67、修復士ヴィンチェ
久々のドワーフの国・エストア。
修復士ヴィンチェとの出会い。
数日後、ケイ達は東大陸北部にある山の麓の村に到着した。
この日はまだ日も高いため、村で必要な物資を購入した後、エストアに向けて出発をする。
「アレグロとタレナは大丈夫か?」
急な山道を登りつつ、アダムが後方にいるアレグロとタレナの様子を伺う。
「私は大丈夫ですが、姉さんが・・・」
「・・・だ、大丈夫よ」
二人は、初めての山道に息を切らせていた。
特にアレグロは後方専門職のため、体力が不足になりがちになっている。
「ケイ、ここで少し休憩を取るべきだ」
「そうだな。それじゃあ・・・飛ぶか?」
もちろん、その言葉にシンシアが青い顔をしたのはお約束である。
「いえぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
「いやあぁぁぁぁ!!!!」
ケイの飛行魔法【フライ】で、六人はそのままマライダの入り口まで飛んでやって来た。気分が高揚しているケイと浮遊に慣れないシンシアの声が辺りに木霊する。当然、門番は唖然とした表情でこちらを見つめていた。
マライダに入ったケイ達は、このまま国王・ディナトに会いに行こうかと思っていた。しかしアダムが、約束をしていないので急に向かっては失礼だと答える。
仕方がないため、まずは発見された塔の情報収集を行うべく、知り合いである鍛冶ギルドのクルースの元へ向かった。
「はい。こちらが品物になります」
ケイ達が鍛冶ギルドに向かうと、ちょうどクルースがカウンターで接客を行っていた。客が用件を済ませ店を出たタイミングで、クルースがケイ達に気づく。
「ケイさん達じゃないですか!?」
「よぉ。久しぶりだな!」
ケイは、その後に加わったアレグロとタレナを紹介してから本題に入る。
「皆さんはどうしてこちらに?」
「噂で試練の塔に似た塔の跡地が見つかったって聞いて、興味本位でやって来たんだ」
「あぁ。東の山にある噂の跡地のことですか」
塔の跡地が見つかったことで、今街ではその話題で持ちきりだそうだ。
国王直属の調査隊と、バナハの調査隊が合同で調査に当たっているそうで、現在アマンダも、東の山道の整備などで向かっていると言った。
「ディナトの方には顔を出してないけど、アイツもしかして一緒に?」
「えぇ。実は先ほど、修復士のヴィンチェという方たちと一緒に、塔の跡地に向かったそうです」
クルースが所用で城に向かった際、入れ違いでディナトがヴィンチェとその仲間達と共に東の山に向かうところを見かけたそうだ。
「それなら俺たちも行ってみようぜ」
ケイの提案にアダム達も同意し、たまたまアマンダに用があった作業員が、塔の跡地までの道を案内してくれることになった。
エストアから山を迂回するように北東に進み、山道の途中にある洞窟を抜けた先に渓流が見える。北からは、ひんやりとした風が肌を通して感じられる。
同行している作業員の話では、この辺りはエストアとフリージアの境にあたるため、他の場所比べ気温が低くなっているそうだ。
夕方を迎え、あと数分で日没というところで、川沿いに沿った道の先から灯りが見えた。それは、調査隊の簡易拠点の灯りだった。
簡易拠点には五つほどのテントが立っており、ディナトとアマンダは奥の少し大きめのテントにいると言われ、そちらに向かう。
「あれ?ケイ達じゃないか!?久しぶりだな!」
表に立っている護衛に通され、ケイ達が中に入ると、ディナトとアマンダに加え、見知らぬ男性とその仲間達と話をしているところだった。
ケイ達は、同行者の作業員に礼をしてからディナト達に声をかける。
「ディナトとアマンダも久しぶりだな!クルースからこっちにいるって聞いて、たまたま一緒だった作業員に案内して貰ったんだ」
「実は、あたし達も少し前にここに到着してね。やはり噂の塔の話かい?」
「まぁな。で、こっちの三人は?」
ケイが目線を三人の方に向ける。
「初めまして。私は修復士のヴィンチェと言います」
二十代後半ぐらいだろうか。
全体的にくせ毛で、茶色い髪を後ろで結わえた男性が声をかけてきた。
身長はケイより少し高めで、落ち着いた印象を持っている。
「俺は、冒険者でパーティ・エクラのケイだ」
ヴィンチェと名乗った男性が手を差し伸べ握手を求めると、ケイもそれに合わせるように手を差し出す。
そして各々相手に紹介をし、ヴィンチェの仲間である二人も自己紹介を行った。
「俺はダニー。Aランクの冒険者でヴィンチェの相棒兼護衛ってところだ。で、こっちは俺の娘のエイミーだ」
「エイミーです。よろしくお願いします!」
鎧を着けた茶色で短髪のダニーと、小柄で緑色の髪の少女が紹介をした。
「しかし、レイブンも久しぶりだな。メリンダから領主の娘の護衛をしていると聞いたんだが、まさかまた冒険者をしてるとは思わなかったぜ」
「まぁ、いろいろと事情があってね・・・」
ダニーがレイブンに親しそうに声をかけていたので、知り合いなのか尋ねたところ、ダニーとエイミーとは同郷だと答える。ダニーは、12年前に妻を亡くして以来、当時生後二ヶ月だったエイミーを男手一つで育てていると話した。
「ディナトとヴィンチェが一緒って意外だな」
「実は前から彼を探していて、ようやく最近になって会えるようになったんだ」
「またなんでだ?」
「ディナトから、修復士としての力を貸してほしいと言われたんだ」
調査隊から塔の跡地の報告を受けた際、たまたま風の噂で修復士の話を聞き探していたそうだ。そこでディナトは、ヴィンチェに塔の修復を依頼し、それを元に調査を行おうと思っていた。
正直、建築家じゃないから無理じゃないのかと思ったが、ヴィンチェ曰くやってみなければわからないとのこと。
そしてケイ達が来るまで、翌日行うための段取りを確認していたそうだ。
「やってはみるっても、簡単にできるモンなのか?」
「こればかりは運次第ってところかな?」
「修復するのに運がいるのか?」
「正確に言えば、【復元】というスキルを使用することになるかな」
「復元?」
ヴィンチェの所持スキルには、大まかに二つに分けられる。
【修復】は空気中にある魔素が破損した部分を覆い、修復するタイプのスキルで、【復元】は修復と同じように魔素が破損した部分を覆うのだが、再構築するタイプとそれぞれ異なる。
ヴィンチェの話では、修復スキルではこの辺りの魔素の量が少ないため難しいらしい。すぐ隣はフリージアだが、山岳地帯の山間にあるため魔素がここまで届きづらいとのこと。
ちなみに今回使用する【復元】は、必要な魔素量は少量で済むのだが、建物の状態と魔素の質が左右されるため、彼自身はうまくいかないかもしれないと不安の声を口にした。
「ヴィンチェ、やってみるしかねぇよ!今までだってうまくいっただろう?」
後ろで聞いていたダニーが、ヴィンチェを励ますように声をかける。
「だとしても、今までのように完全にとは保証はしづらいけどね」
「無理かもしれないのはこちらも重々承知だ。ヴィンチェが気にすることはない」
ディナトも、うまくいかなくても気に病むことはないと励ましの言葉をかける。
修復士と言っても、建造物を丸々という荒技を行おうとするのだからどうなるかはわからない。こればかりは、明日の現地の状況次第だということになる。
ケイ達は遅い夕食という名の軽食を取った後、ディナトの好意で同行者専用のテントに通された。とはいっても、一つのテントに九人も入るため若干の圧迫感はある。
各々明日に備えて準備などを行っている中、ケイの視界にヴィンチェが羊皮紙に何かを記入している姿が見えた。
近くに寄って覗きみると、何かの文章が書き込まれている。
「何やってるんだ?」
ケイがそう声をかけると、ヴィンチェが驚き勢いよく振り返った。
「なんだ、ケイか~別にたいした物じゃないよ」
ヴィンチェは記入していた羊皮紙をまとめ、所持している鞄に入れた。
あまり見られたくないモノなのか、個人的な趣味だよと答える。
「そういえばケイ達は、バナハの試練の塔の噂は知っているかい?」
ヴィンチェの言葉に、今度はケイ達が一瞬固まる。
「し、試練の塔の噂?」
「なんでも一夜にして塔が崩壊したって噂があって、一部では『魔王が復活する前兆』とか『堕落している人間への神の怒り』なんて言われているみたいだよ」
不思議だよね~とにこやかな表情で言っていたが、あの出来事がとんでもない噂を作ったなどとは知らない方がよかったと感じる。
ヴィンチェ達には、補足としてその辺りの部分を懇切丁寧に説明しながら夜は更けていった。
少し前から話に出ているヴィンチェの登場です。
次回は彼も活躍します。
次回の更新は、9月4日(水)です。




