88、病気の子供
オネットの町に住む医師の困り事。
先日の出来事の影響でオネットの町に一日滞在することになったケイ達は、バナハに向かうための準備を町で行っていた。
「だれか!娘を助けてください!」
大通りの一画をたまたま通っていたケイとシンシアとアレグロが、人だかりの隙間から父親と思しき男性が少女を抱えて声を上げている姿を目撃する。
狼狽える周囲を尻目に、ケイ達はその人垣をかき分け男性に声を掛ける。
「どうかしたのか?」
「娘の調子が悪くなったんだ。薬を飲ませたのに…」
聞けば、聖都ウェストリアからオネットの町で暮らしている祖母を訪ねにやって来たそうで、北側にある祖母の家に向かう際に突然倒れてぐったりとしてしまったらしい。
「ケイ様どうするの?」
「とりあえず医者を呼ぶしかないな。おい!この町に医者がいるなら誰か呼んできてくれ!」
「わかった!俺が行ってこよう!」
人だかりにいた男性が町にいる医師を呼びに走っていった。
「アレグロ!さっき買った俺のジャケットを敷いてくれ!おっちゃん!その子を敷いた上に寝かせろ!シンシアは呼吸確保のために、その子のブラウスのボタンを一つか二つはずしてくれ!」
「任せて!」
「あ、あぁ!」
「わかったわ!」
男性が医師を呼びに行っている間に少女の応急処置を行うため、ケイが三人に指示を出すと同時に鑑定で少女の状態を確認した。
鑑定には【ドトポ中毒】と表示される。
どうやらドトポの花の成分が彼女の身体に影響を与えているようだ。
ケイは少女の首を少し横に向け、脈を測るためにストップウォッチの機能を持ったスマホを取り出す。
「ケイ何してるの?」
「脈を測るんだ」
「脈?」
「悪いが、ちょっと黙っててくれ」
首の脈を測るときは、下顎骨の下に三本の指(人差し指・中指・薬指)を当てる。
ちなみにその脈の部分のことを総頚動脈というらしい。
過去に友人の姉が看護師をしていたこともあり、その話を聞き覚えていた。
ケイは見よう見真似だがやってみなければわからないと思って、ストップウォッチをスタートをさせた。
一分間の計測ののち、脈拍は39回だった。
通常、子供の場合は80~90が正常だと言われているが、その時の状況や体調で変わるのでそれを差し引いても低いなと感じる。
「おーい!先生を呼んできたぞ!」
ケイに頼まれた男性が医師を連れて戻ってくる。
二人は人ごみをかき分けるようにケイ達の前にやって来た。
「患者はこの子ですか?」
「あぁ。あんた医者か?」
「はい。サルビアと言います」
サルビアと名乗った女性は、紫色の髪にグレーの目をしたふんわりとした雰囲気を
持ちながらも凛とした一面を合わせ持っている。
彼女は横たえている少女の状態を確認した後、触診を開始した。
時折父親やケイ達に当時の状況を聞いてきたが、処置が的確だったのか少女はすぐに目を覚ました。
「ミナ!大丈夫か?」
「彼女も目を覚ましたようですし、念のため私の診療所に運びましょう」
父親に名前を呼ばれた少女が頷く。
少女は自分に何があったのかわからず、キョトンとした表情で周囲を見回した。
サルビアは、医師特有の確認方法で少女の状態を把握したのち診療所に運ぶように指示をした。
サルビアがいる診療所は、大通りから一歩通りを挟んだ閑静な場所の一画に建っている。一階は診療所で二階が居住区になっている一般的な診療所である。
診療所の一室のベッドに少女を横にさせ、その傍らに父親が用意された椅子に腰を掛ける。その少し後に彼女の祖母もやってきた。
どうやら近所に住んでいた知人が、知らせてきてくれたそうだ。
「先生、娘は?」
「ミナちゃんの意識も容態も安定してますし、もう少し休めば大丈夫でしょう」
「よかった…ありがとうございます!」
一人娘だったようで、父親と祖母は安堵の表情を浮かべる。
サルビアは今までの状況を整理しカルテに書き残しているが、その表情はどことなく暗い。こちらは医療に関しては全くの素人のため、ケイは先ほど鑑定した結果の意味をサルビアに尋ねてみることにした。
「サルビア、あんたに一つ聞きたいんだ」
「は、はい。なんでしょう?」
「ドトポの花を知っているか?」
「ドトポの花ですか?たしか、一般的に使用されている薬の材料の一つとして知られてます」
ドトポの花は、主に聖都ウェストリア周辺でよく見られる花の事だ。
黄色い小さな花びらをつけており、薬師や錬金術師の間では一般的に広く知られている材料の一つとされている。
しかし花を取るためには、その花を好むスタンビートルという蜂の魔物が厄介な存在となる。スタンビートルの鱗粉は神経性の麻痺を引き起こし、場合によっては身体に深刻なダメージを与えるそうで、採取には十分な注意が必要だという。
「俺の鑑定には【ドトポ中毒】とあったんだがどういう意味なんだ?」
「おそらく、薬師か錬金術師が作成した時に、ドトポの花の成分が多いことが原因かと。それに分量を間違えると、稀に摂取した人がそのような状態に陥ることがあります」
「少量ならいいけど、場合によっては毒になるってことだな」
ちなみに成人と子供の場合では、材料の量や作り方が若干異なるらしい。
分量を間違えると負担がかかってしまう、いわばオーバードラック状態に陥る危険性がある。それは異世界でも共通のようだ。
しばらくしてミナと家族は診療所を後にした。
診療所を出る前にサルビアはミナの家族に、念のためしばらくは薬を控えることと服用する際は薬の成分や量の確認を行うことなどの説明をした。
今回ばかりは家族も薬に過信していたと気づいたようで、一歩間違えれば我が子を失うところだったと納得の表情をした。
三人が帰った後、サルビアは大きな溜息をつき診療所の机に顔を伏せた。
医師の仕事はこの世界でもハードなのかと妙に感心してしまう。
「サルビアさん大丈夫?」
「え、えぇ…大丈夫です」
「よほど大変なのね」
「大変は大変ですけど…」
サルビアは顔を上げてケイ達の方を向く。
彼女の顔は、先ほどカルテと向き合っていた時と同じ表情をしている。
「実は先ほどのミナちゃんの症状は、別の人でも起こっているのです」
「ほかにも中毒患者がいるのか?」
「はい。ここ一カ月の間で十人も出ています」
「多いな。原因は知ってるのか?」
「問診した結果なのですが、みなさん聖都ウェストリアの錬金術ギルドで受け取った風邪薬が原因でした」
ひと月ほど前から、ミナと同じような症状で受診してきたそうで、彼女を含めた全員が運よくその日のうちに体調が回復し帰っていったそうだ。
医師であるサルビアはこの問題を重く受け止め、その都度人々にドトポの花の成分が入った薬の服用を控えるように伝えていたらしいが、それも限界を感じていると話した。
「それなら錬金術ギルドに言えばいいんじゃねの?」
「実は以前、検診でフリージアに訪れた際に相談はしていたのですが、一般的な薬なので規制は難しいと答えられてしまったので・・・」
「確かにドトポの花を使った薬はいくらでも存在するから、全部を何とかしようとするのは無理よね」
「でも、改善をしないと今後も出てくるわよ?」
シンシアとアレグロが何かいい案はないかと唸っている横で、ケイは鞄からスマホを取り出し、どこかに連絡を取り始める。三人はそれを見て疑問を口にするが、まぁ気にすんなと一声返す。
『もしもし?』
「あ!もしもしベルセ?」
『ケイさん?どうされましたか?』
「ちょっと頼まれてほしいんだ」
ケイが連絡を取ったのはベルセだった。
彼女に事情を説明し、ドトポを使った薬の取引を一時的に不可能にすることはできないかと頼んでみる。すると、それを聞いたベルセはだからかと口にした。
『実はお父様のところにも同じ報告を受けていて、商品を統括しているアシエル商会がそれを止めている状態なの。それで近々その会長が、直接聖都ウェストリアに赴いて調査をする話をしていたわ』
「元締めの視察ってやつか?」
『アシエル商会は全国に店舗を置いていて、各ギルドとも連携しているそうだから一つでも不信の元が出てしまうと全体に影響を及ぼしかねないって』
「まぁ、品物を預かる身としては当然だわな」
『他の商人にもお願いはしているそうですが、一般の人が個々で取引をしているところまでは手が回らないそうなの』
どうやらフリージアでもこのことを取り上げられているようで、既に対策を講じていたようだ。しかしこれ以上の被害を防ぐため、アシエル商会が自ら錬金術ギルドに足を運ぶ流れになっている。
「そういやウェストリアの錬金術ギルドって国が管理してるのか?」
『物資の調整や品質の管理チェックなんかはウェストリアとアシエル商会で連携しているって言ってましたけど、ギルド内部のことは各ギルドマスターに一任しているそうです』
ダジュールのギルド運営は、基本的に各ギルドのマスターに一任しているそうで、運営方針などはそれぞれ違うらしい。近年、それも系統ごとに統一しようではないかと話が出ているそうだが、実現までには時間がかかるそうだ。
「・・・ということは、知ってて放置している可能性もある」
『もしくはギルドマスター自体、事実を知らないとか・・・』
「どちらにしろ俺たちは今、オネットの町にいるからバナハに行くついでに様子を見てくるよ」
『そう言って頂けると助かります。私の方も父に進言してみます』
そう言ってベルセとの通話を切った。
ケイは先ほどの会話の内容を三人に伝えた。
フリージアは既に対策を講じているが、細部にまでは手が届かない。
しかし、近くギルドと連携しているアシエル商会の調査が入ることになる。
ケイはそこに、第三者を介入させようと考えた。
「そっか!ルーヴァンリッヒ家ね?」
「正解!」
「え?どういうこと?」
アレグロはピンときたが、シンシアはイマイチどういうことかわからず首を傾げる。
「つまりはこう言うことだ」
ケイが考えた案は、第三者であるルーヴァンリッヒ家を介入させようと考えたのである。ルーヴァンリッヒ家は代々神官家系にあるが、それは本家と言われる一部の人たちのことで、国の運営などは分家と呼ばれる他のルーヴァンリッヒ家が執り行っている。幸いケイ達は本家であるマルセールとアルマと面識があるため、彼ら経由で介入させようと考える。
双方で調査を行った場合に希に揉めてしまう可能性があるため、その可能性を少しでも下げようと思ったのだ。
「そんな簡単にうまくいくのかしら?」
「自分の国を放置するほど駄目な奴らなら、別の方法を考えるよ」
「あの~それでしたら、これをエトワールと言う人に渡してほしいんです」
サルビアは机の引き出しから一通の手紙を差し出した。
彼女にはエトワールという名の姉がいる。彼女の姉は、ウェストリアの錬金術ギルドの職員をしており、以前から手紙で相談をしようと考えていたそうだ。
「私は医師として何もしない選択肢は考えられません。なので・・・」
「わかった。これはエトワールっている人に渡すよ」
「あ、ありがとうございます」
医師として人命を尊重しているサルビアは、なによりも心配していた。
ケイはその気持ちを無下にするほど外道ではないので、彼女の頼み事も引き受けることにした。
バナハの用事はそれほど急ではなさそうなので、ケイ達は聖都ウェストリアに向かうことにした。
バナハ→聖都ウェストリアに目的地を変更。
ケイ達は久々の聖都に足を向けることにした。
次回の更新は10月25日(金)です。




