50、商業都市ダナン
商業都市ダナンの回。
どんな出会いが待っているのでしょう?
ケイ達は、王都アルバラントから港町アーベンに戻り、船で二日ほどの距離にある東大陸南部の商業都市ダナンに到着した。
「いや~やっと着いたぜ」
船旅ということもあり、その間一日中釣りをしていたケイは、釣った魚を船員たちに振る舞い、その礼に人数分の船賃をタダにしてもらったことに上機嫌だった。
「まさかあれだけ釣るとは思わなかった」
「さすがに食べきれないから全部あげたけどな」
あきれ顔のアダムにゲラゲラ笑うケイ。
魚を50匹釣り、駄目押しで王冠からマグロを丸々一頭あげると、船員のみならず船長も上機嫌でいつも以上に料理や酒を振る舞ってくれた。
なかなか豪勢な船旅である。
商業都市ダナンは人口は約三十万ほどの港町で、舗装された石畳の道と赤煉瓦で建てられたお洒落な家が立ち並ぶ街である。
西は港に面し、東は南側が商業地区に北側が歓楽街。
北は住宅地が密集する区間となっており、そこに住む人々が暮らしている。
また南は、領主の屋敷と商人や貴族が暮らす地区になっている。
「全体的にまとまっているな」
「木製の家は潮風でさびたり傷んだりするから使えないわ。それに、十年前から父が、国の予算をやりくりして徐々に改装や改築を進めているって感じね」
実はこれでも8割までしか完成していないそうで、よく見ると改装中の建物が数軒存在している。
港から中央広場に入ると、青空市場のような露天が所狭しとならんでいる。
食料や衣服から調合の材料に武器・防具までとにかくいろいろ売っているようだ。特別な催し物か、テレビで見る海外の市場ぐらいでしか見たことがない光景である。
「今日はなにかやってるのか?」
「ここは、一般の人や駆け出しの職人が自作して販売してるわ。バザーみたいなものね」
毎日、朝の六時の鐘から夕方の六時の鐘まで、悪天候以外はなにかしらの露天が広げられているそうだ。また、商人を育成するメルサント学園の生徒が、授業の一環で露天を開くこともあるそうだ。
こうやって商人魂が育まれていくのかと感心する。
「これからどうするんだ?」
「先に宿を取った方がいいな」
「そうね。そうしましょう」
アダムの提案にシンシアが同意するが、ケイがせっかくの故郷なのに自分の家に顔を出さないのか?と尋ねると、父親にいろいろ言われかねないため寄りたくないとのことだった。
「ご家族が心配されるのでは?」
「いいのいいの!」
タレナの心配を余所に、シンシアは先に宿屋の方に足を向ける。
一行は、東の商業地区にある宿屋に足を運ぶことにする。
「あれ?シンシアじゃないか!」
商業地区の一角にある宿屋の前に、一人の青年が声をかけてきた。
「あら?リックじゃない!」
被服職人見習いのリックである。彼の店は同じ通りに面した大きな店舗で、歓楽街との境にあるそうだ。
彼は配達途中なのか、背中にリュックを背負い、両手には木箱を大切そうに持っている。
「皆さんもお久しぶりです。ところでいつ戻ってきたんだい?」
「さっき船で到着したの」
木箱の荷物が重いのか、リックが一旦それを地面に置く。
「リックはこれから配達?」
「そうなんだ。これから貴族地区に行くんだ。シンシアは顔を出したのか?」
「いいえ。父の顔を見たくないから、今日はここに止まることにするの」
宿屋を指すと、リックはなんとも言えない表情をした。
「本当にいいの?」
「どういうこと?」
リックが辺りを見回しケイ達しかいないことを確認すると、小声でこう語った。
「ここだけの話なんだけど、オランド様が倒れたって」
突然のことに言葉を失うシンシア。
「倒れたってなんで!?」
説明を求めるため、リックに詰め寄り両肩を掴む。
「ちょ、ちょっとシンシア待ってって!」
「あ、ごめんなさい!」
リュックの重量とシンシアの力が加わったため、危うくバランスを崩しかける。
「お父様が倒れたってどういうことなの!?」
「実は、用事でたまたま屋敷に行った時に聞いたんだ」
リックの話によると、だいぶ前から身体の不調を訴えていたようで、頻繁に医師の出入りがあったようだ。
ある時、たまたま居合わせたリックに領主の執事から説明され、周りには黙っていてほしいと念を押されたと言った。
「そ、そんな、お父様はそんなこと言ってなかったのに・・・」
シンシアは知らなかったようで、だいぶショックを受けていた。
「確かに前に会った時は、若干やつれた感じはしてたんだ。なんともないといいけど」
リックは配達があると言い、床に置いた木箱をよいしょと持ち上げると貴族地区の方に歩いていった。
「シンシア、やっぱり様子を見に行ったほうがいい」
「私もそう思うわ。家族なんだから心配して当たり前よ」
呆然とするシンシアに、アダムとアレグロが説得をする。
シンシアが無言で頷くと、一行は南にある領主の屋敷に足を運ぶことにした。
領主の屋敷は、南にある海に近い一角に建っていた。
街の景観に合わせるように赤煉瓦と白い支柱で建てられており、ケイの中で東京駅を思い起こさせる。
門番の二人にシンシアが帰宅を告げると、一人が慌てた様子で屋敷の中に入っていった。
そして、入れ違いに屋敷の中から一人のメイドが飛び出してくる。
「シンシアお嬢様!!」
そのメイドは、勢いよくシンシアに抱きついてきた。
「フローナ!」
「お嬢様!よくご無事で!私心配したんですからね!!」
「わ、わかったからちょっと離れなさいよ!」
よほど心配したのか、そのメイドは今にも泣きそうな表情をする。
「そういえばこちらの方々は?」
メイドがケイ達の方に気づき、シンシアに説明を求める。
「彼らは私が所属しているパーティのメンバーよ」
ケイ達がそれぞれ紹介をすると、メイドは襟を正し挨拶を返した。
「ご紹介が遅れました。私はケフトノーズ家に仕えるメイドのフローナと申します。さきほどはお見苦しいところをお見せしました」
フローナは、ケフトノーズ家に仕えるメイドである。五年前から屋敷で住み込みとして働き、今ではシンシアの専属のメイドになっている。
彼女は、ケイ達に先ほどのやりとりを見られ、恥ずかしかったのか若干顔を赤くさせた。
フローナに案内され屋敷に通されると、エントランスは吹き抜けになっており、正面には二階に上がる大きな階段と壁には縦100cm横50cmの家族の肖像がかけられている。
階段両側に置かれている花台には、大きな白い花びらをつけたユリのような花が生けられている。
さすが領主の家と感じざるおえない。
「フローナ、お父様が体調を崩されたって聞いたけど?」
「お嬢様には内緒にしておられたのですが、実はだいぶ前から思わしくなかったようです」
今は療養のため二階の自室におり、ケイ達はそのまま領主の自室に案内された。
「旦那様、シンシアお嬢様がお戻りになられました」
フローナが扉をノックし返事を待つと、中から燕尾服を着た中年の男性が姿を見せる。
「シンシアお嬢様、よくお戻りになられました」
「ビル、今戻ったわ」
ビルと声をかけられた男性に中に案内される。
領主の自室は実に質素である。
ベッドにサイドテーブルがあるだけで、他には何もない。おそらく自室に他の物を入れたくないのだろう。
「シンシアか・・・」
ベッドの上で、寝間着のまま上半身を起こしている男性が目につく。
彼が、ダナンの領主のオランド・ケフトノーズその人である。
生まれつきなのか色素の薄い茶色の髪に、紫の瞳が印象的な人物で体調が思わしくないのか顔が青白い。
「お父様・・・」
数ヶ月ぶりの親子の感動の再会といったところだろう。
「なぜ、戻ってきた」
「・・・っ!?」
オランドはあろう事か、ベッドの脇に駆け寄ったシンシアに辛辣な言葉をかけたのである。
「もし出て行くなら、今後一切敷居を跨がせないと言ったはずだ。それすら出来ないのなら中途半端なことをするな」
驚き固まったままのシンシアに、追い打ちを掛ける可のような言葉をかける。
「お、お父様が心配で・・・」
「心配する暇があるなら、自分の身を固める努力をしなさい」
シンシアは、その言葉に我慢出来なかった様子で、そのまま部屋を飛び出した。
「お、お嬢様!?」
「シンシア!」
フローナとレイブンが追いかけるため部屋を出る。
残された四人は、療養中の領主と執事の前で気まずい雰囲気を感じていた。
「・・・ところで君達は?」
ようやくオランドが、ケイ達のことを認識した様子で話しかけた。
「俺はパーティ・エクラのケイだ」
「アダムです」
「アレグロよ」
「タレナと申します」
ケイは、二人に自分達のことを簡単に説明した。
「そうか・・・こんな格好ですまない。私は領主のオランド・ケフトノーズだ」
「私はケフトノーズ家に仕える、ビル・ジオーラと申します」
簡略的な挨拶を交わした後、ケイは二人に皮肉めいた言葉を投げかける。
「被服職人見習いのリックからあんたのことを聞いてやって来たんだが、余計なお世話だったようだな」
「ケ、ケイ!?」
目を開いてこちらを向くアダムが内心ヒヤヒヤとさせる。領主相手にこの態度のため、はっきり言って寿命が縮まる思いである。
「娘のためだ」
「シンシアのため?」
ケイ達がどういうことなのか疑問に思っていると、執事のビルがこう代弁する。
「旦那様は、あと数年の命と言われております」
「どこか悪いのか?」
「五年前から原因不明の病に冒され、医師も手を上げる状態なのです」
オランドは、五年前から咳が酷くたびたび専門医に相談をしていたそうだ。最初は風邪かと思ったが、年を重ねるにつれ顔色が悪く、最近では吐血まで起こっているようだ。
「私は娘に幸せになってほしい。そのために強く言っていたのだが、伝わらないようだな・・・ゲホゲホ!」
「旦那様!?」
ビルが背中をさすり、サイドテーブルに置かれている水を渡す。
不治の病とはなんなのか?ケイは興味本位で鑑定をすることにした。
オランド・ケフトノーズ
状態 ベネノ中毒(重度)体力消耗
※ベネノ中毒を起こしているため、至急の治療を要する。
「なぁアダム、『ベネノ中毒』ってなに?」
「!?」
ケイの言葉に一斉にこちらを振り向く。
「おまえ、また鑑定を使ったな!?」
「いや~気になって・・・ってそんな怖い顔するなよぉ」
咎めるアダムと悪びれもしないケイの間に、ビルが口を挟む。
「あの、ケイ様は鑑定をお持ちで?」
「?・・・あぁ、持ってるぜ。あ!これ言っちゃまずかったかな」
唖然としているオランドとビルに、反省とばかりに頭をかくケイ。
「ケイ様、ベネノ中毒とは進行性の遅い毒物のことよ」
「毒?」
ベネノとは、主にモスクの森近郊に咲いている毒を持つ紫色の花のことである。即効性はないが持続性が長く吸収されても残らないという特徴があり、一部の職業からは重宝されている。
「完全に誰かが殺しにに来てるじゃん!」
「上に立つ職業ならあっても当たり前ね」
どの職業に関わらず、人の上に立つなると大なり小なり恨みを買われやすい。恐らくオランドの症状の理由もその一つだろう。
ケイは念のため残っている水差しに鑑定で確認をした後、エンチャントをかけた。
「【エンチャント・全異常効果無効】」
ケイは今後のことも考えて、全異常耐性をつけ尚且つ効果を無効にする飲み物を提供した。
水差しが一瞬明るくなると、中の水が透明な黄色に変化する。
それを飲み干した空のコップに注ぎ、オランドに手渡す。
「とりあえず毒を飲んでも麻痺を食っても大丈夫な身体にしてやる!」
領主相手にすぐ飲めと言わんばかりに突き出すと、オランドはそれを受け取り一気に飲み干した。
「だ、旦那様!?」
ビルが驚くのも無理はない。
基本、王族や貴族などが口をつけ触れたりする際は、毒が入っていないことを確かめるため毒味役が不可欠である。
それをすっ飛ばして、何とかしてしまおうというケイの強引さに押されたのだろう。
「こ、これは・・・」
オランドの体内から毒素が消えたのか、青白い顔からほのかに色が戻る。
再度鑑定をすると、中毒の欄が消えて体力消耗(中)となっている。
体力消耗は、魔法をかけてもいいのだが、今の状況を考えてそのままにすることにした。
「ケイ、君は一体・・・」
「お礼ならいらない。その代わりあんた達に頼みがある」
「頼み?」
「俺の推測が正しければ、毒を入れた犯人はまだこの屋敷にいる」
「なっ!?どういうことだ?」
「犯人をおびき出すためね」
まさかと言った表情をするアダムにアレグロが補足する。
アレグロが言った通りオランドを完治させれば、また同じこともしくはなにか別のことが起こると直感的にで感じたのだ。
念のため、アダム達にも黙っているように伝える。
ケイ達は、犯人は捕まえるとオランドとビルに約束をし、その代わりとして領主の客人として迎えられることになった。
領主のオランドの病状を改善させたケイ達は、犯人逮捕に向けて動き出した。
次回の更新は7月24日(水)です。




