62、聖樹トレント
聖樹トレントの証言。
それはエルフの里にとって、青天の霹靂だった。
「まさか・・・それは本当なのか!?」
「は、はい!先ほど、里を巡回していた者が確認したそうです」
召使いの話では、いつもの様に巡回していたエルフの数人にトレントが声をかけてきたのだという。
トレントが目覚めたという朗報を聞いたハイン達は、驚きのあまり言葉を失う。
「話の途中で悪いんだが、トレントって誰?」
展開について行けないケイ達が、話の腰を折るようにハインに尋ねる。
「あ、あぁ。この里を守護している御方だ」
「目が覚めたって、そんなに長い間寝てたのか?」
「私たちが生まれる前からだから、少なくとも300年程になる」
ハインの話によると、300年前の魔王復活の際に里を守るために結界の威力を高めた関係で力を使い果たし、眠りについたという。また、トレントが急に目を覚ましたことにより、里の者達が若干混乱状態になっているのだという。
ハインは、事態収集のためにすぐに向かうと答え、召使いを下がらせた。
「ハイン、すぐに行こうぜ!」
「わかっている。すまないが君達はここで待っていてくれないか?」
「いや、俺たちも一緒に行く」
「お前!遊びじゃないんだぞ!?」
「落ち着けセディル。どちらにしろトレント様にケイ達のことを紹介しないといけない」
セディルに即されハインが席を立つと、ケイは彼らと一緒にトレントの様子を見ると申し出た。セディルは図々しいといった表情で叱責をした。
ハインはそんな彼を宥めてから、古くからの里の方針で、他種族が訪れた場合は里を守護者に挨拶をすることが定められているため、ケイの申し出を受け入れた。
トレントのいる里の北側にある広場に向かうと、里のエルフ達がトレントをひと目見ようと集まっていた。セディルが部下とおぼしき数人に指示し、里にいる者達を下がらせる。
「こいつがトレント・・・か?」
ケイ達が到着すると目の前に巨木が立っており、あまりの大きさに唖然としたほどである。
「あぁ。この方がこの里を守っている聖樹トレント様だ」
「思っていたより大きいな」
「結界はエルフ族が施しているが、維持しているのはトレント様だからね」
聖樹トレントといえば、自然や精霊を総括している存在である。
自然や精霊やエルフ族と共存して暮らしており、他族との関わりが薄いためにその存在を知る人は少ない。300年の間眠りについていたそうだが、その間でも大気中に存在している魔素を自動的に摂取し、状態を維持していたと思われる。
なんとも器用な話である。
『今の里の代表はそなたか?』
低い女性の様な声が辺りに響き渡る。
声のする方を向くと、巨木に両眼と口が現れた。
「はい。この里の代表を務めておりますハインと申します」
ハインとセディルがその場に片足を着き、深い礼をする。後ろで傍観していたエルフ達もそれに合わせて礼をする。
「木って喋るんだな」
「自然をまとめている立場だから、知能はそれなりにはあるわよ」
「ケイ、ハイン達について来たはいいがどうするんだ?」
「あいつに聞きたいことがあるから、タイミングを見て聞いてみるよ」
状況的に完全に置いてけぼりのケイ達が後ろを向き、口々に話し出す。
思えば、落ち着いてから来た方がよかったような気はするが、今更しょうがないのでその様子を傍観することにした。
「トレント様、長い間眠っておられたようです」
『長い間迷惑をかけた・・・』
「いえっ、100年前に父から代を譲り受け、今日まで御身の無事を祈っていたまでです」
トレントは感謝の意を述べると、ハインが頭を下げて礼をする。
『それと、あの者は“新たな王”か?』
トレントの両眼がケイ達の方を向いた。
完全に油断をしていたケイは、反射的にトレントの方を向いて聞き返した。
「はっ?なんのことだ?」
『精霊達が、そなた達が遺跡から出てきたと申しておる』
ケイはダナンの地下遺跡から通ってここまで来たことを説明し、トレントに遺跡と新たな王の事を尋ねた。
『あの遺跡は、海の彼方に存在した大陸の人々の物だと聞いている』
「大陸はここ以外にもあったってことか?」
『彼らはそう言っていた』
「彼らって誰だ?」
『アスル・カディーム人と名乗っていた』
「アスル・カディーム人?」
『そうだ。あの遺跡は、海の彼方で起こった脅威からこの大陸を守るために造られたそうだ』
トレントは、それがなんであるかはわからないと言った。
精霊がそれを感知できなかったため、知る術がなかったそうだ。
話をすりあわせると、今から1500年程前のことでアンダラの言っていたことと一致している。
「そんなことがあるのか?・・・そうだ!俺が新たな王と言っていたが?」
『託された物を持っているのだろう?』
トレントがケイが所持をしていると理解した口調で返す。
皆目見当もつかないケイは、そう言えばと一言断り、蒼いペンダントと試練の塔で見つけたヒガンテの腕輪をトレントに見せた。
「あんたの言っていることが何を指すのかわからねぇけど、これのことを知ってるか?」
『蒼いペンダントはわからぬが、腕輪の方は王の証と呼んでいた』
「ヒガンテの腕輪が?」
ケイは鑑定をした際にわかったことを説明した。
『過去に出会った彼らの王が、同じ物をしていたから覚えておる』
ヒガンテの腕輪がアスル・カディーム人の王の証だとすると、ケイが受け取ったことに疑問を覚える。それに試練の塔で寸前まで生き残りだった、ヒガンテが言っていた言葉も気になる。
「トレント様、ケイ達はダナンから遺跡を通ってこの森にやって来たそうです」
『それも精霊から聞いておる。ハイン、恐らく歴史が動くやもしれん。彼らに出来るだけ協力をしては貰えぬか?』
「協力、ですか?」
突然のトレントの願いに疑問を抱くハイン。
『後ろの者達はアスル・カディーム人によく似ているからだ』
「えっ?」
「アンダラと同じ事を言っているわね」
トレントもまた、アレグロとタレナの事を示した。
二人も突然の言葉に疑問の表情を浮かべる。
そうなると、アレグロとタレナもアスル・カディーム人ということになり、海の向こうの人間の可能性が出てきた。しかし疑問もいくつか出てくるため、判断を決めたくない。
「他に知っていることはあるか?」
『すまないがわたしの知っていることはそれだけだ』
トレントの表情は変わらないが、心なしか申し訳なさそうな声をした。
ケイ達に協力を依頼されたハインとセディルも、どういうことなのかわからずただ困惑の表情を浮かべた。
1500年前に一体なにがあったのでしょうか?
そして、記憶喪失のアレグロとタレナとの関係性は?
謎は深まるばかり。
次回の更新は、8月24日(土)になります。




