72、青いマンドラゴラと迷子のスライム
今回は青いマンドラゴラを捕まえる話。
依頼を受けたケイ達は、ガタの町から400mほど南西にあるネフリティスの森にやって来た。
ネフリティスの森は、絶景の名所の一つとして有名である。
森の中心には湖があり、その周囲を宝石を思わせるような青緑色の木々が取り囲んでいることから『女神の楽園』などと呼ばれている。一説には、魔力を含んだ寒気と太陽の光の反射でそのように見えると言われているらしい。
「きゃっ!」
「シンシアさん大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ」
青いマンドラゴラを探すため、中央にある湖に向かっている途中で、昨夜の間に雪がさらに降ったせいかシンシアが雪に足を取られその場に尻もちをついた。
その後ろを歩いていたタレナが手を差し伸べる。
「雪道は歩幅を小さくして、足の裏を地面に対して垂直になるように下ろすといいぞ」
「え?そうなの?知らなかったわ」
「ケイ様は、何でも知ってるのね?」
「たまたま知り合いから聞いただけさ」
ケイは、数年前に都心に雪が積もった際、雪国出身の友人からそのような話を聞いたことを思い出した。その彼とは高校で同じクラスだったため、よくスキーやスノーボードを一緒に楽しんだことを覚えている。卒業後にその友人は、地元に就職すると言って故郷に帰ってしまったが、元気でいるだろうかとふとそんな思いを馳せた。
目的の湖は、森の入り口から約150mほど歩いた地点にあった。
水面に青緑色の木々と太陽が反射し、見事なコントラストを演出している。
湖を覗いてみると、透き通った水の中には泳いでいる色とりどりの魚や底にある岩が見える。
「結構キレイだな。透明度が高いなんて、山の中にある川ぐらいだと思ってた」
「ここの湖は、北の山にある雪が解けて流れ出しているんだよ」
「だいぶ距離があるけど?」
「たしかフリージアの地下には地底湖があって、雪解け水がそこを伝って地上に湖を形成しているそうだ。それに、領主自身が環境保全にも力を入れているらしいからね」
「ここまで絶景だと、その気持ちはわからなくもないわね」
ケイの疑問にレイブンが説明を行う。
北の山にある雪が解け、雪解け水が地底湖を伝って地上に湧き出る。
自然のありかたをまざまざと見せつけられた、そんな幻想的な湖である。
一行は気を取り直して、青いマンドラゴラの捜索を行った。
話によれば湖の近辺に生息しているそうで、まずは各自それらしいものを見つけるべく行動を開始することにした。
「もしかして、この紫色の草じゃないか?」
「雪に埋もれているから、見つけづらいな」
しばらく辺りを散策していると、アダムが湖のほとりに生えている紫色の草を見つける。
レイブンの話では、これが青いマンドラゴラだという。一見毒草にしかみえないが、特徴としては葉の部分が毒草よりも少し色が薄いそうだ。
「じゃあ、これを抜けばいいんだな」
「ケイ、ちょっと待って!」
「えっ?あ、あれっ??」
レイブンが制止するや否や、ケイが草の部分を掴み引き上げる。
引き上げた次の瞬間、ケイの手を瞬時にふりほどき、何かが雪の中をかき分けるように高速で去って行く姿が見えた。一瞬の事だったので、ケイおろかアダム達も目を丸くする。
「だから行ったのに」
「どういうことだ?」
「青いマンドラゴラは、他のマンドラゴラと違って素早いんだ」
「素早いどころじゃねぇし!?」
それは、明らかに生物の速さではない。
例えでいうならば、車並の速さである。しかも青いマンドラゴラの体は素手で触ると凍傷を起こすため、捕獲には慎重さが求められる。
「で、捕獲にはどうすればいいんだ?」
「たしか、青いマンドラゴラの進行方向に網を設置して捕まえるやり方が一般的だよ」
「え?漁じゃん!?」
「それが安全だそうだ」
引き抜かれた青いマンドラゴラは、進行方向に曲がることなく直進的に去って行くため、木の間に網を設置するやり方や、気絶狙いで木に当たるように引き抜くこともあるそうだ。正直、車並みの速度でぶつかった場合、結果的に木っ端みじんになるのではないかと思ったが、そこは異世界ということなのだろうかと首を傾げる。
「思ったんだけど、湖に向けてひっこ抜いた場合ってこいつら泳ぐのか?」
「どうだろう?試したという話は聞いたことがないな」
「なんならやってみましょうよ!」
「もしくは水の上を走るとか?」
「まさかね~」
ケイの疑問にアレグロが同意をし、アダムとシンシアは想像ができないのか首を捻る。
幸い隣が湖のため、その疑問を知るべくダメ元で一応やってみることにした。
「いいか!引っこ抜くぞ!」
「いいわよ!」
湖に向かってケイが立ち、その側でアダム達が控える。
ケイは再度湖の方向を確認してから、足元にある青いマンドラゴラの草の部分を掴むと勢いよく引き抜いた。引き抜かれた青いマンドラゴラは、先ほどと同じようにケイの手を瞬時にふりほどき、湖がある方向に移動をし着水した。
「・・・・・・・・・」
結果は、それはそうだろうなと思う内容だった。
「泳げねえのかよ!」
「なんだかあっけないな」
「魔法もなしに水の上を渡るなんて早計ね」
「ちょっと、期待していた自分が恥ずかしいです・・・」
着水した青いマンドラゴラは、泳ぐわけもなくましてや水の上を走ることもなく一気に沈み、数秒後に浮かんだ形で上がってきた。それを見たケイ達の残念さは計り知れない。
「あんたたち容赦ないわね」
「まぁ、新しいやり方が見つかったと思えばいいんじゃないか?」
シンシアとレイブンが宥める役に回り、安全かつ効率的な方法が見つかったことで、同じ方法で採取を続けることにした。
お昼を過ぎた頃、ケイ達は青いマンドラゴラの採取を終了した。
数は25匹と、依頼の規定数を10匹を大きく上回る数になった。
心配していたアダムのマンドレイク症候群だが、本人曰く「叫ばなければ大丈夫」ということでその功績も大きい。青いマンドラゴラを麻の袋につめ、ケイのアイテムボックスに入れる。
依頼も済ませたため、このままガタの町に引き返そうと雪道を歩こうとした時、シンシアが何かに気づきケイに声をかける。
「ケイ、あっちで何かが動いているんだけど?」
「動いてる?」
シンシアが指した先の雪の中に、たしかに何かが動いているように見える。
近づいて見ると、雪の中をもぞもぞと動いているそれは、どうやら雪にはまってっているらしく、そこから出ようと藻掻いているようだ。
「ち、ちょっとケイ!?」
「大丈夫だって」
それがなんなのか確かめるため、ケイがそれを拾おうと手を近づけた。
「どわぁっ!」
近づけた手が何かに触れたと同時に、雪の中から勢い良く飛び出した。
それに驚いたケイは、避ける間もなくその物体をが顔に当たると、その弾みで尻もちをついた。突然のことにケイがかぶりを振り、足の上に重みを感じたためそちらに目を向けると、そこには透明な物体が鎮座していた。
「ケイさん大丈夫ですか!?」
「おい!大丈夫か!?」
その光景にアダム達が慌てて駆け寄り、その次にケイの足の上にある物体に目を移す。
「大丈夫だ。それと、これなんだ?」
「これはスライムだね」
「この透明なヤツがか?」
「フリージアのスライムは透明なんだ」
ペティ
レベル Lv7
状態 恐怖 混乱
スキル 捕食(Lv6) アイテムボックス(Lv5)
ギルバートの従魔。
錬金不定形系生物で、荷物持ち要員のスライム。
ケイが鑑定の結果、その物体はレイブンの話したとおりスライムだった。
手袋を外しスライムに触れてみると、ひんやりとしてまるでジェルのような感触だった。
フリージアのスライムは雪に擬態するため、身体は透明なんだそうだ。ちなみに擬態すると言っているわりには核が赤く、なんだか釈然としない。どうやらこのスライムは従魔登録されているらしく、身体の中にある赤い核とは別に冒険者ギルドの従魔登録の証が埋め込まれている。
「スライムなのに鑑定には錬金不定形系生物って出てるけど、亜種かなにかか?」
「さぁ~見た目は普通のスライムにしか見えないけど?」
聞いたことがないのかレイブンが首を振る。
項目にギルバートの従魔とあったので、その付近にその人物がいるのだろうと思い辺りを見回すがケイ達以外に人の気配がない。
「こいつどうする?」
「一度町に戻って、ギルドに問い合わせるしかないだろう」
「もしかしたら、途中ではぐれてしまったのかもしれません」
ケイ達がスライムをどうするべきかと話し合っている途中で、スライムのペティがケイの足から退くと地面を飛び跳ねて何かを伝えようとしていた。
「なにかしら?」
「こういう場合は、大抵ついて来いってことじゃねぇの?」
人語を喋ることの出来ないスライムのペティは、その場に飛び跳ねてから西側の雪道に向かって飛び跳ねて行った。ケイも立ち上がるとその後を追う。
後を追って森の西の方に進むと、木と木の間でスライムのペティが飛び跳ねていた。
身体が透明のため、遠目からだと核の赤い部分しか見えず、気をつけないと見失いそうになる。
「ケイ、これって」
「たぶん、このことを知らせようとしてたんじゃないかと思う」
雪道に少なくとも二人分の足跡が残っている。足跡は新しく先ほどついたもののようだ。
足跡を辿った先には、幅が2m弱ほどある穴が開いており、地面に散乱した木の実や野いちごに、誰かが持参したとおぼしきカゴも落ちていた。
ケイ達はその状況を見て、もしかしたらスライムの主がここに落ちたのではないかと思っていた。
迷子のスライム現る!
この子の主はどこへ!?
次回の更新は9月18日(水)です。




