92、狐の花
大変お待たせしました。
錬金術ギルドの困り事の続きになります。
ヴァネッサの案内で一階の調合場にやって来たケイ達は、普段見ることはできない作業場の風景に興味を持っていた。
床に置かれた大釜やテーブルに並べられた小型の錬金釜、調合のための器具に錬金に使用される様々な調合品や素材が所狭しと並んでいる。棚には錬金に必要な資料や書籍が収められており、駆け出しの錬金術師が利用しているそうで、調合作業をしている錬金術師の姿が数名見られる。
また二階にも作業場があり、そちらは中級以上の錬金術師が利用する決まりがある。もっとも中級以上となれば、個人で所有している作業場を利用するのが一般的であるため頻度はそんなに高くはない。
「はぁ~いろいろあるな~」
「錬金術師の作業場ってこんな感じなのね?」
「僕たちもこちらに来ることはないので、緊張しますね」
ケイとアレグロが、机の上にある調合器具を興味深そうに観察し、マルセールも普段は縁がないのか、幾分緊張した面持ちをしていた。その様子をヴァネッサが微笑みながら見守っている。
「そういえば、薬を調合するのにどのぐらいかかるものなんだ?」
「薬の種類によりますが、ドトポの花が用いられる薬は大体2~3日ほどかかります。そもそもウェストリアには薬草が自生しないため、近郊から錬金素材を取り寄せ、素材の組み合わせで薬を調合しております。先ほども少し話に出しましたが、ドトポの花というものは薬の効果を補助するための素材で、中毒を引き起こす可能性としては大量に摂取しないかぎり起こりえません」
ヴァネッサの話では、北大陸のフリージアが地形の関係上、ウェストリアに薬草を自生しにくくしている要因のひとつと言われている。フリージアは、全大陸の中で一番魔素が充満しやすく、そこからくる風が魔素を多く運び込むことから、他に自生している錬金素材にも少なからず影響があると語る。
そしてドトポの花は、小ぶりで黄色の花びらをつけることから花の構造上、魔素の影響が受けづらくなっている。しかも研究の結果、薬の調和や調整の機能が発見されたことによりウェストリアでは、ドトポの花を錬金素材として使用しているそうだ。
これは他の国の錬金術ではあまり見られないことらしい。
国ごとに特徴が変わると言ったところだろう。
調合場の裏手に錬金素材を格納している部屋がある。
そこでは、ギルドの職員や見習いの錬金術師が数名素材に向かい合い何かをしている。一見素材を選んでいるように見えるが、途中でしかめっ面になったり驚いた後にペンを片手に何かをメモをしている様子が窺える。
「ヴァネッサさん、彼らは何をしているのですか?」
「彼らは、鑑定や目利きの訓練をを行っています」
タレナの疑問にヴァネッサが答える。
錬金術師は鑑定ありきの職業のため、いかなる状況でも正確に素材の情報を読み取る訓練を日々行っている。また、鑑定がうまくいかない人のためにも素材の見方なども教えているそうだ。ちなみにギルドの職員は、錬金術師も兼任している人が何人かいる。人材不足なのかと問うと、他のギルド以上に専門的な知識を要するため、引退した者や熟練の錬金術師が臨時職員・教師として後輩に教えているとのこと。
「こちらがドトポの花です」
格納庫の一画に素材が入った木箱が積み重なっている。
中を覗くと、小ぶりで黄色の花びらがついた植物が詰め込まれていた。
「これがドトポの花か。これはいつ採ったものなんだ?」
「こちらは一週間ほど前に、見習いの錬金術師達が訓練の一環で採取した物になります」
ケイがドトポの花を一つ手に取り鑑定を行う。
【ドトポの花】
聖都ウェストリア周辺に自生している植物。
主に薬や錬金術の素材に利用される。魔素を多く含む場所では魔素の緩和・調整が植物によって行われるため重宝されている。
鑑定してみても特段おかしな点も見当たらず、一般的なドトポの花には間違いはなさそうだ。恐らく他の人間が鑑定しても結果は同じだろう。
しかしなぜかケイには、不自然に感じてはいた。
昔から物事の違和感や虫の知らせを感じ取りやすい方だったため、今までの経験上無視できない。しかし何がどうなのかはわからず、もう少しわかりやすいアクションはないものかと首を捻る。
「ケイ、どうした?」
「あ、いや。これは俺が鑑定してもドトポの花だったんだけど、なんか違和感があるんだよな」
「違和感?」
アダムが問いかけるも、ケイはドトポの花を注目したまま考え込んでしまった。
「ヴァネッサ様、お取り込みのところ申し訳ありません」
その時、ギルド職員の女性がこちらにやって来た。
緊急の用らしく焦った表情を浮かべている。
「どうかされましたか?」
「先ほど、レイモンド・アシエル様がお越しになりました」
「あら?到着は明日と伺っていたのですが・・・」
「ミス・ヴァネッサ、取り込み中のところ申し訳ない」
女性職員の背後から、護衛を連れた若い男性がやって来る。
男性は三十代半ばだろうか。長身で鳶色の髪に茶色がかった緑色の瞳をしており、人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
「おや?ラウルス殿も一緒だったのですね?」
「随分早い到着でしたな」
「ドトポの花を使った薬で不調を訴える人が出ていたため、事実確認を行うため早めに出発をしました」
レイモンド・アシエル
全国に商会を展開しているアシエル商会の若き代表。
常に新しいことを追い求めるあまり、拠点としているフリージアを飛び出して各地を放浪することがある。
そんな商会の若き代表を交えて、ドトポの花について考慮することになった。
「それよりも、ラウルス殿が手配しているドトポの花の調査の件はどうなってます?」
「調査隊を編制しているので、もうそろそろ報告が上がる予定だ」
そんな話を聞きながらケイがドトポの花を片手に考え込んでいると、レイモンドを護衛している二人の男性がなにやら小声で話している姿が見えた。
『おい、大丈夫か?』
『あぁ。大丈夫だ・・・「へっくしゅん!!!」
小声で左側の男性が右側の男性の様子を尋ねると、右側の男性が答えた次の瞬間に、辺りに響き渡るほどの大きなくしゃみをひとつした。
「大丈夫かい?」
「は、はい。申し訳ありません!!」
「あらあら、風邪をひかれる前に薬を用意いたしましょうか?」
「い、いえ。大丈夫です、お気遣い感謝いたします」
盛大なくしゃみをした男性は、顔から火が出そうなほど真っ赤にさせて心配そうにしているレイモンドとヴァネッサに礼を述べた。
二人が話し合いに戻ると男性はその後で、鼻をすすり目を掻く動作をした。
ケイはそれをみてまさかと考え、男性に鑑定をかけた。
グレゴル 31才 男性
状態:アレルギー反応による異常状態(ウルペースの花)
その鑑定を見たケイは木箱に入っているドトポの花の束を持ち、男性の前に突き出した。
「えっと、何か?・・・は、ハクション!!」
「ビンゴ!」
「え゛っ!?なにがです?」
ドトポの花の束を前に盛大にくしゃみをし、目を真っ赤にして花をぐずらせる男性を尻目にケイは再度ドトポの花の鑑定を行った。
やられた本人や、他のみんなはなんのことやらといった表情を浮かべる。
【ドトポの花】
聖都ウェストリア周辺に自生している植物。
主に薬や錬金術の素材に利用される。魔素を多く含む場所では魔素の緩和・調整が植物によって行われるため重宝されている。
【擬態状態を維持したまま鑑定擬態を解除しますか? はい/いいえ】
ケイの鑑定には、鑑定結果とは別の枠が表示されている。
その項目に、はいと念じると鑑定結果が変わった。
【ウルペースの花】
フリージアの山岳地帯に自生する植物。
魔素を含んでいることにより、独自の生態系を形づくる。
他の植物に擬態することができるが、一度擬態した場合は自力で解除することができず、能力も擬態した元のものより2~3倍と効果が高まるため、錬金の素材としては扱いづらい部類と考えられる。
別名・狐の花と呼ばれている。
「やっぱりこういうことだったのか・・・」
「ケイ、なにかわかったのか?」
「まぁな。ところで護衛のあんたに聞きたいことがあるがいいか?」
アダムがケイの行動を察知し、成り行きを見守る。
ケイは先ほどの護衛の男性に声をかけてから質問を投げかけると、男性は鼻をぐずらせながらもそれに答えようとする。
「な、なんでしょう?」
「あんたのその症状はいつから出てたんだ?」
「ウェストリアの領地に入った辺りからです」
「くしゃみ以外になにか違和感は?」
「鼻水や目のかゆみ、あと首の辺りが赤くなっています」
その答えにケイは、この男性がウルペースの花によるアレルギーの症状を引き起こしているのだと感じた。その証拠に、男性の首元にわずかだが湿疹の跡が見られる。
「それともうひとつ。以前にも同じ症状はあったのか?」
「はい。私はもともとフリージアの山の集落の出身なんですが、よくその症状に悩まされていました」
「じゃあ、【ウルペースの花】を知ってるか?」
ケイの言葉にレイモンドとヴァネッサ、それにラウルスが何かを察したような表情をする。おそらくこの三人は、花の意味を知っているのだろう。
「ウルペースの花なら知ってます。山の集落付近にあった白い花のことです」
「はっきり言うが、あんたのその症状はその花が原因だ」
ケイの言葉に護衛の男性は驚きの表情をした。
仲間の五人とマルセール達も意外な事実だったのか唖然とした表情を浮かべる。
そして先ほどウルペースの花に反応した三人は、ケイの言いたいことが少なからず理解できるのかその成り行きを見守った。
補足:ウルペースはラテン語で狐という意味らしいです。
次回の更新は11月4日(月)です。




