよなぁ。でもあれはMFミドルが持ち過ぎだと思わね?」

「その前に一輝は相手のDFディフェンスを振り切るべきだったんじゃないか? もう少し早く動いてたらMFも持ち過ぎにならなかったと思う」

「いや、あれ服掴まれてたんだって。相手校、審判に見えないように上手くやるんだよなぁ。ああいうのの対策も考えねぇとな」


 あれから結局、蓮斗は一輝の試合観戦に捕まって、美月は菜津に捕まったので、試合が終わってやっと、四人で帰路を辿っているところだ。


 本日の戦果は、菜津が練習試合で最後にスリーポイントシュートを決めて逆転勝ち。一輝は二対一の一点差で勝ったのだが、試しにと交代で入ったところで、相手に邪魔をされてシュートが決められなかったらしい。どちらも勝ったには勝ったが、特に一輝は見せ場がなかったと、試合内容をおさらいして復習中である。


「ねぇ男子二人、アイス食べない?」

「お、いいな。オレゴリゴリ君」

「あ、俺はスペシャルカップのバニラかな。美月は?」

 菜津の声かけに反応して一樹と蓮斗が答えた。美月は蓮斗の言葉に少しだけ悩んで、『チョコ』と言った。


 よし、じゃあコンビニまで走ろ! と、菜津が美月を引っ張っていく。蓮斗と一輝は少しだけだらりと力を抜いて、そんな二人を見送った。


「菜津元気だなー。あんだけ動き回ってんのに、何で疲れてねぇの?」

「おっさんか。菜津は体力突き抜けてるからな、あいつについていこうと思ったら並みの男じゃ無理だろうよ」


「そうなんだよおぉぉぉ!」

 急に一輝が顔を覆って泣き真似を始めたが、蓮斗は知らぬ振りだ。出来ればこのまま友人枠を遠く離れて知人も過ぎて、全く見知らぬ人になりたいものだがそうもいかないらしい。ぐわし、と一輝が両手で肩を鷲掴みにしてきたのだ。


「オレは、青春が、したいのです!」

 知るか。一輝の主張に呆れ顔で返す。今日まさに青春の代名詞の一つでもあるスポーツで汗を流してきたというのに、彼にとっての青春はそこではないようだ。


「菜津は鈍感だからな」

「デスヨネー……オレのアプローチは一切届いてない様子……。ああ、なんて可哀想なオレ……」


 まだ出会って三ヶ月ほどだが、彼らはとてもわかりやすい。一輝は菜津に一目惚れをして、それからずっと彼女に自分をよく見せようと色々と仕掛けているのだが、未だに何一つ通じているようには見えない。菜津は高校の入学式で出会った、清楚で可愛くて神秘的な美月に一目惚れしたからだ。そしてバスケ部だけでなく、スポーツ万能の彼女は、バレー部やテニス部にも引っ張りだこで、現状、恋や愛より最愛の親友美月とスポーツのことしか考えられていないというのである。


 蓮斗はそうやって背を丸める友人を一つ叩いて、笑った。

 頑張れよ、の意だ。

 余裕があるやつは違いますねー、と半眼で睨んでくるがやっぱり知らない振りである。顔は笑っているが視線は向けない。


「そういや、蓮斗は美月といつから一緒なんだ?」

「何だよ、唐突に。ええと、確か幼稚園だったと思う。お互いの母親が仲良くなって、で……」

 先ほどまで沈んでいたはずの一輝からの急激なキラーパスに、少しだけ狼狽えながら蓮斗は答えた。


 そうして、幼稚園の頃から美月は美月だったな、と思い出す。青色のスモックに桃色の帽子と名札。大多数の中にあってそれでも、彼女は美しい黒髪と穏やかな笑顔で多くに愛されていた。


「へぇ〜、幼馴染としか聞いてなかったけど、そんなにちっさい頃からだったんだな。……ん? でも、幼稚園とかだったら、喋られねえのすげぇ困んね? どうやってたんだ?」

「ああ、あの頃は……」


「ちょっと男子ーーー! 早く来ないといらないと見なすからね!」

 蓮斗が答えようとしたところで、先に走って行った菜津の怒声が割り込んできた。コンビニの前で仁王立ちをしている様子が見えた。

 しまった、ゆっくりし過ぎたか。「アイスいるー!」と言って飛んで行った一輝の背を、蓮斗もゆっくりとした足取りで追うことにした。




 ──『れんとくん、だぁいすきだよ!』



 ……あれ? そう言えば、俺、美月と会話したことある……?

 いつから、彼女は喋れなくなった……?




 不意に、耳の中で生まれた声が蓮斗の意識に纏わりつくが、


「蓮斗! 早く! 奢らせるぞーーー!」

 友人の声に引っ張られて、それは一瞬で霧散した。


 今行くよ、と声を張り上げて彼らへと走った初夏の黄昏。




 ──夢を夢と気づきもしていなかった頃の、幸せな時のこと。

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