87-1、大きな家(前編)
吹雪の夜に訪れた家の話。
ケイ達は現在、フリージアから南西にあるシャフランの森を通過していた。
シャフランの森はフリージアの西から南東に伸びるように広がる森のことで、以前、青いマンドラゴラ採取の際に訪れた湖のある森へと続いている。
六人は、エミリアの頼みを聞くため西大陸のバナハに向かっているが、そのためにはシャフランの森を抜け、北と南の大陸の境にあるオネットの町と大陸を繋ぐカロナック大橋を経由する必要がある。
しかし森を通過する際に雪が降り始め、天候の影響で吹雪が吹き始める。
「吹雪が出てきたな」
「一度戻った方がいいのかしら?」
「今は森の中間にあたるから、距離的には変わらないんじゃないかな?」
地図を片手にレイブンが現在地を確認する。
フリージアを出る前に街で森のことを聞いたところ、オネットの町までは割とわかりやすい一本道だが、その反面獣道や脇道も多く、迂闊に足を踏み入れると戻ることに時間がかかることがあるそうだ。
このまま進んで町まで行くかそれとも戻るかは悩みどころである。
そうこうしている内に、先ほどから続く吹雪が強くなってくる。
視界も悪くなりつつあるため、ケイが今日の移動はここまでにしようとコテージを設置しようとした時、アレグロが何かに気づき声を上げる。
「ケイ様、あれって何かしら?」
「あれはなんだ?」
目を凝らしてそちらを見ると、木々の間から何かが見えた。
目撃した物の正体を知ろうとそちらに向かうと、2m程の高さのレンガ調の塀が長く続いており、塀の向こうには誰かの家とおぼしき、大きな白い壁と赤茶色の屋根が見える。どちらかといえば屋敷に近い雰囲気をしている。
「こんなところに家があるなんて珍しいな。どこかの貴族の家か?」
「さぁ?俺も何度かこの森を通ったことがあるが、こんな家を見たのは初めてだ。こんな辺鄙な場所に建っているとは、事情があるかよほど変わっている人物なのかもしれないな」
過去に何度か森を通ったことがあるアダムが首を傾げ、地元民であるレイブンも聞いたことがないと首を振る。
時間は先ほどより少しだけ経ったはずなのだが、更に強くなった吹雪のせいで視界がなおのこと悪くなる。そのせいで5m先の視界も見通せないほど辺りが白く包まれる。ホワイトアウトの現象に近いため、これ以上の移動は危険と判断した。
塀を伝って歩いて行くと、家の門が見えた。
せめて吹雪が止むまでの間、入れてもらえないかと交渉するため、門をくぐり屋敷の扉を叩いた。
「どちら様ですか?」
家の中から姿を出したのは、一人の男性だった。
四十代ぐらいだろうか。茶色の髪に中肉中背といった一般男性のようだ。
その男性は怪訝な表情で尋ねてきたので、アダムが自分たちの事と悪天候のため立ち往生していると説明した。
「森を歩いていたら吹雪に遭いまして、止むまでの間で構いませんので入れて頂くことは可能ですか?」
「あぁ。なるほど・・・どうぞ中へ」
外の天気をちらりと見て状況を察したのか、男性はケイ達を快く招き入れた。
屋敷と見まごうほどの大きな家は、エントランス部分にある二階に続く階段には赤いカーペットが敷かれ、花瓶に生けられた花や誰かの作品であろう置物が置かれているが派手すぎず落ち着いた内装をしていた。
(う゛ぉ!びっくりしたー!)
応接室に案内をする彼の後について歩くと、いつの間にか男性の斜め後ろに黒髪を結ったメイドが立っていることに気づいた。この女性は先ほどまで全く気配がなかったので、失礼だとは思ったが内心身が縮まる思いをした。
「そういえば僕の紹介がまだだったね。僕はローランこの家の主です」
「私はブルーラ。ローラン様に仕えるメイドです」
ケイ達が案内された応接室のソファーに腰を下ろすと、家の主である男性と先ほどから彼の後ろをついて歩いているメイドが紹介をしてくれた。
話を聞くと、この家には人がいないらしい。
外から家を見た時に屋敷のような大きな家だと思ったが、メイド一人で家の事をしていると思うと、もう少し人員を増やした方がいいのではと首を傾げる。
ローランは若くして両親を亡くし、兄姉親戚はおらず今はひっそりとこの家に住んでいるそうだ。
「街に住んだりはしないのか?」
「僕はあまり人が多いところは苦手なんだ。それにこの家は亡くなった両親が生前から住んでいたからね」
「思い出の家ってことか」
長年住んでいる家を離れて他で暮らす事は考えられないそうだ。
立地条件的にはよろしくない気もするが、こればかりは本人の気持ちということなのだろう。
応接室の窓から外が見える。
一面白一色で吹雪が吹き荒んでいる関係で辺りの視界はほぼ0に近い。
それにいつの間にか日が暮れてきたようで、夕闇が迫っていた。
「あれ?いつの間にか夜じゃん!」
「あら?本当ね!」
「この調子では吹雪は止みそうにありませんから、二階に客室を用意してありますので、今夜はこちらに泊まっていってください」
ケイとアレグロの会話にローランが窓越しに外の様子を確認すると、これ以上の移動は困難だと理解した様子で泊まるようにと提案する。こちらも当初は吹雪が止むまでの間と考えていたが、この状況では無理だと判断し、一晩ではあるが厄介になることにした。
「食事の用意が出来ました」
その後通された二階の客室で各々過ごしていると、ローランが部屋にやってきて食事までご馳走してくれることになった。
一階の応接室とは反対側にあるダイニングルームに向かうと、テーブルクロスが引かれた長テーブルに、質素ではあるが肉や野菜などのバランスの取れた食事が配膳されている。テーブルの両脇には四脚ずつ椅子が並べられ、両端にも一脚ずつ椅子が配置されている。ケイ達はそれぞれ両脇の椅子に座り、ローランが端の一脚に腰をかける。ブルーラはメイドであるため、彼の側に仕えている。
「この料理旨いな!」
「特にこの肉は味とよく合ってるわ」
「このワインはフリージア産でも有名な銘柄だな。だいぶ深い匂いと味だ」
「お口に合ってよかったです。こちらの肉は子牛の肉を使っています。そちらの野菜は炒める際にバターで味付けをしています。それとワインは、以前フリージア産でも希少価値の高い物を購入したのでそちらをお出ししました」
用意してくれた料理はどれも味のバランスも考えられており、ケイ達は上機嫌で料理に舌鼓を打っている。ローランは久々の来客ということもあり、正直味が合うか不安であったと口にする。
「この家っておとぎ話に出てくる『大きな家』に似ているな」
「大きな家?」
「フリージアで昔から伝わるおとぎ話だよ。たしか・・・」
レイブンから聞いたおとぎ話はこんな内容だった。
大きな家
昔々あるところに、森に囲まれた大きな家がありました。
大きな家には、主と100人の召使いがひっそりと暮らしていました。
しかし主が病を患った日と同時に、一人また一人と召使いが消えていきました。
最後の一人になった召使いはそのことに危機感を覚え、恐怖からか屋敷から逃げ出してしまい、それを知った主はこう言いました。
「あと、一人だったのに・・・」と。
「なにその話、完全に怖い話じゃん」
「フリージアに古くから伝わるおとぎ話だよ」
「いや、むしろ何処にその要素あった!?」
レイブンから話を聞いたケイが顔を引きづらせる。
ケイが認識しているおとぎ話の類いとは一線を画しているため、それを聞いたローランが大口を開けて笑い出す。
「あははっ!僕も聞いたことがあるよ。たまに来る人達も、同じ事を言っていたからね。昔はなかったのにいつの間にって思うことはあったね」
森の中に家があるため、おとぎ話と言われている家は、実は自分の家がモチーフだったりなどと冗談半分にローランが語る。
ダジュールではこう言った類いの話はよく聞かれるらしい。
最近では、ダンジョンの中で誰も居ないのにどこからともなく泣き声が聞こえてきたり、王都の学園に存在している謎の黒い卵の話も出てきているそうだ。
どちらかといえば、ホラーやUMA(未確認生物)の話に近い。
こればかりは世界柄と言ったところだろうか?とケイは首を傾げた。
今回の話は一話完結にしようと思ったのですが、長くなったため前編・後編に分けました。
季節外れのお話です。
後編は本日の20時に投稿します。
※大きな家の主の名前を変更(10/28)




