表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

工場長の憂鬱

作者: 北海 道男

「止まないなぁ…」


昨夜から降り続けてる雨は

朝になっても一向に

止む気配を見せない


お気に入りのマグカップで毎朝飲む

インスタントのブラックコーヒーを

片手に持ちながら、

窓に映る、雨模様の空を

憂鬱そうに見る男がいた


この男、実は

とある工場の工場長である

その工場は、24時間休みなく

動いているのだが

便利な世の中なもので、

ある程度の指示だけ出しておけば

工場長は不在でも

何も問題なく工場は稼働するのだ


だが、この日は違った


朝から緊急の呼び出しが

工場からかかってきた


「生産予定表が理不尽な数字を

出しております

原因を調査中なのですが

とりあえず、工場長

今からコチラに向かってください‼」


寝ぼけマナコの工場長の元に

そんな1本の電話がかかってきたのが

朝の5時過ぎであった


原因がわからない以上、

工場長が直接行き

陣頭指揮を執らねばならぬ


だが、

この生憎の雨だ


「もう仕方ないな。出かけるか」


工場長は、半ば諦めかけて

家を後にした



工場長が着いた頃、

作業員が忙しそうにしている

まるで、蜂の巣を突いたような

騒ぎにも見受けられた


「これはタダ事ではないな…」


工場長が、

さてさてどうしたものかと

周りを見ようとしたその時である


「あっ!!工場長、おはようございます」


後ろからの声に振り向くと

ソコには

生産調整部長が居た


「やぁ、おはよう

ところでコレは、一体どうし…」


工場長が、ここまで言いかけたトコロで

生産調整部長が矢継ぎ早に

話し始めた


「まずはコレを見てください」


生産調整部長から

1枚の紙を渡された


「ふむ…」


この表は、その日1日の

生産量と工場稼動時間が

記されている


工場のみんなは

この表を元に

生産量を調整しながら

工場を動かしている


基本的には

生産調整部長が

大枠を決め、工場長と

細かいトコロの調整をし

それで動かしていくのだが

どうやらこの日は、

勝手が違うようである



「この表は?

こんな数字、俺は見た事がないのだが…」

工場長は不思議に思った


2日前に、この生産調整部長と

打ち合わせをした数値が

この表にはまったく

反映されていないのだ


生産調整部長も原因が

わからないらしい

「ワタシが今朝、出勤したら

すでにこの表が

貼りだしてありました

私達で先日作った生産表は

すべて破棄されたあった、との事です」


生産調整部長は困惑しながらも

こう言った



「一体、誰が?なんの為に?」

工場長の疑問は、至極当然である


この工場の生産量は

この2人がすべてを決めている、

と言っても過言ではない


にも関わらず、そんな2人の意向を

まったく無視して

この様な変え方をする人物


「俺達の知らない何か、が?」


工場長は、思考を巡らせ

考えられる可能性を

編み出そうとしたが

まったく、見当すらつかない


「とりあえず、

もうこの表で工場は動いているんだろ?」

「えぇ…、一応は

この稼働表で工場を動かしています」

「結構、無茶な数値ではあるが

やってやれない数字ではない

今日のトコロはコレでみんなに

頑張ってもらうしかないな」



無茶とは思いつつも

工場のみんなの頑張りに

委ねてしまう歯がゆさを持ちつつ

工場長は、そんな指示を出した



(しかし、本当に一体誰が?)


工場長は、理解出来ない状況に

困惑しつつも

生産調整部長に

工場長室に来るように伝えた



「さて…」


工場長室に戻った工場長は、

どっかりと椅子に座り

タバコに火を灯した


ゆらゆらと漂っている

タバコの煙の向こう側には

生産調整部長が

何かを言いたげにコチラを見ている


工場長は、改めて

その新しい工程表を

眺めていた


「14時00分と23時00分の

2回の排出か…

今まで、こんな事は無かったハズだが…」

工場長は、タバコの灰を落とすのも

ままならぬ状態で

工程表に見入っていた


「工場長、実は…」

何か言いたげだった生産調整部長が

口を開いた


「ん?何だね?」

「ワタシが今朝、出勤した時には

実は、先日工場長と二人で作った

本日の生産管理工程表は

貼りだされておりました」


「何?」


これは、どういう事だ?


生産調整部長の出勤時間は

午前4時

電話が来たのは

午前5時

その、1時間の間に

何が起こったというのだ


「しかも…」

生産調整部長は、工場長に思考の時間を

与えぬかのように

再び口を開いた

「その時間帯に出勤してきたのは

ワタシだけではありません

工員も数名、同じ時間に出勤し

皆それぞれ、工場長と一緒に作った

工程表を目にしてるハズです」


何がどうなっているのか

皆目見当がつかない


今朝、出勤してきた

生産調整部長を始め

皆が皆、本来の工程表を

目にしている。

なのに、空白の1時間の間に

皆が気付かないウチに

工程表が入れ替わっていたのだ


「!?」


工場長は、ハッと思った

「生産調整部長!!」

「はいっ、何でしょうか」

「工場の皆は、工程表が

入れ替わった事に

気がついてるのか?」


生産調整部長は不思議そうな顔で言った

「気付いてると思いますよ

だって、今朝はみんな

本来の工程表を見ているんですから」


工場長には疑問点があった

工程表が入れ替わる、という

大事なのに、妙に皆

黙々と仕事をこなしている


むしろ、こんな無茶な数値を

指定されているのに

皆、張り切って仕事をしていた


「その割には、工員の皆から

不平不満があがってきてないが?」

工場長は生産調整部長に

聞いてみた


「そう言われるとそうですね…

いつもなら、ちょっとでも

生産数が上がっただけで

ブーブー文句を言う奴らばかりなのに…」


ろくすっぽ、吸うことすらなかった

1本目のタバコを消し、

すぐさま2本目のタバコに

火を灯した工場長は

1つ、大きくタバコの煙を吸い込み

「そういう事か…」

と、つぶやいた


「え?どういう事ですか?」

生産調整部長は困惑した様子で

工場長に聞き返した



「お(おかみ)の意向だよ」


生産調整部長も

「お上」の存在くらいは

知っていた


だが、いま現在そのお上と

アクセス出来る権限を

持っているのも工場長だけ、だと

いう事ももちろん知っている


故に、

「お上の意向」と言われても

生産調整部長からすれば

自分の思慮の範疇からは

全然遠いトコロにあるのだ


「お上の意向、ですか…」

「うむ、恐らく間違いない」


ほぼ確信めいた言葉を発しつつ

工場長は、おもむろに

室内の本棚の横にある壁に

自らの指紋をかざした


すると、本棚全体が

横に移動し

さらに奥にある

畳3帖ほどのスペースが

出てきたのである


「工場長、これは?」

「あぁ、そうか

キミはココを見た事がないか」


その、畳3帖ほどのスペースには

大型コンピュータらしきものが

壁1面に据え付けられており

スペースの中央には

パソコンらしきものが置いてあるだけだ


「ココが、お上とアクセス出来る

唯一の場所だ

当然、ワタシの指紋でしか

反応しない扉で守られているがね」


そう言いつつ、工場長は

ドカッと、そのパソコンに向かい

座ってキーボードを叩き出した


「以前にアクセスしたのは

何年前だったかな…」


そんな事を考えつつ

工場長はパソコンにて

お上とのアクセスを始めた


工場長室に、こんな設備があるなんて

生産調整部長はもちろんの事、

工員の誰一人として知る者は

いないのである

そんな、シークレットが

今目の前に展開されているのが

生産調整部長には、

何となくワクワクにも似た

嬉しさがあった


と、その時である


「!?」


工場長が、何かを見つけた様であった

いきなりパソコンに向かい

身を乗り出したのを見て

生産調整部長も

コレは、何かを見つけたに違いないと

確信するには充分な工場長の

振る舞いであった


「そうか、そうか…

そういう事だったのか!!

ワハハハハ、そうかそうか」


「?????」


工場長は、パソコンの画面を見ながら

何度も何度も、感嘆の言葉を漏らし

充分に納得をしていた様子だが

生産調整部長からしたら

何がなんだか

さっぱりわからない


「あの……、工場長?」


「あぁ、スマンスマン

キミもこちらへ来て

コレを見てみなさい」


初めて立ち入る

特別なエリア

生産調整部長は少し緊張しながら

工場長の元へゆっくりと歩いた


「コレを見なさい」


工場長は、生産調整部長に

パソコンの画面を

おもむろに見せた


何かのスケジュール表の様である


だが、それが何を意図するのかまでは

さすがにピンとは来なかった


「あの…、工場長?」

「ん?何だね?」

「今更なのですが、そもそも

『お上』というのは

どういった存在なのですか?」

「お上?」

「はい」


工場長は、再びタバコに火を灯し

ゆっくりと話し始めた


「キミはこの工場に来て

何年になる?」

「はい、23年です」

「そうか、

では、その間に『お上』についての

疑問は持ったことは無かったのかね?」

「はい、そもそも

アクセス出来るのは工場長だけでしたし

自分は、自分に与えられた仕事だけを

こなしてれば良いと考えてました」

「なるほどな…

だが、今ワタシ達をとりまく状況が

激的に変わるかもしれない転機と

なりそうなのだよ」


生産調整部長は、

ますます訳がわからず

困惑した様子だったが

工場長は、続けてすぐに

また話し始めた


「なので、キミにも

『お上』というのが何なのかを

しっかりと知って貰う

必要無いある」


「はぁ……」

生産調整部長も、それなりに

考えてはみたが

それでもやっぱり何もわからない


「『お上』というのはね…」

「はい」

「ワタシ達や工員、または

この工場が存在している場所の宿主の事だ」

「へ?宿主?」


あまりに突拍子ない事で

生産調整部長から変な声が出た


「そう、宿主だ」

「宿主、というのは

どういう事でしょうか」


「まぁ、平たく言うと

『人間様』という事だ

そして、『お上の意向』というのは

その人間様の脳から発せられる

指令みたいなものだ」


「それじゃ、我々の工場は

一体、何の工場なのですか?」

生産調整部長は、当然

湧き上がるであろう疑問を

工場長にぶつけてみた


「宿主(人間様)は我々の工場を

『精巣工場』と呼んでいる」


工場長は、パソコンの画面に

表示されている

スケジュール表を指さし

説明しだした


「このスケジュール表を見てみなさい」


生産調整部長が覗きこむと

ソコには

「本日の予定」と書かれた

スケジュール表が確かに

書いてあった


きっと、コレは宿主(人間様)の

スケジュール表なのだろう


そのスケジュール表の

17時00分の欄には

「ついに彼女とお泊りデート!!

今夜こそ決める!!」

と書かれてある


「ココだよ、ココが重要なのだよ」

工場長はこの顛末を

ゆっくりと説明しだした


宿主は、初のお泊りデートに向けて

恐らく14:00頃に一度

精巣工場から排出されるモノを出して

心を落ち着かせるのだろう

いや、

案外、夜に向けての長持ち対策かも知れん


そして、23:00

ココはもちろん

彼女さんとの熱い夜なのだろう


「突然の工程表の変化にも

工員達は困惑せずに

黙々と仕事をしていただろう?」

「はい、言われてみればそうです」

「お上の意向は、直接

我々の脳に指令が下る

しかも、極々自然な形で入り込むので

変な混乱はまったく起きない」

「なるほど、そういう事だったのですか」


生産調整部長は、

やっとすべてがつながった表情を浮かべた




人間様は、緊張すると喉が乾く、という

今朝の止まない雨も

宿主の摂取した水分が

大量だったのであろう




「ワタシはね…」


工場長が窓越しに

相変わらず止まない雨を見ながら

つぶやいた


「宿主が産まれたと同時に

この精巣工場の工場長に就任した

さっきキミが、ココに来て23年と

言ったが

ワタシももちろん、工場長になって

今年で23年になるのだよ」


「そうだったんですか」


「その間ずっと、

実は憂鬱だったのだ」


「それは、どうしてですか?」


「我々の仕事、

ーー宿主の欲望のためだけに排出される数々の精液ーー

こんなのには、まったく

意味がないのじゃないか、と

何度も何度も自問自答していた」


「だけどね、

今日という日が、1つの転機になるハズだ」


「どういう事でしょう」


「まだわからないのかね?

我々の工場から作り出す精液は

これからは、未来の命を産み出す

貴重なモノになるかも知れないのだよ」


「あ、そうか!!」

生産調整部長は、やっと

すべての事が理解できた


結果的に昨晩からの雨は、

工場長の憂鬱すらも

洗い流す雨になったかも知れない



「さぁ!!

これから我々の仕事は忙しくなるぞ!!」

「はい!!」


力強く答えた生産調整部長と

工場長の瞳は、

すでに未来を見据えていたのであった




~完~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ