34、馬車の旅
今回はのんびり馬車の旅。
マンドラゴラ付きで。
アルバラント正門近くに広めの場所がある。
そこには数台の馬車が止まっており、近くの御者に「ウェストリアに行きたいが途中のバナハまで行く馬車はあるか?」尋ねると「バナハ行きとは別に、丁度ウェストリア直行の馬車が来ている」と門に近い馬車を指し、お礼を言ってからそちらに向かう。
「すみませーん、六人乗りたいんですけどいいですか?」
「あぁ。これから出発するから乗ってくれ!」
ケイが声をかけると白髪の御者の男性が答え、了承を得てから馬車に乗る。
十人ほどが入る馬車の中は、偶然にも誰も乗っていなかった。
「俺たちだけじゃん。やったね!」
ケイがドカッと椅子に腰を掛け、そして何故かアレグロとタレナが両側に座る。それを向かいに座るシンシアが恨めしそうにみつめる。
「というか、アレグロとタレナがなんで隣に座っているわけ?」
「あら?なにが悪いの?」
「くっつきすぎよ!少し離れなさいよ!」
「嫌よ。だって私たち仲間でしょう?」
ケイの左隣に座っているアレグロが、ケイの腕を組み、わざと豊満な胸を押し当てる。
「ちょっとアレグロ!何をしてるのよ!?ケイも少しは注意しなさいよ!!」
「え、何が?・・・てか、なんでシンシアが怒ってるんだ?」
「ケイ様は気にしなくていいですよ。そういうのを無い物ねだりっていうんです」
「ア~レ~グ~ロ~」
大胆な事をされているのになぜか気づかないケイ。変なところで鈍感である。
対してシンシアとアレグロの中で、仁義なき戦いが始まっている。
それを隣にいる、アダムとレイブンの男性二人がそっと目をそらす。あまり関わりたくない。
そんな一行を乗せた馬車は、聖都ウェストリアに向けて出発をした。
「お客さーん、悪いがガレット村に寄っていいかい?」
しばらくしてアレグロとシンシアの仁義なきゴッコが一段落すると、御者の男性が声をかけてきた。
「何かあんのか?」
「ウェストリアに運ぶ荷物を載せたいんだ」
十人乗りの馬車には、まだ余裕があるため了承する。
馬車がガレット村の近くに止まると、御者と誰かが会話をしている声が聞こえる。
はっきりとはわからないが複数人いるらしい。
馬車の入り口が開くと、木箱を抱えた人が乗り込んでくる。
「あれ?リリィじゃん!」
「ケイさん!それにアダムさんもお久しぶりです!」
その人物は、ガレット村のリリィだった。
「知り合いなのか?それじゃ運ぶのを手伝おう」
入り口に座っていたレイブンが、リリィから木箱を受け取ると中へと運ぶ。
二箱ほど運ぶと、後ろから木箱を持った青年がやって来る。
「リリィ、これで最後だ」
「ケヴィンありがとう、助かったわ」
リリィとケヴィンと呼ばれた青年が乗り込む。
「リリィ達もウェストリアに行くのか?」
「はい。聖炎祭で使うマンドラゴラの追加がありまして、これはその分です」
木箱に入っていたのはマンドラゴラだった。
そこから覗く顔が少し怖い。まるで押し入れから覗く日本人形のようだ。
アダムに至っては、心なしか引きつっている。
「ところで、隣のそいつは?」
「彼はケヴィン。私の幼なじみなんです」
「ケヴィンです。以前、父がお世話になりました」
ケイが尋ねるとリリィが紹介し、ケヴィンがお辞儀をする。
「父って?」
「ケヴィンはダンさんの息子さんなんです」
そう言われて、ケイとアダムが日に焼けた筋肉質の村人を思い出す。
「君は、ダンさんの息子だったのか」
「というか、全然似てねぇんだけど」
「母親に似てるとよく言われます」
日に焼けた肌と、全体的に細身ではあるが筋肉がついている。しかも整った顔立ちはダンにまったく似ていない。
男子は母親似が多いと聞くが、異世界でも通用するようだ。
「ケイさん達もウェストリアに行くんですか?」
「あぁ。聖炎祭が気になるから一度観に行くことになってさ。てゆうか、もしかして、毎年やってる祭のマンドラゴラってリリィが自ら運んでんのか?」
「あ、いえ。いつもは行商人の方にお願いをしたり、ケヴィンにお願いしているんです」
ちなみに、ガレット村が騒動になった際ケヴィンは、行商人とウェストリアにマンドラゴラを届けている時だったため村には居なかった。
「私が居なくなっちゃうと、おじいちゃんが心配だから」
「えっ?じいさん今、家に一人でいるってこと?」
「今回は、村長さんのところでお世話なると言っていましたので、心配はないかと思います」
マンドラゴラの運送量が多い場合は、リリィも自ら赴くことがあると言った。とはいえ二人家族のため、やはり心配のようだ。
「そういや、前にマンドラゴラって食べられるって言ってたけど、丸焼きって旨いのか?」
「私は食べたことがないんですけど、丸焼きにして丸かじりで食べると聞いたことがあります。ケヴィンは?」
「俺も運搬だけだから口にしたことはない。ただ丸焼きにした時の形相はあまり好きじゃない」
ケヴィンは丸焼きになったマンドラゴラを見たことがあるらしく、まるでこの世の終わりのような形相らしい。
なんだか夢に出てきそうだ。
「でも、マライダのマンドラゴラとは全然違いますね」
木箱の中のマンドラゴラを眺めていたタレナが、興味深そうな表情をした。
「マライダのマンドラゴラは赤色だっけ?」
「そうよ。真っ赤なマンドラゴラで結構辛いのよ。どちらかというと香辛料に近いわね」
アレグロの言うとおり、赤いマンドラゴラは、普通のマンドラゴラと同じ大きさをしているが、味はかなり辛くそのままで食べるものではない。
一般的に、切って細かくすりつぶしてから料理に加えるそうだ。
ちなみにアレグロとタレナは、最初それを知らずにそのまま食べたらしい。答えは言わずもがなである。
「マライダのマンドラゴラは、スープの具材になることが多いと聞いたことがある。たしか異国の料理で『キムチ』にもなるって言ってたような・・・」
ケヴィンがそんなことを口にし、思わずケイが聞き返す。
「それって、フリージアの公爵令嬢じゃないよな?」
「えぇ。たしか、ベルセ・ワイトという方が考案したとか」
公爵令嬢がなぜ地球の料理を知っているのか?もしかしたら本当に日本人なのかもしれない。
メルディーナがダジュールに送った人間なのか?ケイはそんな人物に興味を募らせた。
「あと、フリージアにもマンドラゴラってあるんだろう?」
「あぁ。フリージアは青色なんだ」
意外にもレイブンが答える。
「レイブンは見たことがあるのか?」
「俺は元々、フリージアとエストアの国境近くにある村の出身なんだ」
青いマンドラゴラは、引き抜いても悲鳴は上げないが、非常に足が速く捕まえることに苦労する魔物でもある。
しかもその身は氷の様に冷たく、素手で捕まえると凍傷を起こす可能性がある。そのため、いかに傷を負わせず捕まえるかがカギになる。
「そういえば他の行商人から聞いた話なんだけど、今回の聖炎祭にはシェフのヴェルレーヌが腕を振るうって話題になってた」
「いいな~私も食べてみたい」
リリィとケヴィンがそんな会話をしていた。
「リリィ、ヴェルレーヌって誰?」
「ヴェルレーヌさんは、元々アルバラントの王宮料理人をしていた女性で、彼女の料理はどんな食材も魔法のようにおいしくなることで有名なんです!」
「今はフリージアにレストランを経営していて、いつも予約で満席状態だそうです」
「しかも、予約は一年先まで満杯ですって」
「女性料理人という道を開いた、第一人者ですからね」
どうやら、アレグロ達も知っているほどの有名人らしい。ぜひとも食べてみたいものだ。
「・・・もしかしたら、頼んだら教えて貰えるのかしら?」
「シンシアどうした?」
「なんでもないわ」
シンシアがぼそっと何かを言ったが、ケイ達には聞こえなかった。
馬車はそんな一行を乗せ、西大陸へ走って行った。
今回は会話中心の回です。
たまにはいいでしょ?
次回の更新は6/17(月)です。




