56、家族
今回はレイブンのお話です。
次の日、遺跡調査が終わるまで時間が空いてしまったケイ達は、この日を自由行動ということにした。
アダムは遺跡に入る前に武器の調整をしたいと武器屋に向かい、タレナは新しい本が出たので買いに行くと出かける。
ケイとアレグロは、特にやることもなく庭先でのんびりとしていた。
ケイが草むらに寝っ転がり昼寝をしていると、軽装でどこかへ出かける様子のレイブンを見かける。
「レイブン、どこか行くのか?」
「あぁ、ちょっとな。オランド様には言ってあるから明日の朝には戻るよ」
そう言って屋敷を出て行った。
「あら?みんなは?」
丁度シンシアが外に出てきて、みんなの所在を聞いた。
「アダムは武器屋にタレナは本屋、レイブンは言ってなかったけど明日の朝に戻るって」
「またなのね~」
シンシアから、レイブンはダナンにいる時に休みになると、必ずどこかに出かけて行くと言った。個人的なことなので、口出しはしていないがやはり気になってはいたようだ。
「よし!二人共出かけるぞ!!」
草むらから起きあがり、ケイが二人を即す。
「出かけるってどこに行くの?」
「そりゃ、アレだよ」
ケイは、二人ににやりと笑みを浮かべた。
要はレイブンの尾行である。
行き先を告げずに出かけるということは、だいたいの場合は女性がらみの事が多い。
シンシアはまさかと言っていたが、彼は27才といい大人である。彼から浮ついた話しを一切聞かないので、これはもしやなどと思った。
レイブンは、屋敷を出て中央広場に向かい、まず初めに花屋に向かった。
店先に置いてある色とりどりの花を見ながら、どれにするか決めかねている様子だった。
店員の女性に相談しているのか、二言三言話した後お金を渡す。
受け取ったピンク色のツツジのような花と、小ぶりで黄色い花がアレンジされた花束を手にその場を後にする。
次に向かったのは、数件隣の果物屋。
一般的な果物はもちろん、見たこともない青色のマンゴーのようなものから白いドラゴンフルーツのような形のものまである。
レイブンは果物屋の女性と会話を交わした後、オレンやイチゴなどを購入する。
店の人から麻袋に入った果物を受け取り、そのまま移動する。
「どこに行くのかしら?」
「住宅地に向かってるみたいだけど?」
アレグロとシンシアが、不思議そうな顔でレイブンの行動を見ている。
花束と果物を持ち、どうやら北側にある住宅地の方に向かっているようだ。
三人は、つかず離れずの距離でその後を尾行する。
しばらく尾行していると、レイブンが住宅地の一角にある一件の家に入っていった。
「やっぱり女か?」
「な~にいってるのよ」
ケイはまるで探偵を気取っているかの様なポーズでそれを見届けるが、シンシアはあきれ顔で返す。
とりあえず三人は、その家の裏側に回り、中の様子を見てみることにした。
中には、レイブンとこの家の住人とおぼしき女性が談笑している姿が見えた。
「あれが恋人か?」
「ま、まさか~」
ケイが女性の方を指さしたが、アレグロがそれを否定する。
「どう見ても年上じゃない?」
その隣でシンシアもアレグロに同調する。
その女性は少なくとも、雰囲気からして四十代ぐらいだろう。落ち着いた雰囲気を持っている。
また、肩で切りそろえられている茶色い髪に、明るい緑色の目が印象的でもある。
「アイツ、熟女好きか?」
「片思いとか?」
「二人共、親戚とか知り合いとかそういう思考はないの!?」
好き放題に言っている二人に、ため息を漏らすシンシア。
「ここで何をしているの?」
急に後ろから声をかけられた。
三人が驚き振り返ると、茶色い三つ編みをした少女がこちらを見つめている。おそらく、買い物帰りであろうパンの入ったバスケットを腕からぶら下げている。
「お前、この家の子か?」
「そう。お兄さんたち誰?うちの前で何をしているの?」
冷静に考えると、自分の家の前で知らない人がいるにも関わらず声をかけるとは、実に勇気あるなと思う。兵を呼ばれない分まだマシだが、三人共十分不審人物である。
「ケイ達じゃないか?何をしてるんだ?」
外の様子に気がついたようで、レイブンが窓を開ける。
さすがに気まずいと思い退散しようとした時、少女の口から思ってもみない言葉が飛び出す。
「お父さんだ!お帰りなさい!」
屈託のない少女の笑顔に微笑み返すレイブン。
状況について行けず、ケイ達は唖然とした表情で二人を交互に見つめていた。
「レイブンの知り合いだったのね」
笑みを浮かべた女性から、三人は家の中に招かれた。
家の中は質素な雰囲気で、今は女性と少女の二人暮らしだそうだ。
女性とレイブンは、奥の部屋から追加の椅子を持ち出し、四人用のテーブルに配置した。
ケイ達はレイブンが休みのたびに行き先も告げず出歩くようだったので、気になって後をつけてきたと正直に告白した。
「別に隠しているワケではなかったんだが・・・」
気まずそうな表情で答えたが、こちらもまさか子供がいるとは思わなかった。
シンシアが隣に座っている少女に声をかける。
「あなた名前は?」
「コルマといいます」
「いくつ?」
「13才です」
レイブンの子供という割にはだいぶ大きい。実子なら14歳の時の子となるが違和感を感じる。
「そういえば紹介してなかったな。この人は俺の伯母でメリンダで、その子はコルマ。俺の娘…と言っても、同じ村の出身で彼女は俺が親代わりになっているだけなんだ」
「メリンダよ。よろしくね」
「コルマです。いつも父がお世話になってます」
レイブンが三人に紹介すると、ケイ達も二人に名乗った。
「コルマの養父ってわけか、同じ村の出身って言ってたがその子の両親は?」
「俺の両親も彼女の両親も死んだ。村は魔物に襲われて廃村になったから、俺とコルマは数少ない村の生き残りなんだ」
レイブンとコルマの村は、エストアとフリージアの境にある小さな農村だった。
人口は50人にも満たなかったが、互いに支えあい暮らしていたそうだ。
しかし、12年前に魔物が村に侵入し、村人のほとんどが殺され、村にいた当時一才だったコルマは奇跡的に助かったそうだ。
レイブンはその日、15才になってすぐに隣の町にある冒険者ギルドに登録に出かけていたため、幸か不幸か村にはいなかった。
他にも、レイブンと同じ状況で村にいなかった人たちが数人いたが、全員合わせても五人しか生き残っていなかったそうだ。
「そうだ!お父さん、私最近パン屋さんの手伝いを始めたの!パンを焼いたから一緒に食べよう!」
「そうか、じゃあ果物を買ってきたから準備をしよう」
レイブンとコルマはキッチンで、パンや果物を切り分ける準備を始める。
「私としては、もっと頼ってほしいんだけどね」
メリンダが二人の姿を眺めながら、ぽつりと言葉をこぼす。
伯母であるメリンダは、12年前にはすでに結婚をしてダナンに移住していた。
当時成人してすぐのレイブンが、幼いコルマを抱きかかえながら玄関先に立っていた時を、昨日のことのように覚えている。
彼女の夫は行商人をしており、月に一度、最低でも半年に一度はこちらに戻ってくるそうだ。なので、夫とレイブンがいない間の生活は彼女とコルマの二人だけになる。
ちなみにコルマに関する生活費は、全てレイブンからの仕送りになる。
メリンダは気にしなくてもいいと言っているが、レイブン曰く、自分はいつも一緒にいられないからせめてこれだけはさせてほしいと頭を下げたそうだ。
料理が得意なのもメリンダ直伝で、コルマといれる時は一緒にできることがしたいと一生懸命覚えたそうだ。
「レイブンっていいとこあるわね」
「血は繋がっていないけど、親子って感じがするわ」
アレグロとシンシアが二人の事を優しい眼差しで見つめる。
「そうだ!」
ケイがおもむろに席を立ち、二人のいるキッチンにやって来た。
「ケイ、すまないがもう少し待ってくれ」
どうやら食糧の催促だと思われた。
「いや、俺そんなにがめつくねぇよ~」
そうじゃなくてと前置きをしてから、リンゴを一つ手に取った。
「何をするんだ?」
「コルマが喜ぶこと」
そういって、まずはリンゴを六等分に切る。次に芯を包丁で取り除き、端から皮と実の間に包丁を入れ半分までむく。
次に切り込みを入れた方から真ん中に向けてVの字に皮をカットする。
「ほれ!」
ケイがコルマに切ったリンゴを手渡す。
「面白い形~これは?」
「リンゴでウサギを表現したんだよ。あと…」
ケイはそう言って、切ったリンゴとは別に切ったモノを使い、まずは半分に切る。
次に同じように切れ目の入っていない方から、Vの字に切り込みを入れた。
「子ウサギ」
ケイが小さいウサギのリンゴを見せると、コルマはわぁ~と笑みを浮かべた。
ちなみに水科家では、これを『親子ウサギ』と呼んでいる。
コルマがとてもうれしそうな表情をしたので、レイブンにも切り方を教えてあげることにした。
もともと手先が器用だったこともあり、あっという間に習得。コルマは父が切ったウサギのリンゴに満面の笑みを向けた。
他の果物を切る間に酸化してしまう可能性があるため、ケイは塩水につけておくと色が変わらなくなると教えてあげた。
「ケイはなんでも知ってるんだな」
「料理人の兄貴のおかげさ」
今日ほど兄の教えが役に立ったことは今までにない。もう会えない地球にいる兄に、心の中で感謝を述べた。
その後ケイ達は、レイブンが買った果物とコルマが作ったパンに舌鼓を打っていた。
「なんか、私たちまで申し訳ないわね」
「コルマのパンはおいしいわよ」
「レイブン!パンおかわり!」
「ケイ!あんたは少し遠慮しなさいよ!」
コルマの作ったパンが意外にもおいしかったため、ケイの二個目をおかわりを即しシンシアに叩かれる。
困った顔のレイブンがケイにパンを手渡すが、彼も実は三個目である。流れが自然すぎてだれも気付いていないのだ。
「コルマは将来何になるんだ」
「私はパン屋さんになりたい!そして自分のお店を持って、お父さんを楽させてあげたいの!」
ケイの質問に、完全に老後を心配する子供の心境が垣間見える。
「将来は安泰だってよ」
「ち、茶化さないでくれ」
本気で困ったレイブンが、コルマに自分のことは気にしなくていいと言った。
しかし彼女は、私は本心で言っているの!とお父さん(レイブン)第一主義になっている。
赤の他人ではあるが、少し心配だと思った。
食事も頂き、レイブンは今日はこのまま泊っていくと言った。
これ以上家族団らんを邪魔しては悪いと、ケイたちはコルマとメリンダに礼を言い、家を出ることにした。
心温まる家族のお話でしたがどうでしょう?
家族は大事にしましょう。
次回の更新は8月7日(水)です。




