44、第二部隊の内情
どうやらエミリアがまとめる第二部隊で、もめ事が起こっている様子。
心配になったケイ達が様子を見に行くことにする。
宿屋に着き、仮眠をとったケイが起床したのは、六時の鐘が鳴った頃だった。
「よく寝るわね。夜寝られなくなるわよ」
「仮眠は仮眠、夜は夜」
呆れた物言いのシンシアに、気にしない様子のケイ。
夕食を取るため宿屋一階に降りると、仕事を終えた男たちや兵の姿がちらほら見られた。
六人掛けのテーブルに座り、注文した料理を待っていると、後ろの四人がけのテーブルから声が聞こえた。
「おい、聞いたか?エミリア隊長が謹慎処分になったらしいぞ?」
「なんでまた?」
「どうやら、警備や巡回を行わなかった者がいたから、その責任をとらされたみたいだ」
「まぁ二番部隊は問題児が多いからな、彼女も苦労するはずだ」
「ケイさん、エミリアさんに何かあったのでしょうか?」
「謹慎と言っていたが、昼間の彼らが原因じゃないのか?」
隣に座っているタレナと向かいに座っているアダムが、心配そうな面持ちでケイに話しかける。
「俺、ちょっと聞いてくるわ」
ケイは、後ろの席の四人に声をかけた。
「なぁなぁ、ちょっと聞いてもいいか?酒奢るからさ~」
ケイは店員に五人分の酒を注文すると、会話に割って入った。
怪訝な表情の四人に、ケイは気にせず会話を続ける。
「なんだあんた?」
「エミリアの知り合いなんだが、彼女に何かあったのか?」
「それが、エミリア隊長が三日間の謹慎処分になったそうだ」
「謹慎処分?」
「第二部隊の数名が彼女の命令に従わず、任務を放棄したことで監督不行き届きと言われたらしい」
「それは今回がはじめて?」
「いや、彼女が就任した一年前から続いているから、今回で四回目」
ここで頼んだ酒が来たため、ケイはさらに聞いてみることにする。
「じゃあ、第二部隊は彼女を認めてないってこと?」
「それはない。他の奴らは彼女を慕っているよ」
「そうなのか?」
「そりゃ当然さ。彼女は全ての兵の顔と名前と所属を覚えていて、一人一人の能力を把握した上で任務を与えているって評判はいいんだ」
「それに的確な助言と気遣いで、わざわざ彼女の隊に入りたいっていう奴も多くいるよ」
「俺なんて別の任務で足を痛めた時、エミリア隊長がどこかから聞きつけて心配までしてくれたんだ」
昼間、彼女に会った五人組が言っていたこととは、まるで正反対のようだ。
「そういえば、昼間エミリアに何かを言っていた五人組を見かけたけど知ってるか?」
「それならカーチス達だと思うよ、いつも難癖つけているからね」
偶然にもその内の一人が、エミリアとカーチスとは士官学校の同期だと言った。
「カーチスって?」
「伯爵家の次男坊で、能力は高いが素行はあまり良くないことで有名なんだ」
聞けば、あまりの素行の悪さに両親が改心させるため、バナハにある多くの騎士を輩出している規律の厳しいエクエス学園に入学させたようだ。
しかし当時では珍しく、飛び級で首席だったエミリアに対抗心を燃やし、成績ではいつも一位二位を争っていただけに次第に嫌がらせまでするようになったそうだ。
なんとも幼稚な話である。
「噂で何人か隊を辞めているって聞いたけど?」
「それならエミリア隊長を慕っているのが気に入らないらしく、カーチス達が嫌がらせをして辞めさせたりしてるんだ」
「エミリアの評判を落とそうと?」
「そうみたいだね」
「上の人に相談はしたのか?」
「何人かはロアン様やユージーン隊長に相談したらしいんだけど、一切取り合ってくれなかったって」
ノーマンやジェスが言っていたとおり、上層部は相談を一蹴しているらしい。
ケイは一通り話を聞き終え、最後にエミリアの家の場所を教えて貰うと、彼らに礼を言いアダム達が待つ席に戻っていった。
「やっぱり納得いかないわ!」
納得いかない表情のシンシアが、テーブルをドンと叩く。
先ほどの会話を聞いていたようで、レイブンが必死に宥めていた。
「どう考えてもおかしいじゃない!」
「もしかしたら、なにか理由があるのかもしれないわ」
「理由?なんにせよ私は納得いかないから、明日でもロアンさんの所に行ってみるわ!」
アレグロの言い分も理解できるし、息巻いているシンシアの気持ちもわかる。
多数の相談がある以上、上層部も無視は出来ないはずだ。
ケイは、明日にでもエミリアのところに行ってみようと思った。
翌日、ケイが起床し朝食をとるため一階に降りるとシンシアとレイブンの姿はなかった。
「あれ?シンシアとレイブンは?」
「それなら、朝早くにロアンさんのところに行くって出て行ったわよ」
呆れた様子のアレグロに、困った様子のアダムとタレナ。
「レイブンはシンシアが心配だからとついて行ったよ」
「昨日のことに納得いってない様子だったわ」
「だとしても、一般人の俺らじゃ出来ることが限られるだろう」
「私もそう思って止めたのですが、どうしてもって」
困惑した様子でタレナが水の入ったコップを手渡す。
「ケイ、とりあえずどうするんだ?」
「俺はこれ食べたら、エミリアの様子を見てくるよ」
朝食のパンを千切って口に入れる。
「私も行くわ。顔を見るぐらいならできるしね」
「私も心配ですし、一緒に行きます」
「俺は、シンシアとレイブンが戻るのを待ってるよ」
アレグロとタレナもケイについて行くと言うと、アダムはシンシアとレイブンが戻るまで待っていると言った。
朝食後、ケイはアレグロとタレナを連れて、エミリアの家に向かうことにした。
エミリアの家は、東地区にある閑静な住宅街の一角に存在していた。
白い木製の壁に青い屋根が印象的のモダンな住宅である。
「あれ?出ないな?」
「どこか出かけてるのかしら?」
扉を叩いて少し待ってみたが、そもそも家にいないのか人の気配を感じない。
「あら?エミリアちゃんのお知り合い?」
その時、隣家から恰幅の良い女性が現れた。
「エミリアに会いに来たんだが、どこか出かけてるのか?」
「それなら朝早くに出かけたわよ」
「どこに行ったとか聞いてるか?」
「今日は非番だと言っていたから、ここから西にある広場で自主練習しているんじゃないかしら?」
エミリアが非番の時は、いつもそこに居ると教えてくれた。ケイ達は女性に礼を言ってから西の広場に行ってみることにした。
西の広場に到着すると、まだ早い時間帯らしく人はない。
誰も居ない広場を、エミリアは軽装で走っていた。
「休みの時も自主練か。ストイックすぎるだろう」
「ケイ様、エミリアに声を掛けた方がいいのかしら?」
黙々と走り込むエミリアに声を掛けるべきか悩んでいると、タレナが何かを見つけた様子で話しかけた。
「ケイさん、あれ」
タレナの示した反対側の建物の影に、男性の姿を見つける。
「あれは・・・ユージーン?」
そこには、エミリアを見つめたままのユージーンの姿があった。
彼は特に声を掛けることもなく佇んでいたが、暫くしてから踵を返しその場をあとにした。
「ケイ達じゃないか!?」
走りをやめたエミリアがケイ達に気づく。
「よぉ。昨日、兵の連中からエミリアのことを聞いてさ」
「あぁ、そうか・・・心配をかけたな。私なら平気だ、自分を見つめ直す時間だと思っている」
持参したタオルで汗を拭き、水筒に口をつける。
ケイが、隣家の女性からここのことを聞いて来たというと、立ち話もなんだからとそのままエミリアの家に戻ることにした。
エミリアの家は、実に質素だった。
テーブルとイスにベッドと書類が積まれた机のみで、どちらかというと寝に帰るだけの印象を持つ。
エミリアは、着替えるので座って待ってほしいと断ってから奥の部屋へ。
「机の上に置いているアレって、崩れそうだけど大丈夫なのか?」
見ると、机の上に今にも崩れそうな書類の山が置かれている。
「それにしては、だいぶ量があるわね」
「重要な資料なのでしょうか?」
アレグロとタレナも気になったようで、少しの衝撃でも崩れそうな山に注目している。
しかも机に空きがないのか、その山のいくつかは床に置かれており、管理がずさんだなと思っていた。
ケイがその山の一番上の書類を手に取った。
そこには、人の名前と所属が書かれており、特徴と訓練・戦闘時における行動や癖が事細かに書かれていた。
しかもご丁寧に注意する箇所と直すべき部分も書かれている。一人の分析を用紙を余すことなく記載している。
「それは、私が個人的に行っていることだ」
ちょうどそこにエミリアが戻ってくる。
「これってなんだ?」
「全バナハ兵のことを観察し記録したものだ」
始めは趣味で行っていたが、それが功を奏し、今では個人面談の際に利用しているという。
「え?これ全部!?」
「ここにあるのはほんの一部だ。あとは執務室の棚に保管してある」
「根気ありすぎだろう」
しかも全て手作業という、途方もない労力で思わず感服した。
エミリアは四人分の紅茶を入れ、ケイ達に差し出した。
「謹慎処分だと聞いたけど?」
「部下の監督不行き届きということで三日ほどな」
「でもあれは、あいつらが勝手な行動をしたからだろう?」
「だとしても隊長は私だ。部下の失態には責任を持たなくてはいけない」
口ではそう言っていたが、目を伏せカップの紅茶を見つめたままだった。
「他に相談したのか?」
「いや。部下達が掛け合ったらしいが、私の技量の問題と見なされたそうだ」
首を振り、力なく項垂れている風にもみえる。
「他の奴らはお前のこと慕っているみたいだぜ?別に全員に好かれなくてもいいじゃねぇか?」
「そうかもしれない。しかし部隊の責任を担って以上、平等に扱うべきだとおもう」
ケイ達は、エミリアが理想と現実に悩んでいる姿になんと答えていいのかわからないでいた。
その頃シンシアとレイブンは、ロアンのいる屋敷に赴いていた。
「なんで会えないのよ!」
「ロアン様は執務中ですし、予め面談の申請をしていただかないと困ります」
「エミリアのことが心配だから相談に来たんじゃない!」
「だとしても規則が・・・」
「規則って何!?そんなに人より大事なことなの!?」
屋敷の入り口で、警護のフルプレートアーマーの兵士と言い合いになる。
「そんなことは一言も・・・」
「だったら合わせなさいよ!」
先ほどからこのような状態で攻防を続けているシンシアに、レイブンが止めようとしたが鬼気迫る表情で入ってこないでと反論される。
「何の騒ぎだ」
そこに、スキンヘッドの銀の鎧を着た男がやってくる。
「ユージーン隊長!・・・実はこの者たちがロアン様にお会いしたいと」
「許可は取っているのか?」
「それが・・・」
「お引き取り願え」
シンシア達に目もくれず、ユージーンは屋敷の方に向かおうとする。
「ちょっと!エミリアが一部の奴らに嫌がらせされているのよ!?みんな知っているのになんで何もしないわけ!?」
「シ、シンシア!?」
矛先をユージーンに向けたシンシアが意見する。
「だとしても君達には関係ないことだ」
「関係ないって?困っている人をこのままにしておくほうがどうかしてるわ!?」
「・・・あまり騒ぐようだと拘束するぞ」
ユージーンの威圧と気迫にシンシアは閉口した。
なにを言えなくなったことを確認すると、ユージーンはロアンの屋敷に入っていった。
ケイ達が宿に戻ってくると、憤慨した様子のシンシアの姿が見えた。
「あいつすげー怒ってるけどどうした?」
レイブンが宥めようとあの手この手状態を尻目に、アダムに声を掛ける。
「どうやら門前払いだったようだ。しかも「あまり騒ぐと拘束する」とまで言われて戻ってきたそうだ」
「わぁお、超物騒じゃん」
「たしかに騒ぐのはいただけないわね」
「軍の方々は、本当に対策しないでいるのでしょうか?」
アレグロとタレナも心配しながらも呆れた表情を見せる。
たしかに、シンシアが憤慨する気持ちもわかる。
明らかにおかしいのに、他の兵からの相談や要望を却下している時点で何をしているのか?
ケイは、本当は逆のことが起きているのではないかと考える。
通常なら部下の指導もできない隊長を辞めさせるため、あえて放置しているように感じる。
しかしそれがエミリア本人からの要望で、「カーチス達を孤立しないために守っているのではないか」と推測すると辻褄が合う。
それが思うようにいかず、上層部とエミリアとで苦悩しているのではないかと感じとる。
その方法ではいずれ潰れてしまうと思い、ケイは少し心配になった。
エミリアが謹慎処分!?
どうやら何かが食い違っている様子。
この後ケイ達は、どう動くのか?
次回の更新は7月10日(水)です。




