340、姉弟の決別
遅ればせながら2023年最初の投稿になります。
前回ガイナールからリオンの従者としてスカウトの話が上がった羽翼族のラオですが、今回は彼の姉であるミゼリとの関係がメインとなります。
「その話…どういうことですか?」
ケイ達がアルバラント城の用事を済ませ、ラオとバルトルをガラーまで送り届けようといた頃、ミゼリがバルトルの屋敷の使用人たちに詰め寄っていた。
事の発端は、ミゼリが偶然二人の使用人の会話を聞いてしまったことに始まる。
その時、休憩中だった使用人たちは、屋敷の死角にミゼリがいるとは知らずに数日前に屋敷を離れたラオとバルトルを心配する会話をしていたのだが、そのことを全く知らされていなかった彼女は、会話の内容にパニックを起こし、使用人達の前に飛び出すように現れると冒頭の様な言葉を投げかけた。
姿を現したミゼリに驚いた使用達は、まさか自分たちの話を聞いているとは思わなかったようで、驚きのあまり固まったままどう答えていいのかわからず躊躇する。
というのも、バルトルからミゼリには暫くラオに関することは話をしないようにと指示されていたからである。
表向きは、身重の敏感な時期なだけに負担を掛けさせてはならないということだったが、本当はラオが魔法を使えることをミゼリは知らず、元々の性格も相まって、もう少し状況が落ち着いてから話を切り出す予定だと、使用人をはじめとした面々に時期が来るまでは口にしないようにと通達をされていたからだ。
しかしガラーでは、国民全員が親戚に近い距離感を持っていることもあり、ミゼリの心配性の性格が故に黙っている選択を取らざるおえなかったのでは、とそんなやりとりが広がっている。
「なにかあったのかい?」
ミゼリが使用人と揉めていると聞き駆けつけたユアンが、彼らの間に割って入る。
使用人達は、簡潔に自分たちがミゼリにラオに関することを口外してはならない指示を破ったがために彼女に知られてしまい、問いかけられたことに対してどう返していいかわからないと説明をした。
ユアンは(やっぱりか…)と小さくため息をついてから、使用人たちに持ち場に戻るよう指示を出し、彼女たちがその場を去った後で彼らの代わりにミゼリからの言及に答える。
「ユアン…バルトルさんとラオが町に居ないって本当なの!?」
「…あぁ。少し事情があって、町から離れているんだ」
「事情って?私はそんなこと聞いてないわ!なぜ知らせてくれなかったの?」
「君に余計な心配を掛けさせたくなかったんだ。今は君一人の身体ではないし、父さんが付いているからラオのことは心配ないよ」
ミゼリの心配する表情の裏側に、幾分興奮した様子が見受けられる。
彼女が精神的に安定した時期を迎えたとはいえ、幼少の頃に両親を亡くした影響もあるせいか、元々ラオのことに関して心配する部分が強く、度々意見ややりとりの食い違いで姉弟喧嘩が起こりやすい事をユアンは気にしていた。
二人の年が離れているわりには、姉弟というよりも親子関係に非常に近い部分があり、常に心配をするミゼリとは反対に、ラオは姉共々族長の屋敷で暮らしながら、いろんな人々との出会いや考えに触れた影響からか、同年代の子供たちより成熟した考えを持ち、早くから自立したい意思を持っていた。
相反する二人の考え方を今まで近くで見守っていたユアンは、そろそろ二人の今後のことを話し合う必要性があると感じ、ラオとバルトルが戻った時に話を切り出そうと考えていた。
「なぁ、本当に町まで送んなくていいのか?」
アルバラント城から屋敷へと戻り、ゲート経由でガラーの町までラオとバルトルを送ろうとしたところ、バルトルから辞退する話を受けた。
「あぁ。ミゼリのこともふまえて息子達と今後を話し合う必要性がある。まぁ、自分としては、ラオの意見を一番に尊重したいと思ってはいるよ」
「そういう問題は、俺達じゃあなんともできねぇけど…大丈夫なのか?」
窺うようにバルトルを向くと、困った様子を隠すように「なんとかなるさ」と肩をすくめて苦笑いを浮かべた表情が返ってくる。
その表情は羽翼族の長というよりも子を見つめるの親に近く、血は繋がっていないとしても、どうしても親目線でラオとミゼリを見ている部分も感じられた。
「ねぇ、ミゼリさんの方は大丈夫なのかしら?」
ゲートを潜り、町へ向かう二人の後ろ姿が遠くに見えてから扉を閉めたケイにシンシアがこう問いかけた。
「ミゼリのことがどうしたって?」
「最初に会ったときもそうだったけど、ラオに対して心配するところが強いじゃない?なんというか姉弟というよりも親子関係のような距離感を感じるの」
「たぶん、少なくともミゼリさんの中で“使命感”があるのかもしれないね」
そう口にしたのはレイブンだった。
彼は自分と同じく家族を失ったコルマを引き取っており、ダナンで暮らす伯母夫妻の元に彼女を預け、冒険者をしつつ収入の半分以上をコルマや面倒を見てくれている伯母夫妻のためにと仕送りをしている。
遠く離れて暮らしているせいか常にコルマのことを心配しており、よく手紙のやりとりをしている姿を見かけるが、もしかしたら今回のことで、自分と重なる部分を感じていたのかもしれないと、ケイは勝手な想像を抱く。
「レイブンはどうなんだ?コルマのことは親代わりに面倒をみているんだろう?」
「どうなのか…と言われると答えにくいな」
「なんで?」
「あの頃は、俺も必死だったからあまり覚えていないんだ。ただ…コルマは生まれて間もなかったし、誰かが保護をしないと死んでしまうのはわかっていたから、頼れる人というと、当時からダナンで暮らす伯母さんのところしかなかったんだ。俺達は運がよかっただけでミゼリさんと比べるのは違うかもしれないけど、ラオには自分しかいないからなんとかしないと、という焦りが彼女にはあったんじゃないかな」
レイブンの言いたいことは理解できた。
早くに両親を亡くし、親代わりはいれど本当に血が繋がっているのは姉弟だけの環境で過ごしてきたミゼリにとって、弟であるラオを姉として時として母親、父親としての役割を果たさなければならない責任感が無意識に構築されていたのではと推測される。
バルトルの話では、ミゼリは元々責任感が強い反面、精神的に繊細な部分があるため神経質な部分もあったそうで、少なくともラオに対して依存的な部分も含まれていたのではないかと言っていた。
精神的に追い詰められた者は自分の世界だけで決めつけてしまい、他の意見を聞き入れる余裕がない傾向がみられることがある。
バルトルが今回町まで送ることを辞退したのは、今後の事を話し合い、ミゼリとの関係性をフラットに近い位置までにすり合わせる必要性があると覚悟していたからだろう。そのためには、少ない時間の中でラオの本心を聞き、尚且つミゼリを納得させることができるかが焦点となる。
ラオとバルトルには、二日後に顔を見せに行くので、その時にどうしたいか聞かせて欲しいと伝えてはいたが、まさかその決断が早まることになろうとは、この時ケイ達は微塵も思っていなかったのである。
ラオとバルトルが屋敷へと戻るや、使用人からラオことをミゼリに知られてしまったと報告を受けた。
その時はユアンが間に入り彼女を窘めたが、かなり興奮していたようでお腹の子にも影響があってはと医師の付き添いのもと容態は安静にしているとのこと。
彼女は、昔から興奮すると正常な判断が付かない傾向があったが、子を宿してからその傾向が強く現われているとバルトル自身も感じていた。
ラオと分かれてミゼリの様子を見に部屋までやって来ると、少し見ない間にユアンが憔悴している様子が目に入る。
「父さん、戻ったんだ」
「あぁ。話は聞いた…ミゼリの方はどうだ?」
「少し落ち着いたのかそのまま眠ったよ。そっちは?」
「やはりラオは魔力持ちだそうだ。向こうの方から魔術に関する知識を身につけた方がいいと打診されてな、当然ラオは悩んでいたよ」
憔悴している様子からミゼリがかなり興奮していたのだろうと察すれど、いろいろと言いたいことがあるが、それが上手く言葉に出てこない息子の様子にバルトルが少し休んだ方がいいと肩を叩く。
(さて、どうしたものか……)
決断を迫られている現状、バルトルは自分には何ができるか?もしかしたら何もできないのではないかという焦りがあった。
部屋を出る際に眠っているミゼリに一瞬だけ目を向けた彼は、誰にも聞かれないよう小さくため息をつき、ユアンに悟られないよう気を引き締めたのだった。
翌日、ミゼリの様子が大分安定した時を見計らい、バルトルはユアン同席の元でラオとミゼリの話し合いの場を設けることにした。
まず、バルトルはミゼリに今回の件での説明を行い、ケイがラオの怪我を治した影響で魔力を持つようになったことを述べた。
また、ケイの住む大陸の王から本格的に魔術を習ってみないかという提案をされたことで、自分とユアンは、ラオが今後どんな道に進もうとも応援していることを意見する。
もちろん今回のことを黙っていたことは謝罪したが、既にその話を聞いているのか聞いていないのか、ミゼリの目線は対面に座っているラオにしか向いていない。
「私は反対です。ラオはまだ12才よ?成人していないのに魔法を学ぶために他の国に渡るなんて危険すぎます!それにジャヴォールとの交流が再会したし、彼ら(魔人族)の中にも魔法に長けた方がいるし、その方達から教えて貰えばいいじゃないですか!?」
案の定、ミゼリからは同意しないという意見が上がった。
彼女はこの国に居れば衣食住は保証されるし、ジャヴォールに住む魔人族の中には魔法を使える者も少なからずいるし、リスクを冒してまで他国に渡る意味が分からないと首を横に振る。
たしかに成人にも満たない少年が一人異国の地で生活するにはリスクもあるし、苦労することが目に見えている。
しかし魔術をより深く認識するためには専門家が必要で、ジャヴォールにはそういった専門とする職業が少ない事から、不安を感じながらも幅広く才能を募り育てている学園があるアルバラント行きをバルトルとユアンは肯定していただけに、話は序盤から平行線に至る。
「ラオ、あなたはどうなの?私は無理に他の国へ行くことはないと思っているの。たしかにこの国には魔法を使える人は少ないわ。でもジャヴォールには少なからずいるから、その人達をたよ「姉さん…」」
ミゼリの言葉を遮るようにラオが口を開く。
話し合いの始めから目を合わせないように俯いていたラオだったが、言葉と同時に見据えるようにミゼリを見つめ、話を切り出す。
「僕は…この国を出て行くよ」
その言葉にその場の空気が凍った気がした。
自分を見つめるラオの顔は今まで自分が見たことがない表情をしていた。
彼女はラオを前にしてなんとかして言葉を紡ごうとするが、突然の発言に頭が追いつかず口をパクパクとさせ、ほどなくして諦めたように閉口する。
「たしかに今まで姉さんに頼ってきた部分はあったと思う。でも魔法を扱えるようになって今までのような生活は無理だと感じたんだ。それにちゃんとした教育を受けることができれば将来この国の役に立つと思うし、それよりも…「駄目よ!」」
話を遮るようにミゼリが声を上げる。
目を見ると理解と混乱の狭間にいる様子で、対面に居るラオに手を伸ばそうとテーブルに手が当たり、その拍子で置かれているカップの紅茶がソーサーを汚す。
「ラオ、考え直して!ここに居ても魔法は学べるじゃない!なぜこの国を出て行く必要があるの!?」
「僕のせいで姉さんが周りを蔑ろにするから…」
「そんなことはないわ!だって「姉さんの家族はユアンとお腹の子だろ!」」
いつもなら聞くことがない声量で声を荒げたラオにミゼリは驚きたじろく。
「結婚前もそうだったじゃないか!口ではわかったと言っときながら、優先順位はいつも僕!もう今までとは違うんだ!その調子で今度はお腹の子も諦めるっていうの!?違うだろ!だから…」
張り上げた声を自制するように一旦目を閉じたラオは、再度目を開けミゼリを見据えると、決定的な言葉を突きつけた。
「姉弟関係を終わりにしよう…」
その言葉にミゼリは目を見開き、呆然とするしかなかった。
話は終わりだと立ち上がるラオにバルトルとユアンが彼を呼び止めた。
しかしラオは、退室する寸前で「お元気で……」と姉に一言伝えると振り返る事もなく部屋をあとにした。
バルトルはハッと我に返るやその後を追うように慌てて駆け出し、ショックのあまり顔を両手で覆い隠すミゼリを前に、ユアンは「なんてことに…」と頭を頭を抱えるしかなかった。
自分の存在が姉の幸せを奪っているのではと感じたラオは、彼女に絶縁宣言をしました。
族長であるバルトルと義兄であるユアンは慌てて二人の仲を取り持とうとしますが、はたしてどうなるのでしょうか?
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