78、スアン渓谷
エケンデリコスを助けるため、手がかりを探しにスアン渓谷に向かった話。
ケイ達はエケンデリコスが残した自作の地図を頼りに、集落北側の山道からスアン渓谷に向かった。
北側から出てすぐに緩やかな坂道がある。
見た目以上に厳しい坂道をなんとか登り、舗装されていない平坦な道を歩いて暫く経った頃、ここで問題が一つ。
「勢いで出てきたけど、もうすぐ日没なんだよな」
「今更、気づいたの?」
シンシアのあきれ&諦め顔を余所に見上げると、空は茜色に染まっていた。
ケイ達が集落に着いたのは昼をだいぶ過ぎてからで、地図を確認すると集落からスアン渓谷までは結構な距離がある。今から戻るにも時間的に厳しく、何より集落前の上り坂を二度も登りたくないという思いから、比較的安全で開けた場所にテントを張ろうかと考えに至る。
「この辺って魔物とかっているのか?」
「この辺りだと、バイソンやクーラービリスなどはよく見かけるよ。彼らは火が苦手だから、こちらから仕掛けない限りはまず何もしないと思う。だけど、山の奥地なんかは凶暴種と言われる、マース・グリズリーやローロがいるから、地元の人でも滅多に立ち入るということはないだろうね」
「凶暴種?」
「ダジュールで認定されている凶暴な魔物のことだよ」
レイブンの話によると、マース・グリズリーは熊系の魔物で爪や牙は鉱石よりも硬く、攻撃を受ければ一撃で死に至ると言われている。レットボアの強化版のような魔物である。そしてローロは見た目はオウムに近いのだが、常に5~6羽で群れて行動し、生物の血を嗅ぎつけ捕食するという獰猛な鳥系の魔物である。
「ケイ、一度集落に戻らない?」
それを聞いたシンシアが顔を青くさせながら、一度戻ろうと提案する。
彼女にとって集落前の上り坂より、凶暴種が圧倒的に怖いことが表情で見て取れる。当然と言えば当然である。レイブンに今どの辺にいるかと尋ねると、集落とスアン渓谷の丁度中間地点だという。
この間にそれほど時間が経っていないにもかかわらず、わずかな夕空を残したまま夜を迎える紺青の空へと変わり、山の木々がより一層辺りを暗くさせる。
急いでテントを準備しようかと考えたが、今いる地点は比較的場所にも余裕があるため、ケイお決まりのパワープレイ(チート)を駆使し、小さいながらもコテージを創造することにした。もちろん他の五人はいつものことかと納得する。最近では、アダムとシンシアも慣れるしかないと腹を括ったようだ。
二階建てコテージの内装は、一階はキッチン付きのリビングダイニングとシャワールームにトイレ。二階は個人の寝室となっている。
念のためコテージ全体に、外からの防音と玄関脇にあるトラップ操作装置というものも完備している。
トラップ操作装置とは、コテージが持っている能力の一つで、周りにある魔素をトラップに変換し自動的に敵対するモノを撃墜する能力がある。これでシンシアの心配の種はなくなったと思う。
「シンシア、これで大丈夫だろ?」
「えぇ・・・なんだか違った意味で疲れたわ・・・」
「シンシア、ケイに常識は意味がない。諦めろ」
何故か肩を落とすシンシアと肩を叩き慰めるアダムに、その隣でいつもと同じようにアレグロとタレナが賞賛を送る。そして、夜の山は危険だとレイブンに急かされたケイ達は中に入ることにした。
実はこの時、離れた場所で何者かがこちらを見ていたのだが、ケイ達がそれに気づくことはなかった。
翌日の早朝に朝食を済ませたケイ達は、スアン渓谷を目指し出発することにした。
コテージは、全員が退出すると自動的に解除される仕組みになっている。
今後のために、ケイがダジュールの管理者権限でショートカット機能を作成し、即コテージを創造出来るようシステムを改善してしまった。昨夜の内に、いろいろと試行錯誤をした結果、システムを組み替えることが可能だとわかり、その代償として若干寝不足になったのはお約束である。
山道を北に進み、途中で山あり谷あり崖ありなどをえて、昼に差し掛かった頃には視界の右側に渓谷らしきものが見えた。
「あそこがスアン渓谷だよ」
「思った以上に白いんだけど」
「あれは『水晶の森』だね」
レイブンの声に崖沿いの山道から眼下に目を向けると、白い森の中に青緑色の湖となんとも不思議な光景が目に広がる。どうやら山から流れてくる雪を含んだ水と、地底湖から湧き出る水が合わさってあのような神秘的な色になるのだそうだ。
雪のせいかと思われた白い森は、大気中の魔素と性質の異なる湖の魔素が合わさり、それらが木々に付着し結晶化したためである。地元では『水晶の森』などと呼ばれ、秘境の一つとされている。
この辺は地元の人間も行くことはないし、俺も初めてなんだ」
「凶暴種がいるから普通は行かねぇわな」
渓谷を横目に山道を進むと、他の平地より少し小高い丘のようなモノが見えた。
ケイ達がたどり着くと、少し広めの丘だった。
エケンデリコスの地図と照らし合わせると、ここで調査をしていたようだ。
辺りには建造物の名残らしき物が存在しており、近づいて見てみると黒い破片の様なモノが散乱している。鑑定をしてみると、案の定汚染された月花石と出た。
「これが汚染された月花石か」
「実際にあったのね」
「シンシア、触れないようにしろよ」
「わかってるわよ」
ケイは念のため、黒い破片には触らないよう五人に伝える。
五人も破片には触れずに近づいて覗くように見てみると、紫色を帯びた黒い破片が怪しげに光っている。鑑定自体、相変わらず重要なところが文字化けしたように見ることが出来ないため、それがなんなのかはわからずじまいだった。
唯一わかったことは、触れれば人体に影響を与えること。
しかしここで謎が残る。
ここ(フリージア)とエストアの塔にはそれが見られたのだが、バナハにはその状態が見当たらないことだ。なぜ同じ月花石なのに汚染されたものとないものが存在しているのか?その問いはすぐにわかった。
「『陽花石』か・・・」
ダジュールの管理者で検索をかけた祭、陽花石に浄化作用を含んでいることが判明した。そういえばバナハの塔の月花石は、扉の内側だけだったことを思い出し、二つの塔とは別の目的で作られたのではと考える。そう考えるとエストアの塔が復元された時、陽花石と同じ白っぽい色をしていたが、それも陽花石と同じ材質でなければ辻褄が合わない。
うまく考えがまとまらず、ケイは頭をガシガシと掻いた。
「ケイ、どうした?」
「復元されたエストアの塔のことを考えたけど、俺達が見た塔って白っぽかったよな?」
「あぁ。それが?」
「辻褄が合わないんだ」
ケイは先ほどの考えをアダム達に説明した。
陽花石で建てられたバナハの塔と、エストア・フリージアの塔は別のモノではないかと考えていたのだ。でなければ、汚染された月花石の説明がつかない。
しかし、復元されたエストアの塔は白かったので、もし陽花石であるなら浄化作用があるはずである。仮に塔全てが月花石で出来ているなら、月の光にしか反応せず黒に近い色になるはずだとも。
「ケイ様、そのことなんだけど・・・」
「アレグロどうした?」
「実は、二回目に私以外の全員が行った後、塔の色が変化したの」
「なんだって!?」
アレグロの話によると、ケイ達が二回目に復元された塔に入ったすぐ後、塔の扉の部分から徐々に変色し全体に広がったそうだ。一緒に居たアマンダや巡回していた他の兵達も見ており、その時は復元解除時間が迫っているせいだと思っていたそうだ。
「アレグロの証言を元に、とりあえずエストアの塔の内部は全て月花石と考えると仮定すると、外側の白い部分は何かで塗られたかで白っぽく見えていたということになる」
「塔全体が月花石だったってこと?」
「それを隠すために白っぽく見せていたってところだろう。じゃなければ変色なんてしないはずだ」
「バナハの塔とは別々だったってこと?じゃあ四つの塔の意味は?」
「恐らく、塔を建てた時点でカモフラージュしていたってことなんだろう。実は別々なのに四つの塔とまとめたって考えられる」
「なんのためよ?」
「それは知らねぇよ」
今現在で推測できる範囲はこのぐらいだろう。しかし汚染された月花石に触れたエケンデリコスの解除方法がわからない。もう少し周りを見て、なさそうなら集落へ戻ろうと考える。
「なぁ、ケイ」
「どうした?」
「さっきから、誰かに見られている気がするんだが」
アダムがケイの側に寄り、耳打ちで話しかける。
ケイが辺りを見渡すと、絶賛絶景の山々と木々しか見えない。
アダムの言っていたとおり、コテージからここまで誰かにつけられている感じはしていた。念のためにサーチとマップで確認をすると、後方の離れた場所に緑のマークが出ている。魔物の類いではないようだが複数存在している。
正直気味が悪いため、こちらから話しかけるべきかと思案していると、丘から白い馬が三頭、こちらにやって来る姿が見えた。マップ上に存在していたのはこいつらのようだ。
白い馬の一頭が崖の縁に立ち、ケイ達と崖下を交互に見ている。
「な、なんなの?」
「なにかあるのでしょうか?」
シンシアとタレナが不審に思いながらも恐る恐る崖下を覗くと、後ろに居たもう一頭の馬が思わぬ行動をした。
「えっ!」
「ちょ!きゃあぁぁぁ!」
あろうことか後方にいた白い馬が、二人を突き落としたのだ。
突然のことに対応出来なかったシンシアとタレナは崖から宙を舞うように落ちようとしていた。
「シンシア!わっ!!」
「タレナ!・・・うわっ!」
アダムとレイブンがとっさに腕を掴もうとしたが、三頭目の馬が横からタックルするように二人を同じように落とした。
「って嘘だろう!!こんのやろ!!・・・バインド!」
それを見届けた三頭が慌てて丘から退散しようとしたため、そのうちの一頭を拘束し『従わなければ馬刺しにして喰ってやる』と脅した。そして、さくっとスキルの馬術と手綱を創造しアレグロを前に乗せた後、崖から落ちた四人を追うため馬で駆け降りていった。
馬に落とされた四人は、この後どうなるのでしょう?
次回の更新は10月2日(水)です。