95、グリフォンの恩返し
大変お待たせしました。
ボタンの掛け違いって意外とわからないよね?って話。
「ゲニッシュ、落ち着くんだ!」
奇声を上げてケイ達を威嚇するグリフォンを、イーサンが落ち着かせるように宥めるが興奮しているせいなのか、なかなか大人しくならない。そのうちその奇声に他のグリフォンも攣られるように雄叫びのような鳴き声を上げる。
「ち、ちょっとなんでこうなるの!?」
「ケイ!とりあえず一回外に出よう!!」
「なんつった!?鳴き声が五月蠅すぎてなんも聞こえねぇ!!」
ケイ達は互いに近くに立っていたのだが、耳をふさぐシンシアの隣でアダムが声を上げるが、グリフォンの合唱のような鳴き声にかき消され、お互いの声が聴き取れず会話が成立しなくなってしまった。
そのため、満場一致で一旦厩舎の外に出ることにする。
外に出た途端、先ほどまでの奇声が嘘のように静まりかえった。
「ひでぇ目にあったぜ」
「まだ耳が痛いわ」
「みなさん、すみません」
何がどうなっているのかわからないケイ達に、ダニエルが申し訳なさそうな表情をした。どうやら奇声の原因は彼にあるとみて間違いないだろう。
その少し後にイーサンが厩舎から出てきた。
興奮したグリフォンをやっとの思いで宥めることができたようで、少し困った表情でケイ達に話を切り出した。
「実は僕のパートナーであるゲニッシュが、厩舎に入るダニエルを見るたびに過剰な反応を見せるようになってしまったんだ」
「それに他のグリフォンが同様の反応をするようになった、と?」
「あぁ。同じように世話をさせている新人の兵士にはそういった反応がなかったので、私たちでも何故このようなことになるのか検討がつかないんだ」
ダニエルが赴任してきてから二ヶ月の間、ある時は厩舎から放り出し、またある時は威嚇する声を上げて追い出したりと、イーサンもそれを改善させようといろいろと手を打ってはいたが、いまいち改善までには至らない。
そればかりか、日に日にダニエルの身体にグリフォン達からつけられた生傷が絶えない状態になっている。
ダニエルは調教師であって兵士ではない。
特別な訓練を受けていない、いわば一般人に近い立場の人間なため、そのうち最悪の事態になるかもしれないとイーサンはいつも危惧していた。
「認める以前の問題じゃねぇの?」
「う゛っ!それは・・・」
「ちょっとケイ!言い方ってものがあるじゃない!」
シンシアが叱責するが、ケイにしてはこれでもオブラートに包んだ方である。
この状況を見る限りグリフォン達、というよりイーサンのパートナーであるゲニッシュが、ダニエルに対してあまりいい感情を持っていないように見えた。
「とにかく、俺たちが入って様子をみて来ようぜ」
「それなら私が案内します」
ダニエルは、また同じ事になるかもしれないとここで待っていると言い、エミリアも彼と一緒に外で待っていると告げる。
ケイ達はイーサンの案内で、再度厩舎に足を踏み入れることにした。
厩舎の中に入ると、先ほどのグリフォンたちはこちらに向くことをなく、リラックスした状態で羽根を広げていた。世話をしている兵士にブラシをかけられているグリフォンも、こちらを認識はしているが反応することはない。
「俺たちが入ると普通なんだな」
「と、いうことは、ダニエルの何かに反応したのは間違いないということか」
「でも、なにが違うのでしょう?」
レイブン確信を持ち、タレナが疑問の表情をみせる。
先ほどまでの行動が嘘のように、グリフォン達の大人しい光景が拡がっている。
イーサンのパートナーであるゲニッシュは普段は奥のにいるそうなので、そちらに案内してもらうことにした。
『ゲニッシュったら、またやってるのね』
『もう何回目?』
『さぁね。だけど周りも周りよね』
ゲニッシュの元に向かう途中で、二頭の雌のグリフォンが並んで座っている。
ケイの耳に雌の話し声が聞こえたためそちらに注目していると、雌のグリフォンもこちらに気づきケイのことを凝視する。
『な、なに?』
『新しい世話係の兵士じゃない?』
「残念ながら俺は冒険者だ。ところで今の話はどういう意味なんだ?」
まさか自分たちの言葉を理解しているとは思わなかったのか、二頭が同時にケイの方を向く。右側の雌のグリフォンが、驚いた様子で話しかける。
『驚いたわ!あなた言葉がわかるの?』
「まぁな。それよりさっきのゲニッシュの話について聞かせてくれ」
ケイがその二頭に、グリフォンたちが騒いでいるせいでダニエルの調教師としての仕事がままならないことを伝え、なぜそうなったのか教えてほしいと話した。
二頭はケイの説明にだからかと納得の様子で頷き、右側のグリフォンが答える。
『二ヶ月前にやってきた新しい調教師の人なんだけど、ゲニッシュが俺のことを覚えているか?ってその人に向けて言っていたのを聞いたことがあるわ』
「覚えてる?面識があったってことか?」
『そこまではわからないけど、何でも命を救ってくれたとかなんとか言ってたわ』
『というか、ワタシ達も迷惑してるのよ。子供の発育にも悪いし言葉がわかるなら、もう少し静かにしてくれって伝えてくれないかしら?』
今度は左側の雌のグリフォンが口を開く。
雌のグリフォンの翼の下で、ぬいぐるみのような愛らしい外見の子供のグリフォンがもぞもぞと動いている姿が見えた。性別は不明だが恐らく生後数ヶ月といったところだろう。
ケイはその姿を確認してから雌のグリフォンの頼みを了承すると、二頭に礼を言ってからその場を離れた。
「まさか、本当に言葉がわかるとは思いませんでした」
その様子を離れた場所で見ていたイーサンは、驚きの表情でケイを向かえる。
仲間の五人は以前キャトル村で牛相手に同じ光景を見ていたため、特に驚きはしなかった。
「牛と話ができる段階で慣れないとやっていけないからな」
「で、なにかわかったか?」
「どうやらゲニッシュは、以前ダニエルと会っていたようなんだ」
「ゲニッシュがダニエルのことを知っていたということですか?」
「たぶんな。とりあえずゲニッシュの元に案内してくれ」
「わかりました」
ゲニッシュはダニエルと面識があるような態度だったことから、本人に聞いてみるしかないと奥に向かった。
「彼がゲニッシュです」
そう紹介したイーサンの目の先には、先ほど見かけた大柄のグリフォンが横になっていた。世話役の三人の兵士がイーサンの姿を見かけると、作業を中断して一礼をする。イーサンは手を止めなくていいとジェスチャーで返してから兵士は作業を再開させる。
グリフォンは、元々バナハから北東にあるデンリール山に生息している。
元は魔物の一種で上半身は鷲、下半身はライオンの様な体格に鳥のような羽を生やし、足は鋭い鉤爪が特徴的な容姿をしている。
そんな彼らだが、本来はバナハから北東にあるデンリール山に生息している。
山には彼らの他にも、縄張り意識の強いワイバーンという龍の姿に似た魔物がいるのだが、やはり争いは避けられないようで過去には何度も抗争を繰り広げられていたようで、何頭ものグリフォンやワイバーンの遺体が見つかったこともあるのだそうだ。
目の前にいるイーサンの相棒であるゲニッシュは、ケイ達の姿を確認することもなく、藁を敷いた寝床に横になっている。イーサンが首元に触れると一瞬彼の方を見るが、すぐに目を閉じて休んでしまう。
同じ頃、世話役の兵士が掃除を終えたようで用具を片付けていた。
「まだ、ダニエルは入って来れないのか?」
「そうらしいぜ。二ヶ月も入れないなんて何しに来たんだ?」
「そのうち辞めたりしてな」
「おい、隊長の前だぞ!?」
用具を片付け厩舎を出ようとする世話役の兵士が、小声でそんな会話をしていた。
『ギェェェェ!!!!』
「ゲニッシュ!?どうしたんだ!??」
その瞬間、先ほどまで大人しかったゲニッシュが立ち上がり、三人に威嚇と奇声を上げる。突然のことにイーサンが宥め、兵士の三人は突然のことに腰を抜かし顔を青くさせる。アダムとレイブンが三人を立たせると慌てふためくようにその場から走り去ってしまった。
「ゲニッシュ、一体どうしたんだ?」
三人が去った後、落ち着いたゲニッシュを見てイーサンが首を傾げた。
ケイはその行動を見て、雌のグリフォンの証言が正しければ、ゲニッシュの行動は友好の態度であり、少なくともダニエルはゲニッシュに嫌われていないと察する。
しかし異種間の意思疎通が全くできないことで、ボタンの掛け違いのような状況になっているのではないかと思った。
「おい、俺の言葉がわかるか?」
ケイがイーサンに宥められ大人しくなっているゲニッシュに声をかける。
ゲニッシュは、一瞬どういうことだ?と言わんばかりの表情でケイのことみる。
まさか自分に声をかけているなどと想像していなかったのだろう。雌のグリフォンと同様に驚きの声が返ってくる。
『あんた、魔物使いか?』
「いや、動物の言葉がわかる冒険者だ」
ケイは自分のことを紹介し、先ほど雌のグリフォンから聞いた話を尋ねてみることにした。
「ダニエルが入ってくるたびに騒いでいたのは、前から面識があったからと他の奴らから聞いたんだが?」
『あぁ、そうだ。俺はあいつに助けられたんだ』
「助けられた?」
『俺がまだガキの頃に、山でワイバーンの襲撃にあったんだ。あいつは死にかけの傷ついた俺を介抱してくれた。じいさんの代わりにあいつが来ると聞いてから、今度は俺が恩返しをしたいんだ!』
まるで、鶴の恩返しならぬグリフォンの恩返しである。
ゲニッシュはまっすぐな目でこちらを見据えると、ケイはその言葉を事実と受け取り更に追求してみることにする。
「じゃあ、ダニエルが入るたびに奇声を上げて威嚇したのは?」
『威嚇?俺はあいつに気づいて貰える様にアプローチをしてたんだ』
「仲間と一緒に、ダニエルを厩舎からつまみ出したのは?」
『それは命の恩人に会えた喜びを皆で分かち合おうと、人間でいう胴上げ?を真似たんだ』
「・・・最後に、中に入るたびにダニエルが傷を負っているのは?」
『人間が飼っている犬や猫は、愛情表現を甘噛みというもので伝えていると聞いたから』
ここでケイの追求が止まる。
言いたいことが、喉の近くまで出かかっているそんな状態である。
『お、おい!どうした!?』
何も言わなくなったケイを心配してゲニッシュが語りかける。
そして、声を大にしてケイが渾身の一言を放った。
「やってること全部逆で伝わってんじゃねぇか!!!!」
ゲニッシュおろかイーサンやアダム達まで、ケイの言葉に目を丸くする。
その勢いのまま、ケイはゲニッシュにたたみかけるように言葉を返す。
「いいか!お前のやってること全部逆に伝わってんだよ!全部裏目に出てるんだ!それに、お前のやってることがダニエルには嫌われていると受け取ってるんだぞ!脳みそあるんならちっとは考えられるだろう!!?」
そこまで巻くし立てた後、肩で息を整える。
ケイの言葉にようやく自分とダニエルの反応のズレを理解したゲニッシュは、どうしたらいいかとケイに尋ねた。
『じゃあ、俺のしていたことはダニエルには伝わってなかったってことか?ど、どうすればいいんだ!?』
「少なくとも今までやってたことは止めろ。俺が間を取り持つから、大人しく黙って俺の言うことを聞け!いいな?」
ケイの言葉にゲニッシュが首を縦に振り、肯定の意思をしめす。
「イーサン、悪いがダニエルとエミリアを呼んできてくれ」
「だ、大丈夫なのか?」
「ゲニッシュに話はつけたから、まずは互いの誤解を解いてからだ」
ケイに指示をされたイーサンは、表にいるダニエルとエミリアを呼びに厩舎の外に出ていった。
空回りのゲニッシュとダニエルの友情は成立するのか!?
次回の更新は11月11日(月)です。