37、マルセール・サン・ルーヴァンリッヒ
フラグは立った時点で成立するの回。
「マルセール様!」
お付きの女性や護衛の男性が少年を介抱する。
「手を貸してくれ!」
「誰か医者を呼べ!早く!」
護衛の怒声と女性達の悲鳴で、辺りは騒然となる。
少年は青白い顔をしながら、お付きの女性に抱えられている。
マルセール・サン・ルーヴァンリッヒ 18才 男性
状態:魔素吸収(90/100)
※生まれつき魔素を吸収する体質のため、体質改善を要する。
「はぁ?あいつ成人してたのかよ・・・」
見た目のわりに、自分と年が変わらないことに驚く。
そして、状態の魔素吸収の文字。
ケイは鞄から【魔素クリア剤】を取り出すと、付き人の女性に手渡す。
「おい、これ飲ませてやれ」
戸惑う女性に、護衛の男性が制止する。
「誰だかしらんが、余計なことはしないで頂きたい」
「余計なこと?ほっといたらこいつ死ぬぞ!?」
「マルセール様の体調は我々が一番知っている!それに、そんな怪しい薬を飲ませるワケにはいかない!」
確かに、見ず知らずの人間から物を貰うことは少しためらわれる。
ましてや教会関係の人間であるからには、十分に注意をする必要があることは理解している。
「これは【魔素クリア剤】だ。体内に停滞している魔素を排出する役割がある!」
「し、しかし・・・」
「すまないが・・・それを飲ませてくれないか?」
か細い声で、支えられている少年が目を覚ます。
「マルセール様!?」
「今日は・・・特に身体の調子が悪そうだ。もし望みがあるならそれを頂こう」
ケイは少年に瓶の蓋をあげて手渡した。
少年は、付き人の女性に補助をして貰いながらゆっくりと飲む。
そして飲み干すと同時に、先ほどまで青白い色だった表情が戻る。
「マルセール様、お気分はいかがですか?」
「あぁ・・・もう大丈夫みたいだ。どなたか存じませんがありがとうございました」
少年はそう言って礼をした。付き人の女性も安堵の表情を浮かべる。
「それだけ話せれば大丈夫そうだな。それじゃ俺たちは行くぜ」
「あの、せめてお名前だけでも」
「俺たちは通りすがりのただの人さ」
そう言ってケイ達は、宿屋に戻ることにした。
「何よ『俺たちは通りすがりのただの人さ』って、格好つけちゃって!」
「なるべくならフラグは立てたくない・・・」
ケイは、オリバーの一件で出来ればスルーしてほしい心情であった。
「よかった。マルセール様の恩人が見つかりました!」
翌日、宿屋で朝食をとっていたところ、マルセールの使いと言う青年がやって来た。
ケイの中で、フラグは立った時点で成立することが実証された。
「もしかして、俺たちを探していたのか?」
「はい!マルセール様がどうしてもお礼を申したいと、一晩中探していました!」
目を丸くしアダムが尋ねと、なんともバイタリティー溢れる青年の回答が返ってくる。
マルセールの屋敷は、大聖堂の東にある青い屋根の二階建ての建物だった。
「こちらがマルセール様の屋敷です」
「金持ちの家じゃん!」
「あ、いえ。こちらは、建国1000年の式典の際に王都アルバラントから寄贈された屋敷になります」
王都アルバラントと商業都市ダナンとは、世間では三大都市といわれ、いわば姉妹都市という関係らしい。
ちなみに寄贈されたこの建物自体、100年以上経っているそうだ。
「そのわりには綺麗ね」
「もうちょい古いイメージがあるけど」
「細かいところまで、手入れが行きとどいているようだ」
ケイ達は屋敷を見上げて思わず唸った。
屋敷の入り口からエントランスにある階段に上り二階へ。
「マルセール様、恩人の方々をお連れしました」
「はい、どうぞ」
やや間があってから返事がくると、扉を開けて使いの青年と共にケイ達も入室する。
「マルセール様、こちらが冒険者パーティの『エクラ』の皆様です。
「ありがとう。君は下がっていいよ」
「はい。失礼します」
使いの青年が退出すると、ケイ達はベッドの方を見た。
紫を基調とした天蓋ベッドに、青年が上半身を起こした形でこちらを見つめている。
ベッドの傍らには女性の姿も見えた。
「こんな格好で申し訳ない。私はマルセール・サン・ルーヴァンリッヒ。大聖堂の次期大神官と呼ばれています」
マルセールがお辞儀をすると、ケイ達も各々紹介をする。
「・・・で、隣の人は?」
「申し遅れました。私はマルセールの姉で、アルマ・ルーヴァンリッヒと申します」
茶色の髪に緑の瞳をしたアルマは、マルセールと雰囲気が似ている。
「姉は、教立図書館の館長も務めております」
「マイヤー様からお話は伺っております。遥々遠いところからようこそお越しくださいました」
「え?あんた館長だったのか!?」
ケイ達が驚くのも無理はない。アルマは、24才という若さで異例の大出世をした女性である。
「バートも若い方だけど、もっと若い奴がいるとは思わなかったな」
「皆さんよく言われます」
クスクスとアルマが笑う。
「そういえば、身体は大丈夫なのか?」
「はい。先日頂いた薬が効いたようで、しばらくは大丈夫かと」
「しばらくは・・・?」
「私は生まれつき魔素を吸収してしまう体質のため、薬を定期的に摂取する必要があります」
そう言ったマルセールに鑑定をかけると、魔素吸収が5/100と増えていた。
恐らく一日5ずつ増えていくのだろう。
「あの、失礼ですがケイさんは鑑定をお持ちでしょうか?」
「あぁ。持ってる」
「だから、私の体質に合った薬を渡してくださったのですね」
「ケイ、あんたまさか勝手に鑑定したの!?」
シンシアがそう尋ねたので「うん」と肯定すると、人の許可無しに鑑定しちゃ駄目だと説いた。
どうやらこの世界の常識らしい。
「シンシアさん、そんなに怒らないであげてください。彼のおかげで弟は救われたのですから」
アルマが間に入り、シンシアを宥める。
「先ほど、薬を定期的に摂取するとおっしゃってましたが、そういう薬があるんですか?」
レイブンが疑問を口にする。
「弟は魔素を吸収する体質のため、定期的に聖水を用いた薬を処方しています」
この世界の魔素は、世界の至る所に存在しており、別名『魔力の素』と言われている。
魔法専門職の人間にとっては、最初に知る原理の一つである。
通常、魔法を使う者は魔力と空気中の魔素を反応させて、魔力として変換し魔法を発動させている。
しかしマルセールは、体質の関係で体内の魔力が極端に低く、しかも魔素を体内に含み続けているという。
体内に吸収されることを遅らせるために、定期的に聖水を用いた薬を服用しているが、焼け石に水状態らしい。
それに小柄な原因は、魔素を含み続けているため、本来発育するはずだった身体が阻害されているそうだ。
「じゃあその悩みを解決してみよう」
「え!?そんなこと可能なんですか?」
「できる!」
目をパチパチとさせているマルセールとアルマにケイは自信満々に答えた。
「こちらにお水を用意しました」
マルセールの侍女から、水が入ったガラスのコップを受け取る。
「ケイ、これどうするんだ?」
「まぁ見てなって!」
アダムの問いに宥めてからコップをベッド横のサイドテーブルに置く。
「【エンチャント・体質改善】!」
【体質改善薬】虚弱体質や困った体質をまるっと改善!
※普通の人には効きません。制作者:ケイ
水が透き通った青色に変化をする。
ふざけた説明文だが、効果があるかはまた別の話である。
ケイは、マルセールに【体質改善薬】の水を渡した。
「よし!飲め!」
「え?あ、はい!」
ケイの勢いに圧倒され、マルセールはコップを受け取ると一気に飲み干した。
「・・・マルセール?」
アルマが心配そうに顔を覗き込むと、マルセールの顔が上がりきらきらした瞳で見返す。
「姉さん!身体が軽いよ!!」
手を上げて腕を回すと、ベッドから飛び起き身体を動かす。
「マ、マルセール!危ないわよ!」
アルマの制止に耳を貸さず室内を動き回る。小柄な体型も相まってとてもケイと同じ年にはみえない。
ケイが鑑定をすると、状態の項目が正常になる。
「アルマ、マルセールは大丈夫だ。状態が正常になっている」
ケイがそう伝えると、アルマは声に出ないほどの歓喜の表情でマルセールを見た。
「まさか治るなんて思わなかったな」
驚きの表情でレイブンが言う。
「さすがケイ様ね!私も見習わなくちゃ!」
「あれを見習うって真似は出来ないわよ」
その隣で、目を輝かすアレグロに無言で頷くタレナ。それをシンシアが呆れた物言いで返す。
「これでいいのかなぁ~」
何でもありなケイに、なんだか納得がいかない様子のアダムが独りごちた。
偉い人に人体実験!治れば良し!!
次回の更新は6月24日(月)です。




