333、いきなり訪問~ガラー編~
皆様ご無沙汰しております。
今回よりいきなり訪問・ガラー編をお送りします。
とある日の昼下がりにケイ宛てに一通の手紙が届いた。
質の良い白封筒の裏面には、剣に百合が合わさったヴェルハーレン家の封蝋が施され、ここまでする必要があったのかと疑問を浮かべたものの、先日ガイナールから連絡があった話の内容を思い出した。
予め聞いていた内容とは、近々ウェストリアとバナハを中心にアグナダム帝国跡地を調査、状況によっては大陸の保存もしくはアスル・カディーム人をアグナダム帝国へ戻すかどうかの話し合いが行われるようで、現在はアスル・カディーム人の代表を担っているイシュメルと日程を調整しているとのこと。
ケイ達も黒種を退けた後のアグナダム帝国をしっかりと見たことがなく、その辺りに関してもガイナールを始めとして各国の要人たちとの情報を共有しつつ、様々な面で調整と話し合いを繰り返していると聞いてはいたが、なにせ大陸外の問題でもあることから難航している様子だった。
また文書には、場合によってはケイ達にも話し合いに参加して貰うかもしれないという旨が記載されている。
これはアグナダム帝国の異変を解消し、尚且つアスル・カディーム人の王の証を所持しているケイが関係している。
以前からイシュメルより次の王はケイであると言われているが、自分は偶然が重なった結果で腕輪を所持しているだけであり、その後継者でもあるイシュメルが生存しているため、彼に腕輪を返そうとしているのだが、その彼は首を縦に振らずにいる現状が続いている。
その意味をケイは薄々気づいてはいたが、もし仮に赤の他人に自分の国を任せるかとイシュメルの立場に置き換えた時、自分なら絶対に反対だなと思う。
しかし当のイシュメルは、ケイの雰囲気が先代の王であり父でもあるシャーハーンと似たところを感じていたようで、その辺りは考え方の相違なのだろう。
「ただいま戻りました」
それから一時間後、出先から戻ったローゼンの声にゲートの調整をしていたケイの手が止まった。
「おかえり!」とケイが声をかけたのだが、何故か外から戻ってきたローゼンがしきりに外を気にしているようで首を傾げる様子が見受けられる。
「なにかあったのか?」
「あ、いえ。実はまた屋敷の外で人が立っていたので声を掛けたのですが、私の声に驚いたようで、慌てて去ってしまった様子が気になったもので……」
ローゼンの話では、ここ数日の間に屋敷を彷徨く人物がいるようで、最初はたまたまだと気にはしていなかったのだが、今回の様子を見るにどうやら中の様子を窺うというよりは、誰かを探している素振りがあったようだ。
またその人物はルトやパーシアぐらいの背丈で、どちらかと言えば子供ぐらいの印象を受けたが、顔は黄土色のフードをかぶっているせいか見えなかった。
ローゼンが不審に思いながらも声をかけるや慌てた様子で去って行ったため、その子が誰なのかはわからなかったようだ。
「不審者なら衛兵に声をかけた方がいいのか?」
「本来ならそうするべきですが、もしかしたら私の思い違いかもしれません」
「なら、もう少し様子をみるか~」
他愛もない話をそこで打ち切ると、ローゼンは出先で買い物をしてきたのであろう荷物を置きにダイニングの方へと向かい、ケイはゲート調整を再開させた。
(……浦島太郎のカメかよ)
その翌日、ケイがブルノワと少佐を連れて買い物に出た帰り、屋敷の前で近所の子供達が何かを囲んでいる光景を目撃した。
よく見ると中心には、先日ローゼンが目撃をした黄土色のフードをかぶっている人物が取り囲まれているようで、子供達の数人がフードを取ろうとその周りを飛び跳ねている。
「おーい!なにやってんだ?」
ケイが声を掛けるや子供達は「魔王が来たぞぉ!」と言い捨て、キャッキャと喚きながら一目散に住宅地の方へと走り去る。
「誰が魔王だ!」と言い返すが本気の怒りからではなく、ここまでが子供達とのお決まりの挨拶であり、お約束のやりとりである。
それから子供達が蜘蛛の子を散らすように離れていった後、黄土色のフードの人物はかなりもみくちゃにされたようで、着崩れした部分を直し、服に付いた埃を払いのけた。
「おい、あんた大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です…」
フードを目深にかぶっているせいで顔は見えないが、声の感じからして少年であると推測できる。
返答した人物の声に聞き覚えがあったケイが、身体を屈めて下からフードの中を覗こうとしたところ、その行動に気づいた黄土色のフードの人物は頭を下げお礼を言うや慌てて立ち去ろうとする。
『ワウ!』
その人物が踵を返したところ進行方向にブルノワと少佐が立っていたのだが、その人物に向かってショーンが小さく吠えると驚き慌てた拍子に尻もちを着いた。
「おい、大丈夫か?」
ケイが駆け寄りその人物に手を差し伸べると、衝撃でフードがズレたのか金色の髪が露わになり、顔を上げた人物は透明感のある濃い青い瞳に幼さが残る少年の造形をしていた。
見覚えのある人物を髣髴とさせたのだが、まさかここで出くわすとは思わなかったケイは完全に鳩が豆鉄砲を食らったような表情をするしかなかった。
「次から次へと色々と起こるのね~」
「いや、今回は俺のせいじゃねぇからな…」
一旦屋敷の応接室へと通したケイだったが、その途中でシンシアとエントランスで鉢合わせをした。
事情を説明するや彼女は肩を竦め、またかと頭を振る。
もちろん自分から行ったんじゃないと否定し、シンシアもケイのせいではないと理解しているし、なんなら数日前にパーシアから屋敷の前で徘徊する不審者の話を聞き、お互いに気をつけようと言ったばかりだという。
「しかし、まさか不審者が“リオン”だったとは思わねぇだろ」
対面に座っている少年もといガイナールの息子であるリオンを見やると、緊張した面持ちで出された紅茶に口をつけている。その証拠に手にしているカップが小刻みに震え、あまりの緊張っぷりに大丈夫なのかと二人は逆に心配をする。
「で、なんかあったのか?」
紅茶の入ったカップをソーサーに置き、一息付いたところでケイが話しかけるとリオンは少し迷っている様子をみせる。
数日前から屋敷で彷徨いている理由を考えると、なにかあったのではと気にかけるが皆目見当もつかず、もしその内容が国家機密の類いとなると対応に困るわけで、こちらから尋ねてもよかったかとリオンに聞いた後に少しだけ身構える。
「実は、近々父から僕に従者をつけるという話がありました。でも、なかなか決まらないようで、度々ケイさんに連絡を取っていたことは知ってましたし、もしかしたらなにか聞いているのではと思いまして、それで……」
恥ずかしさのあまり語尾をすぼめたリオンだったが、話を聞いたシンシアが「そういうことね~」と手を打つ。
「なに?どういうこと?」
「王族や貴族って幼少の頃から同じ年ぐらいの従者を付ける風習があるの。アルバラントは国も歴史も他より長いし、王族やその地位に近い貴族なんかは付いている人が多いと聞くわ。でも、側近のウォーレンさんやフォーレさんって独身でしょ?本当なら側近が持つ家族の中から王族の従者となる者を選出するけれど、それが難しいから範囲を広げているってことじゃない?」
「でも絶対に付けなきゃいけないってワケじゃないだろ?」
「えぇ。たしかに付くのが当たり前っていう時代もあったけど、でも今は国ごとにしきたりも違うし、王都以外ならフリージアとかマライダ辺りがそう言った風習が続いているところもあるわ。それに王族なら十五才からアカデミーに通うことになるし、いずれ彼は国の跡継ぎになるから従者問題は避けては通れないと思うの」
ケイを含めた一般庶民には馴染みが薄い従者問題ではあるが、多感な年頃のリオンは国王の息子であるため背負っていかなければならない。
そういえば以前ガイナールに連絡をした際、チラッとリオンのことで悩んでいると聞いた覚えがある。
リオンは、現在まで王宮魔術師であるルイ・ペインの元で勉学に励んでいたが、成人となる十五才にはエルゼリス学園へと通うことが決められているようで、今後は協調性も必要になるし、慕われている反面、反発する者も少なくない現状で万が一のことを考えると従者が必要になるのではと考えている様子だった。
しかしリオンの周りには、同じ年頃の子が居ないことから携わっている者たちから従者の選出はどうするのかと話題が上がり、その雰囲気を察してか彼自身もいたたまれない気持ちになっていることが対面に座っていても分かるほどだった。
またケイ達も力になりたいとは思っていたのだが、一番年が近い子となるとルトが該当するが、いかんせん彼は既に成人を超えている。
そうなるとなおのこと萎縮するのではと思い、さてどうしよう~と一般庶民には想像の域を出ず、こんな時は考えても無駄だと早々に諦めることにした。
「まぁ~俺らで考えても分からねぇから、ちょっと行って来るかな」
「行くってどこへ?」
席を立ったケイにシンシアが首を傾げて行き先を尋ねる。
そりゃ~、と含みを持たせたケイの表情にアレかとシンシアは気づき、リオンを巻き込む形で二人を連れてエントランスへと足を運んだのである。
「あの……どういうことですか?」
エントランスまで戻って来た三人は、玄関正面から二階へ続く階段の死角に回り込むと一つの扉の前で立ち止まる。
理解が出来ないまま後に続いたリオンには、位置的に階段下にある収納扉にしか見えず、ケイに尋ねるも「開けて見ろよ」と楽しみだと言わんばかりの表情で言われるだけで、彼自身は「なぜに?」と困惑する表情を隠せずにいた。
さすがにそこまれ言われたのなら~と、扉一枚でなにが変わるのかと半信半疑のまま押し開けるや、目の前に青々とした木々と瑞々しい色の草原が広がっている。
「…………えっ?」
もちろん想定していなかったリオンは思わず声を上げ、緑豊かな風景を前に唖然とするしかなかった。
従者問題で悩んでいるガイナールの息子・リオンは、直接父親に尋ねるのではなく、父と仲の良いケイたちの元へと足を運び、何か聞いてないかと尋ねに来ました。
しかしケイは、力になりたいと思えど、王族や貴族関係の内情はあまり分からないため、考えを放棄する代わりに調整済のゲートからガラーへと飛ぶことにしました。
さて、それは一体どういうことなのでしょう?
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