45、大芝居
エミリア謹慎処分に気に掛けるケイ達。
しかしこの後、思いがけないことが起こる。
翌日、ケイ達は微妙な空気のまま朝食を取っていた。
あの後シンシアがやけ酒を起こし、見事に二日酔いになったのだ。本人の自業自得である。
「うぅ~頭いだ~い・・・」
完全にグロッキー状態のシンシアに水を渡すレイブン。
「あんなにお酒を飲むからだよ」
「もう二度とやけ酒はしないわ・・・」
水を飲み干したシンシアが猛烈に反省をする。
まるで、おっさんのように見えるのは気のせいだろうか?
「シンシア大丈夫か?」
「・・・これが大丈夫にみえる?」
「死人一歩手前だな」
強烈な頭痛のせいで、顔が青白いシンシア。
仕方ないので、ケイが店員に水をもう一杯貰うとそれにエンチャントをかける。
「【エンチャント・二日酔いさまし】」
水から淡い緑色の液体に変化し、それをシンシアに渡す。
「二日酔いさましだから飲め」
「あ、ありがとう・・・」
ケイから受け取った二日酔い醒ましを飲むと、強烈な頭痛が瞬時に消え去った。
「さ、さすがね」
「これに懲りたら、もう少し冷静に見たほうがいいぞ」
ぐうの音も出ないシンシアに、店員にコップを返し食事を続けるケイ。
「す、すみません!こちらにケイさん達はいらっしゃいますか!?」
しばらく食事をしていると、勢いよく放たれた扉から見覚えのある黒髪の青年が声を上げる。
「あれ?おまえエミリアと一緒にいた・・・ノーマンだっけ?」
「あぁ~会えてよかった!」
安堵の表情でノーマンがこちらに向かうが、心なしか顔が青く見える。
パンを食べ終えたケイがノーマンに尋ねる。
「朝っぱらからどうした?」
「そ、それがエミリア隊長が階段から落ちて意識不明に!」
「えっ!?」
ケイ達はその言葉に衝撃を受けた。
ノーマンと一緒に軍の医療施設の一室に駆けつけると、ベッドに横たわったエミリアと椅子に座り項垂れているジェスの姿があった。
「ジェス!」
「あ、ケイさん」
こちらに気づいたジェスは、顔にアザを作っていた。
「何があった!?」
「カーチス達がエミリア隊長にちょっかいを掛けて、俺が止めたら殴られたんだ。隊長はそんな俺を助けようとして、押されて階段から・・・俺のせいだ・・・」
そう言って、ジェスは頭を抱える。
「最悪の事態になったな」
苦虫をかみつぶしたような表情でアダムが言う。
「ある程度想定してたが・・・エミリアの容態は?」
「医師の話では、頭を強く打って意識が戻っていないそうです」
やりきれない表情でノーマンが告げる。
「エミリア!」
その時、部屋の扉が開かれ、ロアン駆け込んできた。
「ロアン様!?」
「ノーマン!ジェス!彼女の容態は!?」
慌てた表情のロアンにノーマンが説明をするが、想定外だったのか顔を青くさせた。
「今更何を言ってるの!!?」
シンシアは激昂し、ロアンの胸ぐらを掴む。
「あんた達が何もしなかったからこんなことになったんでしょ!?」
「シンシア!止めるんだ!」
胸ぐらを掴み前後に揺さぶるシンシアに、レイブンが止めに入る。
エミリアの拘束から解けたロアンにケイが問いかける。
「謹慎の件も、エミリアからの要望だったんだよな?」
「ちょ、どういうことなの!?」
「エミリアがカーチス達の身を案じて、わざと彼らを庇ったということだ」
シンシアが信じられないといった表情でロアンを見やる。
「・・・あぁ。君の言うとおりだ」
「だとしても対策は、すべきだったんじゃないのか?」
「いいわけになるかもしれないが、今日彼女に大規模編成の説明をするはずだったんだ」
以前から他の兵からのカーチス達の異動願いや、彼女の隊に入りたいという希望者が多いため、再編成のめどに時間がかかってしまったと述べた。
「じゃあエミリアの件でシンシアが抗議したら、ユージーンに脅されたと行ったアレは?」
「それは私も聞いている。彼も反省していたよ「エミリアのためなのにあんなことをして追い返してしまった」って」
眠っているエミリアの顔を見てロアンが一呼吸置く。
「彼女は、カーチス達が周りから疎まれていることに心を痛めていたからね。「彼らを信じてほしい」と懇願されてしまったから我々も静観していたんだ」
自分の行いを悔いているのか、ロアンの表情から彼女に懺悔しているように見えた。
謹慎の件も、彼女が罪を被ることで彼らを立ち直らせようと掛け合ったのではないかと察する。
「それに再編成の話を切り出したのは、ユージーンなんだ」
「そうなのか!?」
堅物の印象が強いスキンヘッドの男の顔を思い浮かべる。
たしかに昨日見かけた彼は、エミリアに対して慈愛のようなモノを向けていた気がする。
「ユージーンは、ああみえてエミリアの能力を高く買っているんだよ。だけど他の兵に示しがつかないといつもあの表情をしているんだ」
ロアンより身近なところで彼女を見ていただけに、思うところはあったのだろう。
さすがにあの顔で、デレデレした成人男性は見たくはないが。
「彼女のために黙っていたけど、これ以上は私としても見過ごせないな」
「それなら、俺にいい考えがある」
決意を固めたロアンに、ケイがある提案を持ちかけた。
その日の午後、エミリアはジェスとノーマンを連れて軍の訓練場に姿を現した。
今日の訓練は、任務や遠征しているメンバーを除き500人ほど参加する。
「エ、エミリア隊長!?」
「謹慎中なのでは!?」
「それに怪我をされたと聞きました!無理をしないでください!」
彼女を慕っている兵たちが集まってくる。
「皆、私ならこの通りだ。心配を掛けてすまない。今日は特殊な訓練のために、謹慎を解いて貰ったのだ」
エミリアがそう返すと、安堵の声や身体を労るようにという声などが上がる。
「さぁ!これから午後の訓練をはじめよう!」
そう言ってエミリアが、兵たちに向かって声高らかに投げかけた。
「今日の訓練はさっきも言った通り、少し指向を凝らしたものにしてみようと思う」
「と、いいますと?」
一人の兵士が声を出す。
「もし、仲間と対峙した時どうするのか・・・だ」
戸惑っている兵士達が疑問の声を口に出す。エミリアはそれを見越しているのか特に注意することもなく話を続ける。
「仲間と対峙するということは、いくつか想定できるはずだ。たとえば敵の術で操られている時や敵が味方に扮している時などがあげられる。君達ならどうする?」
エミリアの問いに兵士達は各々話し合っていた。
仲間を助けるために行動するか、リスクを抑えてあえて仲間を犠牲にするか。正直、正解はない。
その時の状況で、対応していくしかないという意地悪な問いかけである。
「私なら、仲間を助けるために最善を尽くします!」
一人の兵士がそう答えた。
「では、最初になにをする?」
「まず本当に本人かどうかを確かめます!」
「その方法とは?」
「仲間しか知らない合い言葉を、予め話し合うことです」
「では、不測の事態で合い言葉がなかった場合はどうする?」
「それなら、相手を傷つけずに拘束することです!」
別の兵が意見を述べる。
「なるほど。確かに両方が傷つかずにすむ方法だ・・・では相手を殺す選択をしないのは何故だ?」
その場にいる全員が一瞬止まった気がした。
「そ、それは、どんな相手であろうと思いやりを持ち、常に最善を尽くすこと。殺すということは相手を冒涜することであり、相手がアンデッドなどの治療が出来ない場合のみ、最終手段として実行すること。になります」
バナハ国の兵は『相手を思いやり、常に最善の方法で任務を遂行すること』を教訓にしている。
兵士達は、その言葉を重んじるエミリアからそんな言葉が出るとは想像もしていなかった。
「エミリア隊長!参考までに隊長の意見も伺いたいのですが」
一人の兵がエミリアに意見を述べる。
「それなら簡単なことだ」
兵士達はさすが隊長!という眼差しを向ける。
「思い切り殴ればいい!」
そう言い切ったエミリアに、その場にいる全員が唖然とした。
「あはははは!」
沈黙を裂いたのはカーチス率いる五人組だ。
「頭でも打っておかしくなったのか?」
カーチスが挑発するようにエミリアに問う。
「あくまでも私の意見だ。なぜ笑う必要がある?」
「そりゃそうだろう?隊長のお前からそんな言動が出るなんてな?」
そうだろう?と周りの兵に問いかける。かけられた兵はなんとも言えない表情をした。
「カーチス、お前ならどうする?」
「そんなモン、殺せばいいだろ」
当然だと言わんばかりの口調で返し、横柄な態度をとる。
「なら貴様は二流以下だ」
「・・・なんだと?」
カーチスは笑うことを止め、エミリアを睨み付けた。
「聞こえなかったか?相手を重んじる気がない、クソ野郎だと言ったんだ」
エミリアは、カーチス達の睨みに怯むことなく淡々と言葉を連ねる。
「エミリア!調子のってるんじゃねぇぞ!!」
カーチスの怒声に周りの兵達も思わず後ずさる。こう見えても実力は部隊の中では一、二位を争うほどで、彼の取り巻き達も上位の実力がある。
「ならどうするんだ?」
「ここでてめぇを伸してやる!」
エミリアは、殴りかかろうとしているカーチスを翻し、顔面に拳をぶち込む。
力を入れすぎたのか鎧を着ている成人男性が軽く吹っ飛び、背中から地面に叩きつけられる。
「くそぉ・・・お前らなんでもいい!殺っちまえ!」
エミリアのカウンターをもろにくらったカーチスが、鼻と口から血を出しながら取り巻き達に合図を送る。
そして、同時に四人の腰から剣が抜かれた。
「エミリア隊長!?」
「周りが見えていない典型的な例だな」
ジェスが焦りの表情で問いかけ、エミリアは慌てる様子もなく事態を見守る。
「お前達!何をしている!!」
騒ぎが大きくなったため、ノーマンがユージーンを呼びに戻ってきた。
「これは、どういうことだ?」
平然とした態度のエミリアと、顔面が血だらけになったカーチスに問いた出す。
「ユ、ユージーン隊長、エミリア隊長がいきなり殴りかかったんです」
「貴様が、始めに殴りかかってきたのではないか」
カーチスがユージーンに助けを乞い、エミリアはそれを一蹴する。
「エミリア、これはどういうことなんだ?」
「今、説明した通りです。カーチス・ラング他四名は、我が隊には必要ありません」
その言葉にユージーンが怪訝な表情をする。
「エミリア、お前らしくもない。何があった?」
「カーチスは恩を仇で返し、人として最低な行為を行いました。さらに他四名に指示をし私に刃を向けてきたことを報告いたします」
ユージーンが見ると、四人の取り巻きには真剣が握られたままだった。
「だが、訓練の一環ともとれるが・・・」
「ユージーン隊長は私に死ねとおっしゃるのですか?」
「そうとは言っておらん。ただ、お前の実力なら造作もないだろう?」
バナハの騎士団では、真剣を向けられただけでは訓練と見なされ処罰の対象にはならない。
「では、あなたも馬鹿だということですね?」
その一言で、零下にまで下がったかのような空気に変わる。
「・・・その言葉、侮辱罪にあたるぞ」
「構いません。そこの阿呆共と一緒にいるよりかはマシです」
凄んだユージーンに、それを流すエミリア。
「ユージーン隊長!エミリア隊長に処罰を!」
カーチスはここぞとばかりにユージーンに取り入ろうとし、エミリアを口撃する。
「とりあえずこの話は後だ。エミリアとカーチス達は俺と一緒に来い!」
ユージーンが拘束しようと近づいた時、なにか違和感を感じ立ち止まった。
「・・・エミリア、お前は誰だ?」
その言葉に、その場にいた全員の視線がエミリアに向けられる。
「なんのことでしょう?」
「本人にしては口調も態度もいつもより荒い。それに立ち姿がいつもと違う」
冷静に、しかし疑いの眼差しでエミリアに問いかける。
「ぷっ!くくっ・・・あははは!さすがはユージーン隊長、お見事です!」
エミリアは笑いをこらえきれず吹き出してしまい、ユージーンに賞賛を送る。
そして右手の革手袋を取り、人差し指にはめられた指輪を取った。
「なっ!お前は・・・!」
そこにはエミリアではなく、彼女の鎧を着たケイが立っていた。
「どういうことだ?」
「まだわからない?俺がエミリアに変装してたってワケ。ちなみにノーマンとジェスは知ってるぜ」
ユージーンが二人を見ると、申し訳なさそうに弁解をする。
「ユージーン隊長、申し訳ありません。ロアン様からの命のために彼に協力をしました」
「協力?」
「それは、私から説明しよう」
そこに現れたのは、護衛を引き連れたロアンとアダム達だった。
「どういうことでしょう?」
「カーチス達は、エミリアを階段から突き落とし亡き者にしようとした」
その言葉にユージーンが驚き、兵達が一同に騒ぎ出す。
「静まれ!」
ユージーンの一声で騒ぎが収まると、それを待ってからロアンが続ける。
「ケイ達も彼女のことを聞いて駆けつけてくれてね、どうせなら罠を仕掛けようということになったんだよ」
「罠?」
どういうことかいまいち把握できないユージーンは、その説明を即す。
「要は、俺がエミリアに変装して理不尽な展開になったらロアン達にしょっ引いて貰おうってワケ」
ロアンの代わりにケイが説明をする。
「それとこの指輪は、【変化の指輪】といってマジックアイテムの一つだ。効果はお察しの通り、相手の姿に変身出来る優れもの!」
ケイの手には、エメラルドがはめ込まれた銀色の指輪が握られている。こちらはケイが創造した物である。
【変化の指輪】対象者に変身できるアイテム。
見破られた場合は持続効果を失い元に戻る。
「ちなみにこの場合だと、カーチス達が一般人に剣を突きつけているってことになるけど・・・どうする?」
ケイの言葉にハッとするユージーン。
バナハでは、いかなる理由があろうとも一般人に剣を向けてはならないという規則がある。それを聞いたケイは、逆手に取ってやろうとロアン了承の元実行したのだ。
「しかも完全に『殺す』発言されたからね?ロアン達も聞いていただろ?」
「あぁ。しっかりとね」
「なっ!てめぇハメやがったな!!」
カーチスがケイに飛びかかろうとした時、同行していたロアンの騎士達が五人を取り囲む。
必死に逃れようとするが、生身ではフルプレートアーマーをどうこうできるはずもなくあっさりと拘束される。
「俺は最初っから言ったぜ?もし仲間と対峙した場合、あらゆることが想定されるってさ」
ニヤニヤのケイに、ロアンが護衛に指示をする。
「カーチス・ラング他四名を、殺人未遂および暴力未遂の容疑で拘束する・・・連れて行け!」
「はっ!」
拘束されたカーチス達は、為す術もなく連れて行かれることになった。
「・・・エミリア」
カーチスが連れて行かれる時、ケイが創造した車いすに乗ったエミリアとそれを押しているタレナの姿があった。
「カーチス、私は君のことを信じていた」
「・・・だからなんだ?」
「本当は、能力も才能も私より君の方がある」
「馬鹿にしてるのか!?」
彼女の言いたいことが彼に伝わらない様子で、エミリアは自分のふがいなさと相まって首を横に振る。
「カーチス、まだわからないのか?」
そこに、ユージーンがカーチスに問いかける。
「エミリアはお前達が孤立しないよう、あえて汚名を被った」
カーチスが一瞬驚愕の表情に変わる。
「だったらなんで、俺じゃなくてエミリアが隊長になるんだよ!」
「お前とエミリアの違いは『相手を思いやれるかどうか』だ。私も君の才能を高く買っていただけに残念だ」
まさか自分が認められていたとは思わす、とうとうカーチスは項垂れてしまった。
連行されるカーチス達を、エミリアは姿が見えなくなるまで見つめていた。
翌日、ケイ達はミクロスの村に向かうためバナハを後にすることにした。
「いろいろ世話になった」
「気にすんなって!」
見送りには、エミリアと同行しているノーマンとジェスの姿もあった。
今回の騒動でロアンとユージーンは見送りに来れなかったようだが、とても感謝していると言っていた。
「ロアン様から近々エストアの調査に向かうから、興味があったら来てみるといいと言っていた」
「そうか。用件済んだらそっちにも行ってみようかな?」
先日、話に出ていたエストアの塔跡地のことを思い出す。
「そういや、カーチス達はどうなるんだ?」
「カーチス達なら近々処分が下される予定だ、除隊・追放は免れないだろう。私としては信じてやりたかったが・・・」
エミリアの言葉にケイ達はなんと言っていいかわからなかった。
「まぁ、いつかはわかってくれるさ」
「だといいんだが・・・」
そろそろ出発すると伝えると、エミリア達が身を案じてくれた。
「また近くに寄ることがあったら声を掛けてくれ。歓迎するよ!」
「あぁ。エミリア達も元気でな」
「特にエミリア!無理しないでよ?」
「隊長の身は、我々がきっちり守ります!」
「皆さんもお気をつけて」
シンシアが案じると、ノーマンとジェスが胸を張って答える。
余談だが、ノーマンとジェスに【隊長補佐】の肩書きを与えられるそうだ。
この後本人達に伝えられるが、現時点ではまだ知らないと内緒で教えてくれた。
こうしてケイ達は、本来の目的地であるミクロス村に向けて出発をした。
軍事国バナハのもめ事解決!
ケイ達は、ミクロス村に向けて出発を始めた。
次回の更新は7月12日(金)です。




