341、姉と弟
皆様ご無沙汰しております。
屋敷を飛び出したラオに慌てふためくバルトル達の続きからどうぞ。
~これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関~
(百人一首・蝉丸)
ふと、ケイの頭の中でこんな言葉が思い浮かんだ。
応接室で向かい合って座る人物を前にして、中学の頃に古典の授業で習った百人一首が脳裏に浮かび、その人物の行動となぜか当時印象深かったこの詠とリンクする感覚がする。
ラオとバルトルと別れた翌日の昼下がりのこと。
使い古された深緑色の鞄を肩に提げ、ゲートを潜り屋敷にやって来たラオの姿に、ケイ達は大層驚き混乱した。
聞けば、少し前にミゼリとの話し合いが行われたが平行のまま進展せず、業を煮やしたラオが強制的に姉弟関係を終了宣言し、半ば家出同然で屋敷を出たという。
(いや!いや!急展開過ぎるだろ!?)と昼食の途中でやって来たラオに目を丸くしたケイ達だが、当の本人は至って真面目にやって来た理由を述べているから厄介な話である。
昼食を早々に切り上げたケイは、一旦彼を応接室へと連れて行き、パーシアが入れたお茶で一杯落ち着いてもらったところで冒頭の状況へと至る。
「…で、バルトル達には何も言わずに出てったのか?」
「……はい」
「また、思い切ったことをしたなぁ~」
状況を整理するためにラオにいくつか問いかけ、最終的に出て行った理由がミゼリとのやりとりの末でということは間違いないようで、経緯を話すラオの様子と言葉の節々に、ミゼリがラオの話を聞かずに一方的に意見を却下しているようだ感じられる。
それは一見、親が進路に迷う子供に自分たちの意見や経験を話す振りをして押しつけるように伝える風にも見られるが、ミゼリの心配性の性格に拍車を掛けているせいか、むしろ引き止めているようにも感じ取れるのだが、それが引き金となってラオが行動を起こしたというよりも、今までの積み重ねがあった故にという印象がある。
「ケイ、ちょっといいかしら?」
「シンシアか?なんかあったか?」
「えぇ。それが…今、バルトルさんが来ているの」
控えめなノック後に扉の隙間からシンシアが顔を出した。
その瞬間にラオの顔が青くなった気がしたが、エントランスで待って貰っていることを伝えられると明らかに動揺している様子があった。
確かに話し合いが進展しないまま行動に移したラオの対応にも問題はあるが、全部が全部悪いわけではなく、むしろ自分の将来を考えた上での決断である点にも否定はできない。
ラオをシンシアに任せ、ケイは待たせているバルトルの元へと向かた。
「ケイさん!ラオはこっちに来てますか!?」
案の定、バルトルはケイの姿を見るや慌てた様子でこちらに駆け寄った。
散々探し回っていたようで、息を切らし顔に薄らと汗を掻いているバルトルにラオは来ているが今はそっとして置いた方がいいと返すと、今度はバツが悪そうな表情を浮かべた。
「やはり来ていましたか…」
「ミゼリのことだろ?話は大方聞いてる。姉にしてみれば、弟が異国の地で暮らすとなったら反対ぐらいはするだろう。だけど、魔法の勉強自体は反対していない。まぁ、その辺りがネックみたいだな」
そうさせるきっかけでもあったのか?とケイが問いかけると、自分にもさっぱりとバルトルが首を振る。
彼からは"親代わりなのに不甲斐ない”といった心境が垣間見られたが、姉弟間の考えや思いなどは、たとえ実の親でも分からない部分はあるだろうと感じはしたものの、話し合いの猶予を与えたところでミゼリとの状況が進展しない以上、ガイナールに相談するべきかと思い悩む。
ここで、先ほど思い浮かんだ百人一首が頭を過ぎった。
出会いと別れの人生縮図のようだと詠った句ではあるが、会者定離とも言うべきこの状況が異世界でも通じるのかと、変な考えが頭に浮かんでは消えていく感覚を感じた。
ケイから連絡を受けたガイナールが、ウォーレンとリオンを連れて屋敷を訪れたのは、その日の夕刻を過ぎた頃だった。
「……あんた、仕事は?」
「ははっ。早急のもの以外はフォーレに任せてきたよ」
到着して早々にサラリと酷いこと口にしていたが、ケイの頭の中で半ば強引に仕事を押しつけられ、憤慨している大臣である彼の姿が容易に想像できた。
「そのうち、本当にぶん殴られるぞ?」と、ケイが冗談を口にすると、ウォーレンから既にぶん殴られたことがあることが語られる。
普通なら不敬罪でしょっ引かれるところ、詳細は省くがあまりの多忙とブラックさにぶち切れたフォーレが、独特の巻き舌と鬼の形相で説教をしたのは、一度や二度のことじゃなかったらしい。
しまいには「今度は刺されないように気をつけるよ」と、冗談とも言いづらい物言いで返すガイナールに、さすがに違った意味で恐怖を覚えるケイ。
同時に(この人は本当に大丈夫だろうか?)と不安を感じたのは言うまでもない。
他愛もない話をしながら三人を応接室へと通し、別室にいるラオを呼んだ。
「おや?彼だけかい?」
「あぁ。少し前までまでバルトルも居たけど、ミゼリのこともあるからって先に戻ったんだ」
バルトルの話では、二人をアルバラントに連れて行った際に不在なことを知ってヒステリックになったため、ユアンがかなり参っていたと伝えると、やはりちゃんと話をして置くべきだな…と、ガイナールが頭を掻く。
「…父上」
隣で大人しく座っていたリオンが不安げな様子で父の方を見やると、私にも責任の一端はあると息子の頭を撫でる。
「ラオくん、君は“覚悟”持って家を出た…そう捉えていいかな?」
「……はい。姉さんは諦めて欲しい言い方をしていたけど、やっぱり僕はリオンや国の皆のために役に立ちたいし、色々な事を勉強して、もっと世界をみてみたいんです!」
今度は、ケイの隣に座っているラオに目線を向ける。
視線を向けられたラオは、年相応の造形に少しばかり覚悟をした表情を浮かべ、一方のガイナールは、父親から一国の主を漂わせる風貌へと変わる。
姉との縁切ろうとしてまで家を出た覚悟は、とても12才の子供にはできないことだが、そのぐらいラオは自分の道を進もうとしているのだろうとケイは察する。
「ケイ、やはり明日ガラーにいる彼の家族に会うことにするよ」
「はぁ?いや、まだ時間はあるんじゃ…」
「時間を置いても彼女の意見は変わらないだろうね」
じゃあ、どうするんだ?とケイは問い返したが、ガイナールは会ってみなければわからないと首を振り、その態度にラオとミゼリの意見が食い違っているのに、会ってどうするのか疑問しか沸かず、ケイは不安を感じたのだった。
一夜明けた早朝、ケイ達は再度三人を連れてガラーへと足を運んだ。
ガイナール達を一晩泊めたはいいものの、昨日の様子が腑に落ちないケイは後ろをついて歩くガイナールに声をかけていいのかわからなかった。
「なぁ、ケイ。本当にガイナール様はミゼリさんと話し合いをするのか?」
隣を歩くアダムが耳打ちをした。
ケイは肩を竦めながら、実際にミゼリに会って話をしようという事なのだろうが、考えている事はわからないと返す。
「説得をするということなのかしら?」
「なにか考えがあるようには見えないけど…」
「というよりも、ラオを残しておいてよかったのか?」
「まぁ、ラオがミゼリに会いたくないって言ってるわけだし、無理強いしたくはないだろうからさ~」
ケイとアダムの間に顔を出し、小声で会話に入るシンシアとレイブンだが、ガイナールがミゼリとの話し合いで何を思ってのぞんでいるのかがくみ取れず、成り行きを見守るしかないなと一旦考えを脇に置いた。
町に到着するや、その足でバルトルの屋敷へ向かった。
屋敷の応接室へ通されると、ほどなくしてバルトルとユアンに付き添われたミゼリが現われた。久しぶりに会う彼女は最初に出会ったときよりも大人っぽく、人の親になろうとしている片鱗が垣間見られる。
「ラオの姉のミゼリ…と申します。このような体勢で失礼します」
「お気になさらず…私は王都・アルバラントの王、ガイナール=レイ・ヴェルハーレン。今回はこのような機会を設けてくれたことに感謝します」
ミゼリが入室すると立ったまま挨拶を行おうとしたため、ガイナールが彼女の状況を考慮して、まずは座った方がいいと即し、それから同行しているリオンとウォーレンをミゼリに紹介してから今回の経緯を彼女に説明する。
「…お話はわかりました。それで弟は今どこに?」
「ケイ達の屋敷で待って貰っています。話を聞いたところ、一人で飛び出した反面戻りづらい様子だったので」
ガイナールの話に耳を傾けていたミゼリは、話が区切られたタイミングでこの場にいないラオのことを尋ねる。
ガイナールが一瞬ケイの方を見やると、その会話に同意するように軽く頷くと、ミゼリは言及こそしなかったが、心当たりがあるようでこのことに対して口を開くことはなかった。
「私たちの両親は、弟が物心つく前に亡くなりました…」
少し間を置いてミゼリが口を開いた。
既に二人の両親は早くに亡くなったことは聞いていたが、ミゼリの話ではラオは両親の顔を知らないらしい。
たしかに二人は年が離れた姉弟で、ミゼリは自分の家庭を持とうとしているところなのだが、逆にそのことで弟が独りになるのではと不安視する様子があった。
「本来なら両親が弟にしてあげるべきでした。ですが…それも叶わぬ以上、私が両親の代わりを務めなければと、それが当然だと思っていました。ラオは、昔から私の言うことはしっかりと聞く子でしたが、年を重ねるにつれて自分の意見を持つようになり、私は逆に不安を感じていました」
十二才という年齢は個人差と家庭環境にもよるが、いわゆる思春期を迎える年頃にあたる。
ミゼリの言動からは、全て否定するわけではなく、むしろ親心に似た心配さが故のことで、彼女の言葉の端々に自分の感情と似た部分を感じたガイナールは静かに耳を傾けていた。
「私がいなくなってしまったら弟が独りになってしまう…そう思ってユアンとの結婚も躊躇して、ラオには「今度は自分の子供も諦める気か」と言われてしまって…私、どうしたらいいのでしょう?もちろん、ずっと一緒には居られないことは分かってます。ですが…今は、今だけは私から弟を奪わないでほしいんです」
自分の思いを打ち明けたミゼリは、気持ちの高ぶりを見られたくないのか、顔をうつむけ、乞うような声で対面に座るガイナールに言葉を投げかけたのだった。
両親を早くに亡くし、自分がラオを育てなければと使命感を持っていたミゼリ。
自分が幸せになることでラオが不幸になるのではと戸惑う様子がありました。
話を聞いたガイナールは、どう決断を下すのでしょう?
閲覧&ブックマーク&感想などありがとうございます。
細々とマイペースに活動していますので、また来てくださいね。
※誤字脱字の報告、または表現の提供をありがとうございます。




