77、山の集落
音信不通のエルフの男性を探しに、山の集落へ。
翌日の早朝、ケイ達は失踪したエルフの男性の足取りを掴みに北にある山の集落へとい向かうことにした。
ガイナスの話では、変わり者のエルフはエケンデリコスという名の学者だという。
以前から彼に、歴史的建造物の調査を依頼しようとしたそうだが、常に歩き回っている人物らしく、なかなか会うことが出来ないそうだ。どちらにしろ北にあるペカド・トレや残りの女神像の正確な場所もわからない以上、頼みの綱である人物を探すしかない。
集落に向かう前に冒険者ギルドに立ち寄り、青いマンドラゴラの納品を行う。
なお『バイソンと三色野菜』は魅力的だったが、タイミングが悪いため今回は見送ることにする。
集落へは、フリージアの北門から北の山道に続く街道を進み、山道を西側から迂回するように登って行くことになる。
なぜそんな道なりかというと、フリージアに生息している動物や魔物が関係ある。
フリージアに生息している動物または魔物は、基本四足歩行なのだが、雪道を滑るように走るそうで、直進で追いかけられた場合はまず逃げることが困難なほど速い。したがって彼らの速度を抑えるため、あえて迂回や入り組んだ道なりになっているのだそうだ。
「山道プラス入り組んだ道は地獄だな」
「雪道だから、地元の人は大変ね」
「地図を見ると、目的の集落はもうすぐみたいだ。このペースで進めば昼過ぎには着くと思う」
慣れない道で四苦八苦しているケイ達に、地図を見てから目的の集落はもうすぐだと声をかけるレイブン。雪道で足を取られそうになりながらも懸命に歩き続ける。
目的の集落に到着したのは、昼をだいぶ過ぎてからだった。
山道を登っていくと、木々の間から家らしき木造の建造物が見えてきた。どうやらここが目的の集落なのだろう。全体の人口が100人にも満たない小さな集落で、高床式住居の様な建造物がいくつか存在する。おそらくピーク時になると、雪の量が多くなるのだろう。昼間だというのに集落内には人影があまりなく、目的の人物を知る前に人を探す事になる。
ケイ達が辺りを見回してみると、丁度、近辺の家から初老の男性が出てくる姿が見えたので声をかけてみることにする。
「すんませ~ん」
「ん~?なんじゃ?」
「この集落に、エケンデリコスという人が居るって聞いたんだけど、そいつの家ってどこ?」
「なんじゃ?リコスの客人か?それならこの通りを進んだ先に、煙突がついた家が建っておる。そこがリコスの家じゃ。しかしワシも最近見かけてないのぉ。またどっかでほっつき歩いているのじゃろう」
ケイ達は老人に礼を述べてから、教えられた場所まで向かうことにした。
「ここっぽいな」
教えられた場所に向かうと、屋根に煙突がついた住居にたどり着いた。
集落の中心部よりやや東側に存在している建物の窓から中を覗くと、人の気配はなく、所在の有無を確認するためにケイが扉を叩いたのだが、やはり留守のようだ。
「やっぱりいないか」
「そういえば先ほどの方も、エケンデリコスさんの姿を見かけてないと言ってましたね」
「まいったな。行き先を知っている人を虱潰しに当たるしかないか」
困った表情で頭を掻きながらこの後のことを考えていると、カゴを持った女性が通りかかる姿が見えた。
「すみません!用があってエケンデリコスさんの家に来たのですが、どちらに行ったかご存じありませんか?」
アダムが声をかけると、女性は急にかけられたため驚きの態度を現したが、エケンデリコスに用があって来たというと、あぁ。という表情をしてからこう返した。
「さぁね。私も最近見かけてないから、またどこかに出かけているだけだと思うけど?」
「よく出かけてるんですか?」
「月の半分以上は、いろいろなところに行っているみたいだからね。あ!もしかしたら、トキサなら知っているかもしれないよ」
「トキサ?」
「リコスの友人さ。ここから二軒先に彼の家があるから行ってみたらどうだい?」
ケイ達は女性に礼を言ってから、エケンデリコスの友人であるトキサという人物の家に向かうことにした。
教えられた二軒先の家に向かうと、エケンデリコスの家と同じ雰囲気の煙突がついた建物が建っている。軒先には白閃花のランプが掛けられており、中には人がいるようで、煙突からは煙が出ている。
ケイは扉を叩き、家の主が出てくるのを待った。
扉が開くと、茶色く柔らかい髪質でそばかす顔の青年が顔を出した。青年はケイ達の姿を見ると、何事かと目を丸くさせる。
「あんたがトキサか?」
「えっ?は、はい。どちらさまでしょう?」
「俺たち、エケンデリコスに会いに来たんだけど、どこに行ったか知ってるか?」
ケイは集落の女性から聞いたと前置きをしてから、自分達は冒険者で用があってエケンデリコスに会いに来たと説明した。その話を聞いたトキサは一瞬戸惑った表情を見せたが、意を決したかのように一人頷いた後、外の様子を確認してから中に入るようにと答える。
トキサの案内で室内に入ると、テーブルと椅子が二脚設置されたダイニングと、奥にも部屋があるようで、配置されているベッドがチラっと見えた。
全体的にこじんまりとした、典型的な一人暮らしの間取りである。
「リコスを訪ねに来たんですよね?」
「あぁ。どこにいる?」
「こちらです」
トキサに奥の部屋を案内されると、ベッドに横になっている金色の髪をしたエルフの男性の姿があった。どうやら眠っている様子である。
ケイは一瞬眉をしかめてから、どういうことかとトキサに訪ねた。
「この寝ている奴がエケンデリコスか?」
「はい。一週間前にうちに来た時、急に倒れて以来ずっとこの状態なんです」
トキサの話によると、一週間前に何処かから戻ってきたエケンデリコスが、家に来てすぐに倒れたとのこと。集落には月に数回、フリージアを巡回している医師が来るらしいのだが、運が悪くその医師が来た翌日に事態が起こったそうだ。
「このことを知っている奴は集落にいるのか?」
ケイの問いにトキサが首を振る。どうやら自分一人で、友人をなんとかしようとしていたらしい。何が原因かわからないため、ケイがエケンデリコスを鑑定すると、意外な事実が判明する。
エケンデリコス 男性 エルフ族 職業:学者
状態:昏睡状態
※汚染された月花石に触れたため、**に浸食されている。
(浸食度:10% なお100%になると死亡する)
「まずいなこれ・・・」
「なにかわかったの?」
「こいつ浸食されている」
「浸食?」
「おそらく汚染された月花石に触れた可能性がある」
「えっ!実際にあるの!?」
鑑定結果を伝えると、シンシア達が驚きの表情を浮かべ、トキサは眠るエケンデリコスを心配そうに見つめる。
エストアの一時復元された状態とは異なり、実際に存在している汚染された月花石が、人体に影響を及ぼす事実に困惑の表情へと変わる。
「そういえば三つ目のペスカ・トレは、スアン渓谷にあるって言ってたわよね?」
「あぁ。トキサ、スアン渓谷はどの辺にあるんだ?」
「スアン渓谷?それなら集落から北に向かったところにあるよ。地図は持ってますか?」
テーブルに地図を広げ、トキサがスアン渓谷の位置を指し示す。
集落から北側に続く山道が存在しており、道なりに進んで行けば、そのすぐ横がスアン渓谷になるそうだ。
「スアン渓谷は険しい崖の谷間に存在しています。そういえば、リコスは調査のために、たまに北側に向かうことがあると言ってました。もしかしたら、いつも持っている鞄に調査の痕跡があるかもしれません」
トキサは、ベッドの脇からエケンデリコスの所持している茶色の肩掛け鞄をケイ達に差し出した。もし彼の言う通りであれば、調査のために北の方に向かった痕跡があるはずである。
ケイが鞄を開けると、羊皮紙の束が入っている。
羊皮紙には手書きで文章や図形が描かれており、スアン渓谷周辺の地図が事細かに描かれている。スアン渓谷の辺りには森のような図が描かれ、山道を北に向かった地点には丸印に『バナハと類似した塔?』と記されている。恐らく予め調査をしていたのだろう。
「ケイ様、エケンデリコスさんはどうするの?」
「何に浸食されているのかわからない以上、下手に動かすのはまずい。実際にスアン渓谷に行ってみないことには、なんとも言えないな」
持ち前のケイのチート能力を使用してもいいのだが、今後もこういった事態が起こらないともいえず、原因を追及し正式な方法で解除することが望ましいと考える。そのため、チート能力での改善は最後まで取っておきたい。
手書きの地図通りに北側にペカド・トレの跡地があると考え、ケイ達はエケンデリコスをトキサに任せ、地図と照らし合わせながら三つ目のペカド・トレがあったであろうスアン渓谷に向かうことにした。
汚染された月花石のせいで眠るエケンデリコス。
ケイ達は、手がかりを探しにスアン渓谷に向かう。
次回の更新は9月30日(月)です。




