96、調教師とグリフォン
調教師とグリフォンの愛と友情の感動物語編・最終回!
涙なくしては語れない!?
イーサンが厩舎の外にいるダニエルとエミリアを連れて戻って来た。
反応しかけるゲニッシュをケイが目ざとく見つけ、落ち着けと言わんばかりに羽根を引っ張る。顔には出ていないが、内心悶絶するゲニッシュを横目にケイが事のいきさつを二人に説明する。
「ダニエル、今までのゲニッシュの行動は、お前に恩があってそれを伝えるために行っていたそうだ」
「恩?」
「ちなみに、過去にグリフォンの子供を助けたことはあるか?」
ケイに尋ねられ考える素振りを見せたところ、どうやら思い当たることがあったようでハッとした表情をしてからもしかしてと呟く。
「もしかして、二年前に保護をしたグリフォンの子供のことだと思う」
ダニエルは、デンリール山の麓にあるイレモ村という酪農を中心としている小規模の村の出身者である。
二年前、たまたま実家に戻っていた彼は、家の手伝いの合間にデンリール山の生態調査を独自に行っていたようで、そこでワイバーンの襲撃にあったとおぼしきグリフォンの群を見つけたと言う。しかし彼がそこに駆けつけた時には襲撃の後だったようで、四頭いたグリフォンは全員が既に息絶えていたそうだ。
そして雌のグリフォンの死体の下から、か細い鳴き声が聴こえたので様子を見たところ、頭に怪我をした生後間もないグリフォンの子供を見つけ、所持していたハンカチで頭を止血をし、そのグリフォンの子供を抱いて無我夢中で山を下りたことをはっきり覚えていると話してくれた。
その後、運良く任務でデンリール山を訪れていたバナハの巡回部隊と遭遇。
そのグリフォンの子供を彼らに託して村に戻ったそうだ。
「そういえばゲニッシュは、保護されたグリフォンだと聞いたことがある」
「えっ?そうなの?」
「私が赴任した一年ほど前に当時訓練を受けていたゲニッシュには、怪我の影響で体毛や羽根などが生えそろっていないと見聞きしたからね」
『頭の傷ならまだ残ってるぜ。たぶん左側だったと思うから見てみてくれ』
イーサンの発言にシンシアが驚くと、ケイはゲニッシュの言葉通りに左側頭部の毛を軽く捲ってみる。すると確かに彼らの証言通り、ゲニッシュの左側頭部辺り、ちょうどこめかみから後頭部に向かって鋭い何かで負った傷跡がある。
「あ!あの時のグリフォンの子供と同じ傷跡をしてます」
ダニエルがそう呟く。
気が動転していたわりには、やけに詳しく覚えている。
調教師というものはどんな些細なことでも見逃さないといった、いわば職業病みたいなものなのだろうか。
ここでゲニッシュは突然何かを思い出したかのように、おもむろに藁で造られたベッドを突き出した。そして藁からくちばしで器用に何かを取り出す。
「これは・・・」
ゲニッシュが嘴で咥えたそれをダニエルの前に突き出すと、彼は驚きの表情でそれを受け取った。
彼の手に握られた物は、若草色のハンカチだった。
だいぶ古い物のようで、穴が開いているところを塞ぎ、すり切れた場所を補強している形跡が見られる。そして全体に赤いシミの様な跡が付着している。
話の流れと状況からして生き物の血液の跡だろう。
「これは僕のハンカチです!怪我をしたグリフォンの子供に止血で使いました」
ダニエルが示したハンカチは、幼少の時に亡くなった祖母からプレゼントして貰った大事な品だという。彼は幼いころから調教師になるのが夢だった。
亡くなった祖母とよく一緒に祖父の調教師の仕事を観に行っていたそうで、いつかは自分もああなりたいと祖母に話していたのだそうだ。
そして祖母は、彼のために願いの意味も込めてそのハンカチを送ったのである。
今考えると、もしダニエルが山に入らなければ、その時止血出来るものを持っていなければ、下山した時に巡回部隊に遇わなければ、そう思うとゲニッシュの命はなかったのかもしれない。
ケイが横目でゲニッシュの様子を伺うと、心なしか目が潤んでいるように見える。
意外と知られていないが、グリフォンは元々頭のいい魔物であるため、話すことはできないが人の言葉を理解することは可能のようで、そのため人間以上に感受性が高い生物として研究では結論づけられている。
ゲニッシュが先ほど三人の兵士に威嚇を向けたのは、ダニエルを侮辱し自分の不甲斐なさが相まってあのような行動に出たのだろう。
「ところで最初にゲニッシュが俺のこと魔物使いか?って聞いてきたけど、調教師となにが違うんだ?」
「よく間違われるのですが、魔物使いは使役した魔物を戦わせる職業で、調教師は魔物の能力を最大限に引き出すための職業になります」
ダジュールには魔物使いと調教師、そして上位職である召喚士が存在する。
魔物使いは、様々な魔物を使役して戦う職業で、魔物の習性や餌付けで手なずけ仲間にする。魔物の中には高度な知力を持つものもいるため、場合によっては説得や話し合いで引き入れることもあるそうだ。それと、魔物の言葉がわかるという先天的な能力を持つ者が自然な流れてそちらの道に歩むものが多いと聞く。
一方の調教師は、使役された魔物の能力を高める支援職で、その職業になるためには膨大な量の魔物に関する基本知識や専門知識をを学ぶことから始まる。
そして学校または先輩調教師を師事しながら、職について広く深く身につけ経験を重ねていくという地道な職業でもある。
言葉がわからないというデメリットを十分に自覚し、人間と魔物との信頼関係が他の職業より一層重要になる難しい職業のひとつでもある。
そのため、志した者の中でも挫折し去って行く者も少なくないという。
ちなみに上位の召喚士は、魔力を持ち入り異界から様々な存在を呼び出し使役する職業である。召喚する対象が高位であればあるほど、必要な魔力が多くなり、召喚しても使役できるかどうかは術者の力量にかかっている。
他にも精霊使いという職業があるが、四大精霊+上位精霊(火・水・風・土+光・闇)を扱うことができるのは精霊が見えるエルフ族のみのため説明は割愛する。
「そう考えると、言葉のわかる魔物使いが羨ましいよ」
ダニエルは寂しそうな表情でゲニッシュを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
確かに互いの言葉が理解出来れば、より一層の信頼を得ることができるかもしれない。しかし地道に相手を思いやり慈しむ姿は日本で言う、縁の下の力持ちという立ち位置に似ている。
そんな様子を見たゲニッシュが、どう接したらいいかわからない様子でこちらに目で訴えかけている。下手に動けば怪我をさせてしまうと思っているのか、ブリキの人形のように慎重に首を傾けて、必死に慰めようとする態度を表している。
『難しいことはわからねぇが、お前の気持ちは十分伝わってるぜ。だから元気だせよ』
ゲニッシュの傾けた首をダニエルがゆっくりと撫でる。
ケイの耳にはダニエルとゲニッシュの会話は合っているのだが、状態と状況で推測するしかない他の人達はなんと声をかけていいのかわからない表情を浮かべる。
「ケイさん、ダニエルさんのためにもなんとかなりませんか?」
「なんとかって言われてもなぁ」
「私思ったんだけど、ケイ様ってたまに薬を創っているわよね?」
「薬?・・・あぁ、そっか!エンチャントのことか」
タレナから何かできることはないかと尋ねられ、アレグロがエンチャントを施して薬を創ることは可能ではないかと語る。
ケイ本人はすっかり忘れていたのだが、エンチャンターの称号を持っているとわかった当初に、実験と試作を兼ねていくつか作製したあれである。
過去に体質改善薬や二日酔い覚ましを創っていた事を思い出し、それを応用すれば意思疎通できる薬みたいなものを創れるのではないかと考えたのだ。
「ダメ元でやってみるか。イーサン、これに水を汲みたいんだが井戸はあるか?」
「井戸ですか?それでしたら、厩舎の裏手から出てすぐのところにあります」
ケイは鞄の中から空き瓶を取り出すと、イーサンの案内で厩舎の裏手にある井戸から水を汲んで戻って来ると、作業用の机にそれを置いた。
「ケイ、何をしようというんだ?」
「俺はエンチャンターの能力も持っているから、それで意思疎通の薬を創れるんじゃないかと考えたんだ」
「エンチャンター?」
「まさか、失われた職業が実在していたとは・・・」
エミリアが首を傾げるが、イーサンは失われた職業であるエンチャンターの存在を知っていたのか驚愕の表情を浮かべる。
皆が固唾を呑んで見守る中、ケイのエンチャンターでの作製を開始する。
「それじゃ始めるぞ!・・・【エンチャント・魔物意思疎通】」
ケイが唱えると、水の入った瓶が仄かに淡い紫色に光り出した。
その光が収まった後、空き瓶の中の水は淡い金色の液体に変化していた。
ケイが確認のため鑑定をかけると、以下の内容で表示される。
【魔獣調教師の薬】
慕ってくれる魔物と意思疎通したいという青年の想いが具現化した職業進化薬。
魔物と意思疎通が取れるほか、世話をしている魔物の基礎能力を五倍ほど上げ、尚且つ鍛えれば鍛えるほど強くなる。また、自身でも魔物を使役することが可能になるほか相乗効果で能力が飛躍的に上昇する。
しかも、体内に少量の魔力しかなくても質を変化させ、どんな野生の魔物でも好意的に接してくれ協力が得られやすくなる。(ただレモン味のためかなり酸っぱい)
※この職業一つで王都が落とせます。
ケイは最後の不吉なワードに一瞬んっ?と顔を顰めたが、魔物と意思疎通ができると書いてあるため飲ませて実践させるしかないと思い至る。
「ダニエル、とりあえずこれを飲んでみろ」
「えっ?これ大丈夫ですか?」
「意思疎通ができると鑑定で出たから問題はない」
鑑定結果には他にも書いてあったのだが、魔物と意思疎通という第一条件をクリアできているか確認したかった。
ダニエルはケイからエンチャントされた金色の液体を渡されると、ビンの口から匂いを嗅ぎ、口に少量を含んで感触を確かめた後に一気に口に流し込んだ。
その様子を見ていた一同が、なかなか動かないダニエルを心配し始める。
「ダ、ダニエル!?」
『お、おい!しっかりしろ!?』
「ケイ、これは大丈夫なのか?」
「味はレモンのように酸っぱいと鑑定で出たから悶絶してるんだろう。もう少し待ってみよう」
ダニエルの様子にあたふたし始めるイーサンとゲニッシュに、本当に大丈夫なのかとエミリアが怪訝な表情をした。
暫くしてダニエルがもぞもぞ動き出すと、イーサンとゲニッシュが心配そうな顔で彼の表情を覗きみた。
「ダニエル大丈夫か?」
『無事か!?』
「ゲホッ・・・大丈夫です。ただちょっと酸っぱいレモンの味がしたので飲み込みに時間がかかりました」
どうやらレモン味がキツすぎて、なかなか飲み込むことができなかったようだ。
ケイはそんな彼らの会話を半分聞きながら、結果を鑑定する。
ダニエル・ケンバー
職業:魔獣調教師
調教師から進化した職業。
全ての魔物の指導者と言われ慕われる最強支援職のひとつ。
この職業さえあればどんな魔物も強化し、あらゆる軍隊をもいとも簡単に壊滅させることができる。魔物は魔獣調教師に絶対服従の信念を持つため、下手に刺激すると後が怖い。
さすがのケイもこの鑑定結果には、しまったという表情をした。
単に意思疎通ができればいいと軽く考えていたようだが、結果はこの通り厄介なタイプの職業にクラスチェンジされている。
それを横目で見ていたアダム達は、何かを察したようにまたかとため息をつく。
「まさか、ゲニッシュと話ができるとは思わなかったよ」
『俺もアンタと会話ができるとは夢にも思わなかった。あの時は助けてくれてありがとう。それよりもさっき飲んだ薬だが身体の調子は大丈夫か?』
「あぁ、僕は問題ないよ。ゲニッシュこそ頭の古傷が痛んだりしていないかい?」
『俺は大丈夫だ!それよりもなぜか今まで以上に体が軽いんだ!』
ダニエルとゲニッシュが喜びを分かち合いながら会話をしている横で、ケイは内心冷や汗をかいていた。それは魔獣調教師の効果で強化されていると同時に、ダニエルも強くなっているようなので、今後彼と部隊がどんな方向性になるか考えただけでも目眩がしそうになる。
傍から見ていたイーサンとエミリアは、なんとなくだがダニエルとゲニッシュが互いに理解をして、意思疎通しているのだなと暖かい眼差しを送る。
「ケイ、ちなみに聞くけど、ダニエルはどうなったんだ?」
「あー意思疎通はできたけど、薬の効果で職業が変わっちゃった」
「職業が変わる?」
「調教師から『魔獣調教師』に職が変わって、世話をしている魔物を強化して自身も使役することができる職業らしい」
小声で聞いてきたアダム達に魔獣調教師の説明をすると、案の定、別の意味で顔を青くさせた。ケイ自身も予想斜めの結果に正直に話すべきかどうするか悩んだ。
結果、ダニエル達に事実のまま伝えた。
イーサンは「彼らが強くなる以上、我々もより一層の強化を目指さなければならない!」となぜか意気込み、エミリアは「やはりケイに相談してよかった」と胸をなで下ろす。ダニエルは「みんなの支援ができればいいだけなんだけど・・・」と困った表情を浮かべる隣で、ゲニッシュは『ダニエルに恩が返せるなら今以上に強くなってみせる!!』と、もはやなにが正解かわからなくなってくる。
後にダニエルは、世界で唯一の最強の魔獣調教師として活躍し、デンリール山のグリフォンとワイバーンを手懐け抗争を治めることに成功する。
その間には彼の活躍を聞き、多方面からアプローチはあったようだが、機嫌を損ねると滅ぼされると噂になり一部では【ヘルシャウト《支配》のダニエル】と呼ばれるようになったとかならなかったとか?
とにかく当人同士の問題が解決したと結論づけ、ケイ達は次の待ち人である王都アルバラント・王立図書館にいるバートの元に向かうことにした。
困り事はケイのチートによるパワープレイにおまかせを!
次回は、久々の王立図書館のバートの元へ。
次回の更新は11月13日(水)です。




