342、それぞれの道
皆さまご無沙汰しております。一カ月近くぶりでしょうか?
さて今回は、前回ミゼリが弟のことについてガイナールに懇願した続きからとなります。
頭を下げ、懇願するようにガイナールに問いかけたミゼリの姿に、ケイ達はこの状況を静観するしかなかった。
というのも、ガイナールが「今回は自分に任せて欲しい」と提案し、以前から何かあれば自分が話し合いの場を設けるとまで明言していたことから、予めこの状況になることを想定していたのかもしれないと、ケイは感じ取る。
またバルトルの屋敷に赴く前に彼から“ある”お願いをされていたのだが、本当にこれをやっても大丈夫なのかと不安を覚える。
このことは、この場にいないラオにも関係していることで、ガイナールは致し方ないと言いながらも姉弟の仲を取り持つ・・・とまではいかないが、かなり気にしてるが故に内密でとケイに願う。
「君は・・・弟想いの優しいお姉さんだね」
沈黙の中で、ガイナールがぽつりと言葉を口にした。
伏せていたミゼリが顔を上げると、彼女を見つめるガイナールの表情があり、その表情は優しさを含んだ笑みをしていたものの、少しばかり哀愁を漂わせる部分を感じ取った。
「実は私にも“姉”がいてね・・・」
「お姉様がいらっしゃるんですか?」
「あぁ・・・君のように弟想いのいい姉だったよ」
何か言わないとと焦るミゼリに、やや間をおいてからガイナールが言葉を続ける。
懐かしむような目つきの彼に何をどう聞いていいのかわからなかったが、私なんかが・・・と口にしようとした瞬間、それを見透かしてかガイナールから自分を卑下しては駄目だと静止するように首を横に振る。
(ねぇ、ガイナール様にお姉さんっていなかったわよね?)
(えっ・・・あ、あぁ~)
シンシアとアダムが、内緒話をするように小声で会話をする様子があった。
実はガイナールには兄弟姉妹が存在せず、二人おろかその様子を見守っているレイブンも、一体誰のことを言っているのだろうかと疑問を浮かべている。
また三人が疑問を浮かべながらケイの方を見やると、言わんとすることは分かるが現在の事を言っているのではないと仕草で示すと、今度は驚愕した様子で話を続けるガイナールの方を向いた。
志野原 誠治という人間で前の人生を生きてきたガイナールは、今のミゼリの姿とその時に存在していたかつての姉の姿を重ねているのだろう。
時折、ガイナールから昔のことを聞くことがあるが、家族のことは彼の口から語られることはあまりなく、以前話の流れで聞いたことはあるが、結婚後の妻や子供のことは口にはするが、実の家族については「戦争などで亡くなった」と聞いたが故に、それ以上聞くのはヤボだと、ケイ自身はその話題に触れないようにしていた。
「私には姉の他に弟も居たんだ。弟とは歳が近かったせいか、子供の頃はいつも二人でいたずらばかりしては姉に怒られていたよ」
昔のことでも思い出しているのか、時折懐かしさを感じている様子があった。
「ガイナールさんにとって、お姉さんはどんな方でしたか?」
「私の姉は、三つ編みがよく似合う勉強と裁縫が得意な人だったよ。私には父と二人の兄も居たけれど早くに亡くなってね。母が女手一つで私たち三姉弟を育ててくれていたんだ。その影響からか姉が母親代わりになってくれていたよ」
「・・・素敵なお姉さんなんですね」
「あぁ。それに幼少の頃の私は勉強がかなり苦手で、姉から勉強も教わったんだ」
ミゼリがそんな風には見えないと驚くと、ガイナールは昔の話だけれど、と恥ずかしそうな表情をみせ、普段人には言わない話なのか、恥ずかしさを通り越して顔が紅葉のように赤く色づく。
「お姉さんと、どのくらい歳が離れているんですか?」
「ちょうど君とラオ君ぐらいの差だよ。でも、その姉も彼女が18才の時に遠方に嫁いでしまってね。その翌年には男の子が産まれて、とても忙しいけれど充実していると月に一度は便りは来ていたよ」
笑みの中に寂しさを思わせるようなガイナールの表情に、ミゼリはなんと声を掛けていいのか分からず口を開けずにいた。
「その後、お会いすることはあったのですか?」
「いいや。彼女は嫁いでから三年も経たずに病を患って亡くなったんだ」
その言葉に、ミゼリは頭を殴られた程のショックを受けた。
志野原 誠治としての姉への思い出話を語ったガイナールだったが、時代が時代なだけにいろんな要因が重なり、結果的に孝行することができなかったと語る。
当時としては、病で亡くなることは珍しくなかったのかもしれないが、それが身内であったがために後悔している様子があったが、ただ彼の中で当時のままの姉の姿が記憶に残っているのか、とくに取り乱したり感情を露わにする様子はなかった。
「生前、姉は私と弟に『どんな道を歩んでもいいけれど、けして自分が後悔しない生き方をしなさい』と常々言っていたよ。恥ずかしながら当時の私は、その意味の重要さを理解し切れていなかったけど、歳や自分の立場が変化するにつれて、姉の言っていたことが少しだけど理解できた気はするよ」
志野原 誠治として、ガイナール=レイ・ヴェルハーレンとしての人格形成の根底には、亡き姉の言葉がベースになっているのだろう。
続けたガイナールの言葉には、今になって自分の生き方や行動が本当に正しかったのかはわからないが、常に全力で打ち込むことで変わっていったことも多いことが語られる。
ミゼリは、同じ姉として比較されている気がしたが、果たして自分は弟に姉として示しているのだろうかと疑問を抱き始める。
「私はそのお姉さんのような人にはなれません。現に弟の道を潰そうとしているかもしれないのに、自分ではそれを止めることができないのですから…」
「失礼な言い方になるかもしれないが、君は少し力が入りすぎている気がするよ。それに、本来は一人で何役もする必要はないと思うんだ」
ガイナールの言葉にミゼリは、核心を突かれたかのように大層驚いた表情をした。
両親が亡くなり自分が幼い弟守ろうと奮闘するにつれ、次第に父親兼母親兼姉という役割を担っていたのか、弟であるラオが大きくなるにつれて、当時と現在の考え方に違いが生まれ始め、自分なりに消化できずに暴挙に出ることがある点については、そこから来ているのではないかと思われる。
「ガイナールさんのおっしゃっている意味は理解できます。ですが、親がいないからといって同情されることは、私は失礼だと感じているんです」
「失礼なこと?」
「いくら傷つき泣いたところで、いずれは自分の足で歩かなければならないし、幼かった弟を育てるのは誰だと思いますか?両親がいないから可哀そうと口では言えますが、結局は唯一の家族である私が弟を育てなければなりません」
ミゼリの性格の根底には、両親が亡くなったが故に周りからの心配や同情の声が逆に彼女を苦しませていることにガイナールは気づく。
他人からの一言が当人が苦しむきっかけになることはいくらでもあることを知っているし、自分も経験があるからわからなくもない。だが彼は、ミゼリの考えを理解はすれど、このままでは彼女が潰れてしまいかねないと危機感を抱く。
「君自身が全ての責を負わなくてもいいんんだ。たしかに君の言った通りに責任を負わない同情の声はあったかもしれない。だけど、君の夫や彼の家族は君たち姉弟をどう思っている?」
ガイナールの声に隣に座るユアンを見やるミゼリ。
今まで近くでミゼリとラオの姉弟を見守って来たユアンは、困った表情で彼女の様子を窺う。それは否定的な表情ではなく、むしろ自分の至らなさのせいで…というようなそんな様子があった。
「父上、発言をしてもよろしいでしょうか?」
ここで今まで黙っていたリオンが発言の許可を求めた。
ガイナールは承諾の首を振ると、体をミゼリに向け、その場で深々と礼をしsた。
「ミゼリさん、ラオと……友達になることを許してください!」
突然のことに驚愕したミゼリは、そのまま隣に目線を向けると、顔を上げたリオンと目線が合った。
「ラオは自分も危険に陥るかもしれないと思いながらも、恐怖で動けなくなった僕を必死にかばってくれました。こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、ミゼリさんが厳しくしてくれたおかげで今のラオがいるのかもしれません」
「ラオが…?」
ガイナールから今までの経緯を聞いてはいたものの、今になって理解が追い付いてきたのか、自分が縛り付けてきた部分がラオの成長を阻害していたのではと感じてはいた。だがリオンから、少なくともミゼリがしてきたことも無駄ではなかったと述べている。
互いに完璧に理解はできなくとも、ラオもミゼリの苦労や葛藤は感じている部分はあったと思うし、少なからず、ミゼリもラオが他人のために行動していることは知っていたし、その部分でしっかりと見てあげられなかった自分を恥じた。
「弟は私の事を何か言っていましたか?」
「いいや…君のことは何も言ってはいなかったが、きっと心のどこかで君のことを思い、心配していることだろう。少なくとも私はそう思いたい」
この場にラオがいないことが残念だが、なによりもその一因は自分にあることから、彼女の方からラオについてそれ以上何かを言うことはなかった。
「ガイナールさん、リオンさん…どうか弟をお願いできますでしょうか?すでに私は夫もいますし、もうすぐ子供も生まれます。今ここで弟の事を言ったところでどっちつかずになるのはわかってますし、私が親代わりになるのはここまでだと思っています。ですが、これだけはラオに伝えてほしいんです。私はいつまでもあなたの事を思っていると」
「その言葉、必ず彼に伝えよう。私…いや、私たちが責任をもってお預かりをしよう。でも、いつの日かあなたとラオ君が顔を合わせ話せる日が来ることを願っているよ」
ミゼリは二人を交互に見やり、実弟を他人に任せることに抵抗を感じているようだったが、互いに別の道を歩こうと決心した表情に一種の覚悟をみせた。
ガイナールはそんな彼女の覚悟を聞き入れ、自分のささやかな願いを持ちながらもリオン共ども深く一礼をしてみせた。
「ケイ、もう通話の方は切ってくれてかまわない」
話し合いが終了して、バルトル達に見送られながら街からゲートに向かう道中で、ガイナールから指示を受けた。
ケイはポケットからスマホを取り出すと、通話中の表示画面に向かって相手に向けて声を掛けると、ほどなくしてから通話の向こう側からローゼンの声が聞こえる。
『承知しました。それではこちらの通話を切らせてもらいます」
「あ!それと、リオンの様子はどうなんだ?」
『それがですね…今、通話に出られる状況ではないようです』
通話の相手はローゼンで、屋敷で唯一緊急用のスマホを所持していることから、実はミゼリとの話し合いの前に、ケイのスマホとスピーカーモードで通話状態にさせるように指示をされていた。
そのため先ほどの話し合いも全てラオも聞いており、通話の向こう側では、姉の心情を聞くことができたためか、むせび泣くラオの声がかすかに聞こえた。
『でも、ラオさんに先ほどのやりとりを聴かせてよろしかったのでしょうか?』
「卑怯なやり方だけど、今回ばかりは許してくれ。今は顔を合わせづらいかもしれないけど、俺もいずれは二人が向き合ってくれれば、とは思っているさ」
ローゼンにもうすぐ屋敷へ戻ると伝えてから、そのまま通話を切る。
「ガイナール、あんたが昔のことを話すなんて珍しいな」
「いや、彼女がかつての姉と重なった…それだけだよ」
「まぁ、言いたくなきゃそれでいいけど~」
前を歩くガイナールとリオンの後ろ姿は、未来の王としての覚悟と一人の少年の人生を背負う覚悟をしている雰囲気があった。
将来的にはどうなるかはわからないが、きっと新しい関係性を構築できるのかもしれないと、今回自分たちはなにもしてなかったな~と、別の意味で複雑な心情を抱いた。
後にリオンとラオは国で一、二位を争うほどの実力者となるのだが、それは少し先の話である。
ミゼリはいくつもの役割を持ちながらも結果的に二人とも幸せに離れないと覚悟をし、ガイナールとリオンにラオを任せることを選択します。
新しい家庭を築くミゼリと魔法を学ぶためにアルバラントに残るラオ。
いつの日か二人が顔を合わせることができるようにと思いながらも、ケイ達はその先を見守ることになりました。
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