86、少女の保護
保護した少女をどうするかと言う話。
※登場人物を更新しました。
シンシアの呼び声に、四人は二階の一室にやってきた。
そこでケイ達が見たのは、目覚めた少女が、なぜかアレグロとタレナにしがみついている姿だった。アレグロとタレナが困惑状態で互いの顔を見合わせ、そんな光景を前にシンシアが四人にこう説明した。
「シンシア、どういうことだ?」
「目を覚ました彼女が、二人を見た瞬間に抱きついちゃって・・・」
「で、なんか言ってたか?」
「それが、言葉が通じないのよ」
三人が目覚めた少女になるべく優しく話しかけると、よほど混乱しているのかしきりにアレグロとタレナに何かを訴えている様子だった。しかし話す言葉が違うのかこちらと少女の会話が噛み合わない。ケイが彼女の方を向くと、タレナにしがみつき、怯えつつもこちらの様子を伺う子供の様な状態だった。
「目が覚めたか?」
「**は******れ」
「俺たちの言葉はわかるか?」
「***は****の?」
ケイの耳には断片的に言葉を聞き取ることができたが、そのほとんどは別の言語を使っているらしく何を言っているのか首を傾げる。少女もこちらの態度を察したらしく、青い顔をしてなるべくこちらを見ないように顔を反対側に向け俯いた。
それをタレナが優しく介抱する。
「弱ったな、言葉がわからねぇ」
「彼女の言葉はアスル語じゃないのか?」
「俺の耳には断片的に聞こえるが、どうやら別の言語も混じっているから全体的に聞き取ることは無理だな」
六人の中で唯一アスル語を理解出来るケイが首を振るところをみると、彼女との意思疎通にはかなりのハードルの高さが要求される。
その様子を見ていたエケンデリコスが、もしかしたらと鞄の中から一冊の辞書を取りだし、彼女となんとか会話をしようと試みる。
その様子を六人は固唾を飲んで見守る。
エケンデリコスと少女は、互いになんとか意思を伝えようと試行錯誤している様子をみせた。エケンデリコスが辞書を片手に、時には身振り手振りをしながら少女に伝えようとし、少女も最初はこちらを警戒していた様子を見せたが、なんとか言葉を紡ごうとする。しばらくの間互いの言葉を交わした後で、エケンデリコスがケイ達にこう話した。
「彼女の言葉は、アスル語とベルテ語そしてロホ語が少し混じっていました」
「リコス適任じゃん」
「研究していると言ってもわたしも初めて言葉を話すので、正確なアクセントなのかはわかりません。ですが、なんとか彼女に伝えることが出来ました」
「で、彼女はなんて?」
アダムの問いにそれが・・・と言葉を濁すエケンデリコス。
少し言いにくそうにケイ達にこう伝える。
「彼女はアルペテリア。アスル・カディーム人と言っています。それと、自分はアレグロとタレナの妹だと」
「妹!???」
ケイ達が一斉に、アルペテリアと名乗った少女とアレグロとタレナを見比べる。
少女は、長年会えなかった人にやっと会えたと言うような表情を浮かべ、アレグロとタレナは困惑の表情で彼女を見つめる。アルペテリアには酷な話だが、二人には以前の記憶がほとんどといっていいほど欠落している。
さすがにこれを伝えた方がいいのかと悩む。
「ケイさん、私たちのことを彼女に伝えてください」
「いいのか?」
「彼女のためを思うからこそ、本当のことを伝えてほしいの」
その様子を察したのか、アレグロとタレナが自分達の現状を伝えてほしいと諭す。
ケイは二人の意向を汲んで、エケンデリコス経由でアルペテリアに二人のことを伝えた。もちろんそれを聞いた彼女は驚愕の表情を浮かべた後、その顔を伏せた。
その次にある程度納得したのか、気丈な態度で笑顔を浮かべながらアレグロとタレナの方を向き何かを呟く。
「二人に会えてよかった・・・と言っています」
エケンデリコスが訳し、みんなに伝える。
それから通訳ありきで彼女にいろいろと尋ねてみることにした。
一つ目に、アルペテリアからアレグロとタレナは間違いなくアスル・カディーム人で実の姉という証言を得る。そう言われてみれば、三人共顔が少し似ている。
彼女の話では、三人の上に兄が一人いるらしい。家族については、母と兄はどこでどうしているのかわからないそうだ。そして、当時アスル・カディーム人をまとめていた父親に、この大陸に連れて来られたと語る。
二つ目にケイがしている腕輪は、父親がしているのものとよく似ていると語る。
ということは、アスル・カディーム人の王=アレグロとタレナの父という結論に行き着く。しかし、エストアの復元された塔で出会った幻の黒い騎士もアレグロの言っていた父親と同人物だと考えた時、そこに至るまで何かが起こっていたのだがそれがわからない。
そう考えると、腕輪と共に見つかった古文書も二人の父親の物と考え、現在バートが解読しているため彼頼みになってしまう。
三つ目に、アルペテリアは過去のことは覚えているのだそうだが、なぜ自分が氷塊に閉じ込められていたのかその部分が曖昧だと語る。恐らく何らかの原因でショックを受けたため、記憶が混乱しているせいなのだろう。こればかりは時間が解決するかもしれないし、しないかもしれないため判断は難しい。
「やっぱりそうだったか」
「おい、まさかわかってたのか!?」
「まぁな。それに以前トレントとアンダラの話を聞いて、ある程度は想定していたが不明な点も多い。アレグロとタレナに何があったのか?エストアで復元された塔の黒い騎士の謎、それと地下遺跡の数々・・・どれも本当は繋がっているはずだ」
それを聞いたアダム達は目を丸くする。
一見個別に起こったことのように見えるが、ケイはそれを一連で起こっていることととらえている。もっと言えば、エケンデリコスが調査しているペカド・トレに関する話も含まれている。しかし、どれもそれぞれをつなぎ合わせる材料が不足しているため、もう少し資料がほしいのが現状だ。
「しかしこれからどうするか、だ」
「どうするって何よ?」
「アルペテリアだよ」
それよりもケイは、目の前の問題であるアルペテリアに頭を悩ませる。
アレグロとタレナ以外の生きたアスル・カディーム人の存在が世に出れば、それこそ世界的な新事実として広く知られることになるが、それを快くは思わない。
正直な話、現段階で裏で誰かが動いているかもしれないし、世の中がいい人だらけだとも思わない。特にアルバラントの動向に注意したいのが本音だ。
なので、今のうちに信頼できる人間の元にいた方が安全じゃないかと考える。
少なくとも自分たちと行動するよりはマシだと。
ケイはみんなにアルペテリアの今後について話しをした。
「確かにアルペテリアを連れて歩くのは得策じゃないな」
「彼女を信頼できる人間に預けるってこと?」
「なにか起こってからじゃ遅いし、今のうちに匿ってくれるところを探した方がいいだろう」
「私もケイ様に賛成よ。それに仮にも病み上がりに近い状態よ?それを考えなくちゃ!」
アダムとレイブンは、ケイの案に賛成した。アレグロも目覚めたばかりの彼女を連れ回すのはよくないと考えているようだ。シンシアは一緒に行動した方がいいのではと口にするが、ケイは自分達がアルバラントに目をつけられていなかったらそうしていただろうと返す。過去に良くも悪くも目立った行動を取ったため、しばらくは控えたいと思っている。そんなケイ達の会話を不安そうな表情で見つめるアルペテリアに、タレナが大丈夫よと励ますように肩を軽く叩く。
「だとしても、何処に預けるって言うの?」
「それについては、一つ心当たりがある。しかもとびっきり好条件で!」
ケイの満面の笑みに、シンシアは何故か冷や汗を感じずにはいられなかった。
「・・・で、私のところに来たというわけか」
フリージアをまとめる、領主ガイナス・ワイトは頭を悩ませていた。
ケイ達が戻って来たかと思えば、彼女を預かってほしいと頼まれたからだ。どういうわけかと尋ねると、彼女は古代に存在していたアスル・カディーム人の一人だと答えが返ってくる。しかも詳しく話を聞いてみると、メンバーのアレグロとタレナもアスル・カディーム人だという。全く雲を掴むような話である。
長年生きてきてなおかつ領主をしているが、こんな話は初めてでどう答えようかと考えため息をつく。アルペテリアと名乗った少女は、通訳が出来る者がエケンデリコスだけのためその部分で頭をさらに悩ませる。
心当たりのある人物である領主の家にやって来たケイ達は、応接室で対面したガイナス達に事の経緯を説明した。ガイナスを始め、同席したルミエ・ベルセ・アベルト・ベクトにオスカーもこの事実に驚きの色を隠せない様子だった。
ガイナスに至っては完全に頭を抱えている。
フリージアの領主であれば、権限を持っているし何があっても対応してくれるだろうとふんでいた。もちろんそれだけではない。ベルセ・ワイトがいるからという理由もある。例え権力があっても、信用に値する人物かどうかはわからない。それなら共通の秘め事をもっているベルセがいるし、安心して任せられると考えたのだ。
「しかし問題がある」
「言葉のことか?」
「あぁ。我が国にエケンデリコスと同等で通訳を務めることが出来る人間がいないのだ」
たしかに四六時中エケンデリコスをつけるわけにはいかないだろう。
ガイナスに言われて、ケイは脳内にダジュールの管理者権限を思い浮かべる。
アスル・カディーム人の言葉を理解出来る方法はないのか?せめて翻訳機のようなものを作製できるかと考えた時、脳裏にポンとあるものが浮かんだ。
「よし!ちょっとやってみるか!」
「何をするの?」
「まぁ見てなって!」
『創造魔法:異世界翻訳機(イヤリング型)』
異国の人の言葉を変換して、相手に伝わり理解出来る魔道具。
対象はダジュールに存在していた原語全般。
「おっ?できた!」
「何よそれ?」
「翻訳機だよ。言葉がわからないんじゃどうしようもないからな。アルペテリアこれをつけてみてくれ」
ケイがアルペテリアに異世界翻訳機を手渡す。
耳につけるとこちらの声も通訳された形で伝わるはずだと説明するが、試すのはこれからである。エケンデリコスが彼女にそれを伝えると、それを受け取り両耳に装着する。イヤリングのデザインは赤い宝石がついた小ぶりのもので、そんなに違和感を感じない。
「アルペテリア、俺の言葉わかるか?わかるなら首を縦に振ってくれ」
ケイの言葉にアルペテリアは一瞬驚きの表情を見せてから、勢い良く首を縦に振った。どうやら話は通じているようだ。
異世界翻訳機は、こちらからの言葉を変換して相手に伝わるほかに、相手からの言葉をイヤリングを通して発声するため、こちらにも変換した言葉で聞こえるはずである。試しにアルペテリアに何か話しかけてみてくれと言うと、恐る恐るこちらに向かって言葉を投げかける。
『わたしの言葉はわかりますか?』
「あぁ。バッチリだ!」
うまく機能したようで、変換した言葉が返ってくる。
そんなケイ達の表情を見て、アルペテリアは安堵の表情を浮かべた。
「これでいいか?」
「ま、まさかこれほど簡単に意思疎通ができるとは・・・」
ケイもまたあっさりうまくいくとは思わなかった。
ダジュールの管理者権限で、アスル・カディーム人・通訳と検索をかけたらあっさりできると出たので、創造魔法で試してみた結果うまくいったのだ。
正直、こんなに簡単にできるなら初めから教えてほしかった気持ちが大きい。
放心状態のガイナスにケイは、再度彼女の保護を要請する。
「わかった。アルバラントの件もあるし、娘のことも礼を返さねばならぬ。彼女の身はこちらで保護をしよう」
「さすが領主様!話がわかって助かるわ!!」
「全く調子いいんだから~」
領主の了解を得たケイが軽口を叩き、シンシアがため息をつく。
アルペテリアは最初こそ緊張した面持ちだったが、翻訳機のおかげでなんとか話の全容を理解することができた。ケイはこの領主なら絶対に大丈夫だと念を押すと、彼女はにっこり微笑んだ。
「で、君達はこれからどうするのだ?」
「俺たちは西大陸経由で、アルバラントに一度戻ることにするよ」
「アルバラントの件が収束するまでここに滞在しても構わないのだが?」
「気持ちはありがたいけど、いろいろと予定があるんだ」
ケイ達には確かめなければならないことと、バナハにいるエミリアの用事も済ませねばならないため、翌日にはフリージアを出ると述べる。
翌日の別れ際の際、ケイはキレイになったアルペテリアが着ていた衣装を返し、ガイナスとベルセに彼女を頼むと再度願い、アレグロとタレナはまたすぐに会えるからと固い抱擁を交わした。
こうしてケイ達は、次なる目的地である西大陸の軍事国バナハに向かうため、フリージアを出発した。
アスル・カディーム人のアルペテリアから意外な話を聞いたケイ達は、彼女を領主ガイナスに託し、次なる目的地であるバナハに向かうことにした。
次回からしばらくは日常系の話になります。
次回の投稿は10月21日(月)です。




