90、約束
アダムとリーンの仲はどうなるのでしょう?
「そういや、アダムはどこに行ったんだ?」
「あいつなら川の方だろう。昔から何かあたりするとあそこにいるからな」
「川?」
「村の北側に小さな川があるんだ」
リーンからアダムとの話を聞いたケイ達は、思い出したようにアダムの所在を気にした。ラリーの話によれば、村の北側に小さな川のほとりあるそうで、幼い頃から何かあったり悩んだりするとそこに行くそうだ。行動把握は幼なじみならではと言ったところだろう。
「それなら、そこに行ってみるか」
「ケイ、それなら俺が行こう」
「レイブンさん、私も一緒に行きます」
アダムの様子を見に川の方に行こうとし、それをレイブンが制する。
レイブンにも思うところがあるらしく、ここは年長者でアダムよりも経験のある彼に任せることにした。
タレナもアダムとリーンのやりとりが気になった様子で、誰よりも他人のことを理解し察する事に長けている部分があるため、ケイはアダムのことを二人にまかせることにした。
「じゃあ、アダムのことはまかせる!」
「わかった。様子をみてくる」
「おまかせください」
「それなら僕が案内するよ。リーン悪いけど少し席をはずすよ」
ラリーは二人を案内すると言い、三人はリーンの家を出た。
三人がアダムの元へ向かうところを見届けてから、ケイはリーンの方を向いた。
正直、彼女の目を治すだけなら簡単である。しかし八年もの歳月が流れた二人の仲を取り持つことは難しい。こればかりは当人同士で解決するべき案件である。
「リーン、ひとつ聞きたいんだがいいか?」
「は、はい。なんでしょう?」
ケイの問いにリーンが神妙な面持ちでこちらを向く。
音を頼りに誰がどの位置にいるのかはある程度わかるようで、彼女は身体をケイの方に向ける。緊張しているのか少し硬直がみられるが、指摘は今の時点では意味をなさないので、こちらから振ることはしない。
「この先アダムとどうなりたいんだ?」
「どう・・・って?」
「正直、あんたの目を治すことだけなら簡単だ」
「えっ!?」
「だが、その先はあんた自身が解決しなきゃいけない。こればかりは当人同士の問題だからな」
リーンは自分の目が治るというワードに反応をし、ケイは彼女の様子を確認しつつその先の言葉を待つ。おそらく彼女の中で答えは出ているのだろう。
「私はアダムをずっと想っていました。それは昔も今も変わりません。それに・・・約束をしたんです。【自分が立派な冒険者になったら、一緒になろうって】だから、私は彼の言葉を信じてずっと待っていました。だけど、私は自分で行動しないといけないと思うようになって、アダムが戻って来たらちゃんと話し合おうって・・・」
その言葉を聞き、彼女なりに行動を起こしていたようだ。
目が見えないことにより、自分の行動が制限されていることにもどかしさと焦りを感じている。ケイからはそのように感じていた。
「一応聞くけど、目を治すってどうするの?」
「そりゃいつもやってるやつだ」
「さすがケイ様ね!」
シンシアはケイのいつもの返しを想定してたのか、だろうなという表情で返す。
アレグロもケイ様なら当然ねと言わんばかりの表情だ。
ただリーンは、そんな三人のやりとりについていけず呆然と聞いているだけだった。
場所は変わって村の北側にある小さな川に向かったレイブン達は、川の側で座っているアダムを見つけた。
「アダム、ここにいたか」
「お前達・・・それにラリーまで!?」
「アダムのことだから、ここにいると思ってね」
三人の様子にアダムは複雑な表情を浮かべていた。
レイブンがアダムの隣に腰をかけ、何かを即すことはせずにただ黙って話してくれることを待つ。その後ろでラリーとタレナは二人の様子を伺う。
「俺が未熟だったせいで、リーンがあんな目にあったんだ」
アダムの手に小さな木箱が握られている。
それにはどんな意味があるのかはわからないが、レイブンの目からみてアダムとリーンに関係がある物と察する。
自分のせいと責めているアダムに、レイブンは彼の話を黙って聞いている。
「八年だぞ?八年も帰ってなくて、今更どの面下げて会えって言うんだ?リーンには悪いと思ってる・・・だけど俺は会えない」
「そうか・・・アダムが納得するなら俺はなにも言わないよ。ただ、本当に後悔だけはしないでほしい」
レイブンの言葉にアダムの表情は戸惑いを浮かべたままだった。
本当はリーンに会って話をしたい。その反面、時が経ちすぎていたため、今更と思っていた。
そんなアダムの様子にラリーが言葉をかける。
「リーンはずっとアダムに会いたいって言っていたよ」
「えっ?」
「お前らは昔から肝心なことは言わなかったからな。リーンもみんなの前ではなにも言わなかったけど、本当は寂しがっていたよ」
「だ、だけどお前がいるじゃないか!?」
「僕じゃだめなんだ・・・今も昔も、リーンはアダムしか見てなかったからね」
ラリーは。まるで兄妹喧嘩を仲裁する年長の兄のような困ったような笑みを浮かべる。幼なじみだからこそ、いい意味でも悪い意味でも他人以上に、三人にしかわからない互いの心境が理解できるのだろう。
アダムはラリーの言葉に、戸惑いの表情をみせた。
「よし!できた!」
一方リーンの家にいるケイ達は、ケイのお馴染みの能力で彼女の目を治そうとある物を創造していた。
【目薬(対スタンビートルの鱗粉)】
スタンビートルの鱗粉で失明してしまった人に向けた目薬。
即効性があり、視神経の麻痺を即改善!
※尚、ダジュールには目薬というものは存在しないため取り扱いには注意。
ケイは、スタンビートルの鱗粉による影響を改善させる薬を創造した。
ダジュールには飲み薬と貼り薬・塗り薬は存在しているが、目薬は存在していないらしい。試しにシンシアとアレグロに尋ねたところ、そんな薬は知らないと首を振る。
確かに異世界における医療技術はあまり進んでいない。
この世界では医師は費用が高いという認識で、医師が処方する薬は費用が高く手が出ない。そのため、一般市民は町にいる薬師や錬金術師を頼りに依頼をしたり、品質の程度はあれ、それらを購入し使用するしかないのだそうだ。
外因的な怪我なども、回復魔法を使用できる僧侶が訓練の一環として対応にあたるため、医師を利用するという概念は薄いそうだ。
しかもそのせいで、病気というカテゴリーに対しての対策が進んでいない。
ちなみに市民のための医療・医師が確立されたのは、ほんの三十年前ということなので最近と言えば最近である。
「それでその目薬ってどうやって使うのよ?」
「ただ点眼すればいいだけだ」
「目の中に薬を入れるっていう解釈でいいのかしら?」
「あぁ。というか本当にこの国の医療は遅れているな~」
ケイはシンシアとアレグロから、ダジュールの医療状況を聞いて唖然とした。
地球のように高度な医療技術を持ち合わせておらず、衛生面の教育がなされていない。過去には疫病で何人も亡くなっていたが、その時も神頼みが多かったという。気持ちはわからなくもないが、自衛できる部分はあっただろう?と首を傾げざるおえない。しかし地球と異世界の常識や認識は別である。
ケイはリーンに顔を上に向けるように指示を出す。
「冷たいかもしれないが、これから目に目薬を入れるぞ」
「は、はい!」
緊張な面持ちのリーンが顔を上げ、ケイが彼女の右目に目薬をさす。
右目に点眼した直後、リーンが驚きのあまり肩をすくめる。
そんな様子の彼女に、ケイは何度かまばたきをするようにと言い、彼女もそれに従う。同様に左目にも同じように目薬をさし、まばたきをする。
鑑定では即効性があると言うことだったが、実際どのようになるかはわからないため、三人はリーンの様子を伺った。
しばらく経って目薬の影響でなかなか目が開けられないリーンは、だいぶ落ち着いたのかゆっくりと目を開けた。
目を開けたと同時に驚愕の表情へと変わる。
その様子を見る限り成功したのだろう。
ケイ達の顔を見ると、じわりと目の端から涙があふれ出す。
「ちょっと大丈夫?」
「は、はい・・・」
歓喜余っての涙なのだろう。アレグロがハンカチを差し出し、軽く抑える。
結果は一目瞭然だが一応彼女に確認の意思を問う。
「目の方はどうだ?何か見えるか?」
「みなさんの顔が見えます・・・な、なんとお礼を言っていいか」
「礼はいい。アダムに伝えたいことがあるんだろう?後悔する前にドンと行って来い!」
「はい!ありがとうございます!」
ケイが行ってこいと彼女の背中を押すと、リーンは一礼をし、急いでアダムのいる北側の小さな川に向かった。
「アダム、もう一度リーンに会ってみないか?」
ラリーの言葉にアダムが揺れていた。自分としては、これが最後のチャンスになるだろう。これで村から離れれば、今度こそ戻らなくなってしまう。
何も伝えずに彼女の元を去ることは、彼女自身を裏切ってしまうことになりかねないと思っていたが、今一歩足を出すことを渋っている。
「アダムーーー!!!!」
その時、遠くの方からアダムを呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、急いで駆けつけたのか息を荒くしたリーンが立っていた。
「リーン!?」
「アダム!私、あなたに会って話したいってずっと思ってた!」
「えっ?もしかして目は!?」
「ケイさんに治して貰ったの!それで、行って来いって!!」
リーンの言葉にアダムとラリーが驚きの表情を浮かべた。
まさかとは思っていたが、リーンがアダムに歩み寄り彼の両手を優しく握ると、そこでようやく彼女の目が見えている実感を得た。
自分を見つめる茶色の瞳は、八年前のあの時とまったく変わっていなかった。
「アダム、あの時より大きくなったのかしら?」
「まぁ八年も経てばな」
「立派な冒険者になれたかしら?」
「どうだろう?いつも仲間に振り回されている感じは否めないけど」
「ふふっ、いい仲間を持ったみたいね」
ふんわりと笑うリーンに笑みを返すアダム。
そうだと思い出したように、アダムはリーンに手に持っていた小さな木箱を手渡した。それを不思議そうに見つめる彼女にこう伝えた。
「本当は八年前のあの日に、土産として渡すはずだったんだ」
「開けてもいい?」
「あぁ」
アダムから受け取った小さな木箱のゆっくりと開けると、リーンは言いようのない喜びの表情を浮かべた。
その小さな木箱の中には、指輪が入っていた。
小ぶりの白い花があしらわれている銀色の指輪だった。
「これって、白閃花?」
「あぁ。前にほしいって言ってただろう?あの時はお金もなかったからあげることはできなかったけど・・・ようやく渡せた」
「覚えてくれてたの?十年も前なのに?」
「関係ないさ。ただ、もう一つの願いはまだ先になりそうだけど・・・」
恥ずかしさと申し訳なさそうな笑みを浮かべたアダムに、リーンは首を横に振った。いろいろと言葉は浮かぶがうまくまとめることができず、黙ったままアダムの顔を見つめる。それを察してか今度はアダムがリーンの両手を握る。
「八年前は本当にすまなかった。俺はただリーンから逃げてただけだ。自分の意気地のなさを恥ずかしく思う。でもこれからはちゃんと向き合うよ。今は立派な冒険者には及ばないかもしれないが、もう少し待っていてくれないか?今度は絶対に約束を果たして戻ってくるから!」
「えぇ。私の方こそアダムを傷つけていたばかりにごめんなさい。ケイさんに言われたの、自分で動かなければ結果なんて得られないって。私、ずっとアダムのことを待ってるわ。今までだって信じて待ってたもの!」
その様子を見つめていたレイブン達は、しばらく二人だけにしようと静かにその場をあとにした。リーンの家に戻る途中で、遠くの木の陰からケイ達が様子を伺うようにこちらを見つめている。
「うまくいったか?」
「えぇ。きっとお二人は今以上に素晴らしい関係になると思います」
やはりケイ達も気になっていた様子で、リーンが出て行った後にこっそりとついてきたようだ。日没が近づき、川に映った夕日をバックに二人が寄り添っている。ケイ達は影ながら二人の様子を見守った。
その日の夜は、村で盛大に祝われた。
久々にアダムが帰ってきたことに喜びを隠せない彼の両親と、目が治った娘に歓喜の涙を流すリーンの両親の姿があった。
ケイ達もその輪に加わり、村で作られているチーズをたらふく食べることができた。その礼にケイは、チーズが名産ならではのチーズフォンデュという料理を教えてあげた。ケイ自身はキャンプで一~二回しか作ったことがないので、他の方法は知らないが、チーズと牛乳と小麦粉と塩胡椒を少々入れて溶かしたキャンプ用のチーズフォンデュである。これが村人に大ウケし、のちの名産のひとつとなる。
そんな楽しい雰囲気で、夜が更けていった。
翌日、村を離れることになったケイ達にリーンとラリーが見送りに村の入り口までやってきた。
ケイは昨日用意したある物を、アダムとリーンにプレゼントを送る。
「ケイこれは?」
「二人専用のスマホだよ」
「スマホ?」
「俺の国で作られている通信機器のひとつさ。まぁ二人用にある程度アレンジしているけどな」
アダムとリーンのために、創造魔法で専用のスマホを創造し手渡す。
一般的に知られているスマホよりだいぶ簡素に創造しているため、主に通話とカメラ、それにチャットのみの性能だが異界の二人にはこれで十分に感じる。
しかも、落としても手元に戻ってくる優れもの。
またしばらく会えない二人を察して、いつでも連絡がとれるようにというケイなりの配慮である。二人に使い方を教えると、元々飲み込みが早いのかすぐにコツを掴んである程度使いこなせるようになった。
「このチャット?というのは少し練習が必要だな」
「私も少し難しいと感じるわ。でも、これならいつでもアダムに会える感じがする。ケイさん、何からなにまでありがとうございました!」
使い方を教えてあげたが、チャットに関してはおそらくこれ以降毎日やりとりが行われるだろうとケイは内心思っていた。アダムとリーンの隣で、ラリーが凄い技術だなと感心している。男性がこういう機械物に興味を抱くのは異世界でも同じだろうかと考える。
「ラリー、チーズ旨かったって村の人に伝えておいてくれ」
「はい。皆さんもお気をつけてください」
「アダム、また連絡するわね」
「あぁ。俺も連絡をとるようにするよ。ラリー、リーンと村を頼んだ」
「わかってるって。気をつけて行って来いよ!」
こうして一組のカップルの仲を取り持つことができたケイ達は、聖都ウェストリアに向けて出発するのであった。
無事に八年越しの再会を果たし、二人の仲を取り持つことができたケイ達は、目的地である聖都ウェストリアに向かって出発をしたのである。
次回の更新は10月30日(水)です。