337、忍び寄る影
皆さんご無沙汰しております。
久々の投稿となります。
今回は、別行動をしているリオンとラオの身に危険が起こる話です。
リオンがラオを連れてやってきた書庫室は、ケイ達のいる一室から角を一度曲がったすぐのところにあった。
距離的にはそんなに離れていないのだが、普段から人通りがあまりない位置にあるのか、通路の左側から等間隔に配置されている窓から城の中庭が見え、真下には彫刻があしらわれた噴水の音が自然の音として二人の耳へと運んでくる。
「ここが僕がコレクションをしている本がある場所だよ」
書庫室の扉を開けると、背の高い本棚が等間隔に配置されている。
壁際にも同じ木の材質で作られた本棚がキチンと並べられ、側面にはご丁寧に分類事にプレートが設置されている。
魔法学・生物学・歴史学など、様々なジャンルが本棚に収められているが、こちらの国の文字が読めないラオの為に、リオンが自分のお気に入りの本と尊敬する偉人について語り始めた。
特に過去に存在していた偉人に関しては、今まで自分の好きなことを話せる機会がなかったのか、あれもこれもと年頃の子供の様に愉快そうに話し続け、ラオも今までガラーから出た事がないせいか、目をキラキラとさせながらリオンの話に聞き入っている。
「リオン様、そろそろお戻りになられたほうがよろしいのでは…」
書庫室の扉の前で待機していた、二人組の護衛の若い男性が声を掛けた。
そろそろルイがやって来る頃だからと続けると、二人してハッと気づき、出しっ放しにしていた本を慌てた様子で本棚にしまい、早く戻らないとと扉の方へと足を向ける。
「おい、そろそろ戻るから扉を開けてくれ」
若い護衛が扉の前に立つもう一人に声を掛ける。
しかしもう一人の男性は、なぜかこちらに背を向けた状態で扉を塞ぐように立っている。
可笑しいなと思った若い護衛は、もう一人に向かって具合が悪いのかと声を掛けたところ、急に背を向けた男性がこちらに振り返ったと同時に声を掛けた若い男性が崩れ落ちるようにその場に倒れた。
「だ、大丈……「リオン!!」」
リオンが倒れた若い護衛に声を掛けようとした時、すぐ後ろに居たラオが声を上げると同時に左腕を掴み、強く引っ張るようにリオンを自分の方に引き寄せる。
直後、ガン!と床に堅い物が当たった音が室内に響き渡るや、リオンがその音の正体に気づき唖然とする。
「な、なんで……?」
急な出来事に反応できなかったリオンは、目線の先にいるもう一人の護衛の挙動に驚きと戸惑いを隠せないでいた。
まさか、もう一人の護衛が手にしていた剣を振り下ろしたなど誰が想像しただろうか。自分の後ろに居るラオも顔は見えないが、恐らく同じ顔をしているだろう。
戸惑っている二人を余所に狂気じみた動作で、護衛の男が血が付着したままの剣を突きつけようとしている。
「リオン!こっち!」
腕を掴んだまま、ラオが引っ張るように書庫室の入り口とは反対の通路まで下がるや凶変した男がその後を追うように迫り始めた。
正直、十代ちょっとの少年二人が比較的ガタイのいい成人男性と対峙した時の対処法は限られている。ましてや書庫室と等間隔に本棚が空間を仕切るように配置されているせいで、少しでも初動が遅くなれば、それだけリスクが高くなることを理解しているラオは、無我夢中でリオンの腕を引き、男の追跡を巻くように本棚の間を迂回するように入り口へと回り込んだ。
「ラオ、この人は…!」
「そんなことを言ってる場合じゃないだろ!!」
指された護衛の男性は、その場に蹲りながらも苦悶の表情で二人に「逃げろ…」と伝えるとそのまま動かなくなり、その状況がさらに二人を恐怖へと駆り立てる。
「リオン!とにかく戻ろう!」
「う、うん!」
ラオがリオンの手を引いたまま書庫室を飛び出すと、その勢いのまま来た道を走り抜けた。
一方のケイ達は、ルイやリオン達を待っている間に近況報告を兼ねた世間話で盛り上がっていた。
「やっぱ従者問題の解決は難しいのか?」
『ガウ!ガウ!』
「あぁ。最近では、自身の地位を上げるために自分の子供を従者にしたい者が後を絶たないんだ」
『ガウ!ガウ!』
「そんな露骨なのか?……って、ヴァールお前どうしたんだよ?」
リオンの従者問題の話題に移ってほどなくして、なにかを訴えるかのようにヴァールが吠えだした。
普段なら、匂いを感じて食事を催促する時か危険を感じた時にしか吠えないはずなのだが、会話の度に吠え続けるので、さっきおやつを食べただろ?と宥める。
「どうしたのかしら?」
「わからん。さっきパーシアからもらったおやつを与えたんだけどな~」
腹が減ってるのかと考えたが、先ほど外出用のおやつを与えたばかりで足りないのかとケイが首を捻るが、吠え方がいつもと少し違う気がすることに疑問を抱く。
「なにか香りがするのかもしれないわ」
「香り?」
「ヴァールって、遠くにある香りも敏感じゃない?もしかしたらその中でも不快な臭いを見つけて感じているのかも」
三頭の中でも嗅覚が異常に鋭いヴァールは、好きな香りと嫌いな香りの種類が結構多い。最初ほどではないが、今でも嫌いな香りは臭いとして認識しており、態度が露骨に出るほどモチベーションもわかりやすい。
しかし今見る限りでは、嫌いな香りだからという態度ではなく、むしろ日常であまり嗅いだことのない香りに興味を示しているようで、ガイナールにお香でもしているのかと聞くと、この部屋ではなにも香りを焚いていないと言う。
「失礼します。遅くなって申し訳ございません」
扉がノックされてすぐに王宮魔術師のルイ・ペインが姿を見せた。
彼女の後方には部下とおぼしき女性が付き添い、ルイに続くようにその女性が扉を閉めようとした瞬間、突然少佐が猛ダッシュで付き添いの女性の足元を駆け抜けるや、そのまま部屋の外へ飛び出して行った。
「あ!おいっ!」
飛び出した少佐に驚いた女性が声を上げ、直後に席を立ったケイがその後を追うように部屋から飛び出す。
常日頃から、余所の家に行くときはその家のルールがあると言い聞かせていたのだが、屋敷と外以外で理由もなく走り出すことなどなかったことから、シンシアの言った通り、なにかあるのではと勘ぐる。
「ケイ!ちょっと待ちなさいよ!」
後方からシンシア達が追いついてきたが、ある地点で少佐と後を追っていたケイが立ち止まっていた。
「どうしたの?」
「通路に扉を施錠する意味って、なにかあるのか?」
立ち止まったケイ達の前に、通路と通路を隔てる扉が一枚ある。
白地に赤と金で装飾された城では一般的な扉だが、たしかケイ達が来た時には開いていたと記憶している。
それに足元には少佐がせわしなくその場をグルグルと回り、ケイの方を見上げてはヴァールが『クゥ~ン』と鳴いている。
もちろんそんな声を上げることなんて滅多にないので、その様子を見るに“この先だけどどうするの?”と言われている感じがする。
「やっと追いついた!」
飛び出したケイ達のさらに後からガイナール達が追いかけて来た。
城内で全力疾走することなどないせいか、特にゼレーナは息を切らせている。
「ガイナール。この扉締まってるんだけどさ、この先ってなんだ?」
「えっ?…ウォーレン、どういうことだ?」
「いえ、私はなにも。ですが、この先はリオン様の書庫室がありますので、普段はこの扉は開けたままにしているはずです」
ガイナールとウォーレンも扉を閉めるように指示をした覚えがなく、鍵は交代制で巡回している兵が持ち、マスターキーは普段は使用することがないので厳重に保管されているという。
「ねぇ、鍵が閉まってるけど、リオン達は戻ってこられないんじゃ?」
シンシアが金の取っ手に手を掛け開けようとしているが、どうやら鍵が閉まっているようで、それに気づいたガイナールが血相を変えてウォーレンに指示を出す。
「ウォーレン!今日の巡回の兵が誰なのかを直ぐに調べろ!」
「は、はい!承知しました!」
ウォーレンと待機していた兵が足早にその場をあとにし、さらにガイナールは残った兵に鍵を持ってくるようにと指示を出す。
慌ただしく兵が動く様子にバルトルが不安げな表情で見やり、冷静さを装っているガイナールでさえ、リオンとラオの安否を気遣う。
「ガイナール!時間がねぇからやんぞ!」
「や、やる?やるって……」
ケイの問いかけに聞き返そうとしたガイナールだったが、その返事を待たずにケイが盛大に扉を蹴破った。
城内一帯に形容しがたい扉の破壊音が響き渡り、蹴破った扉には大穴と加工された板材の破片が盛大に飛び散る。またケイの位置から後方にいるシンシア達を見ることができないが、恐らく呆気にとられていることだろう。
なにかを言われる前に少佐が穴の隙間から反対側へと飛び越え、それに続くようにケイも後を追い、後方からシンシア達が追ってくる様子を横目で見る。
『ガウ!ガウ!』
ヴァールを筆頭に先行していた少佐が鳴き声を上げている。
蹴破った扉の先を進み突き当たりを右に曲がったところで、少佐がとある部屋の前で待機している。
ケイが駆け寄ると、ある一室の扉が開け放たれたままになっており、中を覗くと床に血を流した男性が倒れ込んでいる。
そういえば、リオン達と一緒に出ていった護衛の一人だったようなと朧気に思い出し、大丈夫かと声を掛け身体に触れると僅かながら男性から呻き声がする。
「ケイ!なにかあったの?」
「すみません!誰か医師を呼んできてください!」
シンシア達が駆け寄ると、倒れている男性に気づきすぐ後方からガイナールとゼレーナの姿が見え、レイブンが怪我人がいるから医者を呼んで欲しいと頼む。
「何があったんだ?」
専門医の到着を待っている間、レイブンが怪我人の男性を支え、アダムがケイからブルノワと少佐用のタオルを受け取り出血を抑えていたが、思ったより傷が深かったようで、ほどなくしてケイが魔法で傷口を塞ぐ。
「ガイナール様、申し訳ございません…もう一人の護衛が急に剣を……」
怪我人の男性がそう告げると、まさか始めから居た人物が狙っていたとは思わず、ガイナールがショックを受ける様子を見せる。
「じゃあ、リオン達は?」
「こりゃまずいな。すぐに探しに行かねぇと!」
ケイ達は、男性の証言から慌てて逃げたであろう二人に危険がおよんでいると察して、探しに行くべきだとガイナールに声を掛けた。
凶変した護衛の男性に襲われたリオンとラオは、慌ててて書庫室から飛び出しました。
一方で落ち着きのないヴァールの行動から二人に危険が迫っていることに気づいたケイ達は、すぐに二人を探しに行動をすることに。
果たしてリオンとラオの運命は!?
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