76、災難の後で
意図しないことでも大惨事になるって話。
地下神殿の先は、ワイト家の敷地内にある別館の地下へと通じていた。
現段階では、ワイト家と地下神殿の関連は不明だが、ベルセの祖母が隠し部屋の鍵を持っていた時点で何かしらあるのだろう。意外な事実に驚きを隠せない一同だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
現在ケイ達は、公爵家の応接間でベルセ誘拐の疑いで尋問を受けていた。
何度も兵に違うと言ったが、そもそも敷地内に不審者がいた時点でアウトなのは言うまでもない。ジタバタしても仕方がないので大人しくしていると、応接間にノックが鳴り、その後扉が開く。
室内に入ってきた人物は、仕立てのよい服にベルセと同じ銀髪と青い目に長い髪を後ろで束ねた二十代ぐらいの青年だった。
「ベルセ!」
「アベルト兄様」
「帰りが遅かったから心配したよ」
「申し訳ありません。実は・・・」
どうやらベルセの兄のようで、彼女は事のいきさつを彼に説明した。
もちろんケイ達は誘拐犯などではなく、困っていたところを助けてくれた恩人としてをより強調する。その間青年は、彼女の話を遮ることもなく相槌を打ちながら黙って聞いていた。
「妹とオスカーを助けて頂きありがとうございます。私はアベルト・ワイト。彼女の兄で、現在は公爵の補佐として働いております」
アベルト・ワイト
ベルセの兄で、時期領主。
現在は、父・ガイナスの元で領主の補佐として活動している傍ら、アシエル商会で貿易関係の交渉人としても知られている。
ベルセの話と話を聞いてくれたアベルトのおかげで、ケイ達の無実が証明されたのだが、アベルトは話を聞かなかった巡回兵の二人を呼びつけこう言った。
「君達の活動にはいつも感謝している。しかし相手の話も聞かず、ましてや何も考慮せずに行動を起こすことは感心できないな」
「で、ですが、敷地内に入った時点で拘束・尋問すべきだと判断できます」
「たしかに君の言うことは一理ある。仮に彼らが誘拐犯だとして、夜の敷地内に集団でいる時点で誘拐犯の素質はない。もし僕が誘拐犯なら、オスカーが居る段階で計画を改めるし、段取りを組んでそれぞれに任を与え、効率よくベルセを誘拐しているよ」
領主補佐としてそれを言っていいのだろうかと疑問に思ったが、裏を返せば頭の回転が早く弁も立つ印象を与える。アベルトはケイ達の方を向き、重ねて謝罪の言葉を口にした。ケイ達は気にしないと返し、身分確認のためギルドカードをアベルト達に提示した。
順番は前後したが、アベルトのおかげでフリージアの入国許可が下りた。
危うく前科持ちになるところだった。
「そういえば、お父様は?」
「まだ戻ってないよ。今日は遅くなるそうだからね」
「では、先日の一件のことでしょうか?」
「そうみたいだ」
巡回兵が退出した後、ベルセがアベルトに言葉をかけた。
どうやら領主は留守にしているようで、アベルトが代行を任されている様子だった。話を聞いてみると、先日調査を依頼していた学者が失踪したらしい。
しかもその人物は、エルフ族の男性だという。
「ケイ、もしかして前にヴィンチェが言っていた『変わり者のエルフ』ってそいつじゃないか?」
「たぶんな。しかし参ったな~本人の行方がわからないなら聞きようがない」
ベルセ達の隣でケイ達が困ったそぶりをすると、アベルトがどうしたのかと聞いてきたので、彼にフリージアに来た経緯を説明した。
領主やアベルトも、各国から遺跡などが発見された報告は既に受けていたようで、北大陸にもまだ見ぬ部分もあるやもしれないと、以前から学者に相談を持ちかけていたそうだ。
「その学者が失踪したのはいつだ?」
「一週間ほど前です。父が頼んだ用件で使いを送ったのですが、彼の家を訪ねた時にはいなかったそうです」
「彼の行きそうな場所は?」
「さぁ。彼はスアン渓谷手前にある集落で暮らしていると言っていたので、もしかしたら集落にいる人達なら知っているのかもしれません」
北の山には、スアン渓谷の他に少数の人々が暮らす集落が存在する。
山には年中雪が降り続き、平地より寒さが厳しく、彼らは北の山の恵みを元に生計を立てているそうだ。
アベルトから有力な情報を手に入れたケイ達は、無事に無罪放免となったため、公爵家を後にしようと応接間を出た。
玄関まで送ると言ったベルセ達の案内でエントランスに向かうと、そこには、長身で銀髪に青い目の壮年の男性が執事らしき人物と一緒に戻ってくる姿が見える。
どうやら領主のようで、彼はベルセの姿を見るやいなや、ケイ達を誘拐犯だと思い、同行していた他の兵に拘束するように指示を出した。
話を聞いた他の兵が事実確認をしないまま、領主の元に向かい伝えたらしい。
それを見たアベルトがケイ達と兵の間に割って入る。
「父上、話を聞いてください。彼らは不審者ではありません」
「アベルト、私に意見する気か?」
「だから、報告した兵の誤認です」
「それは私が決めることだ。お前は下がっていなさい」
「いえ!退きません!私は事実確認をした上で判断をしています!」
「ならば、お前も私の事実確認が出来るまで拘留することにする」
要は自分の目で確かめるまでは、実の息子でも容赦はないということだろう。
口を噤むアベルトと共に拘束をするように指示を出す。
戸惑いながらも兵達がケイ達を拘束しようと近づいた瞬間、彼らの後方から別の人物の声が聞こえた。
「あなた」
凜とした女性の通る声が、その場にいる全員の動作を制止させる。
モーゼのごとく兵の集団が二手に分かれると、淡い青いドレスを着たこれまたベルセと同じ銀髪に青い目の女性が立っていた。
「相手の話を聞かず一方的に拘束しようとするところをみると、前回の反省がまったく生かされていないということかしら?」
「ル、ルミエ・・・」
「私言いましたわよね?あなたは子供のことになると血に上りやすいから冷静になって、と!それなのに、昔とちっとも変わっていない!あなた?聞いてますの!?」
矢継ぎ早に話すと同時に、早足に領主に詰め寄り右耳を引っ張る女性に、執事も兵もオロオロした態度に変わる。領主はというと顔を青くさせ、耳を引っ張られながらも「ルミエ悪かった!」や「話を聞いてくれ!」と懇願しているが、女性は反省していないから何度も繰り返すのでは?と笑顔で耳を引っ張り続ける。女性の表情は笑顔なのだが、バックに般若のようなものが見えるのは気のせいだろうか?
そんなやりとりを横目に、ケイが疑問を浮かべる。
「そういや、ベルセの家族ってみんな同じ髪と目の色してんな」
「フリージアの公爵家は、代々銀髪の青い目と聞いたことがある」
「遺伝か。だからエミリアもそうだったんだ~」
レイブンの解説に、バナハの騎士団第二部隊隊長を思い浮かべ納得する。
その間にも公爵家のあるまじき行為を前に、ケイ達はなんとも言えない表情で互いの顔を見合わせていた。
「今回は誠に申し訳ございません。ベルセとオスカーのことはなんと礼を言ってよいのか・・・」
再び応接間に戻ったケイ達は、ベルセとアベルトから事情を聞いた女性から礼と謝罪を述べられた。向かいに座っている女性とその両脇にベルセとアベルトを座らせ、後ろにはオスカーと先ほどの執事が控えている。
そしてその傍らには、土下座をしているなんとも情けない領主の姿がある。
「私は、ルミエ・ワイトと申します。そこに居る領主で愚夫の妻です」
ルミエ・ワイト
領主・ガイナスの妻で、ベルセとアベルトの母。
いつも笑顔だがなぜか怖い時がある。実は、ガイナスとはいとこ同士。
「あーなんか、こちらこそ紛らわしくてスンマセン」
ケイ達がそれぞれ紹介をすませると、ルミエは土下座をしていた領主に向かって、「あなた、紹介は?」と一声。領主が頭を上げると、顔には大きなアザが一つ。
ルミエは耳だけじゃすまなかったのか、積年の恨みと言わんばかりに顔に一発入れたのだ。さすがのケイ達もそれ以上はと止めに入ったのだが、子供のことになると特に周りが見えなくなるため、この程度なら許容範囲内です!と鼻息を荒くしたルミエに返される。
「私は、フリージアの領主でガイナス・ワイトだ。今回は誠に申し訳ない」
ガイナス・ワイト
フリージアの領主。
国民の事を第一に考える一方で、自分の子供のこと(特にベルセ)になると周りが見えなくなる性格のため、それが原因で妻のルミエに叱られる。
再度頭を下げるガイナスに、こちらは大丈夫と声をかける。
国を束ねる領主がこれでいいのかと思ったが、実は実権を握っているのは妻のルミエではないかという思いが浮上する。
「私は領主様の執事をしております、ベクトと申します」
ベクト
祖父の代からワイト家に仕える執事。
公爵家に仕えている執事は大体できる人間。
後ろに控えている。燕尾服を着た老年の男性が礼をする。
彼はケイ達が拘束されようとした時には慌てたのか止めに入っていたが、ガイナスとルミエのやりとりは、いつものことなのか割とスルー気味な態度をしていた。
領主も落ち着き、空いているソファーに腰を下ろすところを見計らってから、ケイは彼らに今までの経緯と目的を説明した。
「まさか別館に地下があったとはな」
「知らなかったのか?」
「あの別館は、亡き母の思い出の場所なんだ」
ケイ達が出てきた場所は、ガイナスの母でベルセとアベルトの祖母にあたる人物の生家だと言う。現在は祖父が住んでいるようだが、行動的な性格なため、なかなか戻らないらしい。
「地下の神殿には、他にも隠し部屋やら行っていない箇所もある。後で確認した方がいい」
「偶然とは言え、君達のおかげで危うく見逃すところだったよ」
ガイナスは、後日調査隊を編制し、内部の調査を行うと行った。
ケイも参加したい気分だったが、失踪したエルフの男性が気にかかる。
「アベルトからエルフの男の話を聞いた。実は俺たちもその人物に会いに来たんだ
が、やっぱり見つからないのか?」
「我々も捜索はしているのだが、なかなか足取りが掴めない状況だ」
ガイナスも失踪したエルフについては捜索を続けていたが、未だに足取りすら掴めず難航している状態だった。
「ということは、実際に集落に行って確かめるしかないな」
「俺たちも向かうということか?」
「ここで待っていても始まらないだろう?」
「まぁ、そうだが・・・」
一週間も音信不通の本人に何かあったとしか考えられないため、ケイ達も彼の家がある山の集落に向かおうと考えていた。
その日は夜も遅いため、領主の好意という名の償いのもと、屋敷の客室で一夜を明かすことになった。
異世界の母はだいぶ強い!
次の回は、音信不通のエルフを探しに出かけます。
次回の更新は9月27日(金)です。




